第8話 「地龍王との謁見とマッテオ君の弟子入り」

そして次の日シーナは地龍王様との謁見に臨んだ。

とは言え人間の王様の様に両脇に臣下がズラリと並んで王が王座に座り云々と言う訳では無く、単純に一対一で普通に会うだけだが。


「ふわー」とシーナが阿呆面で地龍王様を見上げて間抜けな声を上げる。

だからそう言う失礼な事をするなと言う事なのだが・・・


「「良く来たなシーナよ、我がお主の父のクライルスハイムだ」」


「私はシーナだよ」とニコリと笑うシーナ。

地龍王様にそんな普通に名乗るのはシーナくらいだ。


見つめ合うシーナと地龍王・・・何故だか地龍王を見るシーナの目に何か哀愁の様な色が見える。


その事に若干の違和感を感じる地龍王だが話しを進める事にした。


「「うむ、シーナよ息災そうで何よりだ。

まず先にお主を強引に此処へ連れて来た事を詫びよう。


何分にも不埒者共が隠れるのが上手くてな・・・我の目でも正確に奴等がどこに居るのか分からぬだ」」


申し訳なさ気の地龍王クライルスハイムだった。


「おとーさんが悪い訳じゃ無いでしょ?」そう言ってまたニコリと笑うシーナ


「「ふふっ・・・そうか」」つられて笑うクライルスハイム


赤ん坊の時に別れて以来、物心がついた娘との初対面の為なのか地龍王様の機嫌がとても良い。


滅多に笑わない地龍王が笑っているのだ。

心なしか周囲に纏う龍気も穏やかな感じだ。


龍が笑っているのが分かるのか?と言うと、これが案外分かるモノで、龍が笑うと意外と可愛く見えるのだ。


「「さて・・・それでは本題に入ろうか。


お主もエレンから話しには聞いておると思うが、「龍種のはぐれ者」と魔族共が結託してシーナを狙っているとの情報が天龍から入ったのだ。


全く・・・どこから嗅ぎつけおったのか分からぬが、残念ながら龍種も一枚岩とは言えんのだ」」


「おとーさん・・・王様の言う事を聞かないの?」


「「我は地龍の「代表」に過ぎんのだ、地龍を絶対的に支配をしている訳では無いのだよ。


「己の思うままに動く」のが地龍の信条じゃからな。

我の言う事を聞かない事に関しては、我が文句を言う筋合いで無いのだ」」


「しかし一線を越えたら容赦無く罰するがな」と笑う地龍王。


「それでアタシはいつまで龍都に居れば良いの?」


「安全が確認されるまでしばらく此処に留まる事になろうな」」


更に地龍王が申し訳なさ気に言うと、

「うん、分かったよ。

それは仕方ないと思うよ・・・でもおかーさんとラーナは守って上げて欲しい」

そう地龍王に願うシーナだが、やっぱりとことん父親のピアツェンツェア国王の事は完全に忘れている様子だ。

まぁ・・・国王とは会った事が無いので仕方ないっちゃ仕方ないのだが・・・



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「して?イリスよ、シーナと地龍王との謁見はどんな様子なのじゃ?」


「ちょっと待ってね、焦らない、焦らない」


監視用チートスキル「影見」を寝たきり女王のイリスに奪われて以来、最近は外の様子が全く分からない目暗魔王のバルドル。


シーナと地龍王の謁見の様子は寝たきり略奪女のイリスがバルドルの代理で覗いているのだ。


「うーん?・・・あれぇ?クライルスハイム様に覗いているのがバレてる見たいだね。

姿は見えるけど音声は完全にカットされちゃた」


「影見」のチートスキルでも相手にスキルの使用しているのがバレてしまうと結構容易く妨害されてしまうのだ。


「ふむ・・・まぁそりゃバレてるか・・・

ところで地龍王はどこまで真実を知っておるんだ?」


魔王バルドルが「世界の言葉」にそう質問をすると・・・


『ふえ?何がです?』

魔王バルドルの質問に対して何とも惚けた回答をする「世界の言葉」


「何って・・・ユグドラシルの事をじゃろ?」

お主は何を言っておる?的な魔王バルドル。


『んー?んんー??・・・・・さあ?』


「さあ?って・・・お主・・・地龍王にはユグドラシルの事を伝えておらんのか?」


『何事も自分で気付かないと「世界の守護者」の意味はありませんからね。

今の所で龍種には、ユグドラシルの真相は話していませんね』


「いや!儂には結構、色んな事や余計な事まで全部バラしておらんか?

同じ「世界の守護者」なのに、それはおかしくないか?」


『そりゃあバルドルには私からの依頼のお仕事して貰わないといけませんからね』


「お主も随分と図太くなったモノじゃのう・・・」


『「もっとしっかりせい!」と私に再三言っていたのはバルドルですよ?』


「ぬ?!これは藪蛇じゃったか・・・」


そんな会話を寝たきりイリスの周囲でしていたら何も言わずに佇んでいたハイエルフのルナが、「あ!」と言う表情になって・・・


「そろそろイリスちゃんの「しーしー」のお時間ですね。

バルドルさんはお部屋からご遠慮して下さいませ」


そう言ってルナは「各種お世話器具」が乗っている台車を押してイリスの元へとやって来る。


「!?!?!?いやぁーーーーー?!

男性の前で何て事を言ってるんですかぁ?!ルナさーーーん?!?!」


「ぬ?!・・・そうか・・・もうイリスの「しーしー」の時間か・・・

ならば儂も地方自治体の防疫会議に行かねばならぬな」


そう言いながら鞄に入った書類を持ち小走りに魔王の間から立ち去るバルドル。


「うえええーーー?!?!

そんな事を当たり前の様にタイムスケジュールに組み込まないで下さーい?!?!」


『あら?もうイリスの「しーしー」の時間なんですね?

さーて!なら私も定例報告書を書く時間ですねぇ』


「何で皆んな、そこを基準にして動いているんですかぁ?!?!

止めて下さい!私は泣きますよ?!良いんですか?!」


こうして裏方連中はイリスの「しーしー」の時間が来たら全員解散するのが日課になって来た今日この頃だった。


「うふふふふ~♪♪♪♪♪♪さあイリスちゃん?」


イリスと2人きりとなりニッコニコのルナが尿瓶とタオルを持ちイリスの前に立った!


さあ赤ん坊プレイのお時間だ!


「お手柔らかにお願いしますぅーーーー?!?!

ああ?!いやーん・・・・・・・・・・・・・・・・あー?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



裏方の連中が舞台の裏でアホな事をしている間にもシーナと地龍王との謁見は続いていた。


地龍王クラスともなると神与スキルの「影見」でもカウンターで返す事が出来るので魔王バルドルとエルフの女王イリスの会話は地龍王に筒抜けになっているのだ。


無論、イリスの「しーしー」の事も知っているのだ!

・・・いや!そんな事はどうでも良くシーナの中にユグドラシルの魂が入っている事はシーナが3歳の時にもう知っている地龍王クライルスハイム。


天龍王アメデもシーナの魂がユグドラシルだと言う事もラーナ王女の魂が、かつてのグリフォンロードのエリカだと知っている。


と言うかユグドラシルとエリカの魂を繋ぎ、シーナとラーナの名付け親が天龍王アメデなので当然の事なのだが。

なので自分の娘の天舞龍リールをラーナ王女の護衛に付ける大盤振る舞いをしている。


バルドルやイリスが知っている事は「世界の言葉」の言う通り三龍王は知っているのだ。

ただ一点、シーナのもう一つの秘密に関しては今の所は誰も気が付いていない。


地龍王はユグドラシルが自分で正体を明かすまで知らんぷりを決め込んでいる。

なのでシーナと地龍王の謁見は地龍王が真実を知らないモノとして進む。

ユグドラシルが今回の生で何を望んでいるのか地龍王でも分からないからだ。


「「ラーナ王女と王妃に関しては天龍がかなりの戦力を投入しておるから心配は要らぬ。

下手に地龍が介入すると混乱するから任せた方が良いな」」

かなりどころか相当にヤベェレベルでのガチでの戦力投入だが。


「そっか解った」その事を知って安心した様子のシーナ。


「「時にシーナよ、お主は何かやりたい事はあるのか?此処に居る間は父が面倒を見ようぞ」」


地龍王はシーナの望みを可能な限り叶えてやりたいと思っている。

気が遠くなる長い時間を世界の為に尽くしたのだ、これからはのんびりと自分の思うままに生きて欲しいと願っている。


地龍王からの質問にシーナは少し考えて、

「ならアタシは龍戦士になりたい?」と答えた。


「「・・・・・・・・・はっ?」」シーナの思わぬ願いに地龍王が呆けた!

地龍王クライルスハイムのポカン顔とは長い歴史でも初では無いだろうか?


「アタシは龍戦士になりたいから・・・おとーさん色々と教えて?」

シーナは胸の前で手を組み涙目でおねだりモードだ、こいつは中々あざとい!


「「せっ戦士?お主は戦士になりたいのか?」

思わずシーナに再度願いを聞き直す地龍王クライルスハイム。


「うん!みんなを守りたいから」力強く頷くシーナ


「「ふむ、その心意気は見事だ!なれば父が立派な龍戦士にしてやろう」」

心意気に感心した様子の地龍王クライルスハイムはシーナの願いを聞き届けたのだ。


「うん!よろしくね!」


やけにアッサリと戦士になる事に決まった様に感じるだろうが、そこは人間と龍種の考えの違いだ。


人間の父親なら「女の子がなんて事を」とか「自分の娘が危険な事なんて」とか思うのだろうが地龍には「真の自由」の掟がある。


己れの道は己れで決める。


周囲の者はそれを助ける事はする、が但し何があっても自己責任が鉄則だ。


「「しかしいきなり我と手合わせでは手加減が出来ぬ。

暫しの間はエレンと共に修練を積むが良い、シーナが力を付けて我と手合わせが出来る日を楽しみにしているぞ!」

シーナと修行をする日を思って楽しそうなクライルスハイム


「うん!解った!」大きく頷くシーナ


それにしても今日初めてちゃんと話しをした様には見えないな。

いかに魂が繋がっているとは言え意思の疎通が早すぎる、おそらく地龍王の性格とシーナの性格の相性が良いのだろう。


こうしてシーナは自分の意思で龍都に留まり「龍戦士」を目指して修行に励む事になった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



所が変わる。

シーナが地龍王クライルスハイムに謁見している同時刻のピアツェンツェア王国王城内の宰相執務室にて。


「そうか・・・やはりアスティ公爵が魔族への手引きを行なっているか」


苦虫を噛み砕いた様な顔の老人はピアツェンツェア王国宰相のエヴァリスト・フォン・ピアツェンツェアだ。


前王の王弟で長い時間父王と兄王の治世を支えた英傑の1人だ。

先代の兄王が末期癌にて死去してからは、甥であるヤニック王に尽力している。


「エヴァリストが居る限りはピアツェンツェア王国は陥落せず」

中央大陸を越えて西の大陸の諸国にも恐れられていた人物だったが寄る年波には逆らえない。


ヤニック王が即位してからの16年は戦場の表舞台から退き、国内にてヤニック王を支える後継者を育てるのに忙しい。


エヴァリストは兄王が崩御した際に自らも引くつもりだったが、ヤニックに辞任を止められて全臣下2/3の連名で宰相職の継続を懇願されて、現在は70歳を越えているが尚宰相の地位にある。


本人的には「え?嘘だろ?私まだ仕事すんの?マジ引退してぇー」と思ってるのだが。


宰相の前に座るはマッテオ・フォン・アスティだ。

父のアスティ公爵を見限り公爵家を守る為に父の悪業を宰相のエヴァリストに報告しに来たのだった。


「父上!なんて事を!」

更に宰相の隣で憤慨しているのはマッテオの兄、オスカル・フォン・アスティだ。

宰相の補佐官をしていて次期宰相との声も高い人物だ。


「早く父を処断して外務次官のグイード兄上を国に呼び戻してアスティ公爵家を継いで貰わないと我らが公爵家は終わりです」

マッテオはアスティ公爵家の緊急事態の状況を兄オスカルに説明する。


マッテオとオスカルが話し込んでる内に「さて」と宰相は思考加速で情報分析を開始する。


「思考加速」ユグドラシルが人間のみに与えた特殊能力だ。

魔王バルドルの「影見」と同様に神与スキルの一つで言葉の通り思考を加速させる事が出来る。


ユグドラシルが何故人間のみに与えた能力かは分からないが、脆弱な人間でも龍種や魔族に対抗出来る程に強力な能力だ。


これが有るから人間は世界で上位の地位を確立出来ている。


エヴァリスト宰相は通常の人間の50倍ほどの思考を加速をさせる事が出来るのだがSランク冒険者(勇者)の中には100倍を超えて来る者もいるらしい。


《魔族が国内に入り暗躍しているのが確定した。

普通なら国家存亡の危機・・・なのだがシーナとラーナのおかげで天龍と地龍の助力を得られている。

なので状況はそこまで悪くない。

アスティ公爵に魔族が化けているかも?と思っていたが、

利用されているだけとマッテオのおかげで判明した。

現在の私が行うべき最優先事項は後継者のロミオの身の安全の確保。

次にシーナとラーナの安全の確保。

次にアスティ公爵家の保護。

魔族の手が国内にどこまで伸びているかは今の所全て判明してない。

ヤニック陛下を介して地龍王に接触して見るべきか?

魔族の潜入には西の大陸のゴラン王国が絡んでる。

潜入に使われたのはどこの港からか?

現状王都には騎士団は全て駐屯してるが、軍団の半分が国境警備の為に不在・・・

それから・・・》


などの思考を15秒弱で終えてしまう。

現在の状況の確認を終えて策を練り直してマッテオとオスカルに向き合う。


「よし!マッテオはスカンディッチ伯爵の所へ密かに使者に赴いてくれ。

内容はこちらで書面を作る。

オスカルは内務省で書類仕事をせよ。

仕事の内容は何でもいい安全確保とこれからのアリバイ作りが目的だからな。

現状は動かずに待機だもう少し敵を炙り出したい」


「スカンディッチ伯爵?ですか?弟がなぜ?」

何故に王都にもほとんど姿を見せない田舎伯爵への使者の役目を弟にさせるのか?

と不思議そうなオスカル。


「ここだけの話し・・・スカンディッチ伯爵は地龍と直接渡りが付けれるからな」


「「なんですと?!!」」エヴァリストの告白に衝撃を受けるマッテオとオスカル。


驚愕する2人の若者を見てニヤリと笑う狸宰相エヴァリスト。

そろそろこの有望な若者達にもピアツェンツア王国の真実を教える時期だと宰相は思う。


その内、天龍が城内い居る事も伝えるつもりではあるが、一気に全てを伝えると混乱するだろうから少しづつだ。


先ずは、この兄弟には地龍との繋がりを持たせるのだ。


「マッテオよ、スカンディッチ伯からの指示が出るまでは下手に動くなよ?

魔族の目は広いからな」


「はっ・・・はい!了解しました!」


「オスカルと私の名前でグイードに使者を出して急ぎ帰国する様に伝えろ」


「はい!」


「それから・・・」


往年の狸宰相エヴァリストは老体に鞭打ち最後の御奉公に動き出すのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



それから1週間後。


馬車に揺られて1週間の旅路を経て宰相からの手紙を携えたスカンディッチ伯爵領にやって来たマッテオ。


一目散に領官邸へと向かうとすぐにスカンディッチ伯爵の執務室へと通された。


「マッテオ少佐、長旅ご苦労様でしたね。

宰相閣下からのお手紙、確かに拝領しました」


マッテオから見たスカンディッチ伯爵の第一印象は「穏やかな御老人」であった。


エヴァリスト宰相閣下は一見すると穏やかそうに見えるのだが、歴戦の英雄なので目力が強く、目が合うとピッ!と背筋が伸びる迫力がある。


しかしエヴァリスト宰相と同年代とも思えるスカンディッチ伯爵は目が合うと不思議とフッと穏やかな気持ちになる。


実はスカンディッチ伯爵は龍力を発生させて威圧行為を行なっている。


この威圧は敵意が無い者には心地良く感じるのだが、敵意の有る者には地龍の威圧が掛かる魔力が込められている。

手っ取り早く敵味方の判別を行う技だ。


つまり心地良く感じたマッテオはスカンディッチ伯爵の試験に合格したのだ。


《ふふふ、あの老ぼれめ狸めが最後に面白い奴を寄越したもんじゃ》

そう心の中で思い、ニコニコしながらエヴァリスト宰相からの手紙を読むスカンディッチ伯爵。


何が書いてあるか、おおよその見当はついているが一応内容を確認して手紙を置いたスカンディッチ伯爵は・・・

「ふむ・・・君は手紙の内容を知っているかね?」とマッテオに白々しく聞いて見る。


「いえ!内容は宰相閣下しか存じてません!」

マッテオは人宛の手紙を勝手に読む人間ではないので当然の答えが返って来る。


《彼奴め我に丸投げしおったか・・・》と伯爵の笑顔が深まる。


「手紙の内容はこうじゃな。

1人若者を送るからスカンディッチ伯爵領で鍛えてやってくれ・・・だそうだ」

笑顔のスカンディッチ伯爵が内容をマッテオに伝えると・・・

「なっ!!」思ってもない内容に驚くマッテオ。


アスティ公爵家が大変な時にまさかの地方に出向いての修行だ。

思わず断る旨をスカンディッチ伯爵に伝え様とするマッテオなのだか?


「ついでに地龍について詳しく教えてやってくれ・・・とも書いてあるな」

笑顔を崩す事無く特大の爆弾をマッテオの頭上へと投下するスカンディッチ伯爵だった。


「!!!!伯爵閣下は地龍についてお詳しいのですか?!」

エヴァリストから聞いてはいたが衝撃の事実に思わず前のめりになるマッテオ。


「それを答えるのは君の此処での滞在が絶対的な条件になるのかな?」

さてどうするかね?と言わんばかりの伯爵の笑顔に思わず一歩後退するマッテオ。


「大変な事になった・・・」マッテオはそう直感した。


今この瞬間が人生の大きな転換期だ。


ここでの自分の答えが今後の人生を大きく変える。

伯爵から地龍の教えを請いたいの山々なのが今は実家のアスティ公爵家の一大事の時なのだ、王都から長い期間離れていいものか?


しかしこれは恐らくは国・・・いや世界に関わる重要な事柄だ!


自分如きに何が出来るのか分からないが力を振るえるならば振るって見たい!

エヴァリスト宰相はそれを見越して私を此処に送ったのだ。

アスティ公爵家の事は兄上達に任せておいても大丈夫だ。

ならば今は己の力を蓄える時だ!


「その話し是非お受けします」マッテオが答えるまで僅かに1秒。

側から見ると即決に見えただろう、つまりマッテオも「思考加速」保持者なのだ。


その事をマッテオ本人はまだ気がついていないが宰相は気づいていたのだ。


その上でマッテオが魔族に取り込まれるのを防ぐ力を付けさせるにスカンディッチ伯爵と地龍を利用したいと手紙にハッキリと書いていたのだ。


古き友の願いとスカンディッチ伯爵自身がマッテオの事を気に入ったので、スカンディッチ伯爵はこの話しを受ける事にしたのだ。


「うむよろしい、決まりだな。

そうだな・・・先ず君には、この街に有る鍛冶屋で修行してもらおうかな?」

マッテオの想像とは全然違うスカンディッチ伯爵の提案に戸惑うマッテオ。


「かっ鍛冶屋?ですか?」え?!何故?鍛冶屋?


「そう鍛冶屋」当然の様に言葉を繰り返すスカンディッチ伯爵。


なぜ鍛冶屋なのだろうか?マッテオは疑問に思ったが、スカンディッチ伯爵には何か考えがあるのだろうと思い、「分かりました!よろしくお願いします!」と返答した。


そのマッテオの姿に思考加速だけで無く中々の決断力じゃな・・と少しスカンディッチ伯爵は感心した。


《まぁ・・・後の事は我が友の地琰龍ノイミュンスターが上手くやってくれるじゃろうて。

シーナ様がこの街から不在で暇じゃろうし・・・多分大丈夫じゃろ。

何せアヤツは誰か見張りがいないと暇に任せて妙な物を作ってしまうからな》


スカンディッチ伯爵は鍛冶屋に居る友を思い浮かべる。


《・・・この前会った時は空飛ぶ道具を作るとか意気揚々と話して言っておったし・・・

何か寒気がするんじゃ、始末書が迫ってくるあの感覚が!》


伯爵は一瞬身震いをして・・・


「ではよろしく頼むぞ」

お主の働きが我の休日に直結するのじゃ!頼むぞ!とスカンディッチ伯爵は願う。


「はい!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


そうしてマッテオは工業区に有るトムソン鍛冶店に向かい、扉に備え付けられている呼び鈴を鳴らす。


これがマッテオの苦難への始まりだった。


ちなみにトムソン鍛冶店は店頭販売業務はしていない。

そもそも作っているのが風車などのベアリングや馬車の鉄製具材なので店頭販売をする理由がない為だ。


当然ながら武器や防具の制作を一切行ってはいない。

そんなブツを地琰龍ノイミュンスターが作ってしまうと世界最高峰の武器と防具の大量生産が開始されてしまうからだ。 


それでも、「どうしてもお願いします」と懇意の商人から依頼が来た場合にのみ数本の剣を打った事しかない。


その時もやっぱり剣本体だけでもSSランクの剣になってしまい、仕方ないのでノイミュンスターは魔法で「不殺し」の特殊効果を全ての剣に仕込んだのだった。

切れ味自体は抜群なのだが、何故だが人は斬れない魔剣の誕生だ。


一見すると使い道が皆無のナマクラ剣にしか見えないのだが、

これ案外、可能な限り流血を防ぎたい宮中の護衛騎士にとって大変都合が良い武器で意外に好評なのだ。

今でもたまに追加発注が来る。

何せ賊の武器のみを簡単に破壊する事が可能で使い勝手が最高なのだ。


そんなトムソン鍛冶屋の商売の方法はこのマッテオの様に業者が直接買い付けに来る販売方式なのだ。


呼び鈴を鳴らして15秒程で扉が開いて作業着姿の店長のトムソンが出て来た。


「いらっしゃいませ。この店は初めてのご利用ですね?店長のトムソンです。

どの様な鉄製品をお望みでしょうか?」


意外や意外、トムソン店長はメッチャ普通に客の応対が出来るのだ。

いつもの口調も現代風に変わっており、外見も中身もただの鍛冶屋にしか見えない。


「いえ!スカンディッチ伯爵閣下より御手紙を預かり参りました!」


「ほう?」


と言う事は客では無いな、トムソン店長の雰囲気が変わる。


「伯爵閣下より手紙とな?」


「はい!こちらです!」


マッテオはスカンディッチ伯爵が持たせてくれた弟子入りの紹介状をトムソン店長に手渡す。


「ふむ?・・・・・・・・・・・ぬ?弟子だと?」


手紙の内容を把握すると目の前の青年を見るトムソン店長。

弟子入りを断るのも簡単なのだがトムソン店長にも少々思う所も有るのだ。


トムソン店長は考える。

《もしこの者が店番の他にも伯爵からの苦情聞きを引き受けてくれたら、

我の「ろけっとぶうすたぁ」の開発が進むのぅ・・・》


残念ながらスカンディッチ伯爵の願いはトムソン店長には通じない様子だ。

特級呪物「ろけっとぶうすたぁ」の開発のスピードが今上がる!

そしてその被害者はもう確定しているのだ、被害者の登場を待て!


ふむ?そうか・・・分かった伯爵様の願いなら断れないからな」


得手してマッテオは地琰龍ノイミュンスターに弟子入りするのであった。


この日の決断がマッテオが自分の命を拾い、この後の彼の運命を大きく変えた事を理解する日はそう遠い話しでは無い。

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