第18話 竜人の礼儀

 主要道路から一本外れた歩行者が好き好きに闊歩する路地の真ん中で、レイゼが連れて来た竜人二人と祐介とマオの二人は顔を付き合わせて睨み合っていた。

 

「……余り淫魔などに近付きますと良からぬ影響が出るかも知れません、お気をつけくださいませ」

「うむ、分かっている。聞こえたか淫魔、その身をもっと俺から離せ! 邪魔だ!」

「何で僕がてめーらの言う事なんて聞かなきゃならないんですか! 祐介さん、早く許可を出してくださいよぉ! 祐介さんの一言で僕がこいつらをやってやりますよぉ!」

「マオも駄目だって、落ち着いてくれ。というかあんたらもそんな事を言うのなら自分で離れろよ!」

 

 四人……中でもマオと偉ぶった竜人はお互いに睨み合いながら文句をぶつけ合っているので祐介はマオを必死に抑えながらレイゼとメルの帰りを待ち望んでいた。

 二人はまだか、何でこいつらはこんなに好戦的なんだと不満をぶちまけようかと思案していた所に裏路地から帰ってきたレイゼ達が目に入った。これで二人のいがみ合いも終わるだろう、祐介は安心して気が抜けた。

 

「おーい祐介ー、待たせたなー! あん? お前らまだ居たのか、もう目的も果たしただろ。さっさと帰れよ」

 

 レイゼの言葉に男はニヤリと笑みを浮かべると祐介に向き直り「時に……」と切り出した。

 

「人間よ、やっとレイゼも戻ってきたのでな、もう一度名乗ってくれるか?」

「ん、あぁ。永瀬祐介だ」

 

 男がすっとレイゼ達からは見えない角度で左手を差し出したので釣られて祐介も左手を差し出す。あれだけ無礼な態度を見せていたのだが、握手でもするつもりなのだろうか。

 

「ふん、俺の名はハムル・オラルクだ。それでは貴様からの決闘の儀……この俺が受けてやろう!」

「ハム……え? 決闘っ!?」

「ばかっ! 祐介、止めろぉーーっ!!」

 

 レイゼの言葉もハムルの言葉も祐介には理解が出来ていない。ただ目の前では何かを罠に嵌めたかのように下卑た笑いを浮かべるハムルが祐介の左手を握手し返しているだけである。

 

「ルーナ、確かに見たな?」

「はいハムル様、決闘の儀は相成りましてございます。このルーナ、確かにこの目に納めました」

 

 ルーナと呼ばれたメイドは左手同士の握手をまじまじと確認して頷いた。

 

「くくく……薄汚い地を這う人間種が俺に手向かうか。よかろう、俺が直々に相手をしてやる!」

「えっ!? 何でっ!?」

「祐介! 何で左手なんて差し出したんだ! それに名乗りまで上げて……その所作は竜人達の掟で決闘の申し出なんだぞ!」

「そんなの初耳なんですけどっ!?」

 

 近寄ってきたレイゼが怒りながら話すが、祐介にとってそんな事は寝耳に水であるし最初に左手を差し出してきたのはハムルである。ここで祐介は漸く自身が嵌められたと気付いたのだった。

 

「ハムル、てめぇ……俺を嵌めやがったな! 名乗らせたのも左手を誘い出したのもてめーじゃねーか!」

「そうだな、そして見事に誘われた猿がお前だ。言っておくがな、これで言うなれば喧嘩を売ってきたのは貴様でありそれを態々受けてやったのは俺ということになる。猿の相手など普段はせぬのだが、ここらで時代遅れの猿に身の程というものを教えてやらねばな……っ! ふんっ!」

 

 ハムルは繋がれた左手を荒々しく振りほどくと祐介を睨み付けた。祐介は痛む左手を確かめる様に握るとハムルを睨み返した。

 

「……何の恨みがあってこんな馬鹿げた事を仕掛けてくるんだ! 俺とお前は初対面だろ!?」

「気に入らぬからよ! ぽっと出の虫ケラが誇り高き竜人の末席を汚すかも知れぬのだぞ! 脈々と受け継いできた竜人の血族としてそんな事を許すわけにはいかぬわ!」

「……竜人の末席が何だって?」

 

 乱暴に吐き捨てたハムルの言葉に祐介は訳も分からず首を捻る。

 

「おい! 余計な事を言うんじゃねぇ! 祐介にはまだ何も話してねーんだよ、このボケッ! 祐介もこんな事に付き合う必要なんてないからな、さっさと酒でも飲みに行こう。私が酌をしてやるから……」

 

 するとレイゼが強引に二人の中へ割って入ると祐介の手を取りその場から離れようとした。しかしハムルが「これは長老からの指示でもあるのだぞ?」と声を掛けるとレイゼの歩みを止めて振り返った。

 

「何だと? お祖父様がそんな指示を出したなんて私は聞いていないぞ!」

「ふん、色に狂った貴様に一々とって聞かせる訳がなかろう! おい、そこの猿! 決闘の申し出までしておいてレイゼの庇護下で尻尾を巻いて逃げるのか? とんだ恥知らずも居たものだな!」

 

 分かりやすい挑発ではあったが、この言葉には我慢強い祐介も眉をひそめた。さて、どうしたものか……ここで祐介は今朝の嫌な予感はこれだったのだと確信していた。

 

「おいおいおーい、メルちゃんの居ない所で随分面白い話をしているじゃん? ぐしし……そこの竜人! 祐介とやるなら先ずはこのメルちゃんとやってからにして貰おうかにゃー!」

 

 メルが腰に手を当ててハムルの前に仁王立ちで立ちはだかるが、ハムルは興味無さげに「ふんっ」と一蹴した。

 

「あん? おい、聞いてんのかよ?」

「……エルフなどという田舎臭い土人が竜人であるこの俺の前に立つな! 貴様など森林の奥深くで土でもこねくりまわしているのがお似合いだ! 失せろっ! 時代遅れの異物っ! カスッ!」

 

 メルはその余りの物言いに「い、言い過ぎやろ……」と二歩、三歩よろよろ下がって祐介達の方へ振り返った。その表情は先程のマオと同様に深呼吸をして我慢をしている顔である。そして祐介達の前で深く息を吐くと「なぁ……あいつぶっ殺していいか?」と真顔で言った。

 

「……すまない。同じ竜人として私が代わりに謝っておくから殺すのは勘弁してくれ。あんなのでも死なれると困るんだよ」

「レイゼちゃんがそういうなら……一応生かしておいてやるかぁ」

 

 その二人の会話の影でマオが口を隠して「ぷぷぷ……」含み笑いをしていた。

 

「田舎臭い土人って……メルさんってば酷い言われようですぅ! あいつってば本当に酷いですよね! でも……メルさんが土人って……ぷぷ……け、傑作かもー!?」

「……はい、マオちゃんはお仕置きでーす。こっちこいおらぁ!」

「わぁーー! やめ、やめてくださいよぉ! 擽らないでぇ! 田舎臭いのが移るぅ! あはははは……っ!」

「エルフの森は田舎じゃないもん、大都会だもん! メルちゃん知ってるもん!」

「で、でもぉ野生のエルフがガーターベルトを履いて徘徊してるんでしょ!? どんな所だよぉーっ! 大都会要素が全く無いじゃないですかぁ! あはは、あはははは……っ!」

「うるせー! それが逆に時代の風にノッてんだよぉ! 笑い死ね! おらららぁーっ!」

「あははははは、あは、あはーーっ!」

「おい……祐介、ガーターベルトを履いた野生のエルフって何だ?」

「んー、メルが言うにはそいつらがエルフの森を徘徊してるらしいよ。ガーターベルトを着けた下着姿がエルフの正装だとか言ってたけど」

 

 とはいえメルの場合はおそらく口から出任せであろうが二人も話し半分に受け止めている。祐介はじゃれ合う二人を一先ず置いといてレイゼに話し掛けた。

 

「ところで質問なんだけど、竜人の決闘って何をやるんだ? そのまま肉体で闘うとかだと俺に勝ち目は薄そうなんだけど……」

「確かに手っ取り早く殴り合いとかもあるよ。だけどお互いが納得すれば決闘の内容は何でもいいんだ、例えば変わり種だとじゃんけんとかでもいいけど……同時に手を出そうとしたら反射神経の差で負けるかもな」

 

 レイゼの言葉を信じるとすれば、相手は祐介が手を出す瞬間の指を見てから自身の手を変える事が出来るというのだ、果たしてそんな事が本当に可能なのだろうか。祐介はレイゼの言葉とはいえ半信半疑であった。

 

「あ、祐介……お前なー、その顔は私の言葉を疑ってるだろ? ちょっと待ってろよ、おーいメル! こっちに来てくれー!」

「んー、なにー?」

 

 メルが呼ばれてトコトコと歩いてくるが、その後ろには擽られ過ぎてピクピクと軽く痙攣しているマオが横たわっていて、時折漏れる「あひゅっ」という言葉が祐介の耳に艶かしく絡み付く。

 

「マオが凄い事になってるけど、あれは大丈夫なのか?」

「メルちゃんを田舎者扱いする馬鹿者は放っておけ! それで、なに?」

 

 少しムッとしたメルにレイゼが話し始めた。

 

「いきなりだけど、祐介とじゃんけんをしてくれないか? 但し、メルは絶対に勝てよ? お前が負けたら丸焼きにするから」

「メルちゃんへの罰が重すぎでしょ!?」

「うるせー! はい……じゃーんけーん、ぽんっ!」

 

 レイゼの音頭で二人は手を出す、祐介は握り拳のグーだがメルは親指と人差し指で輪を作った所謂オーケーサインを水平にした手である。

 

「はいメルちゃんの勝ちー! 祐介ぇ、後でお酒を奢ってにゃん!」

「え、これ俺の負けなの!?」

「てめぇ、アホメルッ! 真面目にやれよっ! 焼き殺すぞ!」

 

 メルはレイゼにいきなり胸倉を捕まれてアタフタとしながら困った表情をした。

 

「あ、あれぇ!? なんでメルちゃんが怒られるのぉ! 言われた通りに勝ったじゃん!?」

「あぁん!? 勝ったってどういう事だ! その手は何なんだよっ!?」

「い……井戸、だけど?」

「……井戸、え……井戸……?」

 

 井戸? とメルの言葉が二人の頭を幾度となく響く。井戸と一口に言われてもそれが何なのかは祐介にはわからない。

 

「この井戸って何なの?」

「えぇ……? 祐介もレイゼちゃんもこれを知らないの? グーとチョキに勝ってパーに負ける井戸だよ!」

 

 祐介とレイゼはお互いに顔を見合わせて首を傾げる。井戸とはエルフ達のローカルルールなのだろうか、少なくとも祐介と同じ態度のレイゼから考えるに竜人の里には井戸のルールが無いようである。

 

「皆が知らないじゃんけんの手が周知されているとは……やっぱりエルフの森は大都会なのかも!」

「それは……分からないけど、その井戸は禁止でもう一回だ! いくぞ、じゃーんけーん、ぽんっ!」

「メルちゃん達が慣れ親しんできた井戸が急に禁止だなんて……そりゃっ!」

「井戸なんて初耳だよ……とぉっ!」

 

 メルはパーを出し祐介はグーを出したので祐介の負けである。

 

「続けるぞ……じゃんけん、ぽんっ!」

 

 祐介はまた負ける、それからも何度かやってみたものの何度やっても祐介がメルに勝つことは一度も無かった。

 

「よし、いくぞ……じゃーんけ──」

「レイゼちゃん待ってぇ! もういいじゃん!? これメルちゃんが負けたら丸焼きにされるんでしょ!? 重い罰の割には気軽にじゃんけんさせすぎだよぉ!」

「む……まぁもう祐介もこれで分かっただろ? 祐介達ヒューマニーに合わせたスピードでじゃんけんをすると手が出るギリギリに判断しても後出しで勝てるんだよ」

 

 祐介には判断が付かなかったものの、メルは確りと後出しで勝っていたらしい。

 

「ここまで肉体的な差があるのか……この決闘……どうするべきかな?」

 

 顎に手を寄せて悩む祐介にメルが言葉を掛けた。

 

「んー、でもちょっと待って、祐介達はこの決闘に何を懸けるの? 竜人の決闘って何かを懸けるものなんでしょ? アタシはそう言われたけど」

「まるで竜人と決闘をしたことがあるような口振りだけど、決闘をしたのならその時は何を懸けたんだ?」

「そりゃ勿論世界平和よ! メルちゃんは生きとし生ける者全てに平和を授けんとした博愛主義者だもんね!」

「その言葉で一気に胡散臭くなったなー」

「何でだよ! 今も世界が平和なのはメルちゃんのお陰なんだぞ? 感謝して酒を差し出すべきじゃん!? ビール! ビアー! セルベッサー!」

「それは全部ビールだろ! セルベッサなんて言葉を何処で覚えてきたんだ。しかし、そうだな……何を懸けるのかハムルにちょっと聞いてみるか……」

 

 祐介がハムル達の元へと歩いていくとレイゼはスッとメルに近寄った。

 

「おい、さっきの口振りだとやっぱりメルはあの時に決闘をしたんだな?」

「ん? んー、まぁ……した……かも、ね」

「相手は言わなくても分かるが……メルが勝ったんだろ? その時本当は何を懸けていたのか教えてくれよ」

 

 メルは「そうだなぁ……」と遠くに置いた過去を見据える様に視線を上げると真面目な顔でレイゼに言った。

 

「──平和を懸けたのは本当だよ、お互いにそれを欲して闘ったんだ。歪んでいても、濁っていても……間違っていても欲しかったんだよ。束の間の平和が、さ……」

 

 二人の間に重苦しい空気が漂う、レイゼがメルにどう言葉を掛けようか迷っていると祐介がハムル達を連れて戻ってきた。それを見たメルはハムルに対して不満気な顔も声も隠そうとしない。

 

「なーんでお前らまでぞろぞろとこっちに来んだよぉ、帰れ帰れ! しっしっ!」

「貴様こそ森に帰れ、鬱陶しい。ルーナ、この田舎臭いエルフを消毒しろ」

 

 ハムルの言葉に「畏まりました……」とルーナが前に出る。そして先程祐介の手に掛けたスプレーを今度はメルに向かって何度か吹き掛ける。プシュッ、プシュッと霧状の消毒液が舞う度にメルは「ぐわっ、てめっ!」と顔を手で守りながら喚いた。

 

「メルちゃんは病原菌かアホ! いい加減にしねーとぶっ飛ばすぞ!」

「ぷしゅー! ぷしゅー! ぷぷぷ……っ!」

「どわぁーっ! 目が開けられねーじゃねーか! あーもうっ!」

 

 いつの間にか復活していたマオがルーナの手からスプレーを奪い取り、満面の笑みでメルへと吹き掛けている。メルも顔の向きを変えたりと抵抗はするものの、マオも擽られた恨みからか容赦する様子はなく、メルの顔の周りが濃霧に見舞われる程の勢いで吹き掛け続ける。

 

「くっこの! てめぇ、レイゼちゃんの知り合いだっていうから勘弁してやってるのによぉ! だー鬱陶しいっ!」

「ぷしゅーですぅ! ぷしゅ、あれ? 無くなっちゃいましたぁ……」

 

 マオがスプレーを吹き掛けようとしてもカシュ、カシュと乾いた音が鳴るだけになり、次第に濃霧となった消毒液も晴れていくと、その中から髪から水滴が垂れるほどビショビショに濡れたメルが射殺さんとする目でマオを睨んでいた。

 

「はわ……はわわわ……祐介さ──」

 

 逃げようとするマオをメルがガバッと抱えるように掴んだ。

 

「はい、マオちゃんはこっちの路地裏でお仕置きでーす!」

「な、何で路地裏に連れて行こうとするんですかぁ!? はな、離してくださいよぉ!」

「良い子には見せられないお仕置きをするからだよ! 覚悟しとけ! クソガキ!」

「僕がその良い子なんですけど!? そんな良い子に見せられない様なお仕置きをしないでくださぁい! えっち、すけべぇ! ずぼらぁ!」

 

 マオの言葉にメルはピタッと動きを止めて「安心しろ」と口角を上げながら言葉を続ける。

 

「良い子に見せられないと言ってもマオの言う『えっち』とか『すけべ』みたいなお仕置きじゃねぇ。もう一つあるだろ? 良い子には見せられないジャンルがよぉ……っ!」

「ス……スプラッターッ!? やだぁー! そっちはもっと嫌ですぅーーっ!!」

 

 抱き抱えられたマオがジタバタと身動いで抵抗するも、メルは意にも介さず路地裏へと姿を消していった。残されたのは四人と中身の無い消毒液スプレーである。

 祐介は空になったスプレーを仕方無く手に取りルーナに頭を下げた。マオが遊び半分で使い果たしたのだから謝っておくべきだろう。

 

「あの、これ……マオが全部使っちゃってすみません」

 

 祐介の言葉にルーナは後ろで束ねた長い黒髪を僅かに揺らしながら首を振った。

 

「いえ、まだ此方に代えが御座いますからお気になさらず……」

 

 手提げ鞄から同じスプレーをスッと取り出して祐介に見せるとそれを仕舞ってから祐介が持っていた空のスプレーを「空になったゴミもお預かりしますね」と持っていく。その際にふわりと舞う黒髪から良い香りに祐介は思わず鼻を鳴らした。そしてルーナの気品溢れる所作と匂いに鼻の下も微かに伸ばされる。しかしその瞬間、脇腹に凄まじい衝撃が走り祐介の身体を真横に吹っ飛ばす。

 

「ぐえぇっ!? だ、誰だよ!?」

 

 祐介は転がる身体を必死に止めて声をあげたが犯人は火を見るより明らかであり、横腹を殴った張本人であるレイゼを見上げる形になった。レイゼは罰が悪そうな顔をしながら祐介に手を伸ばすと「ほら」と促した。

 

「いや、今俺を殴ったのはレイゼだろ!? 何だよもう!」

 

 文句を言いながらも祐介は伸ばされた手を取り身を起こした。

 

「すまない、軽く小突いたつもりだったんだけど……いやー、ヒューマニーはちょっと軽すぎるなー」

「そもそも俺を小突くな! お前らの溢れるパワーでやられたら死んでしまうわ!」

「悪かったってば。だけどな祐介、ルーナは駄目だ! あれに鼻の下を伸ばすのは許さん!」

「の、伸びてないよぉ? いきなり変ないちゃもんを付けるのは止めてくれ!」

 

 祐介は醜態を隠すようにルーナに愛想笑いを浮かべると、ルーナは気にした様子もなく柔らかく微笑むだけである。どうやらこの一悶着も気にしてはいないようであった。何はともあれ美人が微笑むというのはそれだけに華があるものである。

 

「ん、お前……今またルーナに何かを──」

「してないしてない! あー、えーと、そうだ! ハムル、竜人の決闘には何かを懸けるものだと聞いた! それならばこの決闘には何を懸けるつもりなんだ!」

 

 レイゼの厳しい視線を誤魔化す為に祐介は言葉をハムルに投げ掛けた。するとハムルは気だるそうに組んでいた手を解いてビシッと祐介を指で差した。

 このやろう……人を指で差すんじゃねぇ! と、祐介が身を半歩ずらすとハムルの指も確りとついてくる。祐介が更に半歩動こうとみせてフェイントを掛け、逆に一歩動いてみても同様であったが、ルーナがハムルの手をサッと手で下ろさせると「人に指を差すのは失礼ですよ」と嗜めた。

 

「ふんっ! 愚かな猿よ……いいか、この決闘にはお互いにレイゼを懸けて貰うぞ! お前が負ければレイゼは里へと連れて帰り……この俺と結魂して貰う!」

「お前と結魂なんてするかアホッ! 死ね、ボケッカスッ!」

 

 噛み付かんばかりの勢いを見せるレイゼだったが、ハムルはそれを見ても不敵に笑うと言い放った。

 

「レイゼ、お前が何と言おうが構わん。ともかくそこの猿には決闘で負ければきっぱりとレイゼを諦めて貰う! そうなればレイゼは否が応でも俺との結魂を考えねばならぬだろう?」

「何でそうなるんだ!? お前と結魂なんかするか、寝言は寝て言え!」

「ふんっ! 貴様の我儘も大概にして欲しいものだな。レイゼがどう喚こうが決闘の儀は既に結んであるのだ! さぁ、決闘の方法は貴様に決めさせてやる……それとも尻尾を巻いておめおめと逃げ去るか? どちらにせよ結果は変わらぬのだから俺としてはそちらの方が楽で良いのだがなぁ! ハーハッハッハッハッ……!」

 

 ハムルに高笑いが辺りに響く中で祐介は胸中は複雑であった。レイゼを諦めるといっても祐介にとっては喧騒の中で一晩を共にしただけの親交である、しかし目の前のハムルにむざむざと渡すのはどうにもやりきれずに引っ掛かるものがあった。

どうせ決闘とやらからは逃げられないのだ、それならば俺は俺に出来る事を……祐介は決心をして口を開いた。

 

「……ハムル、もう一度改めて確認していくぜ? 決闘の内容は俺が決めていいんだな?」

「……祐介? 竜人とヒューマニーが決闘なんて馬鹿げているんだから、お前はこんなアホな事な付き合わなくていいんだぞ?」

「いいんだ、レイゼも折角こっちに帰ってきたんだ。このままとんぼ返りは寂しいだろ? それにハムルに言われっぱなしっていうのも癪だしな。だからここは俺に任せてくれ」

 

 レイゼは心配そうに祐介を見たが、その表情は心なしか嬉しそうである。

 

「レイゼを懸けるのだから決闘の内容は貴様に決めさせてやる。人間種如きに竜人であるこの俺が遅れを取る事など万が一にも有り得ぬからな!」

「そうかい、大した自信だが決闘の仕方は本当に俺が決めていいんだな?」

「好きにせい! 竜人の言葉に二言は無いわ!」

 

 祐介は大きく頷くと「それなら……っ!」と言葉を続ける。

 

「スロットで勝負だ! お互いに軍資金は3万円、勝負の時間はスタートから3時間で最終的に持ち金の多い方が勝ち、更にお互いが隣同士で同機種の勝負とし機種の指定も俺にさせて貰う。さぁ、文句があるなら今この場で言ってくれ」

「くくく……っ! 何の勝負であろうと構わんと言っただろう? スロット……ふんっ! おいルーナ、スロットとは何だ?」

「はい、巷で民衆が挙って遊んでいる娯楽でございます。お金を賭ける賭博に近いという見方もありますが……」

「民草の児戯か……よかろう、そこを貴様の墓場にしてくれる!」

「墓場とか縁起でもねぇ事を言うんじゃねぇ! 直接攻撃の類いも禁止だからな! しかし俺から提案しといてこう言うのも何だが、本当にスロットでいいのか? その口振りだと見た事も触った事も無いんだろ?」

「構わんと言っただろう? 貴様こそいいのか、そのスロットとやらが賭博であるなら万が一にも貴様に勝ち目は無いぞ? 我等竜人は天に愛されているのだからな! ハーッハッハッハ……ッ!」

「本当に大した自信だな、そこまで言ってくれるのなら俺も遠慮をしなくてもいいな。正々堂々とお前を叩き潰せるよ」

「抜かせ猿が、全生命の支配階級である竜人に楯突いた事を後悔するがいいわ!」

 

 祐介とハムルがお互いに睨み合っているとメルが「おーい!」と歩み寄ってきた。その後ろからも「うぅ、腰が痛いですぅ……」とマオがフラフラとしながら歩いてくる。

 

 祐介は二人に事の顛末を話すと、メルは渋い顔をした。

 

「祐介、それはちょっとマズイかもな……」

「条件はほぼ五分だし知識がある分俺に有利だと思うけど、何処がマズイんだ?」

「竜人はさ、それぞれ個人差はあるけど運が良い奴が多いんだ。天稟というのかな、竜人が強いのは肉体だけじゃないんだぜ?」

「祐介……」

 

 レイゼのそのか細い声に祐介は「大丈夫」と返す。

 

「俺は勝つよ、レイゼの為にも勝ってみせる。だから安心して待っててくれないか?」

「うん……わかった。私、待ってるね」

 

 そう言って漸く微笑んでくれたレイゼの顔を曇らせない為にも祐介はこの勝負に勝たねばならない。覚悟を胸に祐介は足をまたいつものホールへと向ける、その背中を見るメル、マオ、レイゼは正に三者三様の思いであった。ただ三人に共通していたのはいざとなれば……という思いだけであった。それがどのような結果を引き起こすかは誰にも分からない。

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