デコトラ悪役令嬢

白刀妃

プロローグ「荒野ヲ悪役令嬢疾走ス」


荒野を銀色に輝く”もの”が走っていた。

普通は馬車だと思うだろう、周囲は中世のような世界なのだから。

石でできた城の廃墟が見え、遠くには巨大な翼を持つ魔獣が飛び、洞窟の奥にはゴブリンやオークといった亜人達の気配を感じる。


疾走というか爆走する”それ”が生物なのかと問われると、違うとかしか答えようが無いだろう、少なくとも生物なら脚がある。

しかし”それ”は胴体の側面に付いた巨大な丸い何かで地面を走っており、その巨大な体躯は上下運動もせずに荒野を水平に走っている。


馬車かと問われても、似ているが違うとしか答えようがないだろう。少なくとも馬車なら馬が前を走っているものだ。だがそれは馬によって引かれてはいなかった。

荒野を行く”それ”は、強引に言うと前の1/4が前半分だけの馬車のようで、その部分は鈍い銀色や光沢のある鉄板によって煌びやかで過剰ともいえる装飾を施されている。

人が乗るはずの所の屋根の上に、さらに別の構造物が装飾として据え付けられ、その上にもパイプのようなものが並んでおり、その側面も優美なカービングや彫刻で飾られている。

後ろは長い直方体の箱状になっており、角は銀の帯で縁取られており、その側面には色とりどりの絵が描かれていて、止まっていれば芸術作品か壁画のようにも見えただろう。

実際、その外観はぱっと見には大聖堂か城郭の飾りの一部を切り取った荘厳な芸術品のようにも見えた。

”それ”は巨体による鈍重さを感じさせず、むしろ圧倒的なまでの走破性を誇示するかのように堂々と走っている。

胴体には他にも無数の電飾が施されており、光を放ちながら走るその姿は幻想的ですらあった。



「おいおいおいおい! 魔獣の群れが増えたぞ! 引き離せねぇ!」

「……ぐー」

「リア様、リア様、駄目ですね、仕方ありません、ジャバウォック様、いつものようにお願いいたします」

その”もの”の中には2人の女性がいた。20代半ばのメイドに、側には15歳くらいの貴族らしき少女もいる。だが男の声を出しているもう1人の姿は?

彼女らは魔獣の群れに追いかけられていた。後方には巨大な角を持つ牛か鹿のようなものや、犬っぽいがトカゲのようなもの、さらにはコウモリの羽を生やした走る半裸のマッチョなど、お前どこからやって来たみたいな亜人風のまでいた。



「またかよ! 俺様はもう何かをねたくなんて無いんだよ!」

「この場合仕方ないでしょう、それともリアお嬢様に”ハンドル”を握らせましょうか?」

「それも嫌……。どちくしょおおおおお!」

「ジャバウォック様、何事もエレガントにお願いいたします。そろそろお嬢様の安眠にも差し支えますし、さっさと始末して下さい。山のように武装しているとは思えませんねぇ」

メイドはこの状況でも平然としている。反面、声だけの男はまさに混乱しまくっているようだ。


「何度も言うけど! 俺様は”デコトラ”なんだよ! 戦車じゃねぇんだ!」

荒野を疾走していたのは”デコトラ”だった。繰り返すが、巨大な魔獣の群れに襲われている。

運転席にいるのは気持ちよさそうに寝ているいかにも貴族のような令嬢、そして助手席に座っている彼女のお世話係らしきメイド服姿の女性だった。

だが先程の会話では3人いたはず、3人めの男の声はどこから?


「ああもうくそ! 方向転換するぞ! 振り落とされるなよ!」

「まぁこの中ではしがみつく必要も無いのですが」

メイドが言うように、デコトラは激しく揺さぶられているにも関わらず、車内は重力を無視したかのようにあまり揺れていない。運転席の貴族令嬢はおかげで気持ちよさそうに寝たままだ。


よく見ると車内はデコトラの大きさのわりに不自然に大きく、助手席の座席もソファとしか言いようのないもので、貴族の少女が寝ているのも足を伸ばして寝られる寝椅子シェーズロングだった。

運転席内はデコトラのいかつい外観に反して薄桃色で統一されており、貴族令嬢の部屋のミニチュアと言っても通じるほどで、天井からは小さなシャンデリアまで下がっていた。

本来メーター等が並んでいるダッシュボードがあるはずの所も、木製のテーブルのようになっており、その上にアンティークの時計のようなメーターが並んでいた。

そのテーブルには、ちょうど令嬢が寝ている寝椅子の前くらいに、その優美さには不釣り合いな円形の装飾物がついている。どう考えても安眠には邪魔だろう。


「あ、そろそろお嬢様の為にお茶の用意でも始めさせていただきますね」

メイドは席を立つと、運転席と助手席の間の背中側の壁にあるドアを開けてさっさと出て行く。そのあまりのマイペースさに”声”もあきれるだけだった。

「お前本当に良い性格してるな!」

”3人目の声”が警告したように”デコトラ”は180°急速に方向転換し、逆に魔獣の群れに突っ込んでいった。

向かってくるとは思わなかったのか、魔獣達はたたらを踏むように足並みが乱れ、中には転倒するものまでいる。

巨大でギラギラに光るものが迫ってくるのは本能的に恐怖を呼び起こされるのだろう、あわてて魔獣達は道を開けるように左右に分かれる。”デコトラ”が向かう先にいるのは、先程倒れた魔獣だった。


「おや、あれが本日の獲物ですか、少々小さくないですか?」

メイドの女性はドアを開けて戻ってきて助手席に座った。そのままダッシュボードの位置にあるテーブルにポットを置いてお茶の準備を始める。

実に平和だ、窓の外の景色と全く一致していない。何よりもこのデコトラは今から魔獣を撥ね飛ばそうとしているのだから。

「ここで一匹くらい殺しておかないとまた追ってくるだろうなぁ、仕方ねぇ!」

デコトラは、"声"と共に勢いのままに倒れている魔獣を跳ね飛ばした。その瞬間、魔獣は光る粒子のように分解されて消えるのだった。


DPデコトラポイントを220取得いたしました。また、素材:魔物の肉、魔物の骨、魔物の爪を取得いたしました。自動的にストレージに収納されます】

車内に4人目の女性の声が響き渡る、無機質で感情を感じないその声は先程からの男性の声ともまた違うようだ。


「うーん、思ったよりもポイントが低いですね、もう何匹か行って下さい」

「簡単に言うなよ!」

メイドが前も見ずにお茶の準備をしながら漏らした一言に”声”が文句を言っていると、運転席の貴族令嬢が身じろぎをした。

「ん~、じゃばば、うーるーさーいー」


「ジャバウォック様、リア様もこうおっしゃっておられます。次から無言でね殺して下さいませんか?」

「怖いだろそんな奴! 俺様は本来心優しく善良なトラックなんだよ? それより前を見ろ前、どう見てもあれ普通の魔獣じゃないぞ!」

「おや、エルダーワイバーンですか、珍しいですね」

メイドが言うように、前方の空を黒く覆うそのワイバーンは、単なる前足が退化して無くなったドラゴンなだけのワイバーンとは異なり、全身が凶悪な鱗で覆われていた。

どうも先程の群れは、元々これに追い立てられていたらしい。


「どう見てもやべぇぞ! 今度こそ逃げる!」

「逃げるのも結構ですが、執念深い性質ですのでさっさと始末しないと永遠に追いかけてきますよ? 空中からのブレスで焼かれたくないでしょう?ご自慢のボディが焼け焦げますが」

「それは嫌……」

再度180°転回しているデコトラの中で、メイドは何故か魔獣に詳しいらしく窓を開けて平然と後方の魔物を分析している。その言葉に”声”も心底嫌そうに応えるのだった。


「仕方ない、最後の手段だ。”リア”にハンドル握らせろ!」

「ジャバウォック様、何度も申し上げておりますが、正しくはアウレリア・ドラウジネス公爵令嬢様です。リアではなくアウレリア様とお呼び下さい」

「長いわ! それにお前もリアって呼んでるだろうが!」

「私はお嬢様の乳姉妹ちきょうだいですので」

「そんな事言ってる場合か! マジにブレスが来るぞ! さっさとハンドル握らせろ!」

切羽詰まった”声”が言うように、ワイバーンは口を大きく開き、既にブレスを吐く準備をしているように見える。その声にメイドは肩をすくめるのだった。


「ふぅ、仕方ないですね。お嬢様、お嬢様、起きて下さい」ぺちぺち

「ん~、なーにー?おやつ?」

「いえ違いま、はいそうです。ですがおやつの準備をしようと思ったのですがー、DPが足りなくてスイーツが出せないのです、お茶だけで良いでしょうか?」

「それはだめぇ! ケイト! 午後の女子がお菓子無しに生きていけると思ってるの!?」

今まで全く起きる気配の無かった貴族令嬢が、その一言でがばりと飛び起きた。しかも余程お腹が空いているのか、ケイトと呼ばれたメイドの胸ぐらを掴んでいる。


「でしたらば、ちょうど目の前にというか後ろに獲物が、あれを狩って本日のおやつにいたしましょう。ハンドルをお握り下さい」

「え~、また~? これやるとお腹くんだけどー」

慌てた様子も無いメイドに運転席円形の飾りを示され、どうやら貴族の少女はそれを握ることにあまり乗り気では無いらしい。

「まぁまぁ。そのおきになられたお腹は、おやつでいっぱいにして下さい」

「ショートケーキとー、あとドーナッツも良い?」

「両手にドーナツでかまいません、目の前にはショートケーキでいかがですか?」

「やるー!」

貴族令嬢は嬉々として目の前の豪華なテーブルに付いている、そのテーブルには不釣り合いな付属物でありながら、妙に飾り立てられていて似合っているような”ハンドル”に手を伸ばした。

その瞬間、彼女の中の獣が目覚める―――。



「おほほほほほほほほ!さぁー!どっからでもかかってきやがれですわぁ!」

突如、眠たげだった貴族令嬢の表情が変わり、目の前の獲物を狙う獣のように豹変した。

「お嬢様、お嬢様、いついかなる時にもエレガントでお願いします」

メイドは主の豹変に動揺した様子も見せず、むしろ若干あきらめめているのか、ため息交じりに主の言葉遣いを正そうとしていた。

その間にもワイバーンはブレスを放つ準備ができたのか、今まさにブレスを吐き出そうとしている。

だが彼女はそのお小言を全く聞いていない。今まさにブレスが吐き出される直前、貴族の少女も動いた。


直径5~60cmはあろうかという巨大なハンドルを思い切りぶん回す。それによりデコトラはほぼ90°で直角に曲がり、エルダーワイバーンのブレスを見事に避けてみせた。

しかしそれは、相手に思い切り”デコトラ”の胴体をさらす事になる。ワイバーンは、隙を見つけたとばかりに脚の爪でデコトラの胴体に襲いかかるが、次の瞬間それが誤りだと気付かされる事になる。

ハンドルを握った少女がアクセルを踏み込み、デコトラは獣の咆哮のような音を奏でて加速し、ワイバーンの爪から逃れる。

だが、まだデコトラは少女の運転でワイバーンに胴体を晒し続けていた。何を意図しているのか。


「デコトラレーザーはっしゃー!」

少女の声で突如、胴体後部の”カーゴ”と呼ばれる四角い箱の縁を飾る電飾ランプから魔力レーザーが発射された。

一直線に並んで何本も発射されるそれは戦艦の一斉砲撃のようで、ワイバーンの胴体に当たるには十分な量だった。胴体をレーザーで撃ち抜かれたワイバーンは激痛で羽ばたく事を止めて地上に墜落する。

その場から走り去った後に180°方向転換して戻ってきたデコトラは、とどめを刺すべく体当たりの体勢に入った。

だが、その行為は”声”の主にはお気に召さないようだ。


「おいやめろ! 俺様のボディが傷つくだろ!」

「ええー? すぐ治るでしょ?一番手っ取り早いから、このまま行きますわよー!」

「やめてえー! 一応痛いんだよ!? ねる方だって痛いんだよ!? お前、俺様の身体傷つけて平気なわけ? デコトラに人権をー!」

”声”の主はデコトラそのものからだったようだ。運転席にぎゃーぎゃーと響き渡る声に少女もさすがにそれを無視できない。

「しょうがないですわねぇ、はいデコトラミサイルはっしゃー」

次は屋根の上にずらりと並ぶ銀色のパイプ状のものから、ぱすぱすぱすと何本ものミサイルが発射された。

ミサイルは煙の尾を引きながら魔獣を追尾して直撃し、エルダーワイバーンは先程の魔獣と同じように光る粒子として消滅していくのだった。



DPデコトラポイントを12000取得いたしました。続いて魔物素材を取得いたします。エルダーワイバーンの羽根、エルダーワイバーンの鱗、……】

「おおー、結構行ったねー」

女性の声に合わせて運転席の、通常なら走行距離が示されているであろう所のアナログなメーターの数値がカシャンカシャンと上がる。

車内に響き渡る女性の声に”デコトラ”の声も嬉しそうだった、相当な収穫だったようだ。が、喜ぶのはまだ早かった。

【それでは、消費したDEデコトラエネルギーの補充を行います。デコトラレーザーにDPを500P,デコトラミサイルに3500P,ホディの軽微な補修に500P、占めて今回取得したDPは5500Pとなります】

「待ってー!? 【ガイドさん】!? せっかく手に入れたポイントを持って行かないでー!」

だがデコトラの懇願も虚しく、無常にもメーターは下がっていくのだった。


「お嬢様……、ミサイルのムダ打ちは駄目だとあれほど申し上げましたでしょうに。せっかくのポイントが減らされてしまいましたわ」

「だってー、じゃばばがー、身体傷つくの嫌だって言うからー」

「ボディが大きく傷ついたら同じようにポイント消費するんだよ? むしろミサイルで済んでよかっただろ?」


「ですがジャバウォック様はもう少し頑丈になれないのですか? これではポイントがいくらあっても足りないのですが。いつになったら生活水準レベルが向上するのですか」

「だからさぁ、DPで荒稼ぎとか考えずに真面目に働こうよ。人としてそれが一番だよ? 人生地道が一番だよ? 俺様は車だけど!」

メイドのケイトからの無情とも言える言葉に、ジャバウォックと呼ばれたデコトラは少々泣きが入った様子で抗議していた。

この場合、車に人としての生き方を説かれるのはどうなのだろうかという話である。


「ジャバウォック様、よく考えて下さい。私はただのメイドな上に、アウレリア様は公爵令嬢なので働いたりできるわけないでしょう。

 しかもこの人私以上に何もできない実質ただの穀潰ごくつぶしですよ?この方はたまたまジャバウォック様の主となったからこそ旅を続けられているのであって」

「お前なにげに酷くない!? 一応お前の主だろ!」

「ねー、お腹へったー。そろそろおやつにしようよー」

メイドのケイトの身も蓋もない物言いにジャバウォックが抗議するが、当の本人である公爵令嬢アウレリアはそんな事よりさっさと午後のお茶の方が良いようだ。


これは異世界からやってきた”デコトラ”と、それを駆る悪役令嬢と、彼女に付き従うメイドの、ノリと勢いだけで進む珍道中の物語。

彼女たちがどこへ向かうかは、まだ誰も知らない。

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