5話 答え合わせ
アリアがいなくなったあと、優馬は生気のない体で公園を出て、行くあてもなく歩き出す。
この世界について、新たに気づいたことがある。
――太陽が、傾かない。
家を出た時、太陽は東の空に昇っていた。
それが今も、まったく同じ位置にある。影の角度も変わっていない。
やがて通りかかった小学校の校舎。その外壁には時計があった。
針は昼過ぎを指している。
けれど家を出たのは、たしか午前八時前だった。
さらに、もう一つ奇妙なことに気づく。
太陽が動かないのに、時間だけが進んでいるのだ。
(日が沈まないことを、俺が望んだからか? でも時間は進んでいる……)
腹のあたりをさすってみる。
空腹だと、そう思う。でも、腹が鳴らない。
(現実でも、空腹ってあまり感じなかった。これも、俺が望んだ世界だから?)
小学校を抜けると、商店街が見えてきた。
公園からは、もう一時間くらい歩いた気がする。
けれど、どれだけ歩いても、疲れない。
喉も渇かない。汗もかかない。呼吸も乱れない。
「……この世界は、本当に俺が望んだ世界なのか?」
そう呟いて、優馬は空を仰ぐ。
けれど、澄んだ空は、何も答えない。
優馬が望んでいたのは、悪を倒したり、囚われの姫を助けたり、怪物と戦ったり
そんな、漫画やドラマのような、ハラハラする非現実の世界だ。
知っている人が死んでいく、こんな現実そっくりの世界なんて、誰が望むか。
だがアリアの言葉が本当なら、優馬がこの世界で受けたのは「死」だという。
(違う。違う。俺は、こんなの望んでない。絶対に)
優馬は髪をかきむしり、早足で商店街へと足を向ける。
――(これは夢なんかじゃない。だって、知らない人が多すぎる)
街には、顔も名前も知らない人たちがあふれている。
カップル、高校生、親子連れ、遊ぶ子どもたち。
すれ違うほとんどの人が見知らぬ他人だ。
なのに、夢の中に現れる。なぜだ?
――(もし、今見ているこの風景が“俺の望み”なら――)
少しだけ、願いの形を変えたら、何が起こる?
たとえば――
「銀行強盗が起きて、そいつが俺に向かって銃を撃ってきて……死ぬ」とか。
十メートルほど先にある銀行の前で、数分立ち止まってみる。
だが、何も起きない。
「はっ。何が明晰夢だよ。何が“望んだ通りの世界”だよ。馬鹿馬鹿しい……」
優馬は自嘲の笑みを浮かべ、歩みを進めた。
その時だった。
銀行の前を通りかかった瞬間、中から女性の悲鳴が響き、自動ドアが開く。
黒い帽子にグラサン、マスク、深緑のジャージを着た小太りの中年男が、ドアから飛び出してきた。
彼は勢いのまま優馬とぶつかる。
優馬は尻もちをついた。男はよろめきながらも、すぐに体勢を立て直す。
だが混乱したのか、懐から拳銃を取り出すと、優馬に向けて叫んだ。
「邪魔だ!どけ――!」
焦点の合っていない目のまま、男は引き金を引いた。
――バンッ!
銃声が商店街に響き渡る。
銃弾が、優馬の右脇腹を撃ち抜いた。
「……えっ?……は……?」
脇が熱い。触れた手には、鮮血がべったりとついていた。
「あ……ああ……」
血を見た瞬間、心臓が早鐘を打ち、息が乱れる。
(まさか……本当に、思った通りに……?)
――バンッ!
続けざまに左肩を撃ち抜かれ、次いで左ひざを撃たれる。
なのに、痛みはない。
そして――最後の一発が、額を撃ち抜いた。
世界が、闇に塗りつぶされていく。
意識が、闇に、沈んだ。
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