異世界転生したけど、魔王でした


 ――魔王城。その名の如く、魔族の頂点に立つ魔王たる我の城である。


 城の最上階、魔王の間にある玉座に我は座していた。


「魔王様、直に勇者達が攻め込んでくるものかと……私も迎撃に行って参ります」


「うむ……」 


 部下は勇者を止めるべく、魔王の間から去っていく。部下の気配を感じなくなって、我は盛大に溜息を吐いた。


「(あーどうしよう。遂に来ちゃったよ、この時が)」


 そう、魔王である我――いや、俺にはかつて人間として生きていた前世の記憶がある。今でこそこのファンタジーな世界で生きているものの、元々は魔物の魔の字すら存在しない世界で生きていた。


 まぁ、所謂現実世界の日本で生まれ育ったどこにでも居そうな一般人だった俺が、どういうわけなのか異世界に転生してしまった。


 最近流行の異世界転生って奴? 少しワクワクしたけど、鏡に映った自分の姿を見て一気に昂奮が冷めてしまった。


 だって、どっからどう見ても人間じゃない奴が鏡に映ってるんだもの。しかも、それが自分自身であることを認識するのに暫く時間を要した。


 ……神様、もしも今の俺を見ているなら一言言わせてもらっていいですか?


「(俺、何か前世で悪い事しましたかァァァァァァァ!?)」


 いや、生まれ変わったら魔王ってどーよ!? 普通、異世界転生したんならワクワクドキドキ、ちょっぴりムフフありな冒険を期待してたんですが!!?


 何で、よりにもよって魔王に生まれ変わっちゃってんの俺! 勇者にしてくれなんて贅沢は言わないからせめて人間に転生がよかったわ!!


 冒険するどころか勇者の最終目標――ぶっ殺される事が確定してんじゃん!? 


「(マジ勘弁してくれよ~……生まれ変わったら、勇者に殺される役なんて嫌なんですけど)」


 ……あ、何か足音が聞こえてきた。いよいよ、勇者がやって来たか。


 魔王に転生してからそれなりに長く生きてるけど、それももうすぐ終わりかぁ。


「(ま、くよくよしても仕方ないよな。こうなったら、悪の親玉らしくカリスマ溢れる魔王様として最期を迎えてやる!)」 


 バーンと魔王の間の扉が開かれた。入って来たのは黒髪の……女の、子?


 え、待って――勇者って女の子!? し、しかも美少女!


 魔王の間にやって来た勇者は女の子だった。年齢は高校生くらいだろうか、黒髪と黒い瞳が目を引く美少女。しかもスタイルも抜群。


 やべ……思わず、見惚れちまったぜ。殺されるのは嫌だけど、殺してくれる相手がこんな可愛い女の子なら心安らかにあの世に逝けそうな気がする。


「あなたが魔王ですか?」


 おっと、いかん……魔王モード、魔王モード。勇者の前で地のオレを晒すなんて無様な真似は出来ないぜ。


「その通りだ、勇者よ……よくぞ、ここまで来た」


「召喚されてから早数ヶ月――漸く、私の願いが叶う」


 ん……召喚? 召喚されてからって、もしかしてこの子って異世界から召喚された勇者?


 ああ、よく見れば黒髪と黒い瞳にこの子の顔立ちって日本人っぽいな。前世の俺と同じ日本出身みたいだ。


 俺が異世界転生魔王なら、この子は異世界転移勇者か。うーん、何という運命の邂逅!


 ……これで、俺が魔王じゃなくて人間だったらなぁ。魔王じゃ、こんな美少女口説く事なんて出来やしない。


 願いが叶う、か。おそらく、俺を斃さないと彼女は元の世界に帰る事が出来ないのだろう。


 曲がりなりにも魔王に転生した以上、無様な戦いをするわけにはいかない。可能な限り、接戦するように戦闘能力を調整しながら最後は彼女に斃される――これが、俺が即興で考えたプランだ。 


「勇者よ、これ以上語る事は何もない。いざ――」


「魔王、これから私と一緒に私を召喚した国王をぶっ殺すのを手伝ってくれませんか!?」


「……は?」


 え、何? 今の聞き間違い?


 この子、何て言った? 自分を召喚した国王をぶっ殺すの手伝って欲しい?


 いやいや、違うよね? 勇者ともあろう者が国王ぶっ殺すの手伝えなんて言うわけないじゃん?


「勇者よ、下らぬ戯言は――」


「お願いします、国王ぶっ殺すの手伝って下さい!!」


「いやいやいや、さっきから何言ってんの!?」


 美少女勇者の発言に、俺はとうとう魔王の威厳をかなぐり捨てた。


「君、仮にも勇者だよね!? 何で勇者が魔王の俺と手を組んで自分を召喚した国の国王をぶっ殺そうと企んでるの!!?」


「ぶっ殺したいに決まってるからじゃないですか!」


 美少女勇者はギリギリと歯ぎしりしながら血の涙を流していた……思わず、後退りそうになってしまう俺。


 うわ~……こりゃ、ヤバイな。何時、闇堕ちしてもおかしくないオーラを漂わせているよ。 


「えーと、何でそんなに国王をぶっ殺したいの?」


「聞いてくれますか――聞いてくれますよね!?」


「アッハイ、どうぞ」


 血の涙を流す美少女勇者の迫力に押され、俺は彼女の話を聞く事となった。彼女がこの世界に召喚された経緯を。


 やはり、彼女は俺と同じ現実世界の日本出身のようだ。普通の女子高生として過ごしていた彼女は友達と一緒にとあるカフェで新作スイーツを食べようとした瞬間に、突如光に包まれ――この世界のとある王国の国王の目の前に居たそうな。


 その国の王は、魔王である俺が治める領土が欲しい為に勇者を召喚して俺の討伐を命じたという。いや、正義や民の為とかじゃないんかい。


 実を言うと、魔王とか呼ばれている俺だけど、別に人間の国を侵略しているわけではない。何せ、俺も元人間だしなぁ……いくら外見が恐ろしい魔王になっても、罪も無い人間達を殺すなんて真似は出来ない。


 戦争とかしたくないから人間の国と魔王の国の境に結界張って、通れないようにしていたんだけど……こうして、勇者ちゃん(今命名しました)が来ているってことは、結界を突破する方法を編み出したってわけか。


「それで、魔王を斃したら元の世界に帰れますかって聞いたら――」


『あ、ごめ~ん♪ 送還する方法書いた本ラーメンこぼして捨てちゃった♪ 君、もう元の世界に帰れないから、てへ♪』 


「とか、ほざきやがったんですよ!? しかも、魔王斃した後は自分のハーレムに入れて可愛がってやるとか言って……ふざけんじゃないわよ、あのド腐れ国王がぁぁぁぁぁあああああああああああっ!」


 うわぁ……そりゃ、キレるよね。勝手に召喚された上に、もう帰れない宣言&クソ国王のハーレムに入れてやる宣言なんて聞かされたら。


「しかも、魔王の国は全然侵略していないじゃないですか!? どう見てもあのド腐れ国王の国の方が侵略者側です! 寧ろ、あなた達は被害者!!」


「う、うん……そうなるね」


「この玉座の間に来るまで抵抗を受けましたけど、魔物達も殆ど手を抜いてみたいだし――あ、部下の人達は気絶させただけですから、命に別状はないです」


 よ、よかった――部下達、生きてた。死んでたら、ショックを受けてたよ。


 部下達にも、極力追い返すだけでいいと命令していた。魔王のこんな命令を素直に受け入れてくれる部下達に感謝しないと。


「だから決心しました……元の世界に戻れないなら、私が魔王と手を組んであのド腐れ国王をぶっ殺してあの国を乗っ取ってやると!」


 あ、あれ……な、何か話がおかしな方向に進んでない?


「というわけで、魔王! 力を合わせて国王ぶっ殺しましょう!!」


「え、いいの? 君、勇者でしょ? なんか侵略者みたくなってるんだけど!?」


「構いません! そもそも、勇者じゃなくてただの女子高生だったんですから、問題ありません!!」


 いやいやいや、それでいいの!? ゆ、勇者が魔王と手を組んで侵略者になるなんて展開でいいの!!?


「ウーッフッフッフッ……待っていなさい、ド腐れ国王。これから、私と魔王がそちらの国を侵略しに行ってあげますから震えて眠りなさい! アハハハハハハハハハハハハハ!!」


 あれ、なんか俺よりもこの勇者ちゃんの方が魔王っぽくない? 俺よりも遥かに魔王の資質ありそうなんだけど、この子。


 異世界転生したけど、魔王でした……今、俺は召喚された勇者ちゃんと一緒に人間の国を侵略しに行こうとしています。


 後の世に『覇王勇者と良心的な魔王』とかいう著書が出るのは、また別の話。


「首を洗って待っていなさい、ド腐れ国王! 新作スイーツを食べられなかった恨み、骨の髄まで味わわせてあげます!!」


「いや、一番怒ってる理由ってそこ!?」


 はてさて、これからどうなることやら……胃薬の用意しなきゃ。





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