ドラマーIN US#17 穴の空いた白いマフラー

矢野アヤ

穴の空いた白いマフラー

 虫に食われて穴あきだらけのマフラーがある。

 数回しか使っていない、真っ白なカシミアのマフラー。28年前の、夫からのクリスマスギフト。とっておきの時にと仕舞っていた。

 やんちゃ坊主を追いかける毎日になると、白いものは身につけなくなった。その後カリフォルニアに引っ越し、マフラーの必要のない生活に。そしてある時気がつくと、虫食いだらけになっていた。

 夫は毎年の誕生日やバレンタインデーには、バラの花束を贈ってくれる。が、ここに至るまでの道のりは長かった。 

 中学生の頃にミュージシャンになると決めた時から、彼は音の世界の住人だ。私とも世間とも別世界に住んでいる。そこには記念日はないらしかった。私は干渉されない自由が良かった。が、女性とは(私が?)我儘な生き物だ。干渉も束縛も嫌だけど、たまには注目もされたい。「友達の旦那さんは結婚記念日には花束を買ってくるんだって」、「○○は誕生日プレゼントに●●を貰ったんだって」と匂わすが、そんなことで何かを察する男ではない。ある時何かをきっかけに私の不満が爆発した。「たまに花でも買って来るとか、サプライズのプレゼントをするとかしてくれてもいいんじゃない!」

 それからしばらくしたころ、帰るなり、小さな花束を嬉しそうに差し出された。この花束どこかで見たことあるような、、、菊など入って地味だし。

「あ、これ、駅前の果物屋の店先に置いてる、お供え用の花じゃない!?」


 その年のクリスマスに彼は、白いカシミヤのマフラーを贈ってくれた。初めて一人でデパートに行き、店員さんに何度も念を押して、クリスマスにふさわしいと太鼓判を押されて買ったと、長々と奮闘ぶりを話してくれた。

 穴が開いても捨てられない思い出のマフラーは、今も我が家を暖めてくれている。

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