12 ︎︎宵の口

 気絶した三人の四肢を縛り、有り合わせの布地を猿轡さるぐつわとして代用して無力化した。


 その後、街の警備の人達に預ける。


 組合の関係者が後で引取りに来ると伝えた後、足並みを揃えて夜の眩しい街並みを歩いた。



「「.......」」



 夜はまだ始まったばかり

 僕らの沈黙は自然に紛れる。



「ねぇキャニィ」



「なぁに?」



「さっきの人達って元はキャニィの仲間だった人達だよね?」



「そうだね」



「やっぱりまだ憎い?簡単に消えるモノじゃないのは分かってるけど、あんまり引き摺って欲しくなくて」



「全然引きずってないよ?」



「そうなの!?」



「勿論、殺されかけたのは事実だし。信じてた仲間に裏切られるのは流石に堪えたけど......」



「けど?」



 含みを持たせるような言い方をされたので僕も先の言葉を期待するような素振りを見せる。


 少し間を置いて、彼女の口が動いた。



「いましあわせだから♡」



 ぞくりと背筋が凍るような感覚。


 彼女の目は真紅のように鮮やかな赤色だ。だがこの時だけは少し黒ずんで見えた。


 其の姿が、少しアイツに似る。


 振り払うように視線を切り、忘れるよう街並みの漣に耳を傾けた――。




(ショータはずっと一緒にいてくれるよね?)



 彼女はすっかり堕ちていた、今日初めて会った珍しい黒髪の少年に。



(ショータ......)



 端正な顔立ちと引き締まった体。体力も十分にあるし魔素量はエルフと同じかそれ以上のモノを感じた。


 何より、人懐っこいくせに所々で無垢で自分を顧みない優しさを見せる翔太の人柄に彼女は惹かれていた。



(しあわせ)



 キャニィはそんな翔太の横顔を

 甘美な表情で眺めていた。


 その姿は街行く人々が思わず2度見してしまうほど淫らで魅力的に映った。




 〜〜〜〜〜




 本当にここで大丈夫なのだろうか?


 着いた先は街中ばにある小酒場だった。意気な音楽と酒に酔って抑制神経が麻痺った男達の大声がここまで聞こえてくる。



 カランカラン。



 扉を開け、店内をぐるりと見回す。

 周囲の目線が1点に集まったのがわかった。


 思わず声が漏れる。


 小酒場の店主さんは初老ではありえない筋肉と体躯をしているし、周りにいる人たちも傷だらけの体躯に強面の顔の人達だし.......



 僕はこの突き刺さる目線に辛抱貯まらず

 キャニィの後ろにそそくさと移動する。



「だめ」



 そう言われ隣に引き戻された。

 周囲がどよめくのが分かる、何故?



 店主さんはキャニィの姿を見て、一本の酒をケージから取り出してカウンターに置いた。



「キャニィ!!!お前さん死んだって報告が来てたがありゃ嘘か?ま、ありえねぇと思ってたからよ、お前さんキープはこの通り残してある」



 彼は酒の瓶を持ち上げて銘柄を見せつけた。そう言うと周りのギャラリーも酒を持ち上げる。



「俺たちゃ行天したぜぇ、まさかキャニィが!?ってよぉー」

「そりゃそうだが無事生きててよかったぜ!」

「キャニィちゃんはアイドルだっぺな........」



 飲んでいた人たちもキャニィが生きていたことを嬉しんでいるようだった。



「今日は別の用事があるの、飲むのはまた今度でやりましょ。それよりも本部へ行きたいのだけど」



「なんだぁ!つれねぇな。ま、任せとけ」



「助かるわ、いつもありがと」



「おうよ!後ろのにいちゃんもキャニィを宜しくな!!」



「え!?......は、はい!」



 そう言って店主さんはニコッと笑って後ろのケージから一本の小さい瓶をよこしてくれた。



「こ、これは......」



「にいちゃんは若そうだからジュリーの実と炭酸のモクテルをやるよ!ま、餞別だと思って受け取れ」



 瓶はキンキンに冷えていて結露で少し濡れていた。左手で受け取ったので少し傷口に染みたがそれよりも嬉しさの方が上回っていた。


 そして店主さんは鍵束を取り出して酒場の奥にあったドアに向かい、鍵についている番号を確認して一つを鍵穴に差し込んだ。


 扉の隙間から光が漏れ出すのが見える。



「ほらよ、さっさと行きな!」


「行こう、ショータ」



 扉の正面に立って気付いたが。この扉、壁の上から被せてるだけのハリボテだ。本当にこれで冒険者組合に行けるのだろうか?



「じゃあまた今度飲みましょ」



「おう!そん時はお前の脱白歯についてたっぷりと教えてくれよな!!」



「に”ゃ”!!黙”れ”クソオヤジィィ!」



「ははっそれじゃあな!!!」




 そして僕らは扉の奥へ足を踏み出した。眩い光が視界いっぱいに広がり、思わず目を細める。


 酒場の音楽も賑やかな声も聞こえなくなり

 徐々に視界が鮮明になっていく。



「お、おお」

「今日も人が多い」



 視界に現れたのは先程とは別の景色。


 艶消しの施された黒タイルを敷きつめた大きな通路。側面には重厚感のある立派な甲冑かっちゅうが並んでいる。


 扉からここに直接繋がっているとは思えないので、たぶん魔法か何かだろう。



「ここが組合本部への通路。各支部にある『扉』は全部この通路に繋がってるの」



「支部ってさっきの酒場?」



「うん、あれはエーテル支部。支部は依頼の受注と達成報告が出来たり、『扉』を使って本部に行ったり出来るよ、今みたいにね」



 じゃあさっきの店主さんって偉い方なのか。


 誰かさんがクソオヤジって言ってた気がしたけど多分聞き間違いなんだろうね。



「ついてきて」



 キャニィは1度繋いでいた手を離し、僕にあとを着いて来るように言った。


 そしてしばらく歩くと天井まで吹き抜けになっている空間に辿り着く。見た感じ天井まで50mくらいありそうだ。


 壁沿いに螺旋階段が作られており、それぞれが廊下や部屋繋がっていた。


 とにかく、スケールが大きい。



「ここが本部ね」



 そう言いながら中央のカウンターへ向かう。


 カウンターは円状に展開されており、各受付で役割が分かれているようだ。


 その中心には移動用らしき扉が数個鏡合わせのように存在しており、ぴっちりと制服を着た人達が出たり入ったり忙しなく動いていた。



「こんにちはルリアーネさん」



「あらキャニィ、今日はなんの用事?」



 キャニィは1人の女性に声を掛ける。


 ボブカットの金髪と丸渕の眼鏡が良く似合う綺麗な女性で、少し切れ目のある目が印象的に映った。



「私死んだって報告聞いてません?」



「聞いたわ」



「淡白ですね、それにしては」



「期待してるのよ、わかって頂戴」



 そう言いながら、どこから持ってきたか分からない用紙にペンですらすらと記入を始める。



「面倒な処理は後輩の子達に任せるわね」



 と言って書いた紙を隣の女性の机に置いた。隣の女性は一瞬嫌そうな顔をしたが、渋々受け取って作業を再開していた。



「で、きみはなに?」



 と思ったら目の前に立っていた。

 瞬きする間に目の前にいたのだ。


 突然の出来事に少々たじろぐ。



「ん、発情した雌猫の香りね。きみ結構この子に言い寄られたでしょ?違う?」



「はい?」

「にゃ゛!?」



 発情!?雌猫!?

 何を言っているんだこの人!?



「な、何を言って!キャニィも何か言ってあげ」

「隣はあまり見ない方がいいわよー」



 顔を捕まれて女性の方を向かされる。


 綺麗な女性の手にも関わらずその力は万力のようで、腕を掴んで離そうとしたが1ミリも動かない。



「その子照れ屋だから、あまりいじめないであげてね」

「は、はい」



 いい子ね、と小言のような言葉を耳元に囁いた後、彼女は踵を返してカウンターへ戻っていく。



「あ、せっかく来てくれたようで悪いけど、今日は遅いからもう帰りなさい。明日の昼過ぎにまた会いましょう」



 突然振り向いて、一言。

 明日の予定を確約された。



「わ、分かりました。お昼の後にまた」



「ええ、また」



「その時は是非よろしくお願いします」



「夜風には気をつけて帰りなさいね」



 そこまで話した後、背を向けて帰路に着く。


 長い長い1日の終わりと振り返る心内を曝け出す賑やかな夜道になるだろうと確信を持って。








「少し面倒な事になったわね」




 そんな僕が小さく呟かれた一言に気づくはずもなく、思い思いの夜は黒味を増していく。






 夜はまだ始まったばかりだ。

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