異世界転生したけど、戦う場所は戦場じゃありませんでした
ごくごく普通の人生を送っていた日本人の俺は、運悪く重い病気を患って死んでしまいました。しかし、神様の粋な計らいで何と異世界に転生!
ファンタジーな世界に生まれ変わるなんて、夢にも思わなかったなぁ。いや、それだけじゃない――今、俺はある王国の国王陛下の御前に跪いている。
「勇者よ、よく来てくれた。顔を上げよ」
「はい」
何と、俺は勇者としてこの世に生を受けた。ま、まさか、前世では生粋の普通人だった俺がスポットライトを浴びる日が来ようとは……。
勇者である以上、きっと魔王と戦うのが俺の使命なのだろう。前世じゃ戦闘経験も無い俺なんかが魔王と戦えるんだろうか、と不安になってしまう。
だけど、こうし国王陛下に呼び出しを受けた以上、逃げるわけにはいかない。
「早速だが、魔王が襲来しておる。急ぎ、戦場に向かおうぞ」
「……!」
何て事だ……魔王自らが前線に出て来ているのか。まさか、いきなり戦場に行かなければならないなんて。
心臓の鼓動が速くなる。これから、死地に赴くのだから無理もない。
「さぁ、私について参れ」
「え……こ、国王陛下も参られるのですか!?」
「私はこの国の王――魔王が来ているというのならば、逃げも隠れもせぬ」
なんて御方なんだ……自らの危険も顧みず、陣頭に立つなんて。国王陛下の覚悟を目の当たりにした以上、もう迷いはしない。
「(たとえ、勝ち目の無い戦いであっても俺は魔王と戦う!)」
俺は陛下と共に戦場に向かう――って、あれ? 周囲を見回すと、そこは城下町の大通りである事に気付く。
おかしいな……魔王は戦場に居る筈じゃないか。何で、城下町の大通りを歩いてるんだろう?
「あの、陛下――魔王は戦場に居るのでは?」
「勇者殿、あれを見てくれ」
「え?」
国王陛下が指差す方向に視線を向ける。視線の先は市場のようだ。
陛下は何故、市場を指差しているのだろうか? 首を傾げていると、ひとりの女性の姿が視界に入る。
その女性はとても美しく、市場にはとても現れそうにない貴婦人のように見えた。あまりの美貌に、思わず息を呑んでしまう。
見るからに、一般人には手が届きそうにはない高級素材で作られた赤いドレスを身に纏い、周囲の人々からも注目されている。
艶のある黒髪にやや浅黒い肌、黒曜石を連想させる黒い瞳、バランスの取れたしなやかな肢体、側頭部から生えた角……。
「(えっ……角?)」
目を擦って、もう一度確認してみる。その女性の側頭部からは2本の角が生えていた。角が生えている女性……?
「彼女が魔王だ」
「は……!?」
え、魔王……? あ、あの貴婦人が魔王!?
「ま、魔王って女性だったんですか!!?」
「うむ……彼女の周囲に居る女性達も魔族だ」
魔王と目される女性の周囲にも角が生えた女性達の姿があった。な、何て事だ、既に魔族が国内に侵入しているっていうのか!?
「勇者殿、まだ動いてはならぬ。戦闘開始の合図が聞こえてからが勝負だ」
国王陛下の言葉に、ゴクリと唾を飲み込む。本来ならば、直ぐにでも動き出したいところだけど、陛下の御言葉に背く事は出来ない。
戦闘開始の合図が聞こえてから……魔王の方に視線を向ける。魔王の身体から凄まじいオーラが発せられている。
やがて、市場内に大声が響き渡る――。
「タイムセール開始でーす!」
え、タイムセール……? まぁ、市場だからそういうのもあるか、と思っていると魔王達の瞳がキュピーンと輝いた。
「勇者殿、戦闘開始だ! 魔王達を身体を張って止めるのだ!」
「は……えっ?」
「来るぞ!」
視線を向けると、魔王と魔族の女性達が凄まじい轟音を響かせながらこちらに向かって走って来るではないか。あ、あれを止めなくてはいけないのか……!
俺は接近して来る魔王と魔族の女性達の前に立ちはだかる。
「魔王、そこで止ま――」
「お退きなさい!」
「邪魔ざます!」
「ぐはぁーーーーーーーーーーーっ!?」
魔王と魔族の奥様方の突進! 勇者は999のダメージを受けた!
身体が空中で数回ほど回転した後、俺は地面に叩きつけられた。魔王と魔族の女性達は俺の事など眼中にも無いようだ。
タイムセールが開始された場所に、魔王達は大挙襲来する。痙攣する俺のところに、国王陛下が駆け寄る。
「勇者殿、しっかりしろ! 魔王達はタイムセール品を買い占めるつもりだ!!」
「あ、あの……陛下? こ、これはどういう事なんですか? 私は魔王を倒す為に王城に呼び出されたのでは……?」
「勇者殿、何を言っている。そんなものは100年古い、時代は変わったのだ」
「え……?」
国王陛下が説明してくれた。
1.先々代魔王が世界征服しようと、考えなしに行動を起こした。
2.その所為で人類だけでなく、魔族側も身体的にも経済的にも疲弊した。
3.先代魔王が父親である先々代魔王をお説教して隠居させた。
4.先代魔王が魔王の座に就いて、人間の国と魔族の国に休戦協定を結ぶ。
「で、さっきの女性魔王が現在の魔王なのだ」
「えーと、つまり……今は人類と魔族は戦争していないって事ですか?」
「うむ。しかし、魔族は元来闘争心の強い種族でな。別の戦場を求めて、こうして人間の国を襲来しておるのだ」
「あの、その別の戦場っていうのは……」
「そう、即ちタイムセールやバーゲンなのだ! 魔王や魔族の奥様方は、それを察知すると各地の市場に出現するのだ!」
いや、血みどろの争いが起きないのは良いけど、それってどうなの!?
「あれ……でも、ここに来てるのって女性魔族だけですよね? 男性魔族はどうしてるんですか?」
「……あの魔王や奥様方に逆らえると思うか?」
あ、そうか――かかあ天下なんですね。あの魔王様や奥様方に逆らおうとすれば、命がいくつあっても足りやしませんもんね(汗)。
「勇者殿、魔王と奥様方を止めてくれ! このままでは、このままでは……!」
そう言って、陛下がある場所を指差す。指差す方向には怒りのオーラを発する女性達が……角が無いので人間の女性達みたいだ。
彼女達はこちらに向かって来る。俺は彼女達の気迫に圧倒され、数歩後退る。
「勇者様、私達はこの国の主婦です!」
「このままでは、魔王様や魔族の奥様方に品物を買い占められてしまいます!」
「どうか、魔王様達を止めて下さいませ!」
どうやら、タイムセール品を買いに来た人間の奥様方の模様。血の涙を流しながら、懇願してくる奥様方に足が竦んでしまう。
国王陛下が土下座する。
「勇者殿、お頼み申す! このままじゃ、私、奥様方にボコボコにされる!!」
「いや、それが理由で俺を呼んだんかぁぁああああああああああああいっ!」
俺のツッコミが市場に響く――と、同時だった。ずどどどどと、大地が震えるような轟音が聞こえて来る。
な、何か嫌な予感が……。
「お退きなさい!」
「次はあっちの品を買い占めるざます!」
「げはぁーーーーーーーーーーーーっ!?」
魔王と魔族の奥様方の突進! 勇者は999のダメージを受けた!
またしても、魔王様と魔族の奥様方の突進を受けて吹っ飛ばされる俺。
ふと、ある事に気付く。この世界で勇者の最大HPは999が限界値なのだ、カンストダメージを二度も受けているのに、何で俺は死なないんだろう?
その疑問に答えたのは国王陛下だった。
「勇者は神の加護を受けているのだ。死んでも即座に復活する」
「いっそ、教会送りにしてもらえませんかね!?」
異世界転生したけど、戦う場所は戦場じゃありませんでした……いや、ある意味で戦場かも。
国王陛下と人間の奥様方の期待を一身に背負い(強制)、俺は魔王と魔族の奥様方に挑む――。
「お退きなさい!」
「次はあっちの商品が安いざます!」
「ぶふぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
魔王と魔族の奥様方の突進! 勇者は999のダメージを受けた!
……いや、帰らしてもらっていいですかね?
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