第16話 初めてのスロットを打とう!

 さて、日本ではそれなりの歴史を歩んできたパチンコの正式名称は『ぱちんこ式遊技機』であり、それと双璧を成すスロットは『回胴式遊技機』として世に送り出された。日本でもその歴史は長く、1977年に0号機の『ジェミニ』が世に送り出されて以来、幾度となく法令の変遷に揉まれながら規則改正毎に1号機、2号機、3、4、5と名称は変わり現代では6号機となるスロットが世のホールに登場したのだ。4号機までは規則改正によりゲーム性の幅を拡げる結果になっていたが5号機、6号機となると規則による締め付けの方が大きいと言わざるを得ず、多くのスロット愛好家達を落胆させた事だろう。

 しかし祐介の辿り着いたこの異世界にはどうやら規制等とは無用なようで色々な種類のスロットが置いてあるのだ。レトロコーナーと思しき場所には1号機から3号機が置いてあり、メイン島には4号機、そして5号機と6号機までも置いてあった。但しそのどれもが日本に存在した台の模倣と思われる物ばかりである。そんな雑多なスロットコーナーを祐介達はゆっくりと吟味しながら練り歩いていた。

 

「ふわぁ……何かスロットを打っている皆さんは目が血走っていますねぇ……」

 

 マオの言う通り、スロットを前にしている人達は皆真剣そのものであった。

 

「今日からはメルちゃん達もあいつらの仲間入りって事だな。祐介ぇ、今日はどのスロットを打つんだ? お前の事だから目星は付けてあるんだろ?」

「ん、あぁ、一応だけど決めてはある。今日は二人に先ずはスロットという物を知って欲しいから……この『三冠王』を打とうと思っているんだ」

 

 三人は客もまばらな島の一角で立ち止まる、そこにずらっと横並びに置かれた台の名前は野球をモチーフにした台、『三冠王』であった。この異世界にも野球があるのかは知らないが、レバーを叩いた際に盤面右上にあるチャンスランプが光れば大当たりである。チャンスランプに添えられたバットとボールの絵が良い雰囲気を漂わせている。

 

「よぉーし、早速メルちゃんが打つぜぇ!」

 

 メルはサッと椅子に座ろうとしたが、それを祐介が手で制した。

 

「何だよぉ、これ打つんだろ? 安心しろって、メルちゃんはガーターベルトを着けて気合い充分だぜ!」

「え……スラックスの中、ガーターベルトなの? えーと、打つには打つんだけど、あっちの通路側に座ろう」

「……エルフの正装だからなの! ほっといてよもー!」

 

 少し顔を赤らめたメルは置いといて、祐介は通路側を指差した。

 

「何であっちなんですかぁ? どれも同じ台みたいですけど」

「マオの言う通りにどれも同じ台だけど、スロットには設定という機能が付いているんだ。スロットを打つ上で一番重要なのは如何に良い設定を掴めるかにかかっている」

「設定ですかぁ……祐介さんが言うなら、通路側の方が良い設定なんですか?」

「あくまで良い設定が入り易いというだけだけどね。通路側のスロット台が出ていると人が通った時に目につきやすいだろ? 店側としてはその島に力を入れてますよってアピールしやすいんだ。だから困ったらとりあえず通路側の角か角から二台目を打てばいい」

 

 三人は角からメル、祐介、マオの順に座った。

 

「三冠王……良い響きだな。メルちゃんに相応しい台だぜ……!」

「何でだよ、これは野球をモチーフにした台だぞ?」

「そんなもん見れば分かるっての、野球の三冠王ってのはあれだろ? 投げてよし、打ってよし、走ってよしだろ? メルちゃんは触ってよし、嗅いでよし、舐めてよしの三冠王なんだよ!」

「それはちょっと違うぞ、先ず野球の三冠王は投手と打者で違うしな。メルの方の三冠王は……知らないけど」

「あん? しゃーにゃー奴だにゃ、ほれぇ……三冠王の指だぞえ? 触って嗅いで舐め回すがよい」

 

 メルが祐介の口元に指を近付けた瞬間、隣からマオが「ガブガブですぅ!」と齧り付いた。メルが堪らず「んぎゃーーっ!」と悲鳴をあげるとマオがプッと指を吐き出す。

 

「酒に浸した漬け物みたいな味でしたぁ! お粗末様です!」

「てめーこのやろー! メルちゃんの繊細な指先に何してくれてんだこらー!」

「お? お? やるです? やるですぅ?」

 

 吼えるメルとファイティングポーズのマオを手で制しながら祐介は溜め息を吐いた。喧嘩する程仲が良いとは言うものの、毎日毎日じゃれ合って飽きないのであろうか。

 

「喧嘩は止めろ! はい、二人とも先ずはこのお金を入れる!」

 

 祐介がお金を手渡してパンッと手を叩くと二人はおずおずとお金を台間サンドへ向ける。メルは向かって右へ、マオは逆の左の台間サンドにお金を入れた。次の瞬間には台間サンドからジャラジャラとスロット台の下皿にメダルがレールを伝って流れてくるのだが、下皿にメダルが辿り着いたのはメルと祐介だけである。

 

「あれぇ!? 僕のメダルが祐介さんの方へいっちゃいましたぁ! しゅみましぇん!」

「ごめんごめん、説明してない俺が悪かった。スロットはパチンコとは逆の方へお金を入れるんだよ。言い忘れててすまない」

「はへぇ、そうなんですか……何でそうなってるんでしょう?」

「……何でだろうな?」

 

 それは祐介にも分からない事であった。しかし全ての店がそうなっている訳では無いがお金を入れる台間サンドは基本的にパチンコが左でスロットが右である。

 それから暫しの時間を経て無事に三人はメダルを借りる事が出来た、これで漸く三冠王との初邂逅の時である。

 

「メルはスロットを打つのは初めてじゃないみたいだけど、初心者のマオもいるし先ずはメルも大人しく俺の説明を聞いてくれ。いいな?」

 

 二人とも大人しく頷いて従順の意思を見せる。

 

「それじゃ先ずはこの三冠王の説明からさせて貰うぞ。この三冠王は機種説明の小冊子を見る限り4号機のトリプルクラウンを模して作ったスロットに違いない。4号機の純粋なAタイプ、つまり自力でボーナスを引いて増やしていくタイプだな」

「ボーナスを引くというのは何となく分かります、パチンコでいう大当たりですよね? でも4号機とかAタイプとかが僕にはあんまり分からないんですけど……?」

「うん、マオの言う通りボーナスについてはその認識で大丈夫だ。それで4号機というのはだな、この世界に当て嵌めると区分に当たると思う。スロットは0号機から6号機までの7種類の区分があって、4号機というのはその中の一種類に当たる」

 この店ですら1号機っぽい物が置いてあるのだ、未だに全てのスロットが打てるのであればこの説明で大丈夫であろう。

 

「そしてこのAタイプというのは3JACシステムのビッグボーナスを搭載しているタイプというのを表している。他にBタイプとCタイプがあるけど今は説明する必要ないからまた今度ね」

「3JACシステムですかぁ? な、何だか難しいですぅ……」

「言葉にすると難しく感じるけど、俺が隣にいるから大丈夫。これ以上は打ちながら説明するよ、メルも大丈夫か?」

「メルちゃんは実践で覚えるタイプですから大丈夫ですっ!」

「それ前も言ってたような……」

 

 頭を抱えるマオとボタンを押す練習をしているメルの二人に祐介は「それじゃ俺が先ず打ってみるよ」と声を掛けた。適当な枚数のメダルを投入口に入れると祐介はコツン、とレバーを上から軽く叩いた。

 

「スロットを打つ時は基本的に3枚掛けで回してくれ。1枚でも2枚でも回るけどボーナス確率が大幅に下がるから損をするだけなんだ。それから3枚以上のメダルを入れても台の貯留にまわされるから適当な枚数を入れても大丈夫だよ」

 

 スロット台のレバーを叩くと盤面の奥に設置された縦三つに別れたリールが一斉に上から下へと回りだす。リールの回転速度は台やメーカー毎に違ったりもするのだが一周は概ね約0.8秒と決まっていた。祐介は回りだしたリールはそのままに小冊子を二人に見えるように開く、そのページには各リールの図柄が全て描かれており横に記された番号を見ると一周で21コマあるのが分かる。

 祐介は実際にそのリール配列を見て違和感を覚えた。このスロットの筐体デザインとシステムは日本のトリプルクラウンそのものだがリール配列は全く違っていた。配列自体は日本のジャグラーに似ているけれどそれとも微妙に違っていて、しかしそれはプレイヤーとして逆に打ちやすく配慮されている様に感じられた。

 

「メダルを三枚以上入れてレバーを叩く。そして先ずは盤面右上のチャンスランプを見る、これが点滅していればボーナス確定だ。今回はランプが点滅していないのでボーナス以外……つまり子役狙いに切り換えるぞ」

「子役狙い……とっ!」

 

 マオは言われた事を忘れないようにメモをしている、祐介は感心しながらも手に持った小冊子に指を当てて説明を続ける。

 

「スロットには目押しをしないと揃わない役、目押しをしなくても揃う役がある。この台だとボーナス、それとチェリーとスイカは目押しをしないと揃わないんだ。そしてスロットは左から打つのが基本だ。この台は最初に10番の7を目印にして押していくんだけど、出来ればこんな感じで7をリール上段辺りに狙って欲しい」

 祐介は左のストップボタンを押した。左リールに止まった図柄は上からリプレイ、ベル、7である。

「この停止系はそのまま残りを押しても大丈夫。チェリーが左リールの枠内に停まった場合はその時点で役が成立するから残りは適当で大丈夫だ、だけど左上にスイカが滑ってきた時だけは残りのリールにもスイカを狙う。中リールと右リールは7の上にスイカが配置されているから、7を目安に狙えば安心だ。さて、これで1プレイが終わった訳だけど、何か質問はあるかな?」

「……メルちゃん、いけます!」

 

 メルは親指をグッと立ててアピールするが、祐介は表情を曇らせた。

 

「何でそんな顔をするんだよぉ! いけるって言ってるだろ!」

「いや、うん……まぁ自信満々なのはいいんだけれど、メルの場合だとそれはそれで怖いっていうか……」

「おいおい、いいか祐介……スロットの三冠王を信じろ……そしてこの三冠王のメルちゃんを信じろ!」

 

 メルはそう言ってレバーを叩いた、先ずはこうして少しでも打って覚えるのがいいだろう、スロットとはそういうものである。そこで祐介の裾をクイックイッとマオが引っ張った。

 

「あのぅ、ちょっと質問してもいいですか? 先程祐介さんが仰っていたスイカが滑るというのがよくわからなくてぇ……」

「ごめん、説明が足りなかったな。このリール配列を見てくれ、俺が狙った7の3コマ上にスイカが配置されているだろ?」

「はい、確かにありますぅ!」

「スロットは上から下に回っているんだけど、ボタンを押してから最大で4コマまで滑るんだ。このリール配列を見て貰うと分かるんだけど、10番の7図柄の下にチェリーが配置されているね。そこで仮にレバーを叩いた時に内部でスイカを引いていたとする。その時に左リールの枠内にチェリーを押せていた場合はスイカが上段まで滑ってきてくれるんだよ」

「成る程……スロットは4コマまで滑ってくれる、と……」

 

 マオはまたメモを取る。

 

「それと基本的に子役を取り溢すと丸損だから気をつけてね、スイカは15枚役だから取り溢すと約300円の損になる」

「そんなに!? な、なんだか打つのが怖くなってきましたぁ……」

「子役を溢したりしても怒ったりはしないから大丈夫さ、今日はスロットを楽しむつもりで打ってみよう!」

「は、はい! 頑張りますぅ!」

 

 マオの気負う声を皮切りに三人はスロット『三冠王』を打ち始めた。そして時間が過ぎていく度に投資は嵩んでいくが、それと同時に二人ともそれなりに小慣れた感じで打つようになっていった。

 

「むぅーーっ!? 祐介はこのランプが光れば当たりって言うけどさ、全っ然光らねーじゃねーかこのランプはよぉ! これランプの電球が切れてんじゃねーのか!?」

 

 スロットの告知機を打った事がある人なら一度は考える事をメルは喚いた。

 

「ま、こういう告知系スロットを打ってりゃそういう事を一度は考えるよな。でもまだまだ打ち始めたばかりだぞ、腐らずにいこうよ」

「でもよぉ、もう5千円も入れてんだぜ? パチンコならたっくさんリーチが掛かる金額じゃん!? なぁランプちゃんよぉ、光ってくれよぉー!」

 

 メルが告知ランプを指でグリグリと捻っているので祐介は逆隣を見てみるとマオが回るリールの前でタイミングを計っていた。

 

「……ドンッ、ツー……ドンッ、ツー……ドンッ、と……っ!」

 

 ドンッでボタンを押されたリールはキチンと狙うべき所で押されていたので祐介としては言うことは無いのだけれど、ドンッで一周を測っているのならツーは何を表しているのであろうか。

 

「ふぅ……またチェリーが角に止まりましたぁ。払い出し枚数は少ないですけど、意外とよく揃いますね」

「あぁ、だからキチンと狙わないと最終的に大きな損害になる。ちりも積もればなんとやらだな」

 

 チェリーは中段に止まれば2枚、角に止まれば4枚と払い出しは少ないのだが何度も溢していればそれだけで勝てるものも勝てなくなってしまう。一部例外もあるものの常々子役を狙うというのはスロットを打つに当たってとても重要な事なのである。

 

「んあぁぁーーーーっ!? あれ? これ光ってね!? ねぇねぇ祐介ちゃん、メルちゃんのランプぴっかぴかしてない!?」

 

 メルは自分の台のランプを興奮した様子で指を差すとそこにはチャンスランプが確かにピカッピカッと点滅していた。薄く透過した盤面の奥から照らす豆電球の光が祐介に郷愁の念を思わせる、昨今の日本では故障の少ないLEDランプを使った告知ランプが主流だが告知ランプはこの儚い豆電球こそが一番映えるのである。

 

「な? なぁ!? これ狙ったら揃うんだよな? えーと、7を狙えばいいんだよなぁ!?」

 

 興奮冷めやらぬメルに祐介は「そうだよ、リールは上から下に滑るから早めに押すと揃いやすいぞ」とアドバイスを送る。メルは深呼吸をしながら慎重に7を目押しする。

 

「……メルちゃんはなぁ……反射神経には自信があんだよぉ! おりゃ、おりゃおりゃぁーーっ!! って、あら……?」

 

 ビシッ、ビシッ、ビシッ! とボタンを押し終わるとメルは首を傾げて祐介を見た。何故ならばボタンを押したもののメルが望んだ7図柄の一直線とはいかず、右だけが1コマずれて7、7、BARと図柄が揃ったからである。

 

「それはレギュラーボーナスだな、大体120枚前後が貰えるんだ。メル、ビッグボーナスじゃなくて残念だったな」

「……くそっ! 駄目な方かよ!」

 

 悪態をつきながらレギュラーボーナスを消化するメルを尻目に祐介の動きが止まる、目の前のチャンスランプが点滅しているのである。

 

「あ! 祐介さんのランプが点滅してますぅ!」

「ぬぎぎ……っ! れぎゅらぁ、れぎゅらぁぁーー……っ! れぎゅらぁになれぇぇ……っっ!!」

 

 無邪気なマオとは対照的に邪気そのものを飛ばそうとしてくるメル、二人に挟まれながら祐介はタタンッと左と右のボタンを押した。

 

「ふふふ……7が左と右で一直線にテンパイしたな。これでレギュラーボーナスは否定された訳だ……つまり……っ!」

 

 タンッ! と小気味良い音をたてながら祐介は最後のボタンを押した。ホームラン! と歓喜の声と共に軽快なBGMが一直線に揃った7図柄を祝福する。祐介は見事にビッグボーナスを揃えたのである。

 

「さて、ここで二人に大事な説明をさせて貰うぞ? 4号機のAタイプはこのビッグボーナスにこそ真骨頂を発揮するんだ」

「ビッグボーナスにこそ真骨頂……っと」

 

 真面目にメモを取ってくれるのは有難い事ではあるがその大袈裟な物言いまでメモされるのは少し気恥ずかしいものがある、祐介は照れながらも話を続ける。

 

「ビッグボーナスを揃えるとボーナスゲームが30ゲーム貰えるんだ。ほら、ここのセグに3─30って表示されているだろ? この30が残りのボーナスゲームを表している。そしてビッグボーナスの終了条件は二つ、JACゲーム──これはさっきメルが消化していたレギュラーボーナスみたいなもので、それを三回消化するか、ボーナスゲームを30回消化するとビッグボーナスは終了になる。3─30の左の3が残りのJAC回数を表しているんだな」

「120枚を三回も貰えるのかよ! そんなの無敵じゃん!?」

 

 無敵では、ない。しかし数多のプレイヤーを夢中にさせたビッグボーナスの真価はここからである。

 

「それじゃ説明をしながら消化していくぞ? 今回は説明も兼ねて最初から右打ちで消化していくよ」

 

 祐介は小冊子のリール配列を見て狙う場所を考える。全体の配列を見るとボーナス図柄を狙っていけば取り零しは無さそうである、となると右から……。

 

「先ずは右に7狙ってみよう!」

 

 ボタンを押すと右リールが止まる。

 

「今回はスイカが枠内に止まらなかったから、中リールは適当に押すよ」

 

 ボタンを押すと回っている左リールを残して中段にリプレイがテンパイした。そうなると先ずは左を適当に押してアシスト機能の有無を確認するべきだと思い祐介はそのまま左を止めた。すると一直線にリプレイ図柄が揃う、どうやらこの三冠王にはアシスト機能はないらしい。

 

「ボーナスゲーム中にこうしてリプレイが揃うと次ゲームからJACゲームに移行する。JACゲームの終了条件は12ゲームの消化か、8回の入賞──これは子役が8回揃うと終わるって事だよ。さて、消化してみよう」

 

 祐介の台は瞬く間に120枚前後のメダルが吐き出される。

 

「えーと、このJACゲームが後二回出来るという事は一回のビッグボーナスで大体360枚も出るって事ですよね?」

 

 マオの質問に祐介は頷いた。

 

「そうだな、だけどそれはJACゲームを三回消化した時の最低枚数にしかならない。いいかい二人とも、説明を続けるよ? これでこの台はボーナスゲームを1回、JACゲームを1セット消化したからセグの表示が2─29になったね。今の状態はJACゲームが終わったからまたボーナスゲームに突入したところだ、それじゃまた右から打つよ」

 

 祐介はベットボタンを押してからレバーを叩く。そしてまた先程と同じ様に右から止めてみると右リールの中段にスイカが止まる。

 

「右にスイカが止まったね、中リールは7を目安にスイカをフォローするよ。左も一緒だ」

 

 タン、タンとボタンを押すと中段にスイカが揃いメダルが15枚払い出される。

「残り28ゲーム、どんどん進めていくよ!」

 

 4号機のスロットのボーナスゲームとは単純にリプレイでJACゲームに移行するだけではない、30ゲーム間は子役の確率自体が上がる正にボーナスゲームなのである。

 

「右中でベルテンパイ、これは左も適当に押して大丈夫。次は……ベルのテンパイ崩れだな……この場合は左にチェリーを狙おう。またスイカだな、枚数が多いから溢さないように確り狙ってね」

 

 祐介は説明しながらもボーナスゲームを進めていく。そして何度目かのゲームで遂に中段リプレイテンパイの出目が現れた。

 

「えーと、これで二回目のJACゲームに移行するんですね!」

「そう! マオの言う通りにこれが揃うと二回目のJACゲームに移行する。だけどこの時に左リールに一定の箇所を狙うと……っ!」

 

 タンッとバタンを押すとリールが止まる。出目は中段にベル、リプレイ、リプレイとずれて止まっていた。

 

「外れたじゃねーか! 祐介はリプレイの場合は目押ししなくても揃うって言ってたじゃん!?」

「そうだな、俺は確かにそう言った。だけどいいかメル、これはな……外れたんじゃない。意図的に外したんだ」

「意図的にですかぁ? でもどうして……?」

 

 祐介はレバーを叩いてボーナスゲームを続けていく。ボーナスゲームで確率の上がったベル、スイカ、チェリー等の子役が何度も揃って台の下皿をメダルが埋めていく。

 

「4号機Aタイプの殆どが本来なら外せないリプレイを無理矢理に外してボーナスゲームの滞在ゲーム数を伸ばすことが出来るんだ。そうするとこうやって子役を多く揃えることが出来て全部が丸儲けって奴さ」

「な、成る程ぉ……つまりリプレイを外すとビッグボーナスの枚数が増えるんですね!」

「そういうことだ。ビッグボーナスが揃ったら二回のJACゲームを消化するまではリプレイを外さずにして、三回目のボーナスゲームが残り8ゲームになるまではリプレイを外す、そして残りはJACゲーム優先にすると平均枚数がぐっと上がるぞ。それで今回の枚数は……っと」

 

 祐介の台のセグには450と表示されているので今回のビッグボーナスでは450枚の払い出しがあったということである。

 

「ふわぁ! JAC三回だけだと360枚って考えると90枚も差が出るんですね!」

「まぁ今回はスイカが沢山揃ったからここまでの枚数になっただけだから毎回450枚も出るとは言えない、だけどそれでも平均で400枚以上は取れるだろう。この差がビッグを揃える度に起こるんだ、この技術介入こそが4号機Aタイプの魅力だ!」

「毎回40枚……ちょっと待てよ……?」

 

 メルは立ち上がってデータランプをポチポチと押し始めた。そのデータランプは日本ではもうお目に掛からない程の古いタイプなので前日の総ボーナス回数程度の情報しか見られないのだが、それを見たメルはふんふんと頷いた。

 

「この台は昨日30回もボーナスを引いてるんだけど、もしこれが全部ビッグボーナスだったら……えーと、30×40で一日で12000枚も差が出るって事かよぉ! すげーじゃん! そんなの無敵じゃん!?」

「……自信満々な所を悪いけど1200枚だな、計算を間違ってるぞ」

「わざとですぅーー! 祐介が気付くか試しただけだもん、メルちゃん分かってたもーん!」

 

 それが絶対に嘘なのはメルの真っ赤な顔とほんのり暖まった結魂指輪が物語っているのだが、そこをつつくのは藪蛇という物である。

 

「んっ!? 祐介さん、ほら見てください、僕も当たりましたぁ! ランプさんピカピカですぅ!」

 

 見てみるとマオの台のチャンスランプがピカピカと点滅している。祐介は「おめでとう、さぁボーナスを狙ってみよう!」と声を掛けて事の顛末を見守るが、逆隣からは恨めしそうなメルの声が届いていた。

 

「れぎゅらぁになれぇぇ、れぎゅらぁになれぇぇぇぇ……っ! それかもうランプ消えろ、消灯しろぉ……っ!」

「ちょっとメルさん! 僕達はノリ打ちの仲間ですよね!? なんでそうやって呪詛を送ってくるんですかぁ!」

「アタシがビッグボーナスを引いてないのにお前らがそうやって引くからだろーが! メルちゃんもビッグボーナスを揃えて目押しもバッシバシ決めて下皿パンパンにしたいんじゃあ! そして出球の波でこの店を潰したいんじゃあーーーっ!!」

「このお店を敵視しすぎでしょ! メルさんは今までこのお店にどれだけやられてるんですか、もう!」

「はぁ……今日はもっと気楽に打とうぜ? メルも打ってりゃその内に当たるよ」

 

 マオと二人でわんわんと喚くメルを嗜めつつ祐介はマオの台を見守る。

 

「……えいっ! あっ、7が揃いましたぁ! ビッグボーナスですぅ! いぇーい、メルさん見てるぅー? れぎゅらぁじゃありませーん! ビッグボーナスでーすっ!」

 

 正に有頂天極まれりといったいきなりのマオの言葉に祐介は呆気に取られるしかなかったが、そのド直球な挑発にメルはワナワナと肩を震わせながら祐介の下皿へと手を伸ばした。

 

「おらぁ! 祐介のメダルを寄越しやがれぇ! あのペッタンコ、ゆ……許せねぇ! こうなったらビッグ引きまくって出したメダルを麻袋に詰めてぶん殴ってやるんだ! マオは絶対に許さんっ!」

「それブラックジャックじゃねーか、悪質な武器を作ろうとするのは止めろ! ほら、メダルを渡すから落ち着け」

 

 手渡されたメダルをジャラララと乱雑に台へ投入してメルは勢いよくレバーを叩く。

 

「くそがっ! 光れっ! 光れぇーっ!」

 

 八つ当たりの様に自身の台に集中し始めたメルは置いといて祐介はビッグを揃えたマオの方へと顔を向けた。

 

「それじゃ頑張ってビッグボーナスを消化していこうか、さっき俺が見せた手順は覚えているかな?」

「はい! 右から7を目安に打っていくんですよね! 頑張りますぅ!」

「そうそう、マオは理解が早くて助かるよ」

 

 可愛らしいメモ帳を手にマオは「えへへ……」と照れながら笑う。

 

「よし、先ずは逆から押してリプレイが中段にテンパイするまで打ってみよう」

 

 祐介の言葉にマオは「はい!」と応えてボーナスを消化し始める。中段にベルが止まれば適当に打ち、スイカが止まれば目押しをする。マオがメモ帳を見ながら一回一回を確認しながら打ち進めていくと、中段にリプレイがテンパイしたところで手を止めた。

 

「祐介さん、リプレイがテンパイしました! ど、どうしましょう!?」

 

 失敗した時の事を考えているのか、少し慌てるマオを祐介は落ち着かせる。

 

「JACゲームは三回あるんだから一回目と二回目は失敗してもそんなに影響は無いよ

。とはいえ練習は必要だからね、左リールにはこの黒いバー図柄を気持ち遅めに押すんだ。詳しく言うとバーの上にあるチェリー図柄を枠内に押せればリプレイを外す事が出来る。この台の猶予は3コマだから頑張ろう!」

「あのぅ、そもそも何故目押しをするとリプレイが外れるんでしょう? 右から押すのと何か関係があるんですか?」

「うん、小冊子のリール配列を見てみると分かるがバー図柄の上にはチェリー、続いてリプレイが配置されているだろ? 右から押して中段にリプレイがテンパイしたと仮定してみよう。それはつまりレバーを叩いた事で内部的にはリプレイが揃う事になっているんだ、そこで枠内にチェリーを押すとチェリーフラグを引いていないスロットはチェリーを外そうとして、チェリーを枠外へと滑らせる。チェリーは左リールの枠内に停まった時点で役が成立してしまうからね。そうすると結果的に本来なら揃うはずだったリプレイを通り越してしまう。これがこの台のリプレイ外しの原理だ」

「成る程ぉ……どっせぇいっ! あ、リプレイを外せましたぁ!」

 

 マオが気合いの掛け声と共にボタンを押すと左リールのチェリーがずるりと滑ってリプレイを通りすぎて停止した。あっさりと目押しを決める所を見ると、やはり異種族は人間と比べて能力が高いといえるのであろう。

 

「うん、ちゃんと押せてる。マオなら何の問題も無さそうだけど、もし失敗するのが心配なら二回目のJACゲームを消化するまでにボーナスゲームを15回以上消化しておくといいよ。三回目のリプレイ外しを失敗するリスクを減らせるからね」

 

 マオは「わかりましたぁ!」と返事をするとボーナスの消化に勤しみ始めた。さて、祐介自身も一度ボーナス引いただけであるのでまだ高設定かどうかは分からない。ここからは己が身の如きメダルを使いながら探っていくしかないのである。都合良く三人が並んで高設定とは考え辛い、引き際を見極めるのもスロットで勝つ重要な要素なのだ。祐介は身を引き締める気でレバーを叩いた。

 

「ん……光ったな」

 

 ピカッピカッと光るチャンスランプに祐介は思わず表情が緩んだ。

 

「ぐぎぎぎぃ……れぎゅらぁ! れぎゅらぁ揃えばかぁ! れぎゅれぎゅれぎゅれぎゅ……っ!」

「ノリ打ちなのに仲間の不幸を祈るなよ! くらえ、悪霊退散ビッグボーナス!」

 

 一直線に揃った7図柄を軽快なファンファーレが祝ってくれる。それを見た隣のメルは「ぐえぇ……っ!」と断末魔を上げて仰け反ったが、その際に手がレバーの先端を僅かに掠るとメルの台のチャンスランプがピカッピカッと喜びの瞬間を告知した。

 

「おいメル、お前の台も当たったぞ!」

「うっそマジぃ!? おっほぉー本当じゃん!? ぐしし……ではメルちゃんもお二人に失礼してビッグボーナスをば揃えちゃおっとぉ……っ!」

 

 ニコニコとメルがそう言ってもボタンを押すまでは何が揃うか分からないのがスロットである。第三ボタンを押すとずるりと滑る7、メルにとっては本日二回目のレギュラーボーナスであった。

 

「なんでじゃーー! メルちゃんはビッグボーナスが欲しいのに! 何でそんなに意地悪するの!? バーカ! バカ祐介、ペッタンコマオ!」

「俺達は関係無いだろ!?」

「そうですぅ! それにメルさんはさっきから自分でれぎゅらぁ引け、れぎゅらぁ引けって言ってたじゃないですかぁ。念願のレギュラーボーナスを引けて良かったですね、ぷぷぷのぷーっ!」

「なんだとこらぁー! 生意気な事言ってるとそのペッタンコな胸を潰すぞぉ! あ、潰すまでもなくもう潰れてたわ……ぐしし、ごめんごめん!」

「ですから僕の胸は立派に膨らんでるって言ってるでしょーが! このアホ、アホメルさん!」

「うぅ……祐介ぇ……ちっぱいブラ要らずがメルちゃんに当たってくるよぉ……メルちゃんのふくよかな胸に醜い嫉妬をしてくるよぉ……っ!」

「くっ、この! もー、祐介さんから離れてください! あとブラぐらいしてます! ヒラヒラの可愛いやつ!」

 

 よよよ……と大袈裟な泣き真似をしながら祐介にしなだれ掛かるメルをマオはグイグイと引っ張るがメルは根を張った大木の様に動かない。

 

「ぐぇ……マオ、止めて止めて! 俺の首が締まってる!」

 

 むしろ引っ張る度に祐介の首に回されたメルの腕がメリメリと締まっていた。

 

「んもー! 祐介さんを離してくださいよぉー!」

「やだもーん、むしろマオが離せよ! 祐介が苦しんでるぞ!」

「メルさんが手を離せば解決するでしょ!」

「ど……どっちも……は、離してくれ……」

 

 息も絶え絶えといった祐介の言葉は二人に届いたのかは分からない。しかしどうやら朝の嫌な予感は当たったようだと祐介は二人に引っ張られながらそう思ったのであった。

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