第5話 新たな出会い

翌日、新しい依頼を受けに、依頼人の元へと向かった白菊、そして家で待っていろと白菊に言われたのにも関わらずついてきた夏鈴。行先は病院だった。依頼人の名前を受け付けの看護師に示し、白菊は自分が葬儀屋だということを伝える。すると快く案内された。

このやりとりは白菊にとって慣れたものだった。


 身体を悪くした人の治療場所、そして最も人が亡くなる場所だからだ。依頼人は大体病院や老人ホーム、自宅にいることが多い。薬品臭く、清潔そうに見せる建物の白さを白菊は体感し、入院患者ともすれ違っていく。


 珍しく静かな夏鈴を見る白菊。あまり楽しそうではなく、どうやら俯いている。景色を極力視界に入れないようにと努めているようだ。確か、夏鈴は治療の術がない病だったと言っていた。その身の上、思うところがあるのだろう。


 数分歩くとホスピスの建物に入っていく。――末期がん患者か。白菊はそう予期する。ホスピスとは、病気による苦痛を緩和し、最期を穏やかに過ごすことが出来る場所だ。がん患者だけではないが、いろいろな方が入居している。


 入口から少し歩くと、ある一室に案内される。『赤城あかぎ 絃葉いとは』というネームプレートが入っている。……女か?ふとそんなことを考えた。ネームプレートが一枚のみなところを見ると共同部屋ではない様で白菊は少し安心をした。なぜならその方が周りにも迷惑をかけないし、白菊も気が楽だからだ。案内してくれた看護師が扉を優しくノックし、声を掛けると返事が聞こえる。

 

「どうぞ」


 その声を聞いた看護師がゆっくりと扉を右にスライドさせた。そこにはベッドで体を起こしている少女がいた。陽光に優しく照らされ、少しだけ顔に影が落ちている。そこに微かに笑う表情も相まって、儚さや脆さを感じた。

 

「ああ! あなたが葬儀屋さんですか!」


 そう言うのは目の前にいた少女ではなく、その横の椅子に腰をかけていた少女の母親だった。

 

「初めまして、葬儀屋の白菊と申します。今回はこちらの絃葉さんでよろしいですか?」

「……はい。この子、幼くしてがんになってしまって……まだ十二歳だって言うのに! 何もできずにいる自分が情けないです」

「そうでしたか……」


 十二歳でがんか……これまで様々な人の最期を見届けてきた白菊だが、それはやはり稀なのだろう。今回が初めてだった。

 

「では、今回はこちらの病室に泊り、怨霊から娘さんを守らせていただきます。一番怨霊が襲ってこない日中は仮眠の時間にさせていただきます」


 等と、怨霊から依頼主を守るための説明を一通りする。

 

「はい、分かりました。どうか、娘をよろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げる少女の両親。

 

「はい、全力で務めさせていただきます」


 そうして一通りの会話を終えると、ここまで案内してくれた看護師が申し訳なさそうに話しかけてくる。

 

「あ、あの~……」


 返事をして振り返ると看護師さんの後ろに隠れる夏鈴の姿があった。概ね、夏鈴をどうあつかえばいいか分かりかねているといったところか。謝って夏鈴を引きはがそうと近づくと、その言葉は放たれた。

 

「おねえ、ちゃん?」


 弱弱しく、口が思うように動かない中、絞り出したように呼ぶ声。その声の少女、絃葉はベッドの毛布をはぎ取り、ベッドから降りる。その瞳には涙がたまり、大粒を降らせている。

 

「お、姉、ちゃん! お姉ちゃん!」


 夏鈴の元へと駆け寄ろうとした絃葉は、その行動に筋肉がついていけずにその場で倒れそうになる。

 

「絃葉!」


 しかし、倒れることはなかった。間一髪、夏鈴が絃葉を抱きとめたのだ。

 

「お姉、ちゃん……お姉、ちゃんっ!」


 絃葉は顔を夏鈴にこすりつけ、二度と離さないかのように夏鈴を抱きしめ返した。それはまるで、存在を確認するかのように。夏鈴は何のことだかさっぱりな表情だったが、小さな女の子が泣いているのを前に、頭を撫でられずにはいられなかった。




 絃葉は泣き疲れ、ベッドに横になり寝始めた。起きるのはいつになることやら。絃葉同様に涙を流していた絃葉の両親に事情を聞くと、絃葉の姉の紬葵つむぎが一か月前から行方不明だったらしい。その姉こそが夏鈴の今の身体の少女であった。姉も病院に入院していたらしいが、ある日突然いなくなったらしい。それはきっと夏鈴が身体を奪った時だろう。なんとなくその真相を察してしまった白菊は、そこはかとない気まずさを抱えた。


 今は絃葉の両親も帰り、今は寝ている絃葉と夏鈴、白菊の三人が病室にいた。窓からは茜色の夕日が、優しく白菊たちを包んでいた。そんな中、夏鈴は己を責め続けていた。夏鈴は顔を手で覆いながらも、瞳から出る大粒の涙が手の隙間から漏れ出ていた。

 

「私やっぱ最低だ! 自分の意味のない復讐に罪もない女の子を巻き込んで! そのせいでこの子は、この子として死ぬことが出来ないっ……私、私はどうしたら……!」


 椅子の上で上半身をうずくまらせている夏鈴に白菊は淡白に言う。

 

「お前のやることは変わらない。このまま死ぬことを望め」

「でもそれだったら、この身体はドロドロに……!」

「自分でしたことは、きちんと自分で決着をつけろ。それが奪った子に対する誠意ってもんだろ。それに、それがその身体の子のためにもなる」

「ほ、ほんとに?」


 やっと顔を上げた夏鈴に白菊は続ける。

 

「ああ。お前と言う呪縛から解放されるんだからな。まあそれだけじゃ、その子の家族には顔向けできないけどな」

「うぅ……」


 少し意地悪が過ぎたかと、夏鈴の表情を見て思う。詫びと、謝罪と、逃げの意味を込めて、懐にあった財布を取り出し、夏鈴に投げる。

 

「ほら、こいつでなんか飲み物買ってこい」

「えぇ!? 今!?」


 財布をナイスキャッチした夏鈴は、少しばかり文句をたれながら病室を後にした。

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