5. 責任取ります

 温かくていい匂いがする。ふかふかの寝具で、私は気持ちよく目覚めた。ぐっすり熟睡した気がする。


「おはよう。よく眠れた?」


 耳元に先生の声が聞こえて、私は飛び起きた。何がどうなってる? 確か昨日は王都を出発して、それで、えーと、馬車の中で、先生の指が……。


 自分の痴態を思い出して、体中の血が頭に上る。あんなの、私じゃない! あんな反応もあんな声も全部知らない! しかも、途中からは記憶もない。もしかして、私あのまま、先生と最後まで?


 着替えた覚えはないのに、きちんと寝間着を着ている。もちろん、下着も着けているけれど、新品の見たことがないものだ。やっぱり、これはそういうこと? 経験がないので、全く分からない!


「あのままじゃ、気持ち悪いと思ってね」


 ふと見ると、ベッドサイドの籠に昨日の服が投げ入れてあった。汚れたパンツは乾いて、クシャクシャのカピカピになっていた。


「先生、見たんですか? あの、私の……」


「暗かったし、どうだろう。メイドに着替えをお願いしてもよかったんだけれど、そのほうが恥ずかしいだろう?」


 どういうこと? 意味分からない! いや、えーと、その前にもっと重要なことがあるでしょ。どうして同じベッドに先生が?


「あの、昨夜は何が?なんで私たち、一緒に寝てたんですか?その、まさかと思うけれど……」


「君は馬車で寝てしまってね。夜遅くにここに着いたんだが、起きなかったので、僕が部屋まで運んだんだよ」


「先生、聞きたいのはその先! 何かありました? その、私は女になっちゃったとか、そういう感じの?」


 先生はちょっと意表を突かれたような顔をして、すぐに破顔一笑。寝起きだというのに、壮絶美形の色気がすごい。どうして、私、何も覚えてないの!


「僕たちは新婚だからね。部屋は一緒に使うんだよ。本当は向こうの予備の部屋で寝ようと思ったんだが、君が寝ぼけて離してくれなくて」


 先生が指さしたところを見ると、私の手が先生のシャツをがっちりと握っていた。


 私、先生を襲っちゃった? どうしよう、これは責任問題! セクハラ…というか、立場的にはパワハラだ。


「先生、ごめんなさいっ! この責任は取ります! 私と結婚してくださいっ!」


 私の求婚に、先生はなぜか大爆笑した。なぜ笑う? 訝しがる私の頭を、先生がポンポンとたたいた。


「君が責任を取らなきゃいけないようなことは、何もない。僕の貞操は守られている。もちろん君の純潔もね」


「私達は、まだ?」


「してたらわかるはずだ。大丈夫、意識のない女性を襲ったりはしない」


 そうなのか。えーと、そうなのかな? 先生がそう言うのなら、そうなんだろうけど。経験がないので、どこからどこまでが何の行為なのか、さっぱり分からない。


「すみません、よく分からなくて。あの、私ばっかりいい思いをして、ごめんなさい。色々とありがとうございました」


 そう言って、ベッドに手をついてお礼を言ってから見上げると、先生は私をまじまじと見つめていた。

 なんか変? だって、先生に一方的にしてもらうばっかりで、私は何もしていない。弟子のくせに受け身すぎる!


「ティナの純粋さは、ある意味で無敵だな。何度も言うけど、本当に指南なんていらないんだよ。やめたくなったら、いつでも言いなさい」


 先生は真顔でそう言うと、メイドを呼ぶベルを鳴らしてから、バスルームに消えてしまった。中から水音がするので、シャワーを浴びているんだろう。


 すぐに女中頭と思われる年配の女性が来て、私の身支度を手伝ってくれた。部屋に隣接した大きなお風呂場があって、私はそこで体を洗ってもらった。


 今朝は肌がつやつやで、自分でみてもびっくりするほど輝いていた。睡眠をたっぷりとったから?


「今日は街を見てみよう。たくさんのワイナリーがあるんだよ。さすがに未成年の君には飲ませられないけれど、人が集まる場所だからね。いろいろなお店もあるし、珍しいものも見られる」


「嬉しい! 私、観光って初めて! あ、でも、そんな時間ある? 昨日してもらった指南、復習しておいたほうが……」


「ティナはもう合格だ。君の反応は男を十分に満足させる。復習は必要ないよ。それより、デートというのは、恋愛の基本中の基本だろ?」


「テート? デートなんですか? うそっ。嬉しい!で も、デートなんてしたことないの。どうしたらいいか、教えてください」


「デートまで指南かい? ティナが楽しければいいだけだよ。女性が楽しめないのは男の責任だ。気にしなくていい」


 そうは言うけれど、うまくデートができなかったら、つまらない女だと思われちゃう。私は先生と出かけられるなら、いつでもどこでも楽しいって自信ある。だけど、先生はそうじゃない。先生の様子が気になっちゃって、楽しむどころじゃないかもしれない。


 そんな心配も不安も、外に出た瞬間に吹き飛んでしまった。


 川岸にあるワイナリーからのポートワイン積出港として栄える街は、絵本の中の景色のように可愛らしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る