第6話 鬼とは失礼な

 イグンという街に入ると小さめの街であった。手前は出店が並んでいて、奥には住宅と宿屋が片手で容易に数えられるくらいといった感じ。


 腹ごしらえの為にいい匂いをさせている出店に行く。香ばしいタレのような匂いをさせて肉を焼いている店だ。


「サーヤ、これ食べるか?」

 

「わぁ! 美味しそうですね!」


 顔が輝いていた。お腹が空いていたのだろう。


「じゃあ、これ四つ貰えるか?」

 

「あいよ! どうも!」


 二人で二本ずつ持ちながら歩く。少し行った所に休憩所のような所がありそこで座って食べることにした。


「うん! おいしー!」


 既に一口かぶりついたようでサーヤの口の横にはタレがベッタリとついている。

 俺も一口頬張る。


 鼻に抜ける香ばしい香り。後から来る甘辛なタレと肉の美味さ。これはうまいな。鳥の肉だと思うが、ジューシーだ。


「うん。美味い」

 

「ですよね! 他も食べましょー?」

 

「慌てるなよ。これを食べてからな?」

 

「はーい!」


 なんだか保護者のようだが、サーヤは早くに親をなくしている。もしかしたら甘えたくなっているのかもしれない。


 俺が親代わりになれるかは分からない。どんな親だったのかさえ知らないのに代わりはできないだろう。


 だから、師匠としてはせめて色々なノウハウ。生きていくために必要なことを教えていって、サーヤには生きていて貰いたい。


 マナもまだ死んだとは決まっていない。サーヤを撫でた時、マナのピンクの髪を撫でた時の感触を思い出したのだ。


 同じように柔らかくてサラサラとした髪だった。


「……しょー?」


「ししょー!」

 

「!?……お、おう。どうした?」

 

「どうしたんですか? ぼぉーとして」

 

「いや、なんでもない」


 少しの間感慨にふけってしまっていたようだ。


「ワタシ、食べ終わりましたよ?」

 

「そうか。これで好きなの買ってくるといい」


 俺が金貨を渡すとサーヤはそれを手にして上機嫌に屋台へと向かっていった。


 さっき買った串焼きは本当に美味しい。一つ一つの肉も大きいしこれ二本食べたら満たされそうだが。


 サーヤにはそんな事はなかったらしい。他にもパン屋さんと麺の店に行って買ってきたようだ。両脇に器を抱えて歩いてきた。


「そんなに食べられるのか?」

 

「余裕ですよ!」


 にこやかにそう言いながらバクバクと口の中へと料理が消えていく。凄い食欲だなぁ。そう思いながらサーヤが食べているところを眺めていた。


「先に宿をとってくる。ここで食べててくれ」

 

「ふぁい。わふぁりわふぃふぁ」

 

「食べながら喋らんでいい」


 呆れながら注意して休憩所を後にして少し奥にある宿屋を目指す。


 街の雰囲気はわりと賑わっている感じで屋台には街の人が買い物をして飲み屋では男達が笑い声を上げながら酒を飲んでいる。


 それぞれの住宅からも野菜を煮ているような香りや、香ばしい香りが漂っている。そんな中にある宿屋の扉を開けた。


 一人の同年代くらいの女性がカウンターに佇んでいた。


「どうも。調子はどうだい? 二部屋空いてるか?」

 

「こりゃ珍しいお客さんだ。鬼がやって来るとは何事だい? 一部屋しか空いてないよ。一人じゃないのかい?」

 

「ふんっ。もう一人、娘くらいの子と一緒でな。流石に同じ部屋には無理なんだ。違うところを探すかな……」


 その宿屋を後にしようとすると手を引かれた。


「待ちな。他の宿屋も部屋数がないんだ。同じようなものだよ。空いている部屋は二人部屋だ。我慢するんだね」

 

「はぁ。なんて事だ。ちょっと聞いてまたくる」

 

「いいけど、我慢してもらうしかないと思うよ?」


 そんな言葉を背に受けながら宿屋を後にしてさっきの休憩場所に戻ると俺よりは少し若めの男たちにサーヤが囲まれていた。


「はぁ。面倒な」


 ため息をつきながら近づく。


「なぁ! いいだろ? 俺達といい所に行こうぜぇ!?」

 

「ねぇちゃん一人だろ? 美味い酒飲ませるぜ?」

 

「ワタシは一人じゃない! 行かない! ぶちのめすぞ!」


 その声を聞いて頭に手を置き、なんだか頭痛がするような気がしてくる。断り方下手すぎるだろうに。


「なんだと! したてに出ていれば!」

 

「いいから着いてこい!」


 腕を引こうとしている。サーヤの腕をつかもうとした輩の肩を叩く。


「あぁ!? 邪魔すんじゃねぇ!」

 

「うちの娘に何の用だ?」


 体の奥底から出したその声は男達の魂へと響くかのようだった。


「ひっ! 鬼!」

 

「かっ、勘弁してくれー!」


 男二人は俺を見るなりワタワタと逃げ去っていった。


「誰が鬼だ? ったく。失礼な奴らだ」

 

「師匠。ありがとうございます!」


 少し体が震えているようだ。このような事は初めてだったのかもしれない。


 隣に座り肩をさすってやる。少し震えが落ち着くまではこうしていてやろう。


 震えがおさまる頃には日が完全に落ちていた。周りには幻想的な魔道具による火の灯りが灯っていた。


「大丈夫か?」

 

「はい。あぁいうの初めてで……」

 

「いい経験になったな。落ち着いて早々、申し訳ないんだがな。宿屋がなぁ、二人部屋一部屋しか空いていないみたいなんだ。いやなら──」

 

「──別にいいですよ?」


 食い気味にいいと返事をくれる。サーヤがいいならいいが……。


「ホントか? それなら、そこでいいか」


 サーヤを引き連れて宿屋へと戻るのであった。

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