19 ︎軌跡 1

「この辺りなら大丈夫そう」



 周囲を見渡しながら地面の感触を確かめている、踏み込む足を適度に支えてくれるような所をキャニィは探していたらしいので御眼鏡に叶う場所を見つけて嬉しそうに見えた。


 僕は背に担いでいた荷物を地面に置く。


 この荷物はここに来るまでの道中で揃えた物だ。中身は飲料水や保存の効くような食べ物、包帯や傷薬、消毒等が入っている。



「さ、準備して」



「うん」



 早朝という訳でもなく、しっかり日が昇ってはいるものの気温的には肌寒い。上着を脱いで畳んでいる間に身体は先程まで持っていた熱を失っていく。


 充分なストレッチを済ませ、節々に布地を巻く。

 そうすると擦り傷や枝葉などでの切り傷をある程度防げるらしい。



「ショータが冒険者を選ぶ以前に、この世界に来たからにはまず『魔素』を理解して掌握コントロール出来るようにならないといけない」



 そう言ってキャニィは右手から2.30㎝くらいの火柱を立てる。

 一定の揺らぎを見せながら、確かにその場に存在していた。


 ある程度見せて、フッと息を吹きかけて炎を消した。



「私たちは魔素を使って『魔法』を使うの。でも自然の中の魔素を使ってるわけじゃない、あくまで自分自身の体内にある魔素でしか魔法は使えない」



「使えないの?出来そうなイメージはあるんだけど」



「厳密には自然界に存在する魔素は直接取り込むにはあまりにも純度が高すぎるの、だから私達は一度呼吸というワンクッションを挟んで魔素を自分達に合うように純度を落としてるの」



「取り込むんじゃなくて、そのまま使うっていうのは」



「それも無理、まぁ後で分かると思う、説明はするから」



 そう言いながらキャニィは魔素についての説明を続ける。

 ある程度聞いて嚙み砕きながら分かった事は三つ。



 1つ、魔素は血液であり同時にエネルギーであると言う事。


 大気中の魔素を取り込み肺で純度を落とし心臓から全身の血管に魔素を回す、血液に含まれるのが酸素か魔素かの違いだと僕は考えている。

 そして、これはエネルギーだ。人が魔法を使う為、魔道具を動かす為に使う唯一の絶対的なエネルギー。前の世界でいう電気より絶対的な立ち位置にいる。



 2つ、魔法はイメージによって発動すると言う事。


 必要なのは具体的なイメージだ、漠然としたモノでは出力が格段に落ちる。

 より複雑に発動中の効果と動きを想像出来れば、おのずと出力は上がる。


 これはまだよくわからないので、魔法をいざ習う時に詳しく教えてもらおうと思う。




 3つ、これが一番重要だ。

 それは魔素を知覚出来なきゃ話にならないと言う事。



「うぬぬッ!!!!」



「力んでもダメ、体内の魔素を感じて手に集中させるの」



 そして今、僕はそれを知覚しようとしている。



(キャニィが言うには【能力】を使った時魔素が出ていた。何かが抜け落ちていく感覚も今なら魔素だったと理解出来る、でも、それでもッ)



 魔素の感覚が分からない。


 当然と言えばそう、この15年そんな事考えて生きてきた事は無い。

 魔法なんて本の中の話でしかなかった、当たり前だ。


 一時間、二時間と時間を過ぎて昼になる。

 感覚は大分掴めてきたので、まずまずと言ったところ。



 お昼は簡素なモノだったけど、ピクニックみたいで割り増しに良かった。

 昼前に掴んだ感覚を忘れないように、キャニィと共有しながら助言を貰う。


 キャニィも人に教えるのは初めてだったらしいので色々とダメだった時を考えて策を用意してくれているらしい、環境に感謝しようと思う。



「ご飯食べた後だけど、ここからは基礎的な訓練も並行してやるよ」



 これがキツかった。


 体力面と足腰に関しては人並み以上にあると言われたから、上半身の筋力増強をメインに休憩時間は魔素の感覚を掴むように振り分けてもらった。



「ってて......明日は筋肉痛だ」

「ん、じゃあこれ飲んで」



 終わり際に渡された小瓶。

 透明ではないので、中身は見えない。


 ぐびっと一気に飲んだ。

 心なしか、身体が楽になった気がする。



「これで強制的に筋繊維を回復させるから、明日も頑張ろうね☆」



 楽になった......気がする。


 宿に帰る道中で適当に夕食を済ませた後、キャニィとは一旦別行動を取ることになった。何でも指名依頼が入ったそうなので、組合本部まで行く事になったとか。


 だから、宿には僕一人。



「本でも読んでて......とは言われたけど」



 冒険者組合には図書館がある、これは今までの幾千万の魔物と対峙した冒険者の筆記や、歴史書、指南書など様々な書物が置かれている。


 借用も認めていたので、キャニィが前行った帰りに何冊か借りてきていた。



「歴史書かなぁ......会話に整合性取れるようにしないと」



 今更だがアテナ様のくださった【言語理解】には頭が上がらない。


 視覚、聴覚から入った情報を僕が分かるように脳内で変換してくれているおかげで、こうして文章も読むことが出来ている。

 しかも話す時でさえ僕の言語を変換して届けてくれているのだから、頭など一生上がる事はないだろうと思う。



「お、これ絵本だけど......歴史書っぽい」


 タイトルは『勇者と魔王』

 もう少し真面な名前は無かったのかと思った。

 短そうなので、ざっくりに読んでみる。


 本を片手にベッドへ転がり込む。

 そして一枚ずつページをめくっていく。


「——遠い昔、今よりも1000年以上前、この世界は魔王がいた。暴虐と破壊の限りを尽くした魔王を打ち取ったのは異世界より召喚された勇者だった」



「——その戦いで受けた傷は深く、魔王を打ち取った直後仲間達に看取られてこの世を去ることになる、ただ死ぬ間際、彼は仲間にこう告げる『またいつの日か、生まれ変わってでも会いに行きたい』と」



「——その時、空が眩しく光り輝き天使が舞い降りたという。そのこの世の者とは思えない姿に思わず仲間達は呆気に取られ、跪いたという」



「——天使はこう告げる『そなたの願い聞き届けた』と、その瞬間彼の身体を光が包み込む。そして光が晴れた時にはもう天使の姿は無かったと言う」



「——勇者は今もどこかの国で姿を変えてのんびり暮らしているのかもしれない」



 ざっっっくり読んでみた。


 昔話を今風にアレンジしたものなのだろうか?


 勇者が魔王まで辿り着くお話ではなく、勇者が魔王を倒した直後に起こった事の話のように思える。天使が舞い降りたとか胡散臭い所はご愛敬だ。



「でも......ページ千切れてるんだよな」



 最後の数ページと、中間のページの大部分が抜け落ちている。

 だから色々省いて読まなければならなかった、少々不満が積もる。



「はぁ......次の読もっと」



 僕はベッドから飛び起きて

 別の本を探すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る