魔法世界の解説者・完成版

ウッド

第1話 「片腕の王女の誕生」

ここは、霊樹「ユグドラシル」が作ったとされる魔法がある世界。


今より1000年程前、霊樹は枯れ、その混乱により世界には魔物が溢れ返り世の中は動乱の時代を迎えた。


世界が滅びに向かうのを阻止すべく霊樹より「ユグドラシルの瞳」を託された者達とその眷属達が魔物と戦い、調和を取り世界には、ひと時の安定が訪れた。


その世界にある中央の大陸、《古代名レッジョ・ディ・カラブリア》の中で「天龍王アメデ」の加護を受けし勇者が作ったと言われる国があった。

呼称はそれぞれの国で異なるので以後は中央大陸で統一する。


中央大陸とは地理的な意味での呼称では無く、霊樹ユグドラシルがその大陸に存在していたので世界の中心、中央大陸と呼ばれる。

実際の地理は赤道直下よりやや北東部にあり、北端部では雪も降る気候だ。

その中央大陸を中心にして東西南北に大陸がある。


その中央大陸の覇者である海軍大国「ピアツェンツェア王国」


約500年近い歴史を誇り、18代続く王家が治める封建制国家で、過去に幾度なく起こった内乱や他国の侵略を乗り越えた世界屈指の強国である。


中央大陸の国家である事を生かして貿易と海軍戦力に注力して来た国だ。


現在は戦艦の大型化、魔導推進システムなどの開発に成功するなど目覚ましい近代化を果たしており、大型の戦艦を30隻の他、小型の艦艇を200隻ほど保有している。


海軍力だけでは無い、四季が有り肥沃な土地を生かした莫大な食糧生産能力、元より発展した魔法技術と新技術と確立されつつある科学力の高い融合性など。

どれを取っても、お文句無しの世界NO、1の国力を誇るのだ。


唯一の弱点は国土面積に対して陸軍力がそこまで強くない点だ。

そこを結構、敵対国のゴルド王国などに突かれて苦戦する時がある。


現在の国王は、第18代目国王のヤニック・フォン・ピアツェンツェア。


そんな彼が21歳の時に王妃であるファニーは結婚したが5年間ほど子宝に恵まれなかった。

だが遂に王妃ファニーが懐妊した発表がなされて国内に歓喜の声が上がった。


懐妊より無事に十月十日が経ち、いよいよ国民や臣下の待望の王妃ファニーの出産の日が来た。


初産なのが心配されたが若き日は辺境伯家の「戦乙女の英雄」とまで謳われた彼女は出産の苦痛など軽く跳ね除けて無事に双子の王女を産んだのだった。


人々は歓喜の声を上げ、城には幸せの鐘が鳴り響くはずだった・・・のだが?


しかし王城内にそんな明るい表情の人間はいない、城のあちらこちらの物陰で悲痛な声が聞こえてくる。


「そんな!なんて事だ!・・・・・・・双子とは、おいたわしい」


「何と・・・双子の女児とは・・・・・」


「伝え聞くところによれば、姉方の腕が・・・・・」


「そんな!なんて不吉な・・・・」


「禍の子・・・なのか?」


・・・・・・


そんな声がヒソヒソと王城の宮廷内には漂い重苦しい空気が漂う・・・

それに王女誕生はまだ国民にも伏せられている状態なのだ。


一体何故か?


その重苦し空気理由は、双子の姉が障害を持って産まれたと言うだけでは無く、

ピアツェンツェア王家に長き渡り蔓延る風習「女児の双子は国に大きな禍を及ぼす」との言い伝えがあったからだ。


時は400年以上の昔、3代目国王の時代に人々に祝福され生まれた双子の王女が居た。


その2人の王女は幼き時は仲睦まじく、何をやるのも一緒の同じ顔をした見目麗しい王女達だった。


そして大きな問題も無く時は流れ王女達は17歳になった。


更に美しく成長した彼女達は女性として目覚めてしまう。

2人時を同じくして2歳年上の若く美しい公爵子息に恋をしてしまい、公爵を巡り激しく争い始めてしまったのだ。


当初は「若気の至り」と国王と王妃も笑っていた。

これが致命的な事態を引き起こすなど想像もしていなかったのだ。


男女の色恋の絡れからの争いは苛烈差を増し続け、とうとう互いに憎しみ合う結果になってしまう。


そんな王女達の痴情の絡れを自己の利益に利用してやろうと、件の公爵子息を筆頭にして周りの者達の様々な思惑や野心が複雑に絡み合い最後には、貴族社会としての統率を失い国を二つに割る最悪の内戦にまで悪化した。


国王と王妃もようやく事態の収拾へ動いたが遅過ぎた。

統率を失った社会ほど恐ろしいモノは無い・・・国王と王妃が乗った馬車を正体不明の軍勢が襲い、いとも簡単に両陛下を殺害してしまう。


現在でも襲撃した犯人が誰なのか不明だ。


あくまで貴族階級での局地的な戦いであった内戦も両陛下が死亡した事により中央大陸全てを飲み込む後継者争いの大戦に発展してしまう。


この頃になると神輿として担がれた2人の王女も正気を失い狂人の様に相手を殺す事のみに執着する様になる。

自分達が両親を殺したと言う罪悪感と、負ければ間違い無く殺される恐怖から来るモノだろう。


そんな泥沼の内戦の中に一人の英雄が現れた、若干18歳の英雄ライモンド辺境伯である!


中央大陸東部、ピアツェンツェア王家発祥の地、ヴィアール辺境伯領を引き継いだ彼は中央の内乱を収めるべく兵を上げた。


後の4代目国王になるライモンド辺境伯の集めた辺境伯軍の兵士は精強だった。

元より魔王軍の防波堤として長年に渡り実戦を重ねて来たのだ。

中央の権力闘争しか出来ない貴族が率いる弱兵に負ける要素などは無い。


しかも裏でエルフを始めとする亜人の協力も取り付け、中立派の貴族も取り込み王都へと進軍を続ける。


辺境伯軍は次々と両勢力の軍勢をなぎ倒しながら王都包囲に成功して、約2週間の攻城戦の末に王城の奪取に成功する。


しかし王城には、王の様に玉座に踏ん反り返っていた公爵子息は居たのだが、2人の王女は見当たらない・・・

ライモンド辺境伯は直ちに斥候を放ち2人の王女の居場所を調べた。


そして居場所を突き止めると、返す刀で敵の支城を絶え間なく攻撃し、それらを尽く壊滅させたのだ。


その城で捕らえた2人の王女・・・姉は公爵子息の手により重度の薬物中毒になっており、妹は酷い鬱状態で発見された。


ライモンドは、被害者とも取れる2人の王女が気の毒には思ったが到底許される罪で無い、公爵子息共々処刑する事にした。


中央大陸の大戦を征したのは双子の王女のどちらでも無く辺境伯軍だった。


その後ライモンドの手によって王城内で捕らえられた、どっち付かずに戦火を拡大させた長兄の王太子はそのまま王城内にて幽閉。


しかし16歳の王太子1人の力ではどうにも出来なかったのも事実なので後に免罪放免される。

残念ながら、この温情が後に仇になってしまうのだが・・・


その姉であった2人の王女と渦中の公爵が、この大乱の全ての元凶とされ民達の前でギロチンに掛けられた。

それに連座して王女を唆していた貴族達の多くも処刑され、家門は断絶された。


官民合わせて16万人の死者を出した最悪の内乱はこうして終止符を打った。


これで、この国にも平和が訪れる、国民は誰もがそう思った。

そうして訪れた平穏の5年の月日が流れる・・・


新国王ライモンドの治世の下でピアツェンツェア王国は、ようやくかつての繁栄を取り戻しつつあった。


良い事は続き4代目国王ライモンドの元にも双子の女児が生まれた。


かつての悪しき双子の王女と違いその双子の王女は民に祝福され王に愛された。


しかし間の悪い事に時を同じして5年前の内乱で大量に出してしまった死者を土葬した為に、それを餌とした鼠を媒体にして致死率の高い疫病が国内に蔓延してしまう。


ライモンド国王もその病に倒れ崩御してしまう、しかもその3ヶ月後にはライモンド国王と共に国政を支えた賢妃と名高かった王妃も同じ病に倒れライモンドの後を追う様に亡くなってしまう。


英雄ライモンドの死は国内に衝撃を与え国は再び大混乱に陥った。


その収拾を図るべく、かつて免罪された王太子が立った。

しかし元より臆病、優柔不断の彼に国の一大事を収める能力は無かったのだ。


それどころか自己の王位を守る為に一連の不幸をあろう事か「双子の女児の禍」とこじ付けて将来の政敵になるだろう双子の王女の排除の為に国内にその悪評をばら撒いたのだ。


その暴挙に猛反発してくるライモンド王の忠臣達を粛清し始める。

受けた恩を最悪な形で仇として返して来たのだ。


その事に最大級の危機感を持ったライモンド王の忠臣たちは正統な後継者である幼い王女達を国外に、ヴィグル帝国へと逃がす為に奮闘するが残念ながら力及ばす次々に力尽きた。


哀れ守護してくれる者を全て失った、まだ片言しか喋る事が出来ない王女達は反逆者の汚名を着せられて処刑されてしまう。


ああ・・・この世に神も仏も無いのか?!


しかし神も仏も居ないかも知れないが、この世界には、ユグドラシルから世界を託された絶対的な「守護者」が居る。

この愚かな王にその守護者が鉄槌を下すのだ!

  

怒り燃える「地龍王クライルスハイム」が眷属の地龍の龍戦士500名を従えて、ピアツェンツア王国王城へ進撃する。


迎撃?500名の地龍を相手にそんな勇気のある人間などは居ない・・・

ただ地龍の蹂躙を見ているだけである。


「ああ・・・地龍様がお怒りに・・・」

瞬く間に崩壊して崩れ落ちていく王城を見上げる王都の人々・・・

世界の守護者から逃げる事など叶わない王都の住人は恐怖と絶望感の元でそれを見ていた。


だが、地龍王は愚劣な王とその臣下を討ち滅ぼすと、王都には何もせずに龍戦士達を連れて地龍王の山へ帰って行ったのだ。


ただ急報を受けた各地の王侯貴族達は、その報告内容に戦慄した。


地龍達が王都攻めて来たので「天龍教」の神殿で全ての神官が天龍王アメデに救いの祈りを捧げたが国の守護龍なはずの天龍達は一体たりとも現れなかったと書かれていたからだ。


現王室の者達が尽く死んでしまい、急遽王家は王家筋の公爵家より立てる事となった。

王の座を当たり障りない凡庸な公爵が引き継いだのだが?


「禍の女児の双子は1人は地龍王へ生贄とし1人は慈しなければ国は滅ぶ」

地龍の恐怖に駆られ、地龍王クライルスハイムの真の思惑を完全に勘違いした6代目の国王となった男がそう国内に宣言したのだ。


その様な悪習は幸いな事に国民に全く根付く事はなかったが「王家の禁忌」しては残ってしまった。


それから幸運な事に以来400年以上に渡り王家で双子の女児が生まれる事は無かったのだが、第18代目国王ヤニックの時、つまり現在に「禍の女児の双子」が生まれてしまったのだ。


「どちらかを生贄に捧げなければ・・・」と考えた宮臣達だが、どちらかなど考えるまでも無き事だ、何せ姉の方は片腕が無かったのだから・・・

宮臣達は国王に当然の様に姉の女児の生贄を進言する。


「王よ!禍の根は早い内に摘まねばなりません!」と詰め寄る臣下達・・・


「しかし!それは遥か昔の話しだ!今の世は人と龍は良き関係を保っておるではないか!」ヤニック国王は激昂する、ようやく授かった愛する娘を守る為に必死に抵抗したのだ!

当たり前の事だ。


しかし大多数の宮臣達の説得に加えて三大公爵家の連名での進言が有り旗色は悪い。


さらに不運な事に激しい嵐が全国を襲う。

実際は季節外れのただの台風だったのだが「それ見た事か!」と言わんばかりに糾弾の声は強くなるばかりだ。


このままでは国が割れる!そう思って遂にヤニック王は額を下げる事になった。


「双子の姉を生贄にする」こんな事は国民や地方の貴族に知られる訳にはいかない、更に混乱を助長させてしまうからだ。


事を秘匿する為に1人のメイドが選ばれて密かに単身で「地龍王の山」まで片腕の王女を連れて行く事になった、無論そのメイドも共に地龍王クライルスハイムの生贄となる運命なのだが・・・


そうしてメイドが「地龍王の山」へと旅立つ日が来てしまう。


後宮の一室で長い黒髪の美しい女性が赤子用の籠の前に立ち「愚かな母を許して下さい」と涙する・・・母親の王妃ファニーだ。


そうして籠の中でスヤスヤと寝る娘のラーナの額に口づけする王妃ファニー。

その傍らには悔しみの涙を溢す侍女達の姿があった。


「皆の者、後の事は・・・ラーナを頼みましたよ」

涙する侍女達や女官達に背を向けて、ゆっくりと部屋を出る王妃ファニー。

王妃ファニーが扉を閉めると同時に侍女達の膝は悲しみの余りに崩れたのだった。





そのメイドは簡素な布に巻かれた女児を乳母とお世話係の女官達から受け取り夜中に一人で城を出た。





そのメイドは赤子をしっかりと片時も離さず抱きしめて乗り合いの馬車を乗り換えながら一週間の旅を経て・・・





そのメイドは「地龍王の山」の前へ立つ。



「地龍王の山」を睨み布に巻かれた赤子をキュっと抱きしめて、山を登り始めるメイド服を着た女性は眠る赤子を見て覚悟を決めた様子で呟く。


「シーナ、貴女だけは・・・この母の命を地龍王様に捧げても守って見せます」


そこに自らの娘を抱くメイド服姿の王妃ファニーの姿があった。



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地龍王が住まう山、そこはかつて霊樹ユグドラシルがあったとされる山だ。


標高2500m級の中規模の山々が200ほど連なり、それらの山々の深い森が続き多くの小川が流れ東部には中規模ながらも湖も有る。


その自然豊かな山岳地帯の奥地にある標高1500mの一見すると何の変哲もない山だ。


山の麓にはスカンディッチ伯爵領があり、山脈を縦断する街道の交通の要所としてある程度の賑わいを見せている。


しかし豊かな自然に比例して魔力が豊富なので山には数多くの魔物が棲みつき、人間にとっては危険な、地龍を頂点にした魔法生命体の楽園である。


自然豊かな場所に住む地龍達は家を持たないと人は言う。


龍種に対しての知識が乏しい今の時代の人間はその程度の認識だが、そんな事もなく地龍達は人間達より遥かに立派で芸術的な建造物を作り出して巨大な都市を形成していて今現在もせっせと増築中なのだ。


とある古書にはピアツェンツア王国の王都に匹敵する規模のの地下都市があると記されているがそれも実際は正しくは無い。


現在も続く増築で実際にはピアツェンツェア王国王都の約15倍はある面積の土地に地下5階層で構成されている超巨大な地下都市国家が出来上がっている。

比較をするなら、東京23区の面積より少し小さいかな?


そして完全な地下と言う訳で無く、渓谷の底に有る巨大な洞穴の中にあると言った方が正解だろう、都市の3割以上は地上に出ている半地下都市との表現が正しい。

地上部分に建物を建てるスペースが無くなったので地下へと増築しているのだ。


都市機能は地脈から湧き出る魔力を電気に類するエネルギーに変換運用され都市は隅々まで照明の光に照らされ数々の荘厳な建物に舗装され整えられた道、人間の文化の3世紀は先をいくハイテクノロジー都市だ。


その都市の中央には人間の建造物で言う所の50階建ての建造物に匹敵する高さの巨大な王宮がある。


地龍王クライルスハイムの居城である。


その王宮内にある、防衛司令本部では山脈の全域とスカンディッチ伯爵領を中心にして半径15kmを網羅する監視魔法陣が張られ、その魔法陣から魔法石に映し出される映像で24時間交代制で悪意ある侵入者がいないか監視している。


その中の1つの魔法石に映し出される映像を見て巨大で悠然な地龍が不愉快そうに呟く、

「「ふむ・・・神虎の子が山に入ったか」」

穏やかだが耳にすれば思わず平伏したくなる威厳に満ちた声だ。


体長は50mをゆうに越え、黒褐色の鱗は陽の光で虹色に変わり、薄い緑色の瞳は溢れる知性を讃え、力の根源たる地の魔力は対する者も無しと謳われる。


この地龍こそ「地龍王クライルスハイム」である。


約5000年に渡り地龍達の王として君臨し、世界の全ての地脈より生じる魔力を制する至高の存在の1柱である。


龍王とは呼ばれているが亜神と呼ぶのが正確だ。

今は存在しない世界の創造主「霊樹ユグドラシル」より「薄緑色の瞳」を授かった世界の守護者の1人でもある。


その眷属の龍種とは神に使える「使徒」と言って良い、龍種は時に人に禍を時に人に恵みをもたらすが基本的には不干渉でもある。


人間達が自らの保身のみから願う「地龍王への生贄」?

その様な真似など龍王の尊厳に対する最大の侮辱そのものであり下手をすれば怒りを買い国が滅ぶ暴挙といえる。


「「全く双子の女児の生贄などと愚かな事だ」」

と再度地龍王クライルスハイムは身勝手極まりない人間の愚行に苦言を放つ。


腹立ち気に苦言を吐き捨てる王の言葉に傍らに控える側近の龍戦士が答える、

「「山を登る女はピアツェンツェア王国の王妃の様です」」と。


「「ほう・・・ヴィアールの娘か?」」


愚かな人間共の愚行にかなり不機嫌だった地龍王だったが、子を連れているのが愚行を行った当の王家の王妃だとは思わなかった。


山を登る王妃の思惑に興味が沸く、「なぜ自ら出向いたのか?」と。


「「お会いになられますか?」」側近の龍戦士が更に地龍王に尋ねると・・・


「「ふむ・・・そうだのう・・・」と地龍王は少し考えこむ。


この時、「生贄になる女児」を決死とも思われる覚悟で抱く母である王妃ファニーに対して地龍王クライルスハイムの心境に少し変化があったのだ。


この心境の変化が王妃の腕の中にいる片腕の王女の未来を激変させる事となる。


すると地龍王は古き友の気配を察知した。

「「む?・・・王妃のすぐ近くに地琰龍ノイミュンスターがいる様だな、

近くに寄っている様だし、この場は彼奴に任せるとしようか」」

少し穏やかになった声色で側近に告げる地龍王クライルスハイム。


「「はあ・・・あのお方はまた近くにいらっしゃるのに・・・顔を見せませんね」」

近くに居るのならば何故に王に挨拶に来ぬのか?と苦言を言いたそうな側近だった。


「「はははは!まぁ、そう言うな」」

クライルスハイムは笑う、彼が自ら人間に近づくなどいつ以来だろうか?

「余程あの王妃は面白い人間なのだろう」地龍王クライルスハイムはそう感じていた。




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「ハア!ハア!ハア!」

必死に前だけを見つめて歯を食いしばりながら山を登り続ける王妃ファニー。


既に着ているメイド服は枝に引っ掛けてあちこちが裂けてボロボロになって来ている。

しかし足を止める事は絶対にない。

慣れない革靴に靴ズレして足の裏に血が滲みズキン!ズキン!と痛むが知った事では無い。


腕の中には自分の娘がいるのだ!我が子を守る為にも絶対に地龍王に会いに行く!

そうしてこの身と引き換えにしてシーナを救ってもらうんだ!

その思いを根性に変えて足を動かし続けている。


「ハアハアハアハア」息が切れ額の汗が落ちる。


普段は宮殿で日々を暮らす王妃である、戦いや肉体の酷使には無縁なはずだ。


しかし彼女は英雄ライモンド王を輩出したヴィアール辺境伯家から国王ヤニックへの嫁入りした。


若き日は反乱軍や盗賊団の討伐に魔物の襲撃を迎撃などの戦場を、得意の槍を持ち駆け回った女傑だ。

魔王バルドルの軍勢を退けた戦いぷりから「戦乙女の英雄」と故郷のヴィアール辺境伯領の兵士達から呼ばれている。


そんな王妃ファニーだったが、王妃になり宮廷生活の6年の間に随分と体力が落ちたものだと自分を笑う。


愛する陛下と共に歩み6年目にしてようやく授かった可愛い我が子・・・

簡単に死なせてなるものか!その思いのみで気力を振り絞って山を登る。


その王妃ファニーがいる場所から3km先の山の中腹に立つ二人の龍種がいた。


「「見よノイミュンスターよ、少しは骨がありそうな女ではないか」」

楽しそうに、かなり年嵩と思われる地龍が隣にいる赤黒い色の鱗を持つ普通の地龍より二回りは大きな立派な身体をした地龍に話し掛ける。


「「ふむ、人間にしては強い部類であろうかのぅ・・・」

話し掛けられた赤黒い地龍はふむふむと人間の女を値踏みをする。


初めから山を登る王妃ファニーをかなりの数の地龍達が龍眼にて見張っている。

侵入して来た人間が何か悪さをしないか監視をしているのだ。


そして地龍は龍種の中でも鍛練が大好物の脳筋な種族である。

歯を食いしばりボロボロになりながらも気迫で山を登る王妃を好意的な目で見る者が多い。


「「彼奴は何の目的で山を登るのであろうかのぅ?」」


地琰龍ノイミュンスターは王妃に対する興味が広がる。

話しの内容によっては王妃に協力するのもやぶさかで無いかもな?

と思う程度には王妃ファニーの気迫に好感をもったノイミュンスターであった。


「「ふむ、ならば少し王妃の思惑が何なのか試して見るかのぅ」」

王妃ファニーと接触して見る事にした地琰龍ノイミュンスターだった。



この王妃ファニーと地琰龍ノイミュンスターの出会いで本来なら訪れる未来など無かったはずの片腕の王女の運命が大きく動いたのだ!


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「ほぎゃほぎゃほぎゃ」

王妃ファニーが抱く娘のシーナが力無く泣き出す。

重度の障害を持ったシーナは身体も小さく産まれてからずっと元気が無いのだ。


宮臣達がシーナを生贄に選んだのも「この体の弱い姫では長く生きられないだろう」と感じたからだ。


「ハアハアハア・・・シーナ?お腹空いたの?今、お母様がおっぱいをあげますからね」

しかし王妃ファニーは何一つ娘の未来を諦めてなどいない。

絶対にこの子の未来を繋げると自分の命を含む全てを賭けている。


伊達に「戦乙女の英雄」などと大層な二つ名は持っていないのだ。


そして力は弱いが一生懸命にファニーの乳を吸うシーナ。

この赤ん坊も生きる事を全然諦めていないのだ。



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「「・・・・・・行かぬのか?ノイミュンスター」」


「「ふむ・・・」」

地琰龍ノイミュンスターが未だに動かないのは、ファニーの乳やりが終わるのを待っているからだ。

しかし何かが彼の中で引っ掛かっていて様子を見てもいる。


「「何やら・・・あの赤子の魂に我の魂が引き寄せられてる気がするのじゃ」」


「「確かに今にも消え去りそうな弱い魂だが・・・どこか気になるな」」

年嵩の地龍の名は地凱龍スカンディッチ、地琰龍ノイミュンスターと同様に古代より生きている地龍だ。


彼も地龍王クライルスハイムより単独行動が認められている、地龍王クライルスハイムの古き友の1人だ。


「「ふむ・・・赤子への乳やりが終わり、王妃がまた山を登り始めたな。そろそろ行くとしようか」」


「「では我は、あの母娘に怪我が及ばぬ様に全方位に障壁を張ろう」」


「「うむ、頼むぞスカンディッチ」」


そう言うとスッと、ノイミュンスターは音も無く空へ飛び立つ、

彼ほどの龍種ともなると行動の全てが自然現象と一緒だ、70トンを超える巨体でも音も立てずに200m上空に飛び上がる事など造作も無い。


空中に飛んだノイミュンスターはスカンディッチがファニー達の全方位に強力な物理障壁を張ったのを確認すると一気に急降下する。


いよいよ、王妃ファニーが抱く片腕の王女と地琰龍ノイミュンスターとの邂逅の時が来た。


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スドオオオオオオオンンンン!!!ゴゴゴオオオオオ!!!


山を登る王妃ファニーの前に突然何か大きな物が落ちて来た!!!

凄まじい轟音上げながら王妃の前100m先に物凄い土煙が上がる!


あまりの突然の衝撃に後ろに尻もちをつく王妃ファニーだったが、腕の中の子を抱き直してすぐに立ち上がり後ろに飛び退く!


咄嗟にこんな行動を取れるのは昔からの鍛錬の賜物だろう。


「何事ですか?!」前の脅威を確認しようとするが土煙が酷くて前が見えない。


土埃で痛む目を凝らして良く見れば、煙が切れた先に大きな30m程の壁の様な赤黒い物が浮かび上がる!


赤黒い巨大な身体にそれに見合う大きな翼、ルビーの様に赤く光る鋭い眼光、その下にかる長い口先に浮かぶはファニーの身体より大きな鋭い牙・・・間違い無く地龍だ!


「くっ!」

咄嗟にシーナを守れる様に両手で抱え直して更に後ろに飛び退き、王妃は目の前に現れた地龍を睨む!


ここで稲妻の様な声が森の中に響く!


「「どこに行く人間よ!お主如きが立ち入って良い山でないわ!」」


発せられた声の衝撃波で身体が飛ばされそうになる!だがシーナを抱えているファニーは倒れる訳にはいかない!意地で踏み止まる!我が子を守る為に!


「ううっ!シーナぁ・・・」

王妃はギリギリと音を立てて砕けそうになるまで歯を食いしばり足に力を入れて現れた地龍を観察する。


推定体長は30m以上、纏う魔力が余りにも大き過ぎて逆に認識すらできない超大物だ!


間違いなく古代龍種と呼ばれる存在より更にその上のクラス、「神龍種」の1柱だと認識する。


一般の市民なら絵本に出て来るだけの架空の存在で本当に存在するなど思いも寄らない。


人間の身で勝つか負けるかとか次元じゃない!

戦えば国が滅ぶか滅ばないかのレベルの最高位クラスの地龍だ!


その地龍は明らかに人間を小馬鹿にした態度と物言いだが幾度となく戦場で敵とせめぎ合った王妃ファニーは相手の機微を感じる能力が高い。

そうでなければ今ここに生きて立ってはいない。


「わたくしは試されているの?」そう王妃は結論を出す。


この相手に勝てる可能性は皆無だが上手く立ち回れば活路が切り開く事が出来るかも?

そう思い、ここで王妃は命を賭けた大勝負に出る!


「わたくしはファニー!!!地龍王様にお会いしに参りました!!!」

目の前の強大な存在に出来る限りの圧力を掛けるべく王妃は「喉などいらない!潰れてしまえ!」命を振り絞るつもりで声を張り上げる!


すると地龍はヒョイと片目を上げて、

「「この!!無礼者があ!!!!!

矮小な人間の分際で我が王に会うなどと良うもほざいたなあ!!!」」


正に怒髪天をつくかの怒声が響く!

普通の人間なら失禁し失神で済めば良い、ショック死レベルの威圧が王妃を襲う!


王妃ファニーの中で「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」との絶望が襲って来る!

恐怖が自分の全てを侵食していく感覚・・・王妃は自分の命の最後を悟る・・・



・・・・・・・いや!そうじゃない!!

そうじゃない!そうじゃない!そうじゃない!自分が死ねば娘も死ぬ!!


ここで死んでたまるか!娘を生かすんだ!


「うああああーーーー!!!死んでたまるかあーーーーー!!!!!」

王妃は無意識のままにノイミュンスターに向かい叫んでいた・・・


そうしてパタリと娘を庇う様に背中から倒れて失神した。









・・・・・・・・・・・あれ?どのくらい時間が経ったのだろう?






・・・・・・・・・・・・「きゃっ」・・・・・・・・「きゃっ」


・・・・・・・「きゃっきゃっ」・・・・・・・声?・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「あーう」


・・・・・・・・・・・・・これはシーナの声?・・・


・・・・「だあーう」


間違いない、わたくしのシーナの声だわ・・・・・・・


!!!!!!「シーナ!!!!」



「シーナ!わたくしの可愛い子!!シーナは?どこ?!どこなの?!」


ファニーは飛び起きてキョロキョロと周囲を見渡しシーナを探す。・・・・・・すると、


「「おお?王妃よ目が覚めたか?」」と先程とは全然違う穏やかな声が聞こえて来た。


「シーナ!シーナ!シーナは?!どこ?!」更に辺りを見まわすファニー。


「「娘はここだ」」と、また優しい声が聞こえる。


まだ意識が朦朧とするファニーだが必死に声のする方向に振り返ると、

大きな身体を丸めて胡座かいて座る地琰龍ノイミュンスターの大きな手の上にチョコンとシーナが乗っかっていた。


「だーあーうー」

ノイミュンスターに片腕を出して手を振って必死に何かを訴えているシーナだった。


「「さっきから我に話しかけて来るのじゃが何を言っておるのか解らぬのぅ」」


さっきとは全然違う深緑色の優しい目でシーナを見つめるノイミュンスターはシーナの伝えたい事が何なのか分からないで少し困った様子だ。


「シーナ!!」


王妃は震えてる足で必死で這いつくばる様に駆け寄りノイミュンスターの手の上のシーナに飛びかかり両手でしっかりと抱きしめる!


涙を流して娘を抱きしめる母をノイミュンスターはジッと眺める。


「「王妃よお主と娘の名は?何と言うのだ?」」

ノイミュンスターの言葉に、はっ!と我に返りノイミュンスターを見上げるファニー。


思わず駆け寄ったが自分が神龍種の手の上に乗ると言う、とんでもない非礼をしている事に気が付いた。


「わっ・・・わたくしの名はファニー、娘はシーナと申します」

ぎゅっとシーナを抱きしめて、ゆっくりとノイミュンスターの手から降りて少し後ずさるファニー。


「「んっ、そうかよろしい、ファニーにシーナだな」とシーナを抱きしめながらオロオロするファニーを見て「「さっきとは随分と違うのぅ」」と笑う。


この面白い王妃と気になる娘に少し我の手でも貸してやるかとノイミュンスターは思っている。


自分の威圧に耐えて反撃して来たファニーを気に入ったが、母が気絶した後でも自分を見て笑う赤子の事を更に気に入ったノイミュンスターであった。


更にこの子には何か秘密が有ると直感もしたのだが・・・

この時はまだノイミュンスターにも正確には分からなかった。


「「ではファニーよ、お主に尋ねるが地龍王様に如何なる用があるのだ?」」

同じ様な質問だが先程とは違い威圧も無い、単純にノイミュンスターが疑問に思っていた事を聞いてるだけだ。


「えっ?あっあの・・・

実は・・・地龍王様にわたくしの身を生贄に捧げて娘のシーナを救って頂きたく思いまして、まかり越した次第です」


王妃がしどろもどろに答えるとノイミュンスターは動かなくなってしまった。


「「・・・・・・・・・」」

無言のままファニーを見つめるノイミュンスター、その目に映る感情は・・・呆れ?


「あっ・・・あの?」

そのノイミュンスターの目にどうしたら良いか分からずに本当にオロオロしだすファニー。

わたくしは何かしてしまったのか?と。


「「一体なんじゃ?いきなりその物騒な話しは?」」

心底呆れた声で返答したノイミュンスターであった。


ノイミュンスターに更に詳しい話しを、と促されてここまでの経過を話し始めるファニー。


ノイミュンスターはただ黙ってファニーの話しを聞く。


一通りファニーが説明を終えると、一つ小さくため息を吐くとノイミュンスターは、

「「そんなものシーナを何処かに逃がせば良かろうに・・・何故そんな世迷言に馬鹿正直に従うのだ?」

呆れた声で感想を言った


「え?」ノイミュンスターからの思わぬ言葉に動揺するファニー。


これが城での一連の経緯を聞き終えたノイミュンスターの感想であった。


「「王家所有の地方の隠れ家とか幾らでもあるであろう?そこに隠してしまえば良かったろうに・・・


幾らでもやりようはあったはずじゃがのぅ?


そもそも生贄も何も地龍は食事はほとんどせぬ、

地龍王様も人間の生贄など捧げられてもいい迷惑なだけじゃ、間違い無く拒否されて二人共に放逐されて終わりじゃ。


それに他者を犠牲にして己れ達は生き残ろうなどの浅ましい考えは地龍王様の逆鱗に触れるだけじゃ、そう言う輩こそ地龍王様は嫌うからな。


我と先に会い良かったぞ?激怒した地龍王様によって400年前同様に王城が滅ぶ所だったやもしれぬ」」


「ええ?!」

自分達が犯そうとしたとんでも無いあやまちを諭され顔から血の気が引くファニーであった。


それから400年前の「双子の女児」の因縁の真相を語るノイミュンスター


「「あの時、地龍王様が王城を滅ぼしたのはピアツェンツェア王家の諍いが原因で大陸全土を疫病で汚染させておいて何も手を打たなかったからじゃ。


人間達の勢力争いなど我等にはどうでも良い事じゃからな。


龍種の役目は世界の調和と安定じゃ。

地を穢せば地龍が、大気を穢せば天龍が、海を穢せば海龍がそれを正すのじゃ。


天龍が地を穢した者を守護をする事など絶対にない。

寧ろ、天龍王アメデ様が一連の出来事に激怒されておられたからな。


天龍達に国の全てを滅ぼされなかっただけ良かったのじゃ、

天龍は罪ある者に対しては我等地龍より苛烈じゃからのぅ・・・


それを自分達だけに都合の良い解釈をし400年も前の得体の知れない掟だか禁忌やらを持ち出して守り続け様とするとは・・・

ピアツェンツェア王家はこの先、大丈夫なのか?」」


「あっ・・・う・・・」あまりの正論に何の言葉が出ないファニー。


地琰龍ノイミュンスターの言葉はただ世界にとって正しい言葉、特定の種族の都合など論じるにも値しない。


「「まぁ、ピアツェンツェア王家の件は良いだろう。

さて、では次はシーナの今後の件じゃな」」


いよいよ本題だ自分の命より大事な話しだ!全身に力が入るファニー。


「「シーナは我の娘としてスカンディッチ伯爵領で育ってよう」」

ノイミュンスターがファニーに告げる。


「えっ?!」突然の話しに思考が停止するファニー。


「「他にも色々と手段はあると思うが・・・シーナにとって1番安全なのはこれじゃな。

我はシーナの事が気に入ったのじゃ我の娘とすることに抵抗は無い」」

そう言ってノイミュンスターは笑う。


幻聴でも聴いたかと疑いたくなる話しだった。

最高位クラスの地龍が里親ならどんな大国でも容易く手は出せないだろう。


しかし人に化ける事など容易い龍種だが子育てなんて出来るのだろうか?とも思うファニー。


「「うん?心配せずとも我は今まで2人の人の子を育てた事があるから大丈夫じゃぞ?

それにスカンディッツの住人の半分は人に化けた地龍じゃからのぅ

シーナを育ててくれる女性には事欠かないだろうて」」


!!!ファニーにとってはかなり衝撃的な暴露だ!

人と交わる事が無いと思っていた龍種がこんなに身近に、しかも自分の王国内に溶け込んでいるとは夢にも思わなかった。


「「それにピアツェンツェア王城の中には高位の天龍の化身も居るらしいのぅ。

ファニーは王妃なのだからその程度の事は把握するべきじゃ」」

更に衝撃的な真実を暴露をするノイミュンスター。


「あっ!つ!」

次々と衝撃的な事実を告げられて身体が宙に浮いてる様な感覚になる、地龍だけでなく天龍まで自分のすぐ身近にいる?!


「「我は知らないが物好きな龍種が人の町に大勢住んでるとも聞いておる。

我も物好きな1人になるのだがな」」ワハハハハと快活に笑うノイミュンスター。


「「シーナはこのまま我が引き取ってスカンディッツの町の知り合いの女性に一旦預ける事にしよう。

ああ心配するで無いぞ?その女性は普通の人間のシスターで、その教会には他の人間の子も大勢おるぞ」」


シーナを預けるのはスカンディッツ伯爵が直接運営してる天龍教教会兼孤児院との事だ。

そしてスカンディッツ伯爵も地龍の化身で人の子が好きなのだとか。


シーナの行く未来が具体的に明確に開かれて行く!


夢心地のままノイミュンスターの話しに耳を傾けるファニー、昨日までは遥か遠い存在だった龍種が自分の身近な存在へ変わっていく。


「「まぁシーナもそうじゃがお主も死なせるのは惜しいのぅ。

ピアツェンツェア王城には天舞龍リールと言う者が派遣されておる、我とは古き友だてお主の事も天舞龍リールに頼んでおこう」」


「天舞龍様ですか?!」思わず気を失いそうになるファニー。


「天舞龍リール」神話の中の1つでも主神として登場する世界的にも有名な天龍だ。

そんな存在までもが自分の城に?!と驚くファニー


「「うむ、大体の事は天舞龍がなんとかしてくれよう。

いや・・・既に動いておるじゃろうな、なにせ神虎とは・・・」」

少し歯切れが悪くなるノイミュンスター、何か色々とあるのだろう。


ここでファニーは1つ疑問に思う。

「あの・・・失礼ながら・・・天龍様と地龍様の仲は余りよろしくないのでは?」

天龍と地龍は不倶戴天の敵、それが現在の人間社会の常識だからだ。


「「ん?ああ、それも人間の支配層に都合が良い政治的な解釈じゃな。

確か天龍教と地龍教との対立じゃったか?

生憎と龍種は有史以来、三位一体のままで現在でも、しっかりと連携しておるぞ?

はぐれ者以外はな」」


何でもない感じで言い切るノイミュンスターだがファニーはそれどころではない。


次々と今まで自分が信じていた常識が打ち破られて行き、どうしたら良いのか分からなくなるファニー。

城に帰ってやる事が多すぎるし、ちゃんと理解も出来るかも不安になる。


「「ふむ、どうしても自分で理解出来なければ全てを国王に任せれば良いぞ」」


「陛下ですか?」

わたくしの旦那様に任せる?と首を傾げるファニー


「「おそらく今回も我ら地龍に手を回したのは彼奴であろうな。

我らはお主が山に入る前から事情だけは全て把握しておった。

手を貸すかどうかは別にしてな」」


「陛下が・・・」

ますます分からない事が増えるファニー、一体どれだけ自分が把握出来てない事柄があるのだろうか?


「帰って直ぐに陛下にお聞きすれば良いのでしょうか?」


「「ふむ・・・神虎がお主に知らせてないのなら今は聞くべきで無いな。

真相を知ったお主が危険に晒されるのを嫌っておるかも知れぬ」」


生け贄になって死ぬ為に山に入ったのに、世界の真実を次々と明かされ、ただ困惑しっぱなしの王妃ファニーだった。

その為にこの時は「神虎」と言う渾名を思い切り聞き逃したのだ。


何はともあれ、シーナを養女として育てると決めた地琰龍ノイミュンスター。


その後、森の中で今後のシーナについての事、そしてシーナとファニーとの関係などの相談事などを話し合うノイミュンスターと王妃ファニー。


ふと会話が途切れた時にノイミュンスターがファニー告げる。


「「ファニーはすぐに王城へ帰った方が良いな」」


「えっ?」


「「当然だ、王妃が忌み子を連れ出して行方不明だ。

下心を持つ貴族からして見れば格好の攻撃材料だろうて。

ファニーが王家を離れてスカンディッチ伯爵領でずっとシーナと共に暮らすならば話しは別じゃがな。

しかしお主にはもう1人の守らねばならぬ娘がおるのだろう?」


そうだった、死が迫るシーナの事ばかり目が行ってしまっていたが自分にはもう1人命より大事な娘がいる。


シーナの死の危険が遠のいた今、もう1人の娘「ラーナ」にも目を向けるべきだ!

早く王城に帰らないとラーナも危ないかも知れない!


バッと顔を上げ「何から何まで諭して頂き申し訳ありません。自分の不得に目を覆うばかりでございます」

そう言いファニーはノイミュンスターに深く頭を下げる。


「「うむ、時間的な猶予は最早無いな。

急いで、ラーナの所へ戻るが良いだろう、我がお主を転移魔法で王城まで送ろう。

暫しの別れだシーナの顔を良く覚えておくが良いぞ」」


なぜ口に出していないラーナの名まで?!と思ったが本当に時間が無いのだ。


ファニーはシーナを強く抱きしめて

「シーナ・・・ああシーナ・・・

母は貴女との別れが寂しくて苦しくて仕方がありません」

ファニーがシーナの頬に優しく口付けする。


すると「だーあーう」シーナはファニーの頬を片手を出しペチペチと叩く。


その行動を少し不思議に思ったが、

「貴女には妹のラーナがいます、いつの日にか2人が会える事を心から願っています」

そう言って涙を溢すファニー。


「らーなー?」更にシーナはファニーの頬をペチペチと強く叩くのだが・・・


「はい、ラーナです」

シーナはファニーに何かを一生懸命に伝え様としているのだが、この時ファニーはその事に気付く事は無かった。


「「最後にひとつ、シーナは天龍王様の眷属であった初代国王の血が強く出ている。

シーナの右腕が生まれつき無いのもそのせいであろうのぅ。

初代国王も生まれつき右腕がなかったからのぅ」」とノイミュンスターは笑う。


勿論、ファニーを少しでも安心させたい嘘だが、その嘘は真実に近かった。


だから呪いでは無く祝福だ。

その初代国王の義手を作ったのは自分だからシーナの右腕の事は我に任せろ。

そう優しく言ってくれるノイミュンスターにだんだんと信仰に近い感情を抱くファニーであった。


こうして王妃ファニーの片腕の王女シーナを救わんとする苦しい旅は終わった。


「はーは、あーうー」まだシーナはファニーに何かを訴えている。


この時のシーナの訴えがファニーに伝わるまで、これから10年以上の月日が必要になるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




転移魔法でファニーを王城まで送り、自らは人化してシーナを抱きながらスカンディッツ伯爵領まで連れていく為に歩きだすノイミュンスター。


喋り疲れたシーナはノイミュンスターの手の中でスヤスヤと寝ている。


ノイミュンスターが歩き出して数分が経った頃、フッと不意に森の木々がフワリと揺れる。


「おおっこれは!お懐かしゅうございます地龍王クライルスハイム様」


最初からそこに存在してた如く地龍王クライルスハイムが現れる。


自然現象その物の地龍王が現れるのに予兆は起きない。

周辺の警戒心の強い小動物ですら巨大な身体の地龍王が降臨した事に気がついていない。


自身の足が触れる地の全てが地龍王クライルスハイムの領域なのだ、予兆など起こる事は無い。


「「ふふふ、久しいな地琰龍ノイミュンスターよ、

お主は近くに居っても我の所に姿を見せてくれぬからな、寂しい限りじゃ」」

嫌味な言葉と裏腹に楽しそうな地龍王クライルスハイム。


「はははは、なんの、我は常に地龍王様と共にあります故に視覚で会う必要はありませぬからのぅ」つられる様に楽しく笑うノイミュンスター。


「「ふふふ、そうか、そうであったな」」とクライルスハイムも更に笑う


地龍王クライルスハイムに最も近い存在と言える地琰龍ノイミュンスター。

クライルスハイムが存在してなければ間違い無くノイミュンスターが地龍王だった事だろう。


そして地龍王クライルスハイムの唯一無二の古き親友でもある。


「「ふむ、してその子がお主の子か?」」

ノイミュンスターに抱かれるシーナを見るクライルスハイム


「はい、シーナにございます」

ノイミュンスターはクライルスハイムにシーナの顔が見える様に抱き位置を変える。


その場に居なくても山の中での出来事の全て把握している地龍王クライルスハイム。

その事を良く知っているノイミュンスターは今までの経緯の説明をする事は無い。


「「そうか、お主の娘なれば我も祝福を授けなければな」」

地龍王は優しい瞳でシーナを見て笑う。


「おおっ!それはまた、有り難き事にございます!是非にお願い致します!」

ノイミュンスターはクライルスハイムのすぐ側にゆっくりと近づいて行く。


祝福を授けるべき手をシーナにかざす地龍王クライルスハイム。

その魔力が森を覆い始め風が木々を揺らし始める。

するとシーナがパチリと目を覚ました。

そうしてシーナは小さな片手をクライルスハイムの前に出して「だーあうあー」と話し掛けた、すると地龍王の目が淡く薄緑色の光を放ち始める。


「「むっこれは?・・・・・」」地龍王の薄緑色の目とシーナの青色の目が強力な光を放ち共鳴を始める。


「地龍王様・・・これは?」ノイミュンスターも突然過ぎる予想外の出来事に驚く。


「「解らぬがユグドラシルの瞳が何かを訴えておる・・ふむ・・・どれ?こうか?」」


「!!!!!地龍王様?!!なにを?!!」驚いたノイミュンスターが叫ぶ!


なんとノイミュンスターが叫ぶよりも早くクライルスハイムは自分の右目を抉り出してしまったのだ!

しかし取り出した目は宝石と言って良い美しさだ。


それを地龍王は取り出した目をシーナにかざして見る・・・すると・・・


シュッ!


クライルスハイムの右目はシーナの右目に当然の如く吸い込まれてしまったのだ。


「!!!!なんと?!!!」更に驚愕するノイミュンスター。

ユグドラシルの瞳が他者に移動するなど15000年近く存在していたが初めて見る現象だったからだ。


「「ふむ・・・ユグドラシルの瞳がシーナに定着したな」」


クライルスハイムも驚愕したと言っても良い表情だ。

かつての自分の目は既にシーナの中で一体化してしまっている。


それから自分の記憶、龍種としての能力、ユグドラシルから授かった力の一部がシーナに譲渡されている事も感じている。


この時点でシーナはクライルスハイムの眷属・・・いや、もっと深い「娘」となったと言っても過言ではない。


「「ふむ・・・・ノイミュンスターよ。

この幼子の親となる決意をしたお主には申し訳ないが・・・

この幼子は我の娘となった様だ。我に直接繋がる分身体とも言える」」

シーナと魂の繋がりを強く感じるクライルスハイム。


そしてシーナの魂に何か懐かしい感じもする。

その後、真実を知った時にクライルスハイムはめちゃくちゃ驚く事になる。


「おお・・・これは驚きですなぁ・・・

しかしシーナがクライルスハイム様の娘になったとは喜ばしい事ですな!」

シーナの父になれなくなって少し残念だが、ノイミュンスターは本当に喜んでいる。


「「しかし幼子のシーナには過ぎたる強すぎる力だ。

シーナが自身で力が扱える様になるまで我が封印を施す事にしよう。


お主は我が娘の側に居て、時期がきたら開封を施す役目を頼む、我が人間の中で生活するのはかなわぬからな。


龍種の中でのみ生活するのもシーナに悪影響が及ぶだろう。

お主が人の町でシーナを導く師となってくれ」」


そう言いノイミュンスターに軽く頭を下げるクライルスハイム


「はは!!不肖の身なれど地龍王のご息女を導き健やかに成長出来る様に全身全霊をもって役目を果たす所存!」

とノイミュンスターもクライルスハイムに頭を下げる。


眷属は数多く居れど、自身に子など持った事などなかった地龍王クライルスハイム。


よもや近い将来、自身が子育てに苦労させられる未来が待っていようとは・・・

今はまだ考えもつかない地龍王クライルスハイムであった。


「「ふふふ、我が娘を持つ日がくるとは、長生きはして見るものじゃ」」


「はははは、左様ですなぁ」


「うーうーうーだーあーうー」とシーナはまだ何かを訴えている。

しかし2人にもシーナが何かを訴えている事に気がつく事は無かった。




シーナが「地龍王の山」で王妃ファニーと別れて地龍王クライルスハイムから「ユグドラシルの瞳」を受け継ぎ娘となった次の日。


地琰龍ノイミュンスターに連れられてシーナはスカンディッチ伯爵領で生活する事になった。


シーナはとりあえずは孤児院に預けられて「天龍教」シスターが面倒を見る事になった。


そしてシーナは年配のシスターに抱っこされている。

「あら、シーナは良くお喋りしますねぇ」とシスターがシーナに話し掛けると、

「あーう、うー」と片手を振りながら一生懸命にシスター答えるシーナ。


「ユグドラシルの瞳」を受け継いだシーナの虚弱体質は一気に改善されて元気いっぱいだ。


「ふむ・・・やはり片腕では可哀想じゃな、急ぎ義手を造らねばなるまいて」

シーナの小さな手を優しく触りながらノイミュンスターがシスターに話し掛ける。


「そうですわね、ここでは片腕の子の事を悪く思う者は居ませんが・・・

女の子だし急いだ方がよろしいかと」

そう答えるシスター、彼女も地龍の1人なのだ。


それから彼女は少し困った様子で「シーナはお乳をほとんど飲みません・・・いかが致しましょうか?」とノイミュンスターに尋ねる。


「むう・・・体質が地龍となり地脈から順調に魔力を吸収しておる故に成長に支障は無いと思うが少し困ったのぅ」

ノイミュンスターも少し困り顔だ。


魔法生命体の地龍は元々、食事をほとんどしない種族なのだ。

なので地龍となったと言って良いシーナがお乳を飲まなくても問題は無いのだが、人間社会ではこの事は異常に見えてしまう。


「よし、この件は我が何とかしよう」

そう言いながらノイミュンスターがシーナの頭を撫でると、

「だーだーうー」とシーナが何かを言っている。


「やはりシーナが何を言っておるのか分からぬのぅ」

お喋りが大好きなシーナに苦笑するノイミュンスターだった。




それから強力過ぎる保護者達に守られながらシーナは何事も無く平和に月日は流れて成長して行ったのだった。

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