十万楽土の花魔法使い

竜胆マサタカ

蛍火を呑む花片






 魔法とは、乱暴な言い方をしてしまえば、世界へと不自然を押し付ける術理である。


 起源を遡ることすら至難なほどの太古に魔力と名付けられた、生物を除いたあまねく存在が生み出す遍在的なエネルギー。

 その純粋無垢なチカラの性質を捻じ曲げ、燃料或いは材料とし、術者が望む事象を引き起こす行為を魔法と総称する。


 人類が魔法を行使するために編み出したいくつかの技法の中で、最も古く、最も研究と研鑽が重ねられ、最も高い完成度を擁するものが、術式言語である。


 独自の文字列によって構成される術式言語で織られた一文は術式と呼ばれ、大多数の魔法使いが魔法を扱う上での根幹を担う。


 術式は長文で綴られたものほど多様かつ精密な効力を備えるが、内容の複雑化に反比例する形で注ぎ込む魔力の変換効率は落ち、ロスが大きくなって行く。


 つまり必然、完全な等量の魔力で二つの魔法を行使し、押し合いとなった場合、より単純な術式が出力で勝る道理。


 ──以上の点を踏まえた上で、ひとつの問いを投げかけよう。


 例えば『火を操る術式』。

 燃焼という、恐らく世界で最もポピュラーかつシンプルな化学反応の操作。


 例えば『花を操る術式』。

 植物という、種類によって大きく異なる煩瑣な構造を持った、生命の一系統への干渉。


 火。そして花。

 これらの魔法が衝突すれば──果たして、どちらに分が生まれるだろうか?






 灰と消し炭と燃えカスが、おおよそ不自然な動きで燃え盛る炎に巻かれ、舞い上がる。


 土と、石と、花の焼ける臭いが、ひりつく熱を伴い、立ち込める。


「──ハッ、ハハッ、ハハハハハハッ!」


 火玉の爆ぜる音を掻き消さんばかりに鳴り渡る、甲高い笑い声。


 円形に広がった炎の中心で向かい合う、二人の魔法使い。

 その片割れが哄笑と共に自身の杖を振るい、炎を操作する。


「ここまで火の勢いが強くなりゃ、こっちのもんだ! チャチな小細工も終いだな!」


 周囲に残る花の残骸を、焼却炉に準ずる高温で焼き払いながら、包囲網を狭める。

 遠火で炙るかの如く緩やかに、そして確実に。万が一にも逃さぬように。


「──咲け」


 その一連を視線のみ巡らせる形で見渡す、もう片方の魔法使い。

 次いで手にしたワンドの先端で、足元を突いた。


「〈花檻はなおり〉」


 土石を押し除けるように芽吹き、瞬く間に咲き誇る、数千株にも及ぶ花々。

 その全てが絡み合い、ドーム状の壁を作り、敵対者を閉じ込める。


「ハンッ、またキョウチクトウとやらか。芸のねぇ野郎だぜ」


 が、幽閉された側に焦りの色は無い。

 言葉も表情も、簡単に抜け出せるとばかりの自信で満ちていた。


「下らねぇ下らねぇ下らねぇ! どこまで行っても花をバラ撒くしか能がねぇ! 何がだよ! こんなもん、高温で一気に燃やせば──」

「〈花絨毯はなじゅうたん〉」


 周囲の炎が焼却に動くよりも早く、新たな萌芽が始まる。


「なッ」


 まだ地中に種が残っていたのか、ドーム内を埋め尽くす勢いで咲き乱れる鮮やかな紫。

 それら全てが、悪意ありきで扱ったなら、人を殺すに余りある危険度を有した毒花。


「う、ぐっ」


 つい先程、己を縛り上げていたもの。

 未だ新鮮な記憶から感触が鮮明にフラッシュバックし、敢えて教えられた毒性への警戒心も手伝い、一瞬硬直する思考。


 しかし花々は、そのまま足元にて大人しく咲き誇るばかり。

 五体を括るどころか、尋常以上の成長を施される気配すら窺えない。


「前にも言った通りだが、物事の下る下らないは捉え方次第だ」


 そう。最早拘束など、まるで必要無かった。


「お前が間抜けにも固まってくれた数秒のお陰で、内部にトリカブトの花粉を満たせた」


 密閉空間を作り出すことこそ、花の檻を編んだ目論み。


「攻め手の選択も誤りだったな。無闇に火力を分散させるべきではなかった」


 半分でも手元に残されていたなら、この毒壺が完成する前に内側から食い破れた筈。


「新たに炎を作ったところで、火力が小さ過ぎて先程の二の舞。外の炎を操ろうにも八方を覆う花に魔力を遮られ、操作感度は半減。壁を破る頃には、お前の肺は毒に浸かる」


 再び足元を突く杖先。


夾竹桃きょうちくとうと違い、トリカブトの毒性は熱で薄まるが……まさか自分の臓腑を燃やすワケにも行かないだろう」


 ドームの外側を更なる花の波濤が覆い、壁を厚く補強して行く。

 少なくとも、素手で押しのけて脱することなど到底不可能だと断じられるほどに。


「──さあ、どうする。炎使い」





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