100円で美味しいコーヒーが飲める喫茶店。味に惚れ込んだ僕と不器用な女性マスターのチグハグな関係はどう発展する?

ALC

第1話喫茶店グロリアにいるミステリアス美女マスター

喫茶店グロリア。

僕がここに通うキッカケとなったのは友人に連れられたからだった。

「すげぇ美人が居るんだよ。お前コーヒー好きだったよな?ついてきてくれよ」

大学の友人に誘われて僕はコーヒー目当てで喫茶店グロリアへ足を運ぶこととなる。

「ブレンドください」

確かにマスターの女性は脆く儚いような、それでいて芯があり凛とした様なミステリアスな女性だった。

友人は隣で格好つけたかったのだろう。

色々と話題を提供してはマスターに声を掛けていた。

「そうですか…」

「大変ですね…」

「面白いです…」

「おかわり如何ですか…?」

レパートリーの少ない語彙で対応されていた友人だったが、これと言って相手に悪意があるとは思えなかった。

「ブレンドです」

僕の前の席に差し出されたコーヒーの香りが鼻の奥へと飛び込んでくる。

ふと視線を上げるとマスターと目線が合ってしまう。

力強い視線を受けて僕はドキリと胸が跳ねるが、すいっと視線を逸らした。

マスターも定位置に戻ると友人に再び話しかけられていた。

僕はブレンドコーヒーのカップに手を伸ばすと口に運ぶ。

その美味しさに僕は目を見張る。

今まで飲んできたコーヒーの中で明らかにダントツ一番で美味しかった。

豆の影響なのか、技術力の問題なのか、工程の問題なのか、配合の問題なのか。

僕には何一つとして理解できない域にある程に美味しいコーヒーだと思われた。

机に肘をついて少しだけ額に手を置く。

そのまま少しの間、俯いていた。

心配になったのかマスターは僕の元へと訪れた。

「お口に合いませんでしたか?」

不意に声を掛けられて僕は驚きとともに顔を上げる。

「いえ。逆です。今まで飲んできた中で一番美味しくて…」

「そうですか…有り難いです」

マスターはほっと息を漏らすとそのまま定位置に戻る。

友人は自ら話しかけにいかなければ話して貰えないらしく嫉妬のような視線を僕に送ってくる。

「ずるいぞ…」

小声で脇腹を突いてくる友人を無視して僕は考え事をしていた。

メニュー表を開いても適正価格だと思われた。

だが…ここのコーヒーをもっと世間に知らせる術は無いかと悩んでいた。

大学で学んでいた経営学を思い出しながらスマホにメモを取る。

友人は連絡先を聞こうとしている最中だった。

「ごめんなさい…。機械は得意じゃないんです…」

キッパリと断られた友人は肩を落とすと僕に声を掛けた。

「今日は一時撤退しよう…」

そんな言葉を投げかけられたが夢中になっていて殆ど無視をしてしまった。

「今日はHPが残り少ないから…俺は帰るな…」

友人は会計を済ませて店を出ていった。

現在、店内では僕と美人マスターのふたりきりだった。

提案があると思い切って口を開くのは簡単だ。

だが下手なナンパだと思われたくなかった。

「あの…コーヒー好きなんですね」

思いもよらない事が起きている。

マスターの方から話しかけられて僕の中で時が止まったようだった。

「はい。でもどうしてそう思われたんですか?」

「えっと…初来店じゃないですか。それでブレンドを頼むって事は…お店の評価を付けようと思ったんじゃないですか?」

「すみません。確かにそんな思いはあったと思います」

「良いんですよ…ブレンドでその店の価値は測れるなんてよく言う話じゃないですか。それで美味しいって言われたら…鼻が高いってものです」

「はい…あの…それでご提案と言うか…話を聞いてもらえますか?」

「ん?」

マスターは小首をかしげて僕の目の前までやってくる。

「皮算用で申し訳ないんですが…概ね技術料を取らなければ…美味しいコーヒーでも一杯100円で提供しても少ない利益を生むんですよ?」

「そうなの?でもそれじゃあ経営は成り立たないでしょ?」

「もちろん。だから別のところから引っ張ってくるんです」

「というと?」

「デザートや軽食を高値に設定するんです。純粋にコーヒーだけを嗜む人は少ないでしょ?必ずと言って良い程に一緒に何かを注文すると思います」

「うん。だけど100円にして…何の意味があるの?今まで通りで良いと思うけど…」

「いえ。ここのコーヒーはもっと世間に知られた方が良いと思ったんです。それ程に美味しいと確信を持って言えます」

「そんなに…?」

「はい。と、まぁ…僕が勝手に皮算用した妄想でしか無いんですが…話を聞いてくださってありがとうございます」

深く頭を下げると会計に向かおうと立ち上がった。

「あの…私からも提案が…」

「はい?」

「バイトで入りませんか?経営の話のアドバイザーでも…何でも良いですけど…」

「えっと…」

「私のコーヒーをここまで褒めてくれた人は初めてで…貴方となら上手く店をやっていけると思ったんです。経営には不安が残っていましたし…」

「代わりと言ってはなんですが…コーヒーのお供になる料理を作るのも得意なんです。キッチンの手伝いも出来るかと…おこがましいですが…」

「それは助かります。色々と教えてください…仕事終わりにブレンドコーヒーを必ず一杯提供します」

「それは…光栄ですね」

薄く微笑む僕らは了承し合う様に右手を差し出す。

握手を交わすと明日から僕はバイトとして喫茶店グロリアで働くことが決まったのであった。


ここからミステリアス美女のマスターと僕の少しずつ関係性が変化するチグハグな物語は始まろうとしていた。

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