10月5日 悪虐の花魔法






「(お前が致命傷を防ぐかもしれないという懸念くらい、織り込み済みだ)」


 むしろ蔵人にとって、それこそが狙い。


「(しかし、いかに火を操る術式でも、想定外の発火なら対処が遅れる。取り分けには、直接の干渉は出来ない筈)」


 杖の術式は励起時に必要な外部情報の入力を演算装置が行う分、汎用性を欠いている。

 火を操る術式であれば、火以外は決して操れない。できて精々、高温で間接的に気流を作り出し、受け流す程度。


「(俺の目的は至近距離の爆発で体内に多量の種子を食い込ませること。一昨日花縛はなしばりの時に試したが、体表に根付かせるのは無理だったからな。皮膚ってのは意外と頑丈だ)」


 人体を苗床に花を咲かせる花化粧はなげしょう

 円滑な出力調整を行うためのイメージを固める一助として、蔵人が名を定めたいくつかの技の中でも現状二つのみ存在する、物理的な殺傷能力を備えたもの。


 その性質上、成功さえすれば概ね必殺。

 とは言え発動させられる状況、相手の体内に種子を植え込む段階へと行き着くまでの難易度が高く、あれこれと段取りを組み立てなければならない。


 仮に他の術式だったなら、もっと手早くカタをつけられていた。

 まどろっこしい小細工を駆使しなければ、まともな戦闘すらおぼつかない。

 実に使い勝手の悪い魔法を選んでしまったと、蔵人は胸の内で嘆息する。


「最初から俺を殺すつもりで来るべきだったな。妙な仏心など抱くからこうなる」

「あぅ、ぐ、がッ」


 筋肉や内臓に花の根が潜り込む激痛と異物感。

 とても立っていられず、蛍はたたらを踏み、背中から倒れ込む。


「……さて。一応尋ねるが、敗北を認める気はあるか?」

「ぅぐ、うっ……誰、がッ」


 痛みに抗い、アックスピストルを握り締めたまま、精一杯の威勢で降伏を固辞する蛍。


 指先さえ動けば、まだ魔法は撃てる。

 諦めてたまるものか、と。


「そうか」


 ──その返答こそ、蔵人が望んでいたものだとも知らずに。


「そうか。そうか。そうかそうかそうかそうかそうかそうか──」


 もはや堪えきれないとばかりに、が始まる。


「そいつは、実に──ありがたい」


 鉄面皮を崩し、三日月のように口元を歪ませて。蔵人は嗤った。






「今日一番に冷や冷やしたぞ。素直に敗けましたなどと言われたらどうしようか、とな」


 喜色を帯びた声音で、先程までよりも早口に言葉を並べる蔵人。


「何せこの数日、お前をどうやって料理してやろうかと、ただそれだけを考えて過ごしていたんだ。そんな楽しみをフイにされたら、俺は何をしでかすか分からん」


 口を動かす度に顔が痛むことも構わず、饒舌となって行く語り口。


「ああ。誤解しないで欲しいんだが、別にお前に個人的な恨みや確執があるとか、そういうことじゃないんだ」


 しばし倒れた蛍の周囲を回り、おもむろに立ち止まると、真上から彼女を覗き込む。


「ただ単に、嫌いなんだよ。人間って生き物が」


 炎で傷が乾くのか、がりがり、がりがりと、包帯越しに顔を掻きむしる。


「──俺の両親は頭に花でも咲いてるのかってくらいのお人好しでな。いつも他人から貧乏クジを押し付けられて、毎日毎日忙しそうに働いてるような人種だった」


 やがて鬱陶しげに、丁寧に巻かれた包帯を取り始める。


「挙げ句の果てには運転中、仲間内の下らん度胸試しに道から飛び出して来たガキを避けたせいで、対向車線のスピード違反トラックと正面衝突。車は前半分が圧壊し、夫婦仲良く二目と見られない姿になった」


 まだ癒えていない傷が外気へと晒される。

 額から頰にかけてを抉るように裂く、酷い怪我だった。

 恐らくもう、右目は使い物にならないだろう。


「後部座席に居た俺だけが、右腕の靭帯と顔の半分を損なう程度で助かった」


 直に傷を引っ掻き、血が滲む。

 まるで涙のように、塞がれた右目を伝う。


「散々両親の世話になった奴等は誰一人葬式にすら顔を出さない。納骨を済ませた後、墓前で半日は笑ったよ」


 マリアリィに声をかけられたのは、その帰り道。


「俺が楽土ラクドに来たのは、もう何もかも、どうでも良かったからだ」


 苦労して入った名門校は辞めてしまった。

 身の回りの物も、残らず処分してしまった。


 ──下院蔵人は、ための準備を全て終えたところで、スカウトを受けたのだ。


「だが継承戦の内容を聞かされた時、あの胡散臭さ極まれりな誘い文句に乗った自分を心底褒めてやりたくなったね」


 いよいよ喜悦を露わに、蔵人は天を仰いだ。


「戦い、戦い、戦い! それも一対一のぶつかり合いだ!」


 相手に何をしようとも誰の邪魔も入ることの無い、決闘。


「俺が大嫌いな人間共を好きなだけ痛め付けられる! バカな両親を食い物にしてた大バカ共、口を利くのも億劫な怪我人から思い出したくもないことを根掘り葉掘り聞き出そうとするマスコミ連中、退院する頃には別件で少年院送りになっていたせいで一発も殴れなかったガキ共にしてやりたかったようなことも、全部できる!」


 謂れの無い八つ当たりだと咎めたくば、好きなだけ罵るがいい。

 そもそも蔵人自身、己のこれからの行為に正当性があるなどと、微塵も思っていない。


「そう。お前は俺のを受ける、記念すべき一人目だ」


 そのために蔵人は、蛍の右腕だけ辛うじて動かせる程度に〈花化粧はなげしょう〉を抑えた。

 完全な戦闘不能とみなされ、決着がついてしまっては、興醒めも甚だしい。


「お前の体内に潜り込んだ百六十七個の種子を、手足の先から順にひとつずつ咲かせて行く。頑張って、なるべく長く耐えてくれ」


 蔵人の豹変に萎縮し、声も出せず彼を見上げていた蛍の顔が、いよいよ蒼白と化す。


「考え方次第じゃ、これはお前にとってもチャンスと言える。俺が長く続けるほど、お前は反撃の機会を得られるんだからな」


 言葉の内に滴らせたのは、ひとしずくの甘い希望。

 或いは、窮鼠に喉笛を噛み付かれて死んだところで一向に構わないという意思表示。


 最早蔵人には、生きるための努力を重ねる理由など、何も無いのだから。


「それじゃあ、始めさせて貰うぞ」


 佇まいを整えた蔵人が、ワンドを握り直す。


「──楽しもう。お互いにな」


 そして。その杖先で、足元を突いた。





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