第2話 昔馴染みの店

 麓の街アーガーには久しぶりに来た。実に十年ぶり位だろうか。


 窓に映る赤い髪を団子にして横を刈り上げている彫りの深い顔。歳をとったものだ。シワが目立ってきている。


 街は以前に来た時より少し大きくなっている気がする。俺がいた街まで登っていく人達はここで補給して登る。水分と食糧がないと途中でバテることがある。


 この街は壁に囲まれている。魔物が多く生息するからだ。だから、ここを拠点にしている探索者もいる。西の森にはダンジョンもあるからだ。


 ここで少し食糧と薬を買う。

 歩むのは馴染みの道。人をかき分けて進む。


 香ばしい匂いを漂わせるお店の戸を開ける。


「おぉ。こりゃ珍しい人のお出ましだ」

 

「ふんっ。相変わらず湿気た店だな?」

 

「だったら来なきゃいいだろうが?」

 

「このらへんではここの料理しか口に合わねぇからしょうがねぇ」

 

「ハッ。で? 一体どうしたんだ? 降りてくるってことは何かあったのか?」


 少し俯いて暗い気持ちが胸をする包む。


「マナが居なくなった」

 

「なんだって? どこで?」

 

「情報源はダルミンらしい」

 

「じゃあ、最悪の場合……」

 

「あぁ。海の藻屑か、南のマジル大陸に渡っているかもしれないな」


 店の主人は顔を暗くした。

 マジル大陸というのは千年前に魔王がいたとされる大陸でアーティファクトが多く眠る最前線。


 それだけ出現する魔物は強い。


「そういやぁ、最近この辺も特級が出るらしいぞ? マナちゃんが出発したての時は下級の魔物の群れを駆除してもらったなぁ」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ。これから強くなるためだって言ってな。あの時から勝ち気だったよなぁ?」

 

「そうだな。とんだじゃじゃ馬だ」

 

「美人でカッコよくてな」

 

「手ぇ出してねぇだろうな?」

 

「出すわけないだろう? お前さんみたいな親父が居たんじゃ鬼も逃げるわ」

 

「ふんっ」


 マナの事を思うと胸が締め付けられる。惣菜を二日分程買うと、残りは干し肉や干し芋を買い込んで背負い袋に入れる。


「マナちゃん、見つかるといいな」

 

「あぁ。次来る時は見つけた後だ」

 

「オレァ、アンタの死に顔は見たくねぇよ?」

 

「フンッ。地獄の魔王も俺の顔は見たくねぇだろうよ」

 

「はははっ。ちげぇねぇ」


 料理屋を後にする。

 次も馴染みの薬屋である。


 少しボロな所があるレンガ造りの建物。

 その重そうな扉が悲鳴のような音を上げて開いていく。

 薬品のツンとした匂いが鼻につく。


「ばぁさん、まだ生きてたか」

 

「かぁ! うるさいねぇ。お前さんだって死に損ないだろうが!」

 

「まぁなぁ。これからまた死にに行くようなもんだしなぁ」


 そう呟くとばぁさんは眉間に皺を寄せてこちらを睨みつける。


「アンタァ、また魔境に行くのかい?」

 

「かもしれないって話だ」


 南のマジル大陸は魔物が多いことから魔境と呼ばれている。


「ふーん。それでここに来たのかい?」

 

「あぁ。ばぁさんの薬が一番効くからなぁ」

 

「そりゃ嬉しいねぇ。回復薬と魔力回復薬かい?」

 

「念の為、解毒薬と火傷用の軟膏を頼む」

 

「大盤振る舞いだねぇ。へっへっへっ」


 ばぁさんは奥から薬をとってカウンターに並べていく。

 受け皿にお金を入れて渡す。


「ガイル、アタシより先に死ぬんじゃあないよ?」

 

「ばぁさんより先にいくわけないだろう? 頼むから先にいって地獄の奴らを躾といてくれよ」

 

「はんっ! とっとといきな!」


 薬屋をあとにしてギルドへと向かう。魔物被害が出てるらしいからな。一応依頼を受けていこうか。


 閑散としたギルドに入ると掲示板を眺める。


「おいおいおい。老いぼれが居るぜぇ? おっさんは引っ込んでろよぉ?」


 声を掛けてきた男は中堅クラスのような年齢。装備を見るになかなかの階級のようだが。


「特級の依頼が残ってんだろ? 片付けてやるからよ」

 

「なぁ、おっさんは怪我しねぇうちに家に帰った方が良いぜぇ?」

 

「まだ、特級になれねぇのか?」

 

「あのなぁ、この辺はもうアーティファクトがねぇの。だからなれねぇだけ」

 

「そんなにこの街が好きか?」

 

「アッシは離れないですよ。ガイルの兄貴が出張るなんて何事です?」


 急に親しく話し始めた男。実は昔からの知り合いなのだ。先程までのやり取りは何時もの挨拶のようなもの。


「マナがな……消息不明になった……」

 

「あのマナ嬢が!? 一体どこで!?」

 

「情報があったのは本部だそうだ」

 

「……くっ!……じゃあ、海を渡れたかも……」

 

「あぁ。わかってない」


 顔を歪める男。


「師匠! 今日で中級になりました! そろそろ南に行ってもいいでしょ!?」


 底にやってきたのは水色の肩まである髪を振り乱して走ってきたショートソードを腰に下げた大人びたスタイルのいい女性だった。


「あぁ? 中級? まだ、はええよ!」

 

「えぇー!? でも、この辺にはもう上級の魔物いませんよ?」

 

「はぁぁ。サーヤが行ってる所が安全な所なだけだ!」


 中堅の男は怒鳴りだした。


「依頼をよく見ろ! あっちは中級までの依頼だけど、こぅちは上級以上なんだぞ!?」

 

「こんだけ依頼があるんだよ!」


 コメカミに青筋を立てて怒鳴る中堅男。


「まぁ、そんなに怒鳴るなよ。歳はマナ位だろ? 凄いじゃないか」

 

「いやー、マナ嬢と比べないでくださいよ。あの子は最上級になったじゃないですか!」

 

「俺の依頼についてくるか?」


 俺はサーヤと呼ばれた女性に聞いてみると笑顔で答えた。


「行っきまーす!」

 

「行くのかよ!」

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