第11話 ベルトルドからの依頼・2

 まるで万歳でも叫びそうな勢いで、嬉しそうにルーファスが両手をあげる。


「ものすご~くゆっくりで、時間かかったね」


 キュッリッキがクスクスと笑顔を向けると、ルーファスはウンウンと大仰に頷いた。

 カーティスとルーファスがゴンドラから降りていると、門の前にいた若い男が、彼らに向けて優雅に一礼した。それを見て、カーティスとルーファスは慌てて姿勢を正す。


「お待ちしておりました」

「こんにちは、アルカネットさん」

「ご無沙汰してますっ」


 カーティスとルーファスは声も硬く、礼儀正しくお辞儀をして挨拶をした。

 アルカネットと呼ばれた男は柔らかな笑顔で応えると、ゴンドラに近づき、ゴンドラの中できょとんとしているキュッリッキに手を差し伸べた。

 アルカネットの顔と大きな掌を交互に見て、キュッリッキはその手を取る。アルカネットに助けられながら、一度ゴンドラのへりにあがって跳び降りた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


(うわあ…、また背の高い人だあ)


 キュッリッキは首を反らしてアルカネットを見上げる。すると、愛おしむように優しい笑顔が返され、キュッリッキは顔をちょっと赤くして俯いた。

 秀麗で優しく穏やかな風貌に、スラリとした長身をしている。前に会ったベルトルドは険のある目をしていたが、アルカネットは目元にも柔らかな優しさをたたえていた。それに全身から漂う雰囲気も、包み込むような温かな優しさを感じた。


(優しさの塊のような人だなあ)


 とキュッリッキは心の中で大きく頷いた。


「こちらのお嬢様が?」

「はい、召喚〈才能〉スキルを持っている、新入りのキュッリッキです」


 カーティスから簡潔に紹介されると、キュッリッキを見つめるその目は、まるで高価なものでも見るかように変わった。感極まった様子でアルカネットは頷く。

 アルカネットの目を見た瞬間、キュッリッキは急にしょんぼりとした気分に包まれた。


(またこの目だ…ヤだな)


 彼に限った事ではなかったが、キュッリッキが召喚〈才能〉スキルを持っていることが判ると皆こんな目をする。値踏みしながら珍獣か天然記念物を見るような、そんな不躾で不愉快に思える目をするのだ。

 召喚〈才能〉スキルがどれほど珍しいかなどキュッリッキは知らない。だから、そんな風に見られるのは嬉しいことではなかった。不愉快だと言ったほうがいいくらいに。

 キュッリッキの気持ちなど知る由もない3人は、何やら雑談をしていた。それをちょっと恨めしそうに見上げると、優しいアルカネットの視線とぶつかって、キュッリッキは慌てて下を向いた。


「申し遅れました。私はベルトルド邸で執事をしている、アルカネットと申します」


 アルカネットはその場に膝をつくと、キュッリッキの手を取り恭しく頭を下げ、繊細なその手の甲に口づけた。


「え、あ、はいっ、キュッリッキです!」


 思わず声が裏返ってしまい、キュッリッキの顔が真っ赤に染まった。その向こうでカーティスとルーファスが笑いを噛み殺している。


「愛らしいお嬢様ですね。そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ」


 ニッコリと笑顔を向けて、アルカネットは立ち上がった。


「では皆さんこちらへ。ベルトルド様は会議が長引いていて、少々遅れます」

「判りました」




(うわあ…すご~い)


 アジトの建物が家畜小屋にしか思えないほど、ベルトルドの屋敷は広大だった。宮殿の一画だと言われても、キュッリッキは疑いもしなかっただろう。

 玄関ロビーは大ホールのように広く天井まで吹き抜けていて、2階の通路も手摺越しに見える。いくつも下がるシャンデリアも煌びやかで豪奢だ。

 正面には階段一階から上階に向かい、踊り場を経由して、2つの階段に末広がりに分かれ素晴らしい。階段は象牙色の大理石で、濃紺の絨毯が中央に敷き詰められていた。

 玄関から左側の通路へ案内されて入っていく。青いマーブル模様の入った大理石の床は鏡のように磨き上げられ、壁や柱に施された繊細な彫刻も見事だ。キュッリッキはアルカネットに手を引かれ、キョロキョロと見回していた。 

 キュッリッキはふと自分の姿を省みる。


(うう…こんなラフな格好でくるんじゃなかったかも…)


 安物の綿のワンピース姿では、場違いな気がして申し訳ない気持ちになってしまう。せめて麻にすればよかったかも、などとちょっと思う。しかしこんな宮殿に似合うような高級な服は、生憎持ち合わせていなかった。

 物珍しさを隠しもしないキュッリッキの様子を見て、アルカネットは自然と笑顔が漏れた。


「本当に可愛らしいお嬢様ですね。ハーメンリンナは初めてですか?」

「はいっ」


 アルカネットに柔らかく話しかけられ、どっきりしてまた声が裏返る。

 彼はこの屋敷の執事をしているという。見た感じは20代後半に差し掛かるくらいだろうか。スラリとした長身を、黒いタイトなスーツで包み込んでいた。そしてアルカネットという名の通り、綺麗な紫色の髪と瞳が印象的だ。

 執事と聞くと、堅苦しい年寄りがするものという印象がある。


(優し気なアルカネットさんみたいな執事だったら、毎日穏やかでいいだろうなあ…。ていうかアタシ、キョロキョロしすぎて品がないかな…)


 とくに誰も咎めていなかったが、あまりにもキョロキョロしすぎたのをみっともないと感じ始め、キュッリッキは顔を赤らめて俯いてしまった。

 そんなキュッリッキの様子に、3人とも微苦笑する。

 無駄に長いと思える程の廊下を歩いて、大きな扉の前で止まる。アルカネットは両手で扉を押し開くと、そこは広々とした応接室だった。


「掛けてお待ちください。すぐにお茶をお持ち致します」


 恭しく一礼すると、アルカネットは応接室をあとにした。

 扉が閉まると、キュッリッキは青い天鵞絨張りの長椅子に座り、全身から吐き出すようなため息をついた。


「何だかすごーく、緊張したの~」

「あはははっ。そんなに緊張するようなところじゃないって」


 腹をかかえて笑うルーファスを、捨て犬のような顔で睨む。「だって慣れてないもん」と口の中でもごもご呟く。


「ベルトルド卿もアルカネットさんも、あまり細かいことには五月蝿くありませんから。最低限の礼節マナーさえ守っていれば大丈夫ですよ」


 そうカーティスに言われて、キュッリッキは肩の力を抜いた。ちらりと2人を見ると、自然とこの屋敷の雰囲気に馴染んでいる気がして、僅かに首を傾げた。


「2人とも、なんだかこういう場所に慣れてる感じだね」

「オレたちもともと、この国の騎士・軍人だったからね」

「そうですねえ。戦争も内戦も起こらないような、平和な平和な皇都勤めでしたから。嫌でもハーメンリンナ暮らしが長かったんですよ」


 カーティスとルーファスは、互をみやってヤレヤレと肩をすくめた。


「オレは宮殿騎士やってて、カーティスは軍で魔法部隊の長官をしてたんだ。毎日退屈なあくびに耐えながらネ」

「あなたはまだマシだったでしょう。宮殿行事に出動して、馬に乗ったり剣を構えたりするイベントがあって」

「思い出させないでヨー……親衛隊より泣けてくるほどの、タダの見世物しかやってなかったんだからー」


 ソファの一つに座ってだらしなく脚を投げ出し、ルーファスは泣きそうな顔で天井を仰いだ。騎士時代のことが頭をよぎり、端整な顔に渋面が浮かぶ。


「憧れて騎士になったのに、何のために騎士になったんだろう、宮殿のお飾り? 貴婦人たちの見世物? いっそ内紛でもおきねぇかなぁと、毎日戦の神に祈ったもんだヨ」

「そんな物騒な祈りを捧げてもらったら困るな、ルー」


 非難するでも咎めるでもなく静かな声に言われて、ルーファスは露骨に「げっ」といった表情かおでドアのほうに顔を向けた。


「あはは…すンません。おかえりっす、ベルトルド様」


 ルーファスは慌てて立ち上がり、表情を隠すようにして恭しく頭を下げた。


「相変わらずなやつだ」


 口元に皮肉な笑みをたたえ、ベルトルドはマントを翻し颯爽と部屋に入ってきた。


「待たせて済まなかった。古狸たちのくだらない戯言に、まともに付き合っていたせいだ」


 そう言って、ベルトルドは真っ直ぐキュッリッキの前に向かっていった。キュッリッキを見つめる切れ長の目が優しく和んだ。


「久しぶりだね、元気にしていたかな?」


 嬉しそうに微笑みながら膝をつき、見つめてくるキュッリッキを、愛おしさを込めるようにギュッと抱きしめた。

 いきなりのことにキュッリッキはびっくりして、あわわっと目を白黒させる。カーティスとルーファスもギョッと目を見開いた。そんな周りの反応はおかまいなしに、うっとりとキュッリッキを抱きしめているベルトルドの脳天に、勢いよく拳骨が落下した。


「いでっ」

「今すぐその手をどけなさい、厚かましい!」


 ティーセットを乗せたワゴンの横に、アルカネットが涼しい顔で立っていた。拳骨に息を吹きかけ、二発目を狙っている。

 キュッリッキの細い身体をしっかりと片腕で抱きしめ、ベルトルドは拗ねた顔をアルカネットに向ける。


「痛いじゃないか」

「痛いようにやっているんです。さあ、その汚らわしい手をどけて、キュッリッキさんをお放しなさい」

「汚らわしいとは失礼な奴だな。久しぶりに会って、包容を満喫しているんだ。お前こそ茶でも並べてろ」


 一触即発のような緊張感が、ベルトルドとアルカネットの間に静かに漂い始めた。2人は秀麗な顔に険悪な表情を浮かべて睨み合っている。ゴゴゴゴゴっと地鳴りでも聞こえてきそうな雰囲気だ。


(うわぁ…ベルトルドさんとアルカネットさんの間に火花が見えるかも…)


 ベルトルドの腕に抱きしめられたまま、キュッリッキはおっかなびっくり事態を見守った。


(ねえ、カーティス)

(…はい、なんでしょう)

(なんか、キューリちゃんを、取り合ってるように見えるんだケド)

(見えますねえ……露骨に)


「まさかの展開だ!」とルーファスは思った。カーティスは「やっぱりか」と思いつつ、アルカネットまでキュッリッキを気に入った様子なのには驚いていた。


(ヤダナー、2人共ロリコンだったの~?)


 念話でルーファスが素っ頓狂な声を上げる。


(ベルトルド卿に聴こえますよ)

(大丈夫だよ、アルカネットさんと睨み合ってるし)


 Overランクの超能力サイを持つベルトルドは、自身が超能力サイを使っていなくても、近くにいる他人の心の声や思考が勝手に流れ込んできてしまうことがあるという。そのことを知っているライオン傭兵団は、ベルトルドの近くにいるときは、なるべく本音や文句は漏れ聴こえないように注意していた。


(キューリちゃん激カワだし、綺麗でちっさいでしょ、中年にはツボなのかなあ)

(あなたの場合は、アレで巨乳だったら、モロ範疇でしょうに)

(そーなのよ。巨乳じゃないのがチョー残念でねえ~)


「喧しいぞ貴様達! モロ聴こえとるわ!!」


 いきなりベルトルドから怒鳴られて、カーティスとルーファスは首をすくめた。筒抜けていた。


「ったく、兎に角貴様ら座れ。ちょっと長い話になる」

「はい」

「へーい」


 カーティスとルーファスはすぐにソファに腰掛けた。


「さあリッキーも、こっちに一緒に座ろうな」


 ”リッキー”と呼ばれて、キュッリッキは不思議そうにベルトルドを見上げた。


「アタシのあだ名、ベルトルドさんに教えたっけ?」

「俺は何でも知ってるんだぞ」


 ニコニコと言われ、キュッリッキは「ふむむ」と眉を顰めた。


「愛称は”リッキー”と言うのですね。では、私もそう呼ばせていただきます」


 アルカネットもニッコリと言った。


「キュッリッキちゃんのあだ名は”キューリ”って、ヴァルトが命名してますよー」


 トボけたような口調でルーファスが言うと、


「アタシのあだ名はリッキーなのっ!」


 尖った歯でも生えてそうな顔で、キュッリッキが速攻訂正を入れた。


「ふむ、キューリか。呼びやすそうなあだ名を考えついたものだ」


 妙に感心したようにベルトルドが言い、


「そうですねえ」


 と、アルカネットも笑い含みに同意した。


「ちょっと褒めないでよっ!」


 真っ赤に染まった顔をガバッと上げて、今にも噛み付きそうな勢いでまくしたてる。そんなキュッリッキの様子に、ベルトルドは愉快そうに笑った。


「ベルトルド卿は面白いあだ名を知ると、それで呼びたがるんですよ」


 カーティスは困ったような表情で首を振った。


「おかげで私のあだ名は、キューリさんより酷い酷い」


 そんなカーティスを見てベルトルドは意地の悪い笑みを浮かべると、キュッリッキに向き直った。


「カーティスという名も、ちょっと言いにくいだろう。それでヴァルトにあだ名を考えるよう言ったら、1分も経たないうちに”カス”というあだ名を考えついてくれた」


 同時にルーファスとアルカネットが吹き出し、キュッリッキは口の端を引きつらせるだけだった。笑いたいのか呆れたいのか複雑な気分だ。


「あいつのユニークさは認めるが、傭兵団のリーダーを『カス』呼ばわりは出来ないからな。ヴァルトの案は却下だ」

「そうしてください。まだ『クズ』と言われるほうがマシです…」


(アタシはどっちも却下だもん!)


「あだ名の件はまたの機会に検討しようか。では本題に入る」


 カーティスとルーファスは真顔に戻ると居住まいを正した。




 応接テーブルの上に、濃紺色で描かれた花柄の白い磁器のカップが並び、うっすらと湯気を燻らせる紅茶が注がれた。

 紅茶の澄んだ香りが室内に広がり、そこへバターやチョコレート菓子の甘い香りが溶け合う。

 ベルトルドとキュッリッキはソファセットには座らず、近くの長椅子に座った。そしてアルカネットも長椅子のそばに控える。

 ベルトルドは紅茶を一口啜ると、サイドテーブルにカップを置いた。


「アルケラ研究機関ケレヴィルの連中が、つい先日ソレル王国へ調査に出かけた。あの国は遺跡に関するものが多く出土することで有名だが、ケレヴィルの連中が見つけたものは、とあるエグザイル・システムだ」


 一旦区切ると、ベルトルドはアルカネットに手を差し出した。アルカネットは抱えていた書類の束を手渡す。


「貴様らも知っての通り、エグザイル・システムは物質転送装置だ。そして、ケレヴィルが見つけたエグザイル・システムは、我々の知るものとは少々違うものだという」

「違うもの、ですか…」


 カーティスが怪訝そうに復唱する。


「そう、違うものであると判った報告書がこうして届き、その直後ケレヴィルの連中はソレル王国の兵士たちに捕まったそうだ」


 書類をめくりながら、ベルトルドは感情の伺えない声で言い放つ。

 キュッリッキは首を伸ばして書類を覗き込む。真っ白な紙には丁寧な文字で、その件の報告が綴られていた。難しい字も多くて、キュッリッキは全部の内容を把握しきれなかった。


「隠れてコソコソ調査していたわけじゃあないんだが、何故このタイミングでソレル王国が動いたのか判らん。遺跡調査に関しての許可書類には、俺のハンコが押されていたんだがな。――あのエロメガネが勝手に押してったらしいが」


 ベルトルドの顔が悍ましいことを思い出して歪む。リュリュにお仕置きされた直後にシ・アティウスが来て、気絶している間に勝手にペタペタ押していったらしい。

 アルケラ研究機関ケレヴィルとは、伝説上の神々の世界アルケラに関する研究をするための組織である。その他にも、失われた超古代文明の研究、関連遺跡の調査、探索なども行っていた。そしてベルトルドはケレヴィルの所長職も兼任している。


「ソレル王国は独立の形をとってはいるが、所詮皇国の属国に過ぎん。ケレヴィルに手を出すということは、この俺を、ひいては皇国を敵に回すということだ」

「それでは、要請して軍を動かしますか?」


 ルーファスが身を乗り出すと、ベルトルドは首を横に振った。


「いや、軍を出すには状況が中途半端だ。皇国を敵に回すような行いをしてはいるが、明らかな宣戦布告をしてきたわけじゃないしな。ソレル王国の真意も見えてこないし」

「それで、我々の出番というわけですか」

「そういうことだ」


 小さく笑みを浮かべたカーティスに、ベルトルドは頷いた。


「今回は俺の依頼で動いてもらう。研究員たちの奪還、エグザイル・システムの確保、ついでに少々暴れてもらって構わない。そして人員は任せるし、全員連れて行ってもいい。詳細も全部お前に丸投げするから好きにやってくれて構わん。ただし、リッキーは必ず連れて行くように」

「判りました」

「リッキー、俺との連絡用に、その足元の仔犬を置いていってもらえるかな?」


 ベルトルドはキュッリッキの足元に顔を向ける。何もいないはずだが、キュッリッキは驚いた顔でベルトルドを見上げた。


「見えるの?」

「ああ。銀色の毛並みが綺麗だな。召喚したものだね」


 ベルトルドは優しく微笑んだ。

 キュッリッキはまじまじとベルトルドの顔を凝視したあと、足元に顔を向けた。


「見えないように言ってあったんだけど…、バレちゃってたみたいだよ、フェンリル」


 すると、キュッリッキの足元に、突然白い仔犬が現れた。


「俺の〈才能〉スキル超能力サイだから、隠れていても視えてしまうのさ」

「そうなんだあ~」

「オレ視えなかった…」


 ルーファスは呟くように言ってガックリと肩を落とす。


「ベルトルド様とは〈才能〉スキルのランクが違うのですから、気にすることはありませんよ、ルーファス」


 全然慰めになっていないことをアルカネットに言われ、ルーファスは益々凹んだ。


「この子の名前は、フェンリルっていうの」


 キュッリッキはじっとしているフェンリルを抱き上げて膝に乗せた。フェンリルは動かず、じっと目だけをベルトルドに向けていた。アイスブルーの瞳には感情の色が伺えない。


「うんと、この子はアタシの相棒だから置いてくことはできないけど、連絡用に何か欲しいなら、別の子を召喚するよ?」


 その言葉に、ベルトルドは目を見開く。


「一度にいくつも召喚出来るものなのかい?」

「うん。普通にいくつでも出来るけど……」


 逆に怪訝そうに言われて、ベルトルドは驚きの表情を浮かべる。そしてアルカネットと顔を見合わせた。


「それは凄いな。皇国にも保護している召喚士はいっぱいいるが、そのどれもが、マトモな召喚をしたことがない」

「ええ、私も見たことがありません」


 それはキュッリッキには驚くべきことだった。そもそも「マトモな召喚」という表現からして謎である。


「宮中でふんぞり返っている召喚士どもとは、はるかにレベルが違うようだね」


 嬉しそうにニッコリされて、キュッリッキは複雑そうに苦笑した。


「あ」

「どうした?」


 キュッリッキはフェンリルを両手で抱き上げると、ベルトルドの眼前につきつけた。


「この子、今は仔犬モードになってもらってるんだけど、ホントはすご~っくおっきな狼なんだからね!」


 フェンリルは鼻を鳴らすと、退屈そうに小さな口をあけて欠伸をする。


「ほほう…」


 ベルトルドは神妙に目を寄せて、小さなフェンリルを見つめる。そのフェンリルは、小馬鹿にしたようにベルトルドをチラリとだけ見た。


「元の大きさに戻ってもらうとハーメンリンナが潰れちゃうから、取り敢えずベルトルドさんくらいの大きさになってもらうね」


 キュッリッキはフェンリルを床の上に置く。するとフェンリルの身体が銀色の光に包まれ、あっという間にベルトルドの背丈と同じ高さの狼に変じた。これにはベルトルド達もひたすら驚くばかりだった。


「フェンリルは神様なの。アタシのことが心配で、ずっと一緒に居てくれてるの。小さい時から、ずっと一緒なんだよ」


 鼻を寄せてきたフェンリルにしがみつくようにして、キュッリッキはフェンリルに頬ずりした。

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