恋愛指南役は平民出身宮廷医~年齢差25歳!王女が焦がれた身分違いの恋はポートワイン味のキスで酔わされて~

日置 槐

1. 閨房指南役

 先生は医務室の机に座ったまま、イライラしたように髪をかき上げた。少しだけ目にかかる前髪に隠れた濃紺の瞳が露わになり、整った顔立ちがくっきりと認められる。


「ティナ、これはどういうことなんだ?説明してくれるかい?」


 先生は怒りを押し殺したような声で、私を怖がらせないように、言葉を選んで口火を切った。ここからが正念場。何がなんでも、先生にこの依頼をうけてもらう!


「その書簡に書いてある通りです。先生に私の閨房指南役になってほしいんです」


 少し長めの黒髪に、浅黒く日焼けした肌。男らしい大きな手は筋張っていて、触れられたらどんなだろうと、女に卑猥な想像させるために存在しているみたい。

 手に持っていた書簡を握りつぶす様子だけで、何人もの女が失神しそう。色気が凄まじい。


「ばかばかしい。陛下が許可するわけないだろう」


 肘までまくった白衣の袖から伸びる腕は程よく引き締まっていて、衣服に隠れた部分も鍛えられていることを示していた。見えないものほど見たくなる心理が、その体を見てみたいという欲求を掻き立てる。


「許可したのは、お母様です」


 私の言葉に反応するかのように、先生は腕を机について立ち上がった。椅子がガタンと音を立てる。


 身長は百九十センチくらいだろうか。お父様よりも少し高い。白衣が持つストレートなラインが体の線を消しているけれど、それでも逞しい胸板や、長く伸びる足は隠しようもない。


「王妃が。そんなはずはない!」


 血が滲みそうなほどに唇を噛んで、苦悩に瞳を揺らす先生。その姿に、私は抱きついてキスしたい気持ちを抑えるのに苦労していた。


 先生は素敵だ。この人に抱いてもらえるなら、私はどんな卑怯な人間にもなれる。


「嘘じゃありません。婚約した王族には、必ずこのお役目がつくことになってるんです。初夜の儀式を滞りなく遂行するために。王家で受け継がれている習慣です」

「今どき、時代遅れだろう! 悪習は撤廃すべきだ。僕が陛下に掛け合う」


 ティナ、落ち着くのよ。ここで先生に承諾してもらえなけば、すべてが終わってしまうの。なんとしても、先生にその気になってもらう!


「先生は、私を抱けないんですか?」


 無造作に片手で前髪をぐちゃぐちゃと掴む。先生は机から少し離れた場所にあったソファーにドサッと腰を下ろした。乱暴な動作がやけに扇情的で、背筋がゾクゾクする。


「君は男というものを分かっていない。そんな言葉では僕を煽れない」


「知っています。だから、上手な誘惑の仕方を教えてほしいんです」


「意味が分かっているのか? 親子以上に歳が離れた男に、君の純潔を捧げたいと言っているんだぞ! ふざけるにもほどがある」


「政略結婚に必要なのは、処女の証じゃありません。上手に愛して愛されること。お相手に気に入っていただくことです」


「君ならどんな男にでも愛される。君を気に入らない男なんて、この世にはいない!」


 それは嘘。だって、先生は私を愛していない。気に入ってくれていても、それが愛じゃないことくらい、私にだって分かる。そういうのは、動物の勘でピンとくるものでしょう?


「誰でもですか? どんな男性も私に対して、生理的な嫌悪感を持たない?」


「当たり前だろう。君はすれ違う男がみな振り返るような美少女だ。しかも、この国の第一王女。男が喉から手がでるほど欲しがる女」


 それは言い過ぎだ。先生はちょっと贔屓目が過ぎる。でも、そう言うのなら、それを利用させていただく。だって、なりふりかまってなんていられないから。


「先生も、私を欲しがってくれますか?」


「馬鹿なことを。君は僕の娘同然だ。どこに娘に懸想する親がいる!」


 でも、本当の娘じゃないし、養女でもない。血の繋がりなんて全くないし、普通の男と女。なんの問題もない。


「先生を推薦したのは、お母様です。この役目にふさわしい、信頼できる人だからって」


「王妃が?」


「はい。先生が適任だと」


 稀代の聖女と呼ばれた王妃は、私のお母様。二十二歳で私を産んだとき、先生は二十五歳。同世代ということもあり、ずっと昔から深い信頼関係を築いてきたと聞いている。


「王妃は間違っている。兄を亡くした喪失感で、今の彼女は精神が薄弱だ。冷静な判断ができなくなっているんだよ」


「私はお母様が正しいと思います。先生は私に関心がないんでしょう? 指南役に懸想されては困るんです。情に囚われることなく、お役目を全うできる人が必要です」


 実際、もし先生が私に少しでも興味があれば、お母様はこんなことを命令しなかった。その意図するところはズレているけれど、これは必然。先生が私を拒否しない人だったら、こんなことをしなくてよかったから。


「それなら、君に釣り合うもっと若い男を選ぶべきだ。探せば、ティナに関心がない男が見つかるかもしれない」


 それはそうでしょう。そんな人、ゴロゴロいる。私はモテないし、愛を告白されたこともない。私はため息をついた。

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