第7話 服を着なさい

「二人で一泊頼む」


 また宿にやってきた俺は宿屋の女にそう声をかけた。


「おや、本当にマナちゃんくらいの人なんだね。オジサンと同じ部屋で我慢しておくれよ? すまないねぇ」

 

「大丈夫です! ししょーは男とかそういう分類と違いますから!」

 

「ははははっ! 違いないねぇ!」


 それはいい事なのかどうなのか。俺は複雑な思いを胸に抱きながら部屋のキーを受け取り奥へと進んで行った。


 鍵を開けて中に歩を進めるとベッドが二つ並んでいてシャワールームと洗面、トイレがある。


 勇者と魔王の戦いから千年あまりが経っている今の時代では魔道具が発展していてあまり不自由のない生活をしていた。


「けっこう部屋が広いですね! シャワールームがあっていい!」

 

「そうだな。ここは昔から部屋が綺麗でな。俺はこの街に来た時はいつもここに泊まるんだ」

 

「へぇ。そうなんですね。だから受付のオバサンとも仲が良かったんですね」


 悪いはないのだろうけど、それは少し可哀想だと思ってしまうのは俺も歳をとったと言うことだろう。


「サーヤ、あの人の前ではオバサンて言わずにお姉さんと言ってやれ」

 

「……? はい。わかりました!」


 なんで? とは聞くこともなく了承するサーヤ。物分りがいいのかなんなのか。


「ワタシ、先にシャワー浴びます!」

 

「あぁ。ゆっくりでいいぞ。俺は晩酌する」


 シャワールームに入っていくサーヤを見送り、俺は荷物に入れ込んでいたボトルを取り出す。小さなコップを取り出すとトクトクと入れる。


 アルコールの匂いが鼻を突く。

 この匂いが堪らないのだ。


「ゴクッ……ぷはぁぁ美味い」


 喉から食道へとアルコールが流れていくのを感じる。この時が至福のひとときなんだよなぁ。窓からは山脈の下を眺めることができる。


 林が広がっていてその先には奈落のような断崖絶壁が見える。あそこも超えていかなければ南の本部には行けない。


 昔通ったルートは、俺が娘のマナに教えていたルートだ。その通り行っているのであれば、俺が通る先にマナの痕跡が残っているはず。


 それを頼りに俺はマナを探す。少なくとも、各ギルドには立ち寄っていれば記録が残っているはずだ。


 ここの街のギルドにはまだ寄ってないが、痕跡はあるだろうか。あの受付の女性とは会ってないと見える。


 となるともしかしたら泊まってはいないかもしれないな。それかここがいっぱいで他の宿にしたか……。


 シャワールームの方から物音がする。上がってきたかと視線を送ったが、予想外の光景に目を逸らした。


「ししょー、お酒飲んでたんですか?」

 

「あぁ、そうだ。サーヤ、頼むから服を着てくれ。親と同じだと言う感覚でいるのは嬉しいがな。さすがに下着姿はちと視線のやり場に困る」


 娘であれば下着姿に欲情することはない。ないのだが、視線のやり場には困るというもの。ましてや他人の子だ。


 下着がはち切れそうなのは成長過程だからだろうか。下の下着もきわどいものを履いているようだ。動きやすいのだろうが。


「あっ、ししょーも気にするんですね。いまきまーす」

 

「気にするというか、流石にな。すまんな。女としてみているとか、そういう訳ではないぞ。ただな。娘といえども節度を持ってだな……」

 

「あははははっ! お父さんみたい! ししょーもそんなこと言うんだ!」


 お父さんみたいとは。嬉しい気がする。娘が二人になったような気分か……。悪くはない。


「じゃあ、俺も浴びさせてもらうぞ」


 シャワーを浴びながら今後についてを考える。穴の空いた筒に魔力を流しお湯のシャワーを頭から被る。


 頭から流れたお湯が古傷の多くある引き締まった体を流れていく。老年の体だが、肉体が使えるように日々の鍛錬は欠かしたことがない。


 携帯用の石鹸で頭と体を洗い流していく。腕輪は肌身離さず付けている。盗難に合いそうになったことがあるからだ。仲間とて信用しない。


 バスタオルで頭と体を拭き、下のズボンを履いて部屋へと出ていく。この時、完全にサーヤが居ること忘れていた。


「ししょー。ししょーの体、すごい傷ですね?」

 

「す、すまん……」


 謝って服を着る。すっかり居たのを忘れていた。自分ではサーヤを注意しながら、自らが上半身裸で来てしまった。


 のしかかる暗い気持ちを反省しながら何とか立ち直る。


「すまなかった。サーヤは酒を飲むのか?」


 この世界では十五歳から酒をのでいいことになっている。


「うーん。飲めます。けど、強くはありません! これ、貰っていいですか?」


 俺が先程まで飲んでいたグラスの残りをグビっと飲み干す。それはかなり強い酒でアルコール度数は20%程だ。


「うわぁぁぁ。これはぁぁ。やばいぃぃぃ」


 そういいながら。ベッドにダイブした。着ていた服は盛大にずり上がり下着が見えた状態でむにゃむにゃいいながら寝息を立ててしまった。


 俺は見ないようにしながら布団を掛けてやる。風邪をひいてはいけない。


 マナも酒に弱いところがあったが、ここまでだっただろうか。いつかは平気でエールを飲んでいた気がするから、サーヤの方が弱いのだろう。


 これは、前途多難な気がするな。

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