『20世紀号に乗って』〜幸福感溢れるミュージカル

シアターオーブで『20世紀号に乗って』を観てきた。


とにかくハッピーなライト•コメディ•ミュージカル。


肩の力を抜いて楽しむ一夜にピッタリな娯楽作だ。


私は1990年に青山劇場で上演された大地真央主演、宮本亜門演出家の日本初演以来、それこそ四半世紀弱ぶりの同作である。


その間、望海風斗主演の宝塚歌劇版も上演されたが、私はチケットが取れず観ることが叶わなかった。


前回の観劇が四半世紀前のため、ほぼ細かいことは覚えてないのだが、同作の前年に同じ大地真央主演の、宮本亜門演出の豪華客船を舞台にした『エニシング•ゴーズ』が大ヒットしており、船の次は電車か、、、甲板のある船に比べて列車は狭いな、、、という身も蓋もない感想を抱いたのは覚えている。


これについては、今回の公演を観て思ったのだが、やはり主役は増田貴久の演じたオスカーを中心としたアンサンブル作品であり、リリーを中心の描き方をしたため、初演は今一つ印象に残らなかったのかな、、、という事だった。


前年の『エニシング•ゴーズ』が、コール•ポーターの名曲と大地真央を中心としたダンスシーンの迫力が圧倒的だったので、期待が高かった分、肩透かしを食らった気分だったのだろう。


今回の『20世紀号に乗って』は、大満足の作りだった。


スターのビッグナンバーで見せる作品ではなく、セリフを音楽に乗せて歌い継いでいくレチタティーボ主体のナンバーで見せるミュージカルなのであるが、主演の増田貴久以下アンサンブルの面々まで、実力のある演技巧者が揃っているので、全く飽きずに楽しむことが出来る。


レチタティーボが多用されるのはセリフ劇をミュージカル化したということの影響だろうが、登場人物一人一人の個性に合わせたメロディに乗せた独唱から、重唱、掛け合い、合唱と盛り上がっていくナンバーはミュージカルの醍醐味の一つである。


そして、これは、主役から脇役までしっかりと歌唱し、演技できなければ成立しないナンバーなので、それが次々と決まっていく本作は、観ていて気持ち良いのなんの。


ここで、凄いと思ったのが主演の増田貴久である。


彼は本作の看板スターと言うのは誰もが認めることであると思うが、決してスター芝居に陥ってないのである。


全力で動き、歌い、そして、他の出演者を引き立てに回りもする。


完全に座長として、カンパニーの一員として、存在しているのである。


『ハウ•トゥ•サクシード』でも、見事な存在感を見せていて感心したのだが、本作も見事。


ぜひぜひ、ミュージカルの主演を続けて欲しい人材だ。


また、1幕と2幕には、それぞれ一曲ずつ珠城りょう演じるリリーのビッグナンバーがあるのだが、これがシアターオーブで上演されるグランドミュージカルらしい豪華さだ。


特に1幕は冴えないピアニストが、才能を認められてスターになるナンバー。


地味なヒロインがナンバーの途中で華やかなスターに早変わりする演出は、やはり盛り上がる。


有名どころでは『オペラ座の怪人』の“シンク•オブ•ミー”でクリスティーヌがバレエダンサーからプリマドンナに変わる場面。


この場面は早変わりと同時にどうオーラを変えるかがポイントになるけれど、珠城は、前半をコメディエンヌ、早変わり後はスターとしてのオーラを放ち、自身の2つの魅力を活かすことで、このナンバーを成立させた。


私は退団後の女優としての珠城りょうを初めて観たのだが、スタイルも良く、トップスターの華やかなオーラは女優としても健在で、これからが楽しみだ。


小野田龍之介、上川一哉の2人は、もう安定の実力で、本作の基礎をしっかりと固めているという感じだった。


そして、キザなスター役の渡辺大輔は、こういった味の濃い役をやらせたら独壇場で、お見事。


そして、本作の立役者は富豪役の戸田恵子だろう。


私のような古いファンには、アイドル声優の先駆け(ガンダムのマチルダさん、レコードも出してた)であり、舞台女優としては1988年に俳優座で上演された『スイート•チャリティー』のチャリティーが本当にキュートで可愛くて、今だに印象に強く残っている。


深く説明するとネタバレになるので控えるが、特に二幕後半の盛り上がりは、彼女の力によるものだった。


そして、本作の演出で良かったのが美術の使い方だ。


この作品は、ほぼほぼ豪華列車のコンパートメント2室とラウンジ(?)の繋がる三箇所で繰り広げられる密室劇風の作りである。


固定されたシチュエーションなのだが、列車の窓を模した可動式のパネルを上手く動かし、ミュージカルに必要な躍動感を醸し出したのはうまい。


ライトコメディミュージカルの本作はテンポが大事であるが、見事に客席をテンポに乗せていた。


また、舞台後方のセットの2階にオーケストラを配したのもうまい。


オーケストラがそこに居、生演奏が客席ダイレクトに伝わることによって、音楽的な高揚感が高まったのは事実。


『ハウ•トゥ•サクシード』に続き増田貴久と組むという演出家のクリス•ベイリーは、二作続けて良い演出だったと思う。


何より、お洒落な演出で、シアターオーブの雰囲気に合っているのが良い。


まぁ、オチがかなりの力業のような気もしたが、幸福感に包まれて劇場を後に出来たのは事実である。


本当に楽しいウェルメイドミュージカルだった。






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