秘密組織くろのす

甘栗ののね

秘密組織くろのす

 くろのす。その名前の由来は簡単だ。この名前は千年ほど前にこの組織の前身となる組織の創設者たちの名前を元にしている。


 そしてその創設者である四人の子孫が今でも組織の中心に座っている。


 そんな四人は今日も日本を守るための会議を開いていた。


「で、異世界人の送還は順調に進んでおるのか?」


 と発言したのは久園薫くえんすみれだ。くろのすの四頭よつかしら、この秘密組織のトップ4の一人である。


「送り返してもまた来るだろうが。いっそのこと過疎地にでも定住させたらどうだ?」


 と発言したのは六波羅藤治ろくはらとうじだ。彼も薫と同じくろのすのトップの一人である。


「やめてくれよ。ただでさえ移民がどうので揉めてるんだ。同じ世界の人間でもこんなんなんだぞ?」


 と発言したのは野呂竜胆のろりんどうだ。彼女も他二人と同じくろのすのトップの一人である。


「全員殺してしまえば済む話、だったら楽なんですけどねぇ」


 と発言したのは須賀菊衛門すがきくえもん。彼も他の者たちと同じくろのすのトップの一人である。


 現在、この四人が『秘密組織くろのす』の四人の頭領である。そんな四人は今日も今日とて日本の危機を憂いていた。


「そもそもなんで異世界からわざわざ日本に来るんだよ」

「ゲートを閉じればまた開かれて。イタチごっこですからねぇ」

「困ったもんじゃな、まったく」

「外国人観光客だけでごっちゃごちゃだって言うのに」


 四人の本日の議題は異世界人だ。


 近年、日本には訪日外国人だけでなく訪日異世界人の数も増加してきている。その異世界人のすべてが違法入国である。


 と言うかそもそも異世界と日本に正式な国交が樹立されているわけではない。当然出入国に関する法律があるはずもない。


 しかし、どういうわけか異世界人に日本は大人気なようで、入国してきた異世界人を見つけては元の世界に送り返しているのだが、対処が追い付いていないのが現状だった。


 そして、そんな訪日異世界人の中には日本に定住しようとする者まで現れる始末である。


「昔はそれほど数がいなかったから黙認してきたが」

「もう目をつむっていられる数ではないからのう」

「異世界で日本ブームでも起きてんのか?」

「さて、今度捕獲したエルフにでも聞いてみましょうか」


 昔から異世界人は日本に存在していた。しかしそれは何かの拍子にこちらの世界に迷い込んできた者たちで、言わば事故に巻き込まれた遭難者である。


 中には自分の意思でこちらの世界にやって来た者もいたと言うが、その数は本当にごくわずかだった。


 数が少なければいいのだ。多少の影響はあるかもしれないが、数が少なければ管理もできる。


 けれども、このまま増加していけばすべてを把握することも管理することも難しくなってくる。そうなれば日本の平和がどうなるか。


「まあ、この問題は地道に対処していくしかないでしょうね」

「そもそも話し合いはどうなってんだ? あっちと条約を結ぶとかどうとかは」

「話し合っておるわ。じゃがな、異世界はひとつではない。現在把握しているだけでも60以上あるのじゃぞ」

「それらひとつひとつと交渉して法整備していくとなると時間がかかるだろうな」


 この問題はまだまだ長引きそうだ。


「とりあえずこちらの要求に従わない者は処分するということで」

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」


 現在、日本に来た異世界人に関する法律は存在していない。良くも悪くも自由。


 ならばこちらも自由に対処するまでである。


「では、次の議題に」

「ああ、あれかの?」

「あれか」

「あれ? あれってのはなんだ?」


 あれ。次の議題はあれである。


「最近、『メルヘンワールド』とかいうトンチキなところから来た者がいてのう」

「まあ、見てもらったほうが早いでしょう。連れてきてください」


 菊衛門の命令に従い黒服の男が檻に入れられた一匹の謎生物を連れてくる。


「だ、出すプリ! ここから出すプリ!」


 その謎生物は猫とサルと豚と熊を合わせてメルヘンにしたような生き物だった。


「……ああ、またか」

「そう、まただよ」


 また、である。


「そのプリプリとはなんじゃ? 屁でもこいておるのか?」

「おならじゃないプリ! 失礼プリね!」


 その謎生物は檻に入れられながらも元気に怒っている。さすが謎生物である。


「ボクはラブリン! メルヘンワールドの王子プリ!」


 謎生物、もといラブリンはそう言うと檻の中で胸を張っていた。そんなラブリンを見る四人の目は冷たく白けた物だった。


「で、お前は何しにここに来たんだ?」

「ふん! 答えてやらないプリ! 答えてほしかったらさっさとここから出すプリ」

「よし、こやつの首をはねろ」

「じょ、冗談プリぃ。話すプリ、話すプリ」


 ラブリン。その生物は明らかに異世界の生き物だった。さて、なぜラブリンは日本に来たのか。


「話せば長くなるプリ」

「短くしろ」

「えー、でも」

「よし、こやつの腹を掻っ捌け」

「わ、わかったプリ。要点だけを手短に説明するプリ」


 メルヘンワールドからやって来た謎生物は脅しに屈するのである。


「ぽくの住んでいるメルヘンワールドはとても平和な世界だったプリ」

「で、その世界に悪い奴が攻めてきて大事な宝でも奪われたと」

「よ、よくわかったプリね。その通りプリ」

「よくある話だな」

「よくある話ですねぇ」

「な、なんなんだプリ?」


 よくある話。よくある話である。


「で、何を奪われたんだ?」

「愛の結晶『ラブクリスタル』プリ」

「……まあ、そんなところだろうな」


 よくある話。よくある話。


「ラブクリスタルのおかげでぽくの世界は平和だったプリ。でもそれを奪いに『ゲスイナー』が攻めてきたプリ」

「よくある話じゃ」

「よくある話だ」

「だからさっきからなんなんだプリ」


 本当によくある話である。


「で、お前は何をしに来たのじゃ?」

「砕け散ったラブクリスタルの欠片を探しに来たプリ」

「欠片、ねえ」

「大方、ラブクリスタルとやらが奪われる前にバラバラにしたんだろうよ」

「そんなところだろうな」

「だからあんたらさっきからなんなんだよ!」

「……プリはどうしたのじゃ?」

「あ、いや。ちょっと間違っちゃったプリぃ」


 砕け散ったラブクリスタルの欠片を探しに来たメルヘンワールドの王子ラブリン。なんともメルヘンな話である。


「ゲスイナーに奪われる前に早く欠片を集めないといけないプリ! だからここから出すプリ!」

「そのゲスイナーとはこいつかの?」


 こいつ。薫の言葉に合わせたように黒服が大きな檻を押して現れる。


「げ、ゲスイナー!?」


 檻の中には狼男のような生き物が拘束着を着せられて死んだ芋虫のような姿で転がっていた。


「な、何をしたプリ!?」

「殺してはおらん。まあ、返答次第じゃがな」


 拘束着を着せられた狼男はピクリとも動かない。本当に生きているのだろうか。


「ラブリンとやら。こいつを連れてさっさと元の世界に帰るのじゃ」

「そ、そんな! 欠片はどうするプリ!」

「こちらで探しておく」

「そんなの信用できないプリ!」

「……はあ。わからん奴じゃ」


 面倒くさい。本当に面倒くさい。


「お前たちの問題をこちらに持ち込むなと言っておるのがわからんかの?」


 問題。日本は問題だらけである。表も裏もいろいろと。


「面倒事を起こせば、わかるな?」

「おめえらの首をはねるなんざ造作もねえんだぞ」

「理解したのなら、お返事を」

「ひ、ひぃぃぃ」


 四人に睨まれたラブリンは必死に何度もうなずいた。


「わ、わかったプリ。す、すぐに帰るから命だけは、命だけは」

「うむ。わかればよいのじゃ。おーい、お帰りじゃ」


 薫がパンパンと手を叩く。すると数人の黒服が現れラブリンと狼男を連れて行った。


「よし、一件落着じゃな」

「まだ、ラブクリスタルの欠片は見つけられていませんがね」

「面倒だな、ったくよう」

「本当に、な」


 秘密組織くろのす。彼らは日夜日本の平和と安定のため裏で暗躍している。

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