26. 心の支え


「サラさんはお母様と長い付き合いですよね?」


「初めて会ったのは学園よ。先輩後輩の間柄。今の王女様と同じ年齢ね」


「そのとき、先生は……」


「先生は養護教諭をされていたの。最年少で医師免許を取得されてね。まだ駆け出しの医師だったけれど、大人の魅力ですごく人気があったわ」


 サラさんは確か今、三十六歳。先生の五歳下だ。私が生まれる前から、先生はもう成熟した大人だったんだ。


「あの、先生とお母様には、その、何か特別な関係が……?」


 ずっと気になっていたことを、どさくさ紛れで聞いた。だって、あの二人は月に一回、夜にこっそり会っている。それに互いに甘えるような不思議な空気がある。


「そうねえ、あの頃からシア様はみんなの憧れだったの。男子はみんなシア様の騎士になりたがっていたわ。国王陛下と先生、それからニコライ殿下はその筆頭よ。紳士協定っていうのかしら? 」


「それは、好きとかそういう感情じゃなくて、忠誠とか敬意みたいな?」


「それは分からないわ。気になるなら先生に聞いてみたら?」


 サラさんはすごく難しいことを、さも簡単にできるみたいに言った。そんなこと怖くて聞けない。下を向いてしまった私に気づいて、サラさんは私の手に自分の手を優しく重ねた。


「意地悪で言ったんじゃないのよ。先生はティナ様になら、本当のことを話すかもしれないと思うの」


「先生は、私となんて向き合ってくれないわ。何を言っても子供扱いだもの」


「それなら尚更よ。どんどん距離を縮めなくちゃ。今のままじゃ、恋人になんかなれないわよ」


 サラさんは何でもお見通し。私の気持ちなんて、バレバレだ。


「サラさんは先生の助手でしょう? 恋愛感情とか全くないんですか?」


「ないわね」


 即答! あんなに先生のそばにいて、好きにならないなんて 理解不能!


「どうしてですか? 先生はあんなにカッコよくて優しいのに」


「確かにイケオジだけど、別に優しくないわ。ティナ様だけ特別なのよ」


「それは、私がお母様の娘だから……」


「ふうん、弱気なのね。まあ、確かにシア様の娘だわ。鈍いポイントがソックリ」


 サラさんはそう言って小さく笑うと、お母様の寝室の方に目を向けた。


「シア様が心配だわ。ニコライ殿下は大事な家族。命に代えても助けたかったはずなの」


「お母様にはそんなに強い力があるんですか? 聖女の奇跡ってそこまで効果が?」


「聖女の力には命のエネルギーが必要なの。だから、命を縮めないように、十八歳で引退するのよ。シア様は元々それほど体が強いほうじゃないし、若いときに無理をしているから」


「聞いています。多くの人々を救ったって」


「ええ。だから、もう、聖女の力を出せるような余裕はないはずよ。特に女性は出産でものすごくエネルギーを使うから。それこそ、命懸けの大仕事なの」


「じゃあ、お母様はもう、誰も癒せないってことですか?」


「本人の命を燃やさない限りはね。ニコライ殿下はそれを知ってらしたんだと思うわ。だから、誰にも病のことを明かさなかった。シア様に知られて、無理をさせたくなかったんじゃないかしら」


「先生は知ってたんでしょうか」


「先生は優秀よ。アレクセイ様の主治医として、年に数回は帝国に行っていたし。ニコライ殿下の病の兆候を見逃すはずはないわ。たぶん診察も治療もしていたと思う」


「それなのに、お母様には何も言わなかった……」


 サラさんは自分の唇に人差し指を立てて、『しーっ』と口をつぐむように合図した。


「これは私たちだけの秘密ね。先生が言わなかったなら、それはきっとシア様のため。そして、おそらくはニコライ殿下の願いだわ。私たちは部外者だから、何も知らない。それでいいのよ」


「お母様は、気が付かないかしら。その、隠されていたことに」


「どうかしら。でも、もし気が付いてしまったら、そのときは私たちの出番。シア様がこれ以上苦しまないよう、精一杯支えましょう。女だって紳士協定を組めるわよね?」


 私たちは頷き合った。私はお母様の長女だもの! きっと力になってみせる。そのとき、寝室からお父様だけが出て来て、私たちを見ると無理に笑顔を作った。


「シアは薬で眠ったよ。魔法もかけたから、しばらくは起きないだろう」


「そうですか。今は眠るのが一番ですね。先生は看病に?」


「私がそばについていたいんだが、まだ会議があってね。すぐにも帝国へ発つことになるだろう。アレクセイを助けてやらなくては」


「承知いたしました。では、私は王宮の医務室業務を代行します。学園の方は助手に任せますので」


「頼む。ティナは母様についていてくれ。先生を手伝って、何かあったらすぐに知らせてほしい」


「分かりました。任せてください」


 お父様は私の頭をくしゃくしゃと撫でると、そのまま部屋を出ていった。


「ティナ様、先生のこともよろしくね。きっと支えが必要だから」


 サラさんもそう言い残して、色々と手配をするために部屋を出ていったのだった。

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