15 ︎︎その選択肢

「始めるわよ」



「え、え!??」



 いきなりのスタートに混乱している僕を置いてルリアーネさんはパチンと指を鳴らす。



 すると、闘技場の入口上空に時計が現れた。


 時計は無機質な炎で出来ていて、ただそこ一点に静止している。

 針は音を漏らさず一定の速度で動いていた。



「あの時計の針が0を回った時に終了とするわわ、これを試験とするなら項目名は『模擬戦闘』かしらね」



「模擬戦闘........」



 模擬戦闘......文面からは無理そうな雰囲気が出ているが、まずは一度彼女の姿形を確認しよう。



 彼女は僕よりも少し小さいくらいの体躯で人形のように華奢だ。

 服装の張り具合から見ても筋肉がついているようには見えない。


 けど僕の顔を掴んだ時の力。

 あれが本物なら力では勝てないだろう。



 魔素は?......いや無理だ分からない。



 いや別にいいんだ、心で訴えかけよう。

 勝てる勝てないじゃなくて認めさせるんだ。



「ふぅ.........よしやるぞ」



 頬を叩いて己を鼓舞する。単純だけどそれだけに気合いが入る。



 ルリアーネさんはというと



「よっこいしょ.......ほっ.......ほっと」



 まるでおばあさんのような声を上げながら準備運動をしていた。

 おおよそ20代前半にしか見えない女性が、動作の度に声を漏らすこの光景はなぜか前の世界を思い出すというか、ほのぼのとしていた。



「ああ、武器が無いことを忘れてたわね」



 そう言ってパチンと指を鳴らす。


 すると彼女の右手側の空間が歪む、そして右手を差し込みある程度して引き抜く。


 そこには刃渡り1メートル位の両刃の剣が握られていた。


 そして投げた、僕の方に。



「ひッ!」



 首筋から数cmズレた所を剣は通り過ぎた、壁には深々と剣が突き刺さっている。



「殺す気でかかってきなさい」



 殺気。



 思わず壁までズリ下がるくらい、産毛も立つような濃密な殺気。生殺与奪を完全に握られているような感覚。



 だが試験中の事を思い出し、震えた足に手を付きながら立ち上がる。



 僕は剣をゆっくりと引き抜き構えた。

 そして見据えるは目の前の彼女。


 今だに用紙から手を放しておらず、ペンも握ったまま。これで十分だろうといった考えが見受けられる。



「いきます!!!」



「どこからでもどうぞ」



 僕は剣を振り下げてゆっくりと近づいていく。

 人を切ったことは今も昔も一度たりともない僕だけど、振り方ぐらいは分かっているつもりだ。



「はっ!!」



 僕は彼女に剣を振りかぶる。

 剣は空を切り、横薙ぎに彼女へ走る。



「遅い。筋力足りてないわ」


 それを彼女はそよ風のように躱す。視線もペンも用紙から一切離れていない中で当然のように回避するのは、僕から見ても異常だった。



「っとりゃあああ!!!」



 だが剣は木製なので軽い。

 反動を気にせず、そのままもう一度剣を振ることができる。



「甘い」


 彼女はペンの持ち手を翻し、そのままペンを突き上げる。

 突き上げたペンは丁度剣の側面部へと当たり、軌道が大きくズレた。



「あっ」



 剣は地面へ深々と突き刺さる。中間くらいまで進んでいるので抜くのが大変そうだ。



「んー筋力あるのか無いのか分からないわね......【身体強化”弱”】の影響かしら」



 首を傾げながら紙に書き込んでいく


 いやいやいやいやいや、降りかかる剣の側面へ寸分も狂いもなく刺突したよね??

 少しでもペンの突く位置がズレていたら直撃してたでしょ??


 これを神業と言わずなんて言う?




「......まだですッ!!」



「そうね、さぁ......来なさい」





 ――その後は一方的だった。



 彼女まるで空を舞う木の葉のようで完全に捉えたと思っても、簡単にすり抜けられてしまう。

 彼女の動きが速すぎるのか、それとも僕が遅すぎるのか......答えは両方だとして、割合が多いのは後者だろう。不甲斐ない自分への感情が募る。



「はぁ.......はぁ.......」



「......だいたい分かったわ」



 彼女は息1つ乱れておらず、先程から全く変化が見えない。

 対して僕は剣を握る握力もほとんど残っておらず、息も絶え絶えだ。


 さっきから体は重いし、あちこちの関節が悲鳴を上げている。

 ロクな運動をしたことが無かったせいか思ったより疲れが速かった。



「どうする?まだ時間は残ってるけれど。このまま試験を終了することを私からはおすすめするけど」



「はぁ.........はぁ」



「もうほとんど力は残っていないでしょう。剣も真面に握れてないわよね?」



「そ、それは......」



「自らの刃を落とすことは敗北と同義。その剣を握れないという事は諦めるのと同じよ」



「...........」



「再試験をするのも良いわよ。また何時でも相手になるわ」



「僕は......」



「今ここで止めても私文句無いわよ?」




 弱い



 ああ、僕は本当に弱いんだ。ただどうしようもなく当たり前に弱いんだ。

 分かってはいたよ、スライムに追いかけられて死にかけて、1回死んだ時点でそんな事は......。



 掌の痛みに顔を歪め、ゆっくりと開く。

 血だらけの掌、戦いを知らない無垢な手。



 ――折れかけている



 言われなくても分かる無力感。


 膝を着き地面を舐め

 血だらけの掌で剣を握る。


 見下ろされた目には光は無い。



 ――何かが折れかけている



 思わず顔を背けた、ただ怖かった。

 顔を上げたくない、その目をまた見たくない。


 ああ、情けない

 その事実に身体が震える。



 ――心が折れかけている



 無理なのかもしれない。


 ここで頑張るよりかは次に回した方が懸命なのかもしれない、その方が良い。


 また何時でも相手をすると言ってくれたし

 これ以上頑張っても、意味は無いと思うし



「ここで止めても......あ゛」



 何だこの嫌な感じ。


 湧き上がってくる倦怠感と嘔吐感、生理的に拒否反応を起こしている。何かが僕の喉に突っかかって小骨のようにじんわりと痛みを与えてくる。



 止める.......あ、そうか。

 僕は逃げているんだ、また。



 また、またまた、また.......逃げる?



 逃げる?逃げるって、また?

 この世界でも逃げる?


 ここで逃げて、次?次に回す??




 その選択肢はもう

 俺には残ってねぇよ。





「やります。全然大丈夫です」



「ッ......自分の状態が分からない?時間の無駄にしかならないけど?」



「良いんですよそれで。元から僕は1分1秒が時間の無駄みたいな毎日を送っていたので、この世界では全てが意味ある物にしか見えないんですよ」



「きみは........」



「だから続けましょう。僕はまだ認めてもらってない」



「そう、分かったわ」




 そう言ってルリアーネさんは目の前から消える。



 次にその姿を見た時、視界は傾いていた。だんだんと景色がぼやけ、意識が朦朧とする中で



 彼女はただ一言




「ま、ごうかくね」




 と言ってその姿を消した。



 その後、遠くから聞き慣れた女の子の声が闘技場を震わせたのがわかった、その声を皮切りに意識がスっと消えていく感覚を覚える。



 そして



 深い深い暗闇の中に

 僕は身体を預けていった。














「.......ここは?翔太はどこなの?」






 side_神威歩乃果

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