【6】リリアさんの淡い想い
う、うぅ……僕もう母様の顔が見られない。
だって、だって、僕はアリサのオモチャにされちゃってるんだもん。
「キャー! かわいいですレイン様! やっぱり見立てた通り、バニー姿が似合います!!!」
「ねぇ、もう脱いでもいい? というかどこにこんな服持ってたの?」
「ダメです! このままでいてください。もうずっとこのままの格好をしてください!」
「これからダンジョンに突入するんだよ! こんな装備で突入できる訳ないじゃん!」
「大丈夫です。ダメージ受けても服が破けるだけですから。そういう加護がありますからぁ!!!」
「どういう加護なの!!?」
幼くなった僕はアリサに捕まり、力任せに服を脱がされバニー姿にされた。
なぜバニーなのか。どうしてこんな服を持っていたのか。アリサは全く答えてくれないし、すっごい恥ずかしいし、もう散々だよ。
こんな姿、誰かに見られたらそれこそ変な勘違いされちゃう。
そんなことを思っていると「レイン様ぁぁ♡」という甘ったるい声が聞こえてきた。
振り返るとそこには何やら素敵な笑顔を浮かべ、また変な服を持っている。
それはたくさんのフリルがあしらわれ、胸元には大きなピンクのリボンがあり、お尻あたりには犬のような尻尾があって、これまた犬の耳を模ったようなピンとした耳がついたカチューシャもつけられていた。
そんな服を持っていたアリサはズズッと迫り、僕にこう言い放つ。
「次はこれを着てください、レイン様ぁぁ♡」
「え、えっと、それは何? アリサ」
「よくぞ聞いてくれました! これは忠実な子犬ちゃんに育て上げるために作られたメイド服でございます。名前は【子犬ちゃんメイド】といって、どんなにヤンチャでも主に噛みつくような暴れん坊でも忠実になるように躾けちゃうメイド服なのであります。ですが、これはアリサでは着られません。悲しいことに私は子犬ではないのです。ですが、今のレイン様なら着ることができます! ああ、でも一度でいいから見たかったんです。レイン様が、トロトロになって鳴いちゃう姿を」
「たぶんそれとんでもない服だよね! 絶対に着ないからね!!!」
「ああ、そんなご無袋な。でも、私は諦めません。なぜなら、今のレイン様ならどれほど抵抗しようともこのアリサに勝てませんからね!」
アリサがよだれを垂らしながら飛びかかってくる。僕は咄嗟に逃げようとするけど、ここは狭い荷馬車の中だから簡単に捕まってしまった。
必死に這いつくばって逃げようともがくけど、そんな僕をアリサはギュッて抱きついて離そうとしない。
「レイン様ぁぁ♡」
「ヤダ、イヤだ! 着たくない! 着るもんか!!!」
「お着替えの時間ですよぉー」
「誰か助けてぇぇぇぇぇ!!!」
貞操の危機感を感じながら僕は暴れ、叫ぶ。でも誰も来てくれない。
ああ、僕はここでやられちゃうんだ。そして本当の意味でアリサの犬にされちゃうのか……
そんな絶望感を抱いていたその時、誰かが声をかけてきた。
「あ、あのぉ〜、お邪魔でしたか?」
「リリアさん!」
なんと僕がお仕置きをしようとしていたリリアさんが助けに来てくれたんだ。ああ、僕はなんて愚かなことをしようとしていたんだ。
彼女は、そんな僕に手を差し伸べてくれるだなんて。
天使だ、本物の天使だよ。
「えっ、えっと、その、そういう趣向の人はいると思いますがここではやらないほうが――」
「違うんだよ! 助けてリリアさん!」
「何が違うのですかレイン様! 誓いあったからこそ、私と一緒に駆け落ちしたじゃないですか!!!」
「え、駆け落ち!?」
「あー、もぉー! 端々違うから! とにかく助けてぇぇぇぇぇ!!!」
どうにかこうにか僕はリリアさんに助けてもらう。アリサがとても残念そうにしていたけどそんなの関係ないからね。
あと、変な誤解が生まれちゃったから説明をしないといけなくなっちゃったよ。もう大変だった。
それにしてもリリアさんは何か用があったのかな。そうじゃなきゃここに来ないだろうし。
「その、実は、協力してほしいことがあって……」
「協力? もしかしてヴァンさんのこと?」
「は、はい! あの、気づいてたんですか!?」
気づいていたも何も、ヴァンさんに悩みとして聞かされたからね。
でもなんで僕達にそのことを打ち明けたんだ?
「その、実は私、あの人のことがとても気になって……ずっと、ずっと目が離せないんです!」
「目が離せない? それはどうして?」
「その、初めてヴァンさんとパーティーを組んでクエストを受けた時の話なんですけど――」
リリアさんは語り始めた。
ヴァンさんは元々、回復役としてそのパーティーに所属していたそうだ。そのパーティーにクエストのために加入したリリアさんだが、モンスターに不意打ちを受けてしまったそうだ。
パーティーはその強襲によって壊滅。残ったのは傷ついたリリアさんと瀕死のヴァンさんのみ。
絶望が支配し、リリアさんは死ぬことを覚悟したそうだ。
でも、ヴァンさんは違った。
「私はもうここで死ぬんだって思いました。でも、ヴァンさんは諦めることなくモンスターに立ち向かったんです。その時にこう言ったんですよ」
『俺達はまだ生きている。潔く諦めるにはまだ早い。それに、最後まで諦め悪く生き残ったほうが人間らしいだろ』
「私はその時の力強い笑顔を忘れられません。その、傍にいたいって思うほどです。でも、この想いを伝えることができなくて。それに、私なんかが一緒にいたら迷惑かなって思っちゃって。それでも、やっぱりいたくて。だから勇気を出してクエストに参加したんです」
つまり、リリアさんはその時に抱いた想いを伝えるためにヴァンさんを追いかけ回していたそうだ。でも、いざ目の前にすると緊張して伝えられなかった。
その結果、ヴァンさんをストーカーするような形になったのかもしれない。
まあ、悲しいすれ違いによって起きた勘違いみたいだ。
「そんなことないですよ!」
ある程度事情を知る僕がヴァンさんに同情し、リリアさんの不器用さに頭を抱えているとなぜかアリサは声を上げた。
顔を見るとその目はキラキラと輝いており、まるで乙女のような煌めきを放っている。
「リリアさん、あいつのこと好きなんですよね!」
「す、好き!? え、その、えっと……」
「なら、私がその告白を手伝ってあげます! さあ、行きましょう! 私があなたとあいつの恋のキューピッドになっちゃいますからね!」
なんだか話が妙な方向に進み始めている。これ、大丈夫かな?
「レイン様、申し訳ございません。私、恋のキューピッドになってきます。ですので、夜の営みはしばらく――」
「うん、いいよ。思いっきり暴れてきて」
やった、アリサの攻撃がしばらくなくなるぞ。ヴァンさんには申し訳ないけど、しばらくアリサの的になってもらおう。
「さあ、行きましょう! あいつのハートを掴むために!!!」
「え、えー?」
僕はそんなことを思いつつ、アリサに了承を出す。
意気揚々に荷馬車から出ていくアリサと引っ張られていくリリアさんを見送り、僕はこの恥ずかしい格好から着替えようとした。
その瞬間、脳裏に妙な光景が浮かんだ。
それはたくさんのツタに身体を絡め取られたリリアさんの姿だ。
服はボロボロで、その目は虚ろになっていた。
「今のは……」
また変な光景が見えた。
それはなかなかに嫌な光景だ。
どうしてそうなったのか、なんでリリアさんが捕まったのか。
わからないけど、嫌な予感がした。
「キャー!」
唐突に悲鳴が響き渡る。僕は着替えることを忘れて急いで荷馬車から飛び出すと、そこにはウネウネとツタを蠢かしている植物がいた。
もしかして――
すぐにあの光景を生み出した原因に気づく。そして、その植物が誰を狙っているのかもわかった。
僕は走る。走り、リリアさんへ伸びていたツタをタクティクスで切り飛ばしたのだった。
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