貴女が笑顔で昇るまで

ハルノエル

第1話 物語の始まりは病室で

「今日も来ましたよ、先輩。今日は僕達が出会ってから五周年の日ですね」


 相手からの返事は無い。僕は二年前からここに毎日通っているが、返事は一度も帰ってきたことがない。



 数年前、とある病気がこの世界に発生した。


 その名も三痣みあざ病、当時は治療法も見つかっておらず、謎ばかり残っていた病気だ。わかっていたことは、助かる可能性は極めて低いということと、平均三年で死に至るということだけだった。


 三年で死に至る、痣ができる病だから、その名前になったらしい。凄い安直な名前だと思う。危険性をあまり感じることができないぐらい、簡単で安直な名前だ。


 今から話すのは、そんな病気にかかってしまった先輩と、そんな先輩に恋に落ちてしまった僕の物語だ。


 ※※


「やっと放課後だ。急げー!」


 僕は急いで部室に向かう。僕の所属している文芸部は所属している人は多いけど、実際に来る人は少ない実質帰宅部みたいな部活だ。


 そんな部活なのにこんなに急いでいるのには理由がある。同じ部活に憧れの先輩がいるからだ。その人は、1つ上の学年の美月みつき先輩だ。


「着いた! こんにちは〜……ってあれ? 先輩は?」


 いつもなら僕より先に椅子に座って本を読んでいるんだけど、今日は珍しくいない。ホームルームが終わるのが遅かったのかな?


「まぁ、そういうこともあるか。今日は先に読んどこう」


 僕はいつも通り読書を始める。先輩はいつ来るかな。僕が先にいるのは初めてだから、新鮮な気分だ。


 どうせだし、驚かせるのもありかな。隠れてて、来たら飛び出す。とかいいかも。そうと決まればどこかに隠れよう。どこがいいかな〜。


 僕は本を持って掃除ロッカーの横に隠れる。ドアの横に設置してあるから、入ってきたときに反対側が見えないのだ。前に先輩にやられたことがあるから、やり返したい。



「来ないな……」


 僕が隠れてからかれこれ20分ぐらい経つけど、先輩が来る様子はない。どうしたんだろう? 流石に遅すぎる。先輩が来ないなら僕一人になるし、今日は帰ろうかな。


 帰る準備をしようと机の方に戻る。すると突然ドアが開いた。やっと来たのかと思いドアの方を見ると――


「先生? 珍しいですね。どうしたんですか?」


 顧問の先生だった。部員がほとんど来ないから普段は滅多に来ないんだけど、今日はどうしたんだろう?


「やっぱりここにいたか。外山とやまを探してたんだ。悪いニュースがある」


「どうしました?」


 悪いニュース……もしかして廃部とか? この部活が無くなると先輩との接点が無くなるから、個人的にはちょっと困るな。


「話は行きながら伝える。急いで俺の車まで行くぞ」


「まだ部活中ですけど……」


「いいから行くぞ。緊急事態だ」


「あ、ちょっと!」


 先生に強引に連れられ、車に乗り込む。どうしてこんなに急いでいるんだろう。急ぎで生徒を連れて行かないといけない用事なんてあるのかな?


 ていうか、部室の鍵開けたままで来ちゃったけど良かったのかな?いや、閉めると誰か来たときに開けれなくなるか。返す時間もなかったしね。


「それで、なんで僕を連れてきたんですか? つまらない理由だったら信号で降りて帰りますからね」


「そうだな、落ち着いて聞いてくれ」


 遂に先生が僕を連れてきた理由を話し出す。つまらない理由であってほしいんだけど、なんだか胸騒ぎがする。何か大変なことが起こってそうな、そんな予感がする。この予感が外れててくれるといいんだけど。


「美月が三痣病にかかった恐れがある」


「……え?」


「どういう……ことですか?」


 どうして? そもそもなんでわかったんだ? 今日の昼休みには食堂で先輩を見かけた。つまり学校で発覚したってことだ。いや、発覚した理由はどうでもいいか。今は無事かどうかだ。


「今日の六限が体育でな。そこで発覚したらしい。着替えの時に痣が見えたとの事だ」


「そんな……先輩は! 無事なんですか!?」


「それを今から確かめに行くんだよ。急ぐからしっかりベルトしとけよ」


 車のスピードが明らかに上がる。先生も心配してるのが伝わってくるけど、スピード出しすぎてないかな? 大丈夫?


 ていうか、なんで僕も一緒に行く事になったんだろう。様子を見に行くだけなら、先生だけでいいと思うんだけど。


「はい。それと、なんで僕も病院に行くことになったんですか? 先生だけでよかったと思うんですけど」


「あぁ、そのことか。確かに様子を確認するだけなら俺だけでよかった。だが美月の希望でな。お前を呼んでほしいとのことだったから今こうして一緒行ってるってわけだ」


「先輩が……僕を?」


「あぁ。あいつが、『一番仲のいい友人だから呼んでほしい』って言うもんでな。それを無下にするわけにもいかんから連れてきたってわけだ」


「そうなんですか……同級生の友達とかじゃなくて僕で良かったんですか?」


「それは本人に聞け。そろそろ着くぞ」


 病院が見えてきた。大きいところだなぁ。ここに先輩がいるのか……


「ほら、行くぞ」


「はい」


 僕達の間の空気は重い。当然だろう。方や生徒が、方や先輩が、死ぬかもしれないのだ。


 正直まだ実感がない。身近な人がそんな危機に瀕したことは初めてだから。ましてやその対象が先輩だなんて、信じられないから。


「すいません。美月さんの担任なのですが」


「はい!話は聞いています。こちらへどうぞ」


 受付をして病室へ向かう。本当にここにいるのだろうか? 本当は何もなくて、もう帰ってたりしないだろうか?


 そう信じたい。とても大掛かりで、不謹慎なドッキリでもいい。元気な先輩が出てきてくれたら、それでいい。


 そう思いながら、扉をノックする。


「どうぞ〜」


 なんだ、思ったより元気そうじゃないか。これなら安心できそうだ。そう思って扉を開けると、そこには……


「先輩! 元気そうで良か……」


 服をたくし上げ、いつも伸ばしている黒く長い髪をまとめ、背中を惜しげなく晒してベッドで横になっている先輩がいた。その背中には、少し大きく、歪な痣があった。


「先輩……それ……」


「あ、外山君! 先生もこんにちは。来てくれてありがとうございます」


 向こうを向いて寝たままだけど、元気そうに話しかけてくる。そんなに重たくないのだろうか?


 いつもと変わりなさそうな先輩のおかげで、少し冷静さを取り戻した。


「先輩、元気そうですね。何も無かったんですか?」


 そう聞くと、少しの沈黙の後先輩が口を開いた。


「ううん。感染してるってさ。症状がキツくなるまでは学校に行っていいらしいから、明日からまたよろしくね」


「そう……ですか」


 信じたくない現実が、僕に突きつけられた。

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