純真少女が毎年節分に現れる褌鬼姫と相撲をとる話
ぽにみゅら
~出会い~
わたしの名前は更科瑠璃。
わたしには誰にも言えない秘密があります。
それは毎年節分になると鬼がわたしに会いに来るというもの。
そう、鬼です。
しかし昔話で描かれているような恐ろしい姿ではありません。
名前は伽羅。私と同じくらいの歳の女の子で、節分の日にだけ会える私の大切な友人です。
うちは古くからある神社で、代々宮司やっている家系です。そのためわたしは幼いころから巫女として父の手伝いをしてきました。
彼女と出会えたのはそのおかげなのかもしれません。
初めて会ったのはわたしが小学校3年生の時でした。
夕食の後、家族と豆まきをして自室に帰ろうとしたときです。
瑠璃……
誰かに呼ばれた気がして振り返りましたが誰もいません。
瑠璃……早く来て……瑠璃……
「誰? お母さん?」
やっぱり誰もいません。それでも確かに聞こえる声。
わたしはサンダルを履いて外に出ました。
あれ? おかしいな?
その時、不思議な事に気が付きました。
2月の始めだというのに何故か寒くありません。普通ならパジャマ姿で夜外に出たら寒さで凍えてしまいます。
それに今日は雪が降っていたはずなのに……
見上げれば満点の星空。積もっていたはずの雪もありません。
社殿の方が明るい。もしかして火事!?
「お父さん! お母さん!」
電気とは違う金色に揺らめくような灯りに気がついて私は両親を呼びます。しかし、家の中は暗いままで、わたしの呼びかけに答える者はいませんでした。
どこ行っちゃったの?
仕方なくわたしはひとりで社殿へと向かいます。
そこでは煌々と篝火が焚かれていました。火事ではないと安心したわたしですが、周囲に人の気配はありません。
社殿の前には土俵があって毎年お祭りの日に奉納相撲大会が行われます。
篝火は土俵を照らすかのように置かれていました。
「待ってたよ。瑠璃」
「えっ? 誰?」
突然声をかけられます。見ると見知らぬ女の子が土俵の上からわたしを見下ろしていました。
とても綺麗な女の子です。でもわたしは彼女を知りません。
琥珀色の肌。後ろで束ねた長くて白い髪。身に着けているのは胸覆う晒しと褌だけ。ほとんど裸のような格好です。
彼女は金色の目をわたしに向けて言いました。
「わたしは伽羅。わかりやすく言うと鬼、かな」
「鬼?」
彼女の頭に目を向けると、白い髪の合間から水晶のような半透明の角が一対生えています。
「ひっ!?」
わたしは小さく息をのみます。
「怖がらないで、瑠璃」
「ど、どうして? どうしてわたしを知っているの?」
当然ですがわたしには鬼の友達はいません。伽羅なんて名前も知りません。
「わたしはずっと瑠璃を見ていたの。友達になりたいって思っていたわ。でも、鬼と人では住む世界が違うから諦めてたんだけど、それをこの神社の神様が叶えてくれたの」
「うちの神社の神様が?」
「そうよ。瑠璃は神様に気に入られているからね。あることを条件にこの神社とわたし達鬼の住む世界とを繋いでくれたの」
「そ、そうなんだ……」
「瑠璃お願い。わたしと友達なってほしい。駄目?」
駄目? というか、さっきわたしは家族と「鬼は外」って豆まいてたんですけど、こちらこそいいのでしょうか?
もっともわたしは神社の娘ですから神様は信じています。神様が私と伽羅を会わせたかったというなら、私はそれを受け入れるしかありません。
わたしは彼女に頷きます。
「ありがとう!」
その時彼女が見せた笑顔に恐怖は吹き飛びました。そしてわたしも、このちょっと不思議な女の子と友達になりたいと思いました。
「それでね。わたしが瑠璃と会うためには条件なんだけど……」
「条件?」
「そう、条件。まず、会えるのは鬼と人の関わりが最も強くなる節分だけ。それもそんなに長くは無理みたい。それからこれが大事なんだけど、わたしと瑠璃とで相撲をとること」
「お、お相撲!?」
「ええ、神様は相撲が大好きだから」
神様もタダでは願いを叶えてくれなかったようです。でもわたしのような子供の相撲にそんな価値があるのでしょうか?
あれ? そういえば女の人が土俵に上がると神様は怒るんじゃありませんでしたっけ?
わたしがそう尋ねると伽羅は可笑しそうに笑いました。
「あはは! 瑠璃は毎年ここで相撲をしてるじゃない」
「そ、そうだけど……どうして知っているんですか?」
「言ったじゃない。ずっと瑠璃を見ていたって。神様だってそうよ? とびきり可愛い女の子が男の子に混じって頑張っているんですもの。気に入られて当然ね」
お祭りの奉納相撲大会には子供の部があってわたしは毎年強制的に参加させられています。
「大昔から神も人も鬼もみんな相撲を楽しんできたのよ。女だからとその楽しみを奪うなんて鬼ですらやらないし、神をも恐れぬ所業だわ。もし勝手に神様を語り、筋の通らない決まりを作る者がいるとしたら、今頃神様から見限られているんじゃないかしら?」
なるほど。神様が認めているならわたしが疑問を挟む余地はなさそうです。
「ほら! 瑠璃も土俵に上がって!」
「う、うん」
言われるがままに、サンダルを脱いで裸足になるとわたしは土俵に上がりました。
お祭りの日以外はビニールシートに覆われて、俵もしまわれていはずの土俵も今はしっかりと本来の形になっています。
わたしは特別お相撲が強いわけではありませんが、クラスの中でも運動はできる方です。今年の奉納相撲大会では運にも恵まれて中学年の部で準決勝まで勝ち進みました。
「本気でやろう? そうでないと神様ががっかりしてもう会えなくなってしまうわ」
「う、うん」
伽羅とわたしの体格は同じくらいです。でも、人が鬼に勝てるものなのでしょうか?
仕切り線を挟んで向かい合うと、腰を落として蹲踞の姿勢をとります。
綺麗……
裸で恥ずかしがる様子もなく脚を開く伽羅。その姿にわたしは見惚れてしまいました。
それに比べてわたしはどうでしょう? パジャマ姿で何とも情けないです。
「目はそらしちゃ駄目。わたしを見て瑠璃」
伽羅はまっすぐにわたしを見つめます。そんな彼女に認められたくて、わたしはその視線を受け止めました。
彼女に負けないように姿勢を正して脚を開きます。
「綺麗よ。瑠璃」
伽羅が満足そうに笑みを浮かべたので、わたしは嬉しくなりました。
「さあ、勝負よ瑠璃」
「うん!」
伽羅の視線を受け止めたまま握った手をおろします。
そして……
はっけよい、のこった!
わたしと伽羅の相撲が始まりました。
わたしは伽羅の褌を掴みますが、パジャマの私はまわしを締めていません。
でも伽羅はわたしの服を掴むことなく脇に手を回して投げます。伽羅の力はとても強くて、わたしは耐えることができませんでした。
「きゃっ!?」
あっという間の決着。みっともなく土俵に転がったわたしを伽羅が嬉しそうに見下ろします。
「わたしの勝ち」
わたしは投げられた時の痛みと、何もできなかった悔しさで泣きそうでした。
伽羅は身をかがめて倒れたわたしを優しく抱き起こします。
「ご褒美もらうね」
伽羅の綺麗な顔が近くにあってわたしの胸が高鳴りました。その時わたしの顔は真っ赤になっていたと思います。
伽羅はそっとわたしの前髪を掻き上げました。そして……
「……っ!?」
小さく音と柔らかいものがおでこに触れました。
キスされた!?
おでことはいえ初めての経験です。でも嫌な気持ちはありませんでした。
「そろそろ時間みたい」
「えっ? もう?」
「強くなって、瑠璃。神様を満足させればその分長く会えるから」
少しずつ周囲がぼやけていきます。
「まって!」
それから伽羅の顔もぼやけてきて……私は彼女に手を伸ばしましたがそれは虚しく空を切りました。
「来年また会いましょう」
何も見えなくなった世界で、彼女の声だけが聞こえてきました。
***
気が付くとわたしは自分の部屋で寝ていました。
障子から漏れる光と、スズメの声。もう夜は明けているようです。
あれは、夢だったの……?
伽羅にキスされたおでこを触ってみますが、何の感触も残っていません。
寂しい気持ちを抱えながらわたしは布団から起き上がります。
あれ? 何これ?
布団の上にざらざらしたものがあることに気が付きました。
どうやら砂のようです。
まさか!? わたしは急いでパジャマを脱ぎました。
思った通りパジャマは土で汚れていました。
間違いありません。伽羅に投げられた時についた土です。
夢じゃなかった!?
そう、わたしは昨夜、伽羅と出会い相撲をとったのです!
『来年また会いましょう』
彼女の別れの言葉がすぐ横で聞こえたような気がしました。
また会いたい。もっと話をしたい。そのために強くなろう。
そう心に誓って私はパジャマを強く抱きしめました。
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