迷宮ブレイブシスター ~魔王は勇者と親友に見守られて眠る~
狼二世
プロローグ
報告書『迷宮病 観測 六十八号』
□報告書 『迷宮病 観測 六十八号』
〇〇日、正午過ぎ、それは『発症』した。
患者は小学生の少女。やや小柄でやせ型、控え目で自分の我儘を言わないように育てられていた『大人にとっての良い子』だったと言う。
発症場所は患者が通学していた小学校の教室。
時刻は正午。昼休みに入り、退屈な授業から解放された子供たちが教室から飛び出した頃、教室の隅で患者はうずくまっていたと言う。
異常に気が付いたのは彼女の友人の少女三人――A,B、C、と仮称しよう。彼女たちは異常に即座に気が付くと、即座に友人の元へと駆け寄り、心配と励ましの言葉をかける。
その行為には悪意はない。ただ友人を気遣う善意。
だが、不幸にも犠牲者を増やす結果につながる事になった。
患者に友人たちが触れた瞬間、世界に『迷宮』が顕現した。
――『迷宮病』――
人の心とは迷宮のようだ、と名付けた人間は言った。
些細なことで迷い、自分を見失う。それは己の中にある迷宮の中に迷い込んでしまったようだ、と。
誰もが、心の内に迷宮を持っている。それは人間だけでなく生きている存在皆そうなのだろうと。
その言葉が比喩で終われば幸いであった。
迷い、自我を失った人間が、『心の迷宮』に飲み込まれてしまう。
世界から消え、『迷宮』の奥に消えてしまう現象を、『迷宮病』と呼んだ。
そして、『迷宮』は本人だけでなく周囲の人間も飲み込む。
仮に人が『迷宮』に巻き込まれたらどうなるのか――
答えは、今回の事件で巻き込まれた三人が証明してくれた。
◆◆◆
患者に駆け寄った三人は、見知らぬ風景――『迷宮』の中で目覚めた。
『迷宮』、と言ってもロールプレイングゲームなどに出てくるような石造りの地下遺跡や洞窟ではない。巻き込まれた被害者は、一般的な日本家屋。古びた畳の上で三人は意識を取り戻した。
お互いの顔を確認する。とりあえず、一人ではなく気心の知れた友人たちと一緒だった。
それがまた、よくなかった。
――三人一緒なら大丈夫だろう。
不安はもちろんあったが、友が一緒であると言うのはそれだけで心強い。
突如巻き込まれた異常の中の安息。
つまり、気の緩み。
その余裕が油断に繋がった。
――四人で家に帰ろう。
その言葉に異を唱えるものはいなかった。だから、すぐさま動き出すことを選んだ。
畳張りの部屋。ふすまで区切られていて、部屋の外は分からない。
先に進もうと、一人がふすまを開けようと手を伸ばした。しかし、手が触れる前にすさまじい勢いでふすまが蹴破られる。
驚きの声をあげる間もなく、少女Cの首が消し飛ばされた。
残された二人の少女の頬に、赤い血が飛び散った。
首を失った友人の遺体が畳に倒れる。音は軽かった。
僅かな死の証すら消し飛ばすように獣のような咆哮が吹き荒れた。
血走った瞳の男が居た。ふすまを開けたのは化け物――ヨレヨレのスーツを着崩した壮年の男が獣の如き顔で吠えていた。
少女Bは恐怖に固まり床に倒れ込んだ。残されたAは、とっさに友人の手を取って駆け出した。
ごめんね、ごめんね、と泣きじゃくる友を引っ張って幼い少女は駆け出す。目の前には障子張りの壁。開けている余裕はない。
立ち止まらずにと飛び込んで障子を突き破る。勢いのまま飛び出すと床はなかった。重力に任せるままに落下する肉体を出迎えたのは草のクッション。少女たちの目の前に広がっていたのは、草が伸びっぱなしの庭だった。
ここで、Aは目の前の景色に覚えがあることに無意識下で気がついていた。
すぐさま起き上がると、右手の方へ走る。
――そこに、玄関と門がある、と。
彼女の予想通り、家の玄関と道路へと繋がる門があった。
何故分かったのか。
それは、『迷宮』の構造が患者の家の間取りと同じだったからだ。
以前、学校を休んだ彼女に学校のプリントを届けた時に訪れた家。
――そして、その時。来訪者の前で怒号を浴びせあう大人たちが居た。
門の影から影が飛び出す。
小太りの女性がハンマーをもって立っている。
『なんでウワキしたァガァァァァァッ!!』
少女Bが吹き飛ばされる。木の葉のように軽く数メートル吹き飛ばされる。
肉体がボールのように転がる。真っ赤な血が雑草を染める。もう、ピクリとも動かない。
残されたAは涙を流すことも出来ずに固まってしまう。
このまま死ぬのか? 自分も友達と同じようになってしまうのか。
背後から男の影が迫る。目の前には女の影。
絶対絶命――だが、影たちは少女の予想外の行動をとった。
『誰が金を稼いでいると思ってるんだ!』
『誰が家のことをやっていると思ってるのよ!』
大人の影たちは、Aの事を忘れたようにお互いと戦い始めたのだ。
腕が消し飛び、瞳が抉れ、顔が潰れようとも構わない。
Aは背を向けて走り続けた。化け物たちの争いにも、友の死にも背中を向けて走りだした。
人は誰しも心の中に『迷宮』を持っている。
『迷宮』は自分自身の経験から生まれる。
今回のケースでは、患者が常日頃から目撃していた両親の諍いが元となっていた。
帰ってくるたびに口汚く罵声を浴びせる。時には流血をする両親の姿は幼い子供にとって多大なストレスであった。
患者にとって、家は安息の血ではなく、常にストレスにさらされる『迷宮』であり――
――暴力と暴言を巻き散らす両親は、モンスターであった。
走り続けるAの目の前にはいつもの町並み。けれど患者にとっては地獄の『迷宮』。
物陰から覗いてくる大人の姿に怯えながら、辿り着いたのは学校。
教室に駆け込むと、机に突っ伏して泣いている患者が居た。
その先については、詳細な記録は残っていた。
何が起こったのか、少女Aが説明を拒んだからだ。
さて、今回の発症例は極々一般的なものであった。
発症現場が昼休みの教室であり、被害者の三人のみで完結した。
小さな子供が大人の悪意によって『迷宮』を育ててしまうと言うことも珍しい事ではない。
特筆すべき点があるとしたら、一人、助かったこと。
そして、『抗体持ち』を発見できたことは大きな成果であった。
そして、『抗体持ち』の候補が二人消えたことは大きな損失であった、と。
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