第9話 キャラウェイの野望

 目の前に書類の山を築いて黙々と書類処理に勤しんでいたベルトルドは、リュリュの言葉にガバッと顔を上げた。


「罷免だとう!?」

「ええ」


 秀麗な顔を怪訝そうに歪め、ベルトルドは不機嫌な声を出す。


「ブルーベル将軍を罷免してどうするんだ?」

「後釜にキャラウェイが座ったわよ」

「はあああ??」


 両手でデスクをバンッと叩き、ベルトルドは立ち上がる。その拍子に椅子が後ろに勢いよく吹っ飛んだ。


「あのボケジジイは何をしてるんだ! 軍を弱体化してどうする! ただでさえ役立たずの烏合の穀潰しを何百万と抱えてるんだ、バカなのか?」


「バカ」の部分に力を込めて腕を組んで唸り、正面に立つリュリュをギロリと睨む。


「キャラウェイが主犯だな?」

「そうよん。あの禿頭ダルマしかいないわ」

「ハゲ豚の分際で、どうボケジジイを篭絡しやがった…」


 禿頭ダルマ、ハゲ豚と言われ放題のキャラウェイとは、ハワドウレ皇国軍に中将の地位を戴いている軍人である。

 ハワドウレ皇国では政治や軍など、国の要職に就くためには絶対に通らねばならない事がある。

 エリート養成機関ターヴェッティ学院を卒業することである。ここを卒業した者だけが要職に就くチャンスが与えられる。地位や出身、金の力でこの国の要職には絶対に就けないシステムだ。

 キャラウェイ中将は確かにターヴェッティ学院を卒業したが、その能力は周囲にあまり認められていない。それでも中将の地位まで上り詰められたのは、別の才能に恵まれていたからと噂されている。

 奸智に恵まれていると。


「将軍職に就きたくてしょうがないオーラを滲み出しまくっていたからな。非凡なる奸智を巡らせて、ブルーベル将軍を陥れたんだろう」

「その通りよ。国家反逆罪だの転覆罪だの、あることないこと捏造しまくりで、皇王様に突きつけたって」

「あのボケジジイは、それを信じたわけじゃあるまい?」

「信じてないようだけど、一部のオバカどもがキャラウェイを後押しして、宰相マルックも抱き込んだようよ」

「ああ…」


 ベルトルドは渋い表情かおを浮かべた。


「トゥーリ族嫌いだからな、マルックのジジイも…」

「如何に皇王様といえど、宰相にまで詰め寄られたらねえ」

「仲良し昼行燈役立たず茶飲み老人コンビだからな。しかし、この件は放っておけないな」

「アタシもキャラウェイは好かないわ。とっとと下水にでも流してちょうだい」


 磨き上げた手の指の爪を見ながら、リュリュは垂れ目を眇めた。


「俺はな、個人的にブルーベル将軍が好きなんだ。真っ白な毛が艶々してて、つぶらな黒い目がキュートで」

「あーたも、たいがい可愛いモノが好きよね。そこの毛玉姫みたいに」


 ベルトルドの怒気にも慣れたようで、オデットと名付けられたチンチラはカゴの中で丸くなって寝ている。


「ふふん。それに、キャラウェイなんぞが将軍職に就いたら、皇国軍はオシマイだ」

「どーかん」

「能無しボケジジイを締め上げてくる」

「今回は許すわ。存分にやっておしまいなさい」

「おう」




 ハワドウレ皇国の軍隊は、大きく分けて2つ。

 一つは、正規部隊。第一から第十まである1個軍で、約6万人ほどが一つの部隊に所属している。

 正規部隊を統括するのは10人の大将たち。その下に階級を持つ部下たちがそれぞれ従っていた。その正規部隊全部を統括・指揮するのは、将軍ただ一人。将軍が実質、正規部隊の長になる。

 もう一つは、特殊部隊。ダエヴァ第一から第三までの部隊、魔法部隊ビリエル、警務部隊、尋問・拷問部隊、親衛隊が含まれる。

 正規部隊には戦闘などに関する〈才能〉スキルを持たない者も徴兵されて組み込まれるが、特殊部隊にはその部隊に見合った〈才能〉スキル保持者がほぼ配属される。そして特殊部隊の上に将軍はいない。

 これら正規部隊と特殊部隊を統括する全軍総帥が、軍における最高指揮官となる。

 総帥の地位は代々皇王が就き、正規部隊と違って特殊部隊は総帥の直轄に入る。そのため正規部隊の長である将軍でも直接特殊部隊は動かせない。総帥を経由して要請や救援を求めることになる。しかしそれは形式上であり、戦場などでは比較的柔軟にスルーされることが多かった。



* * *


 キャラウェイ将軍の野望は将軍職に収まることではない。総帥の地位に就くことだ。

 過去、皇王が総帥の地位を下賜して代行させた例がいくつかある。その下賜された例では、主に将軍職を務めた者だ。その為にキャラウェイは将軍職を欲した。


「ククク、将軍の地位なんぞ、わが輩の野望を成就するための踏み台にしか過ぎん。わが輩は総帥の地位を手に入れ、アイオン族の惑星ペッコ、トゥーリ族の惑星タピオをも征服し、ワイズキュール家を蹴落とし、世界の王となる!」


 壮大な野望を謳い、キャラウェイ将軍は大きくせり出した腹を揺すって高笑いした。すでに一部の貴族や官僚たちを抱き込み、水面下で動き始めている。

 上下関係、命令が絶対の軍組織を掌握すれば、野望達成など容易い。

 そして、もう一つ潰しておかなければならない存在がある。

 若くして副宰相の地位に居るベルトルドだ。本来なら宰相マルックが有していたはずのあらゆる権限を委譲された行政の長。軍への影響力はないが、行政のトップにいるベルトルドは目の上のたんこぶに等しい。

 全てが完璧と称されるベルトルドの弱点を、キャラウェイは握っている。その弱点を突いて、即刻ベルトルドを排除する。

 幼い頃からの夢、キャラウェイは世界征服を夢見て育った。

 しがない食料品雑貨店の子供として生まれ、授かった〈才能〉スキルは大工である。世界征服など無縁のスタートラインだったが、子供時代いじめられ続け、見返したい一心でターヴェッティ学院に入学。卒業して軍に入り、せっせと努力して中将まで上り詰めた。

 小さかった夢は大きく膨らみ、キャラウェイは邁進する。


「さあ、ベルトルドの小僧を叩きのめしてやろうぞ!」


* * *




 勝手知ったるなんとやら。案内もなくベルトルドが闊歩するここは、皇王一族の住まうグローイ宮殿に併設されている、皇王が政務を執り行うエリラリンナ宮殿だ。

 エリラリンナ宮殿は一部の高官のみが立ち入ることを許されていた。

 副宰相の地位を戴くベルトルドは、専用の休憩室を与えられている。更には専属の使用人も付き、好きな時に出入りが許されていた。

 謁見の間の前にたどり着いたベルトルドは、扉の左右に佇む衛兵たちが開くよりも先に、超能力サイを使って乱暴に扉を開いた。

 バーンッと廊下にも室内にも大きな音が響き渡る。


「一体どういうことだ、ボケジジイ!」


 マントを翻しながら大股に歩き、ベルトルドは颯爽と謁見の間に入った。

 奥の玉座に座っている皇王は、渋面を作って溜め息をこぼす。


「いきなり入ってくるなり、ボケジジイはないじゃろう…」

「ボケたジジイをボケジジイと言って何が悪い!」


 玉座の前に到着すると、皇王の前で膝を折らず、片手を腰に当ててふんぞり返る。

 居丈高で傲慢で高飛車なその無礼な態度に、注意を喚起する者は誰一人居ない。侍従を含めその場に居合わせた人々は、戦々恐々とその様子を見守ることしかできなかった。ベルトルドを叱り飛ばすことが出来るのは、世界広しといえどリュリュとアルカネットの2人しかいないのだ。


「して、何用じゃ?」

「とぼけるな、ジジイ! 何故ブルーベル将軍を罷免した?」


 やや険のある切れ長の目がスウッと細められ、ブルーグレーの瞳がギラリと皇王を睨みつける。


「……そのことか」


 やれやれ、といった表情で皇王は再び溜め息をついた。その時、


「その言動を改めんか! 小僧!!」


 突如甲高い怒鳴り声が響き、謁見の間の扉が再び開かれた。


「ぬ?」


 邪険な目つきはそのままに、ベルトルドは肩ごしに振り向く。

 洋ナシ体型というよりは、雪だるまと言ったほうがしっくりくる。デンッとせり出した下腹のせいか胴回りが丸く見え、その上に丸い禿げた頭が乗っかっているものだから、雪だるまにしか見えない。と陰口をたたかれているのは、新しく将軍の地位に就いたキャラウェイ将軍だった。

 先っちょがくるりんと巻いているちょび髭に、剃ったように短い眉毛がいかにも愛嬌がある。更に太っていて肌が艶々しているためか、今年60歳にもなるのにシワひとつ目立たない。


(どっからどう見ても雪だるまだよなあ…。アレは力いっぱい蹴飛ばして、坂道で転がしたら面白そうだな…)


 ベルトルドはひっそりと、心の中で笑えない悪態をつく。


「皇王陛下のご寵愛を受けているからといって、図に乗りすぎだぞ小僧!」


 キャラウェイはベルトルドの隣に並んで立つ。身長が165cmしかないキャラウェイ将軍は、顎を突き出しベルトルドを必死に見上げた。

 一方、190cm以上の長身をほこるベルトルドは、スラリとした体躯で脚も長い。あまりにもその対照的な2人に、皇王は必死に笑いをこらえていた。


(なんという、忌々しい小僧めが…)


 もちろん身長差ではない。傲岸な表情も態度も改めず、不躾に見下ろしてくるその目が気に入らない。


(フンッ、まあいい。きゃつをこの場で、その不釣合いな地位から蹴り落としてくれる)


 そうキャラウェイ将軍は胸の内で嘲笑した。

 一方ベルトルドは、


(ふーん)


 呆れたように、小さく鼻を鳴らしていた。

 玉座で笑いを噛み殺していた皇王は、わざとらしく咳払いをする。


「して、何用じゃ、キャラウェイ」


 皇王に声をかけられ、キャラウェイ将軍は慌ててその場に跪いた。


「はっ! 実は陛下に申し上げたい義がございます!」

「ほほう」

「過日、隣におられる副宰相殿の良からぬ噂を耳にいたしまして。そのような不穏な噂など言語道断! 至急出処を掴み、処罰しようとした矢先、このようなものを発見したのでございます」


 皇王の傍近くに控える侍従を手招きし、キャラウェイ将軍は封筒を手渡した。

 侍従は速やかにこれを皇王に手渡し、皇王が中身を抜き取ると、封筒だけを受け取り控えた。

 皇王は一通の書類に添付されたものを見て、大袈裟な溜め息をついてみせた。


「ベルトルドや、そなた、サイヨンマー伯夫人にまで手を出しておったのか」

「ぬ?」


 ベルトルドは大股で玉座に近寄り、皇王の手にしている書類を覗き込んだ。


「……ああ、淫乱夫人か」


 サイヨンマー伯爵は貴族でありながら商才のある人物で、家督を継ぐ前から家業の商売を手伝い莫大な富を築いている。その夫人ヘルカは社交界でも上位の美貌の持ち主として、あらゆる男性との浮名を流していた。


「言っておくが、俺が手を出したわけじゃないぞ、淫乱夫人ヘルカが手を出してきたんだ」


 ベルトルドは腕を組むと、キャラウェイ将軍をジロリと睨む。


「ベッドの上のテクニックは上手いが、強欲なまでに淫乱すぎるんだ。俺の股間に食らいついて離れようとしないから、さすがに呆れて蹴飛ばした。その件で俺を恨んでるのかな?」

「そんな個人的な恨みなど知らぬ……」


 キャラウェイ将軍は眉をピクピクさせて、あっけらかんとしているベルトルドを睨み返した。


「しかし女は怖いなあ、堂々と浮気をボケジジイに披露してしまうんだから」

「浮気の証拠写真を見て、開き直ってるそなたのほうが怖いぞ」

「だいたいこれは、俺は後ろ姿で後頭部と背中しか見えないじゃないか。淫乱夫人の乱れ切った喘顔だけは、ハッキリと写っているが」


 それに、と言ってベルトルドは肩をすくめる。


「一体何時撮ったんだコレ? 天蓋付きのベッドだったと記憶にあるんだがな…」

「天蓋に監視カメラでも設置してあったんじゃろ…」

「ああ。悪趣味だなあ~」


 すっかり世間話のように話し始めたベルトルドと皇王を見て、キャラウェイ将軍は予想外の展開に頭を激しく混乱させていた。




 政治に携わる人間にとって、スキャンダルは命取りである。まして、他人の妻と浮気をしているのだから、倫理観を問われかねない。

 ベルトルドは独身だが、相手が結婚している事実を知っていて情事に及んでいるのだから、これは姦通罪だろう。軍で盛大に裁ける。

 ところが。


(……何故に、陛下はきゃつを咎めないんだ…)


 キャラウェイ将軍がまとめた書類には、ベルトルドがこれまで手を出してきた姦通相手の詳細と証言、証拠写真を添えている。内容は捏造ではなく、事実なのだ。

 今回はとくにサイヨンマー伯爵夫人の協力を得ているし、大胆な写真も提供してもらっている。

 皇王の許可が得られれば、即刻裁判を開いて、ベルトルドを要職から排除できるというのに。

 跪いたまま頭の中をグルグルさせているキャラウェイ将軍に、皇王は苦笑を投げかけた。


「キャラウェイよ、はっきり言うとな、ベルトルドの浮気は”いまさら”じゃ」

「……はっ?」

「ベルトルドをこんな立派な女好きにしたのも、全ては社交界のメス豚共じゃよ。学生の頃からベッドに引きずり込んで、女の味を覚えさせて甘やかしたものだから、浮気もなにも、こやつには”アタリマエ”になっておるんじゃ」

「フッ、テクニックも年々磨かれていったからな」


 ドヤ顔でベルトルドは笑う。


「誰も褒めとりゃせん」


 皇王は溜め息を吐き出しながら、ヤレヤレと首を振る。


「本題に入る。キャラウェイ、お前が必死に奔走していたのはワシも知っておる。ブルーベルを蹴落とし、仲間を作り、マルックを抱き込み、サイヨンマー伯夫人に協力を取り付け、ベルトルドを排除しようとしたことも。そして、総帥の地位を欲していることもじゃ」


 キャラウェイ将軍の身体がギクリと硬直した。


「お前が悪巧みをしていることをマルックから聞かされておったでな、ブルーベルには申し訳ないが、お前の尻尾を掴むまで、わざと罷免したのじゃ」

「ほほう?」


 皇王の横で腕を組んで立っていたベルトルドは、意外そうな表情を浮かべて皇王を見下ろした。


「ブルーベルが罷免されれば、ベルトルドが乗り込んでくるのは計算済みじゃ。当然、お前も乗り込んでくるじゃろう」


 キャラウェイ将軍の顔が、スーッと青ざめていく。


「マルックがお前の味方についたのも、サイヨンマー伯夫人が協力に応じたのも、ワシの命令じゃ」


 フフッと皇王は笑うと、厳しい目をキャラウェイ将軍に向けた。


「夢や野望を悪いとは思わぬ。生きる原動力にもなるし、目標にもなる。じゃがの、お前は姑息にやり過ぎた。ブルーベルは才覚と実力を兼ね備え、人柄も申し分ない。ベルトルドは女好きの甘ったれじゃが、もっと若い頃からハワドウレ皇国を支えるほどの逸材。この2人を蹴落として、お前を重用したところで、損失の大きさは計り知れないのじゃ」


 目の前が暗転しそうなほど、キャラウェイ将軍は意識が遠のき始めていた。


「キャラウェイ、ワシの〈才能〉スキルを知っておるか?」


 問われても、もうキャラウェイ将軍に返事をする気力はない。


超能力サイじゃ。透視というのができるでな、お前の頭を覗かせてもらったぞ」


 丸見えだ。


「世界征服などと、大きすぎる夢は、もう見てはならぬぞ」

「世界征服だとう!?」


 ベルトルドは素っ頓狂な声を上げた。と同時に、侮蔑も顕にキャラウェイ将軍を見据える。


「陳腐すぎて恥ずかしい夢だな。恥ずかしすぎて表を歩けないような夢だぞ貴様!」

「なっ、なんだと小僧!!」


 これにはさすがに、キャラウェイ将軍は立ち直った。幼い頃からいだき続けた純粋な夢だからだ。それを侮辱されて、黙っているわけにはいかない。

 青ざめていた顔が一気に赤く染まると、今にも蒸気が噴出しそうな勢いで、キャラウェイ将軍は立ち上がった。


「世界征服のどこが悪い! どこが恥ずかしいんだ!! 男なら一度は見る至高の夢である!」


 一歩踏み出し断言するキャラウェイ将軍に、ベルトルドは軽蔑の眼差しを向けた。


「ならば聞く。仮に世界征服が成され、そのあとどうする?」

「は?」

「3惑星全てが貴様のものとなった。世界は貴様を王と仰ぎ見る。さあ、そうして世界をどこへ導く?」


 口をパクッと閉じて、キャラウェイ将軍は目を瞬かせた。


「おそらく世界は類を見ないほど、徹底的に破壊されただろう。焦土と化した大地には廃墟と土くれだけが残され、生き残った人々には衣食住の保証もない。国自体が無くなっているのだから、この先どう生きていくか見当もつかん。希望も見いだせない。戦禍で優秀な人材は損なわれ、それでも国を基礎から作り直さなくてはならない。さあ、貴様はどう立て直していく?」


 ベルトルドの顔を見つめながら、それでもキャラウェイ将軍は口を開くことができずにいる。

 征服したあとのことなど、考えたこともないからだ。


「俺はな、このボケジジイにあらゆる権限を押し付けられ、毎日仕事が山のように押し寄せてくる。本来なら、こんなところで年寄りどものくだらない攻防を見学している暇などないのだ。俺が仕事を遅らせれば、結果的にそのしわ寄せを喰らうのは国民だからな」


 ブルーグレーの瞳が鋭い光を放つ。そして、射抜くようにしてキャラウェイ将軍の目を見つめた。


「民なくして国は成り立たん。俺らのような偉そうな地位にいる者は、あくまで民の代理に過ぎん。暮らしを良くするため、安全で安心な環境を保証してもらうため、それを効率的にできる人間に任せているんだ。男だから、とか、女だから、なんぞ、まったくもって関係ない! 仕事がきっちりこなせて責任をしっかり取れる者がその地位に就けばいいだけの話だ。小者のロマンスなんぞが、民を足蹴にしていい道理があるか、馬鹿者!」


 一括され、キャラウェイ将軍はひっくり返った。


「ワイズキュール家が千年前に種族統一国家を作った。しかし、長い年月の間に少しずつ離反するものが現れ、小国が興った。人の数だけ思想も理想も夢もあるだろう。まつろわない人々を無理に繋いだところで、無用な騒乱を招くだけだ。――現在この惑星ヒイシにはハワドウレ皇国と17の小国、5つの自由都市がある。千年の間にこうなった。判るか? 世界征服なぞしたところで、結局は元に戻るんだ」


 ベルトルドはキャラウェイ将軍の前まで来ると、冷たい目で見下ろした。


「そんなに征服したかったら、囚人たちの中で、くだらない王でも気取るがいい!」


 口から泡を噴き、キャラウェイ将軍は気絶してしまった。




「気絶させてどうするんじゃ」

「コイツが勝手に気絶しただけだ、俺のせいじゃない」


 玉座から溜め息混じりに文句を言われ、ベルトルドは拗ねたように皇王を振り向く。


「まあ、国政を担っている者だからこその発言だったのう」

「そうだな、世界征服などという恥ずかしい夢を語る愚か者には、毎日あの山積みの書類を決裁させればいいんだ。そうすれば、いち部署の主任にすらなりたがらないだろう。俺が保証する」


 ベルトルドが毎日大量の仕事を裁いていることは皇王もよく知っている。ミスもなく、しかも早い。アレよコレよと仕事を押し付けてきたが、まったく根をあげないのだ。それで調子に乗ってどんどんと仕事を増やしてきた。そして今回も新たな仕事を押し付けようと企んでいた。


「さて、お前にも本題じゃ」

「浮気の説教は聞かん!」

「……そうじゃないわい」

「ならいいが。それに俺は、もう宮中のメス豚どもを相手にする気はないからな」

「ほほう?」

「俺だけの、愛らしい小鳥を見つけたんだ」


 急にベルトルドの表情かおが優しく和み、皇王は目を丸くした。あんな表情など初めて見るからだ。

 愛らしい小鳥とやらを思い浮かべているのか、愛おしげに柔らかで、女が見たらうっとりと気を失いかねない最高に優しい笑顔だった。もとより秀麗で美しい顔立ちなだけに、より一層輝く。

 普段やんちゃなベルトルドに、あんな表情をさせる女性とはどんな美女だろうと皇王は興味を覚えた。


「脱線してしもうたわい。――おい、大至急ここにブルーベルを呼ぶのじゃ」


 侍従に命じると、侍従は急いで謁見の間をあとにした。




 20分後、謁見の間にブルーベル元将軍が到着した。


「至急にとのお召に、参上いたしました、陛下」


 そう言って、ブルーベル元将軍は大きな体躯を優雅に折って跪いた。


「……おや」


 気絶したまま転がっているキャラウェイ将軍に気づき、ブルーベル元将軍はつぶらな瞳を瞬かせた。


「それは暫く放置で構わん。実はの、そなたを不当な理由で罷免してしまったが、疑いを晴らし、再び将軍職に戻したいと思う。引き受けてくれるかな?」


 ブルーベル将軍は、恭しく頭を下げた。


「ありがたき御言葉。このブルーベル、終生この国に仕え、陛下と民をお守り申し上げます」

「感謝するぞ」

「理由は聞かなくてもいいのか? ブルーベル将軍」


 小さく首を傾げたベルトルドに、目を細めてブルーベル将軍は頷いた。


「大体は、このキャラウェイを見て察しがつきました。陛下が疑いを晴らしてくださるとのことなら、それ以上の理由は要りませぬ」

「なるほどな」

「お前の復職は、このベルトルドの手柄でもある。感謝はベルトルドにするがよい」

「左様でございますか。副宰相閣下にも、御礼申し上げます」

「俺は特に、何もしていないんだがな。まあ、ブルーベル将軍が戻ってありがたい」

「これで軍の綱紀も改まる。そこでベルトルドや、お前に最大級のご褒美をあげようと思うんじゃがの」

「ご褒美?」


 何だか嫌な予感がして、ベルトルドは眉を寄せた。そしてその予感は、物の見事的中するのである。




 ベルトルドが戻ってきたら決裁しやすいようにと、リュリュは書類を丁寧に仕分けていた。その様子をデスクの隅に置かれたカゴの中からジッと見つめ、オデットは小さな欠伸をする。そんな穏やかな時間を突き破るかのように、扉の開く音がして、ムスっと両頬を膨らませたベルトルドが帰ってきた。

 ドス、ドス、ドス、と地鳴りでも起きそうな勢いで歩いてくる。

 ベルトルドのご機嫌ナナメな顔を見て、リュリュは目をパチクリとさせた。


「おかえり、ベル。どうだったのん?」


 ベルトルドは無言でデスクに戻り、勢いをつけてチェアに座る。そして腕を組んで、更に両頬をいっそう膨らませた。


「ンもう、ふくれっ面しててもしょうがないでしょっ。洗いざらい白状なさい」


 両手を腰に当て、くねっとポーズを取ると、リュリュはベルトルドを叱りつけるように見下ろした。

 ベルトルドは両頬の膨らみを収めると、拗ねた目でリュリュを見上げる。


「キャラウェイは悪事がバレて、逮捕された」

「あら良かったわあ。ブルーベル将軍、元の鞘に戻ったみたいね」

「うん」

「じゃああーた、なんでそんなご機嫌ナナメなのヨ?」


 これには口をへの字に曲げて、眉を寄せた。


「あのクソボケナスジジイめ、今回のこと、ず~~~~っと前から周到に準備してやがった」

「え?」

「昼行灯のボケボケのくせに、悪知恵ばっかり働かせてないで、仕事しろ仕事!」


 今は怒り心頭状態なので、多少鎮火するまでリュリュは待って、改めて質問する。

 キャラウェイの暗躍は、数年前から皇王の耳に入っていた。しかし巧みに尻尾を隠し通していて、中々掴ませてもらえない。まさか、透視して知ったから逮捕する、というわけにもいかずチャンスを待っていた。

 そんな時、ブルーベル将軍が罠に嵌められる事態となり、これは好機とキャラウェイの悪巧みに知らずに乗せられたと思わせる。ブルーベル将軍が罷免されたのを聞けば、絶対怒って乗り込んでくるベルトルドを利用することで、キャラウェイの悪事を暴き、逮捕に漕ぎ着けたのだった。

 そこまでは別に怒ることでもなかったのだが、このことで皇王はご褒美と称し、


「この俺に軍総帥の地位を押し付けやがったっ!!」


 右の拳をドンッとデスクに打ち付け、ベルトルドはリュリュに噛み付く勢いで怒鳴った。

 暫く目を瞬かせていたリュリュは、ぷっと吹き出す。


「それってあーた、キャラウェイをダシにして、総帥職を押し付けるのが主目的だったんじゃないのっ」

「ぐぎぎぎぎ…」


 副宰相の地位にいるベルトルドには、目立って功績なり武勲を立てる機会がない。確かに仕事の面では舌を巻く優秀さだが、総帥の地位を下賜するとなるとイマイチ説得力に欠ける。

 だが今回の件は、ブルーベル将軍が罠に嵌められ、罷免されるという事態を引き起こした。これは軍部を心胆寒からしめる大事件だった。この窮地を救い、ブルーベル将軍を再び将軍職に戻した功績は、総帥の地位を下賜するにはちょうどいいのだ。


「さすが、ご寵愛を一身に受けているわねん」

「あんなジジイのご寵愛なんぞ、気色悪くていらんわ! まったく、仕事が増えるだけじゃないか」


 そう、仕事は今よりも倍増えるだろう。でも、とリュリュは思う。


(ベルなら、問題なくこなせちゃうでしょうね。むしろ国政と軍を掌握していれば、色々やりやすいでしょうし。もっとも、アタシも忙しくなっちゃうわ)


 ベルトルドは肘掛に片肘ついて、もう片方の手にオデットを持って、指でモフモフしている。オデットはヒゲをそよがせて、気持ちよさそうだった。




 暫くして下士官が一通の書類を執務室に持ってきて、リュリュに手渡し出て行った。

 書類には、キャラウェイの将軍職剥奪、逮捕投獄、ブルーベル元将軍の将軍職復帰。そして、ベルトルドが軍総帥の地位を近日中に正式に引き継ぐ旨が記されていた。

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