第0章 2人の暁 2


(ねっみぃ…。こりゃ、生活バランスくずれるなぁー)

仮眠室をつかう癖が抜けないでいる。

部屋の無駄感が否めないが、実家にいても心が苦しいばかりで休めない。


「えっと…。菊姉宛てのものがあるってことは、もう来てるのか。仮眠室に泊まり込んでる俺より早いって…」

なんかあったのかも。と思って着替えもそこそこに向かう。


射撃場には、今日は異物が混じっている。

(原因は…)

菊姉は、考えごとをしているようにみえるが、これはいつものこと。

ただ、いつもらしくない。

この原因はあとでわかるとして、視野を広げる。


中継器の電源ランプがついている。

菊姉だけなら、この装置は使う必要はない。

部屋にも誰かいるが、外部からのアポは入っていないから学校内の人間だろう。


とすると…。

佐山と香織。

この2人が揃っていて、良かったと思った事例はほぼゼロ。

(さて…)

伸びをして、スイッチをいれ、息を吸い込む。

「おっはようサンサンサーン!!!太陽まぶしいぜー!あ、全然室内だったわー…」

ひんやりとした空気。

(わっかりやっすー…)

標準を香織に絞ることを忘れない。

「ん?見物がおるのうー?誰や。スパイか!?それとも…俺に告白か!?」

「馬鹿」

「招集後の疲れた体に染みわたる、適温ボイス。あざっす!!」

「…先に練習戻る…。部屋への誘導おねがい」

茶化すわけでもない。冷静になれるような俺らの呪い(まじない)。

「お?わかった。あ!!さっきの右回転、足りへんかったで。しっかりなーー!」


頭の中で順番をいれかえていると、佐山が一歩、近づいてきた。

「…すみません。岬先輩。菊姉にはあとでちゃんと、話します」

「ん、そうしとき」

どうせ、佐山はなにもしていない。今回も補助しただけだ。

(兄弟似てるっつーか…)

「岬さんー。おはようございますー!!次期会長として視察に来ましたー」

標準にしたの甲斐あって、あっちから話しかけてきた。

「おうおう、これはご足労なこって。悪いなー!!こっちバリバリ正装やから、びっくりしたやろ?かっこよすぎて」

「菊姉さんも、岬さんもすごく似合う!!」

「お疲れ様です」

「おん?その調子やと、菊姉に先越されたな!?はぁー!!くっそー!!佐山もご苦労さん」

「すみません。こんな忙しいときに」

「ええのええの!!ゆっくりしぃ!!」

「…はぁ」

(…元気ないなぁ)

「菊姉さん、機嫌悪いかな…?」

「なんかあったん?」

「今朝、コーヒーかけちゃって…。服汚しちゃって…」

「あぁ、それなら大丈夫やろ。気にせんでもええよ」

(そう。簡単に。すぐ落ちる)

実際に俺は其をみている。

「本当?」

「招集でもあんなやったで。深夜から動いてたみたいやったし、朝飯まだなんやろ」

「よかったー。あとでなんか買ってあげよ!」

香織にはこれくらいがいい。

深く落ち込まれると、また暴走するだろう。

最後に軽く視線をあわせ、声も高く、穏やか最後の仕上げ。

「でもなー。ここの勝手に動かしたらあかんで?壊しでもしたら、高いからなー」

言い訳には耳を貸さない。次のセリフを先に投げる。

「いや、分かればええの、ええの。最初だから仕方なし!じゃあ案内するな」

実際。うっとおしいとは思っていない。

佐山も香織も必死なのは何となしにわかってる。


「この部屋には、通信機能もあって…。あれ?小峰はんおるやん。おはようございますー」

先生は、気持ちよくニカッとする。

営業職経験者だったか、小峰先生のこういうところは全生徒に好かれるところやろな。

道は違えど、ヘリオスで小峰先生の印象で悪いところを聞いたことはない。

「おう。おはよう」

「大会のことですか?」

「いや、違うんだ」

「あー。さっき連絡くれたやつですな?」

「キミが、岬君か」

「はぁー…。あ、えっと菊姉の担任でしたっけ?えっとー…深見先生や。初めまして 岬友章です」

「どうも」

(あぁ…。なるほど。こいつはぁ…だめだ)

深見先生。クエナイ相手やつ

こいつちゃんと制服を着てるってことは―。

情報を整理し、追加情報をいれるが、考えているのを悟られたくはないが、けん制もしておきたい。

(とりあえず、テンプレ通りってとこかな…)


「ってか、小峰はん、さっきの見とるだけやったん?」

「もうすぐ来るのは、わかってたので」

「かぁーー。相変わらずの、いけずやー。いややわー!!」

「それくらい信頼してるんですよ」

相変わらず熱い気持ちを、表現する先生。

俺は、こうにはなれない。

そして、深見教諭はずっと菊姉に視線を配っている。


(えー…ほんま聞いた通りやん…。めんどぉ…)

もうひとつ行動を置いておきたいが…。ここは一旦下がる。

「はぁ…。まぁ、小峰はんは、射撃部にも慣れたみたいやねー」

「えぇ。そこそこ。コーヒーも御菓子も戴いてます」

「あ、佐山らもここ使ってな。使い方わかるか?」

「資料いただいているので、明記があれば」

「そんなら、書いてある通りにつかったらええよー。自分の練習もあるから。また」


(やれやれ。大会に支障がでるなぁ…)

部屋からは見えないように気を配りながら、応答を待つ。

いつもより少し遅れたがちゃんと繋がった。

「改めておはよう、菊姉」

「おはよう。着替えもせず何?」

「ストレートに聞くわ。何かされたか?」

「ほぼ正解だと思ってたらいい」

「小峰はんがクッションでもなんともならんかったか」

「もういい?」

「待ち待ち。俺まで拒絶すんなー」

「なに…」

「香織のことは、いつもやけどな。深見のことはちゃんと吐き出せや」

「…そう言われて何とかなるんだったらね」

「わかった。質問変えるは、なんていわれた?」

「ほとんど頭から消し去ったとこなんだけど…」

「なら覚えてる単語でええよ」

「担任」

「はぁ…。担任ねぇ…」

「ごめん。もう切り替えたい」

「そか。すまん」

―乱暴に切れる音。

(こりゃぁ、相当だなぁ…)




いつもの自分を取り繕う気力もない、こんな時にかぎって。先生は、すぐに声をかけてきた。

「あ。菊原さん、ちょっと待って。ちょっとこっち来て」

「―」

「いいから、早くこっち来て」

「なんですか。わざわざ距離をとることなんですか?」

「彼等は部外者よそのひとだから」

「ご用件は、なんですか」

「この間、小峰先生に相談したって聞いて。困るんだよ。君の担任は俺だから」

「射撃部のことは、先生は部外者よそものですよね?」

部外者よそものじゃないよ」

部外者よそものですよ。小峰先生には、色々相談してもいけないんですか?」

「そうだね」

生徒の間柄のことは、無視するくせに。先生の間柄は察せってこと?

大人なんてそんなもんか…。そんな域に、私も入っていくのかとおもうと悍ましい。

小峰先生に言われたことを思い出す。

『深見先生はこの学校にきて浅いから、不安なところがあるんだろう。俺もそうだったよ。なるべく突っぱねるのはやめとこうな』

誰にも、言えたらこんなに悩まない。

それなりに知識もないところに相談するほど馬鹿じゃない…。


最初の距離感をミスったことを激しく後悔している。


廊下で道に迷ったとこに、うっかり制服のまま声をかけてしまったこと。

サジットの良いところに所属しているのは知っていたのだが。

深見先生この人はは普通生徒としては、音楽部に所属していることを知っていた。

ここで、向こうもコンタクトを取りたかったのだと気付いた。


それからずっとこうだ。


時間をずらしても、通知をオフにしても。

こっちの生活リズムなどおかまいなしに、学校からの連絡として四六時中、端末に入ってくる。


おまけに、深見先生のお気に入りなんて変な噂も流れている。

あ。でもこれは使えるかもしれない。

一気に、飲み干すと、キャラを作った。

「先生―。こんな噂知ってますか?」

「何?」

「でも、言いにくいな…」

「どうしたの?言っていいよ」

「小峰先生より、俺は菊原さんとも、年齢も近いんだし、遠慮することないって」

「――そうですね。私がヘリオスじゃなかったら…」

「そうだよ。だから言って」

「―私、深見先生のお気に入りらしいんですよ。どこにいるか聞いてくるし、頻繁に連絡もするし。もしかしたら、付き合ってるんじゃないかって」

「そういうのは、言わせておけばいいよ」

「そうですか。―私は、いい迷惑ですけど」

「迷惑かぁ…」

「でも。――案外、先生とはいい関係になっても良いかなって。―私、深見先生のこと、好きだったらどうします?」

にっこりと恥らしく言って見せる。

深見先生の顔は硬直した。

これが、最後の会話だったら永遠にトラウマとして刻まれてくれ。ナルシスト教師。

「そういうとこだよ。先生」

缶をごみ箱に投げ捨てて、先生の意識を戻す。

「じゃあ」

この一言で、距離を置いてくれればとの思いと、演技でも口に出した言葉に心底吐気がする。

汚れた制服をクリーニングにだして、射撃場に向かった。

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