第8話 一発台の三つ穴クルーン
祐介が異世界に来てからはや数日、メルと二人で毎日通っているパチンコ屋に今日も訪れる。眩しい店内に響く爆音などご愛嬌であり、空調整備が整っていない店だと更に悪辣な環境になるがこの店は問題ない。光や音は抑えられないが、空気は綺麗なのだ。
「さってと、祐介ぇ、ロケットって何処にあるのかなー?」
「広い店だからな、フロア見取図でも探した方が早いかもな」
メルはキョロキョロと周りを見渡すと店の奥へと進んでいく。
「メル、適当に進んでロケットの場所が分かるのか?」
「心配するな、アタシには感じる……メルちゃんレーダーがギンッギンだぜ……っ! こ、ここじゃーいっ!」
メルが勢いよく通路に飛び込むと、そこにも当然ながらパチンコ台がずらっと並んでいる。パチンコ店なのでどの通路に入ってもそれは一緒である。
「あん? なんだこれ?」
そのパチンコ台は盤面中央に古くさい液晶を付けていたが、何よりメルの興味を引いたのは台の横に掛けられているスポンジであった。メルはそれを手に持ち眺めて確かめるが、やはり何の変哲も無いスポンジである。ぎゅむぎゅむと握ってもそれは変わらない。
「むぅー? スポンジを握ると気持ちいいから置いてあるのかな?」
「おーいメル、案内を見ると一発台のロケットはどうやらこっちの奥にあるみたいだぞ」
「お、おう! なんだよ、そっちかぁー。暫く使わないうちにメルちゃんレーダーも錆びついちまったなー!」
メルはスポンジを置き直して祐介の隣へと急いだ。
「ここから三列奥の島がロケットらしい。とにかく一度見てみよう」
「ロケットォ!!」
二人が当の島に辿り着くと通路脇から覗いても独特な雰囲気が漂っているのが解る。まばらに座っている客層もデジパチにいる客層とは似ても付かない一言で言うと胡散臭い奴等ばかりであった。
「祐介、ここはなんか……変な島だな」
「まぁ一発台の島だし雰囲気はこんなもんだろ。早速台を見てみるかなーっと」
祐介は態度にはおくびにも出さないが、内心ではこの店に来てからずっと心踊っていたといえる。何せ日本では既に絶滅した一発台を打てるのだ、しかもかの名機ミサイル7-7-6Dを模倣したと思われる台である。メルへの説明はどう噛み砕いたものかと苦心しているが、とにかく一度盤面を見てみなければと逸る気持ちを抑えつつロケットと遂に御対面となった。
「これがロケットかぁ! なぁ祐介、どう打てばいいんだ?」
メルはロケットの盤面を興味深そうに睨んでいる。盤面上部には賞球用の小ぢんまりとした役物があり、その下をなぞる様に釘で飛び込み口が設置されている。その先にはスロープが、そして更に奥には最終関門である三つ穴クルーンが待ち構えている。その三つ穴クルーンの手前の穴に入れば見事に大当たり、至福の時が始まる……のは間違いないのだが。
「祐介、さっきからどした? 動きが止まってるぞ?」
「いや、あのこれ……この台さ、ミサイルじゃなくね?」
「あん? この台の名前はロケットだぜ?」
「どっちかっていうとこれはスーパーコンビだろ!」
「だからロケットって言ってるでしょ! ミサイルでもスーパーコンビでもねーよ!」
「あー、いやすまん。俺の居た日本にも似たような台があったんだけど、思った台とは違うっていうか、それで混乱してしまったんだ、悪かったな。つまりこれは……スーパーコンビだ!」
「ロケットだよぉっ!」
メルは頭の上に手で三角を作ってロケットのポーズである。
「分かってるって、これはスーパーコンビを元にした一発台だ。メル、それじゃ説明するぞ?」
祐介は全体の流れを説明する。スーパーコンビの打ち方で一番重要なのが玉が飛び込み口に入ったら絶対に玉を飛ばさない事、これだけである。もしスポスポッと玉が二つ入ったらその後の三つ穴クルーンを祈る気持ちで見なければならない。手前の当たり穴に一玉だけ入れば一安心だが、しかし二玉目も当たり穴に入れば無惨にも折角開いたチューリップは直ぐに閉じて権利消失、つまりパンクである。これだけに気を付ければ何の問題も無い。当たった後の流れはその時に教えればいいだろう。
「へぇー、ここからクルーンってのに向かうのか。それじゃ早速……」
「待て待て。メル、上を見てみろよ」
祐介が台の上を指差すとそこには張り紙に『本日、一発台全台デカ箱盛り放題!』と書いてあった。
「なーんのこっちゃわかんねーぞ! 祐介ぇ、どういう意味だよ!?」
「メル、あそこの客を見てみろ。丁度そのデカ箱を使っているぞ、このロケットで当てればあの箱に詰め放題って事だ!」
メルが視線を奥に向けると、いそいそと箱に玉を詰めている客が見えた。しかしその箱はいつも使っている箱の倍以上の大きさである、つまりあれこそがデカ箱であり、今日は一発台で当てればあのデカ箱に玉をパンパンに詰めること出来るのだ
ろう。
「……おっ! あんなデカイ箱を使えるのかよ、いいじゃーん、最高じゃん! 祐介、打とうぜ? な? なぁってばぁ!」
祐介はデカ箱の大きさから何玉入るかを推測する、あの大きさなら優に5000発は詰めれるであろう。つまりこのお店なら15000円以上のリターンが見込める、それを踏まえると一万円ぐらいなら遊び心で入れてもよさそうである。何より、ここまで来たら少しは打たねばメルは元より祐介自身も我慢できそうになかった。
「そうだな、一度打ってみようか。その代わり投資の上限は一万円だ。この台に連チャン性は無いからそれ以上打っても返ってこないからな」
「よぉーしよしよし! 今日はこれで出すぜぇーー!」
そうして二人が打ち始めて数分もすると、祐介の隣に別の客が座ろうと近付いてくる。当然ながらパチンコ屋の席に占有権等は無いので祐介はメルの方へ身体を少し寄せた。
「わざわざ気を遣って頂いてすみません……」
祐介は普段隣に誰が座ろうとも気にも止めないのだが、そう声を掛けられたのなら目を見て頭を下げる程度の返礼はあってしかるべきだと思いその人の方へ顔を向けた。
「……あ、どうも」
お互いに頭をペコリ、栗色のショートボブが祐介に今朝の衝突を思い出させる。
「あなたは今朝の……?」
「えへへ、お隣よろしいですか? 今朝はすみませんでした、それにしても偶然ですねぇ」
祐介に断る謂われは無いので「いえ、今朝は俺もボーッとしていたので」と返して頭を軽く下げた。
隣にその女性が座ると大きめの椅子にちょこんと乗っかる形で座るその姿が可愛らしい。今朝に続いて二回目の出会いであるが祐介にしたら彼女ともう一度会えたらと淡い希望を抱えていたので、それがいきなり果たされてしまい少し動きがぎこちない。
「僕ぅ、あまりこういうのは打った事が無いんですけど……良ければ打ち方を教えてくださいませんか?」
「俺で良ければいくらでも力になりますよ、何か分からない事があれば何でも聞いてください……いってぇ!?」
「女に一々デレデレすんじゃねぇ!」
メルが祐介の脇腹をぎゅむっと摘まむと祐介の身体がくの字に折れる。
「してないだろ!」
「いーや、してた! こーんな顔をしてた!」
メルは視線をあらぬ方へと外して大口を開け、舌をべろんと出した。祐介がこんな顔をしていたとでも言いたいのだろうか。
「言い掛かりは止めろ! あ、騒がしくしてすみませんね」
「いいえそんな、お二人の仲が良さそうで羨ましいですぅ!」
「お、そこの女、今良いことを言ったな! 祐介、指を出せ指! ほら、出せよ!」
メルが祐介の右手を掴んでぐいっと女性へと翳すとメル自身も左手を見せ付ける様に差し出した。二人の小指に結魂の証である指輪が店内のライトに照らされて眩く光る。
「わぁ~、これ結魂の指輪じゃないですかぁ! 素敵ですねぇ! 僕、こんなの始めて見ましたぁ! 綺麗な指輪でとっても羨ましいですぅ!」
「へへへ……だろ? まぁ昨今じゃ書類で結婚してる奴等はいてもアタシ達みたいに結魂の契りを交わす奴等は少ないからな! この指輪があることでアタシと祐介の仲が分かるだろ?」
「えぇ、お二人の仲の良さが分かりますよぉ!」
ふふーん、と気を良くするメルに対して祐介は溜め息を一つ。
「結魂の契りなんてそんな聞こえの良いものじゃない、悪質な保証人制度だよ。根保証ですらここまで悪質じゃないぞ」
「なんだとぉ? そんな生意気な態度を取る祐介はお仕置きだな、お仕置き!」
「お仕置きって何をする気だよ……」
「そりゃお仕置きカップルシートに決まってるだろ! 後でカップルシートに座ってカップルタイムでお仕置きすんだよぉ!」
「それは勘弁してくれ! 前から思っていたがメルにはそういう特殊な性癖がある! あんな公衆の面前での行為を喜べるのは変態ぐらいだよ!」
カップルタイムと聞いて祐介の脳裏に嫌な記憶が蘇る。あれ以来この店で店員の斉藤を見るたびに悪寒が走るようになってしまった、軽いトラウマである。そして何より公衆の面前で恥を晒すのは祐介だけである。
「だーかーらーアタシが祐介を喜ばせてやるってんだよぉ!」
「やめろってば! もういい加減に時間の無駄だから止めよう。メル、折角ロケットに座ったんだからとりあえず打とうぜ」
祐介の言葉にメルは「まー、そうだな」と頷くと玉の打ち出しを再開する。お互いの残金は9000円、まだまだドラマが待っている残金である。
「あのぉ、それでこれはどういう台なんですか?」
「あぁ、これはね──」
祐介は隣の女性にざっくりと説明をする。その説明はメルにしたものと同程度に納めておいた。当たった後は右打ちするだけなのだが、実際に見てもらった方が分かりやすいだろう。
「なるほどぉ、当たったらあの大きな箱が一杯になるなんて、不思議な台ですねぇ……えぇと、祐介さん? でいいんですよね、僕はマオって言います。また何か分からない事があったら聞いてもいいですか?」
「うん、俺が祐介でこっちは呑んだくれでズボラなメル。えと、マオさん、俺に答えれる事なら何でも聞いてくれればいいので気軽に聞いてくださいね」
「おい祐介、アタシの説明が抜けてるぞ! エルフでキュートな大事な家族のメルちゃんだろうが!」
「メルさんもよろしくお願いしますね。あ、祐介さんもそんな畏まらないでください。何だか緊張しちゃいますから! 僕の事は気軽にマオって呼んでくださいね!」
祐介の手をぎゅっと握り、小首を傾げてはにかむマオに祐介はしどろもどろになりながらも「此方こそよろしく、マオ」と何とか応えた。
「あーあーデレデレしちゃってまぁ! そんな事じゃこれから大──あっ!? 飛び込んだぞ!」
メルの放ったパチンコ玉が狭い飛び込み口をスルッと抜ける。
「おっ! おぉぉーーっ!? あっ、くぅ……っ!」
飛び込み口を抜けた玉は半円形のスロープを一気に駆け降りて勢いもそのままに三つ穴クルーンのハズレ穴へと飛び込んだ。ここまで僅か三秒程である。
「メル、今のは惜しかったなー。この三つ穴クルーンが意外と一瞬で決まるから一瞬でも気が抜けないよな!」
「あぁ、思わず身体に力が入っちまった。マスターの言ってたデジパチには無いものってのがこの緊張感だな! ぐしし……いいじゃねぇか、何だかぞくぞくしてきたぜ!」
昨今の日本でも一発台との鳴り物入りで登場した台で三つ穴クルーンが搭載された物は少なからずあるが、それらに比べてこのロケットの三つ穴クルーンは半分以下の大きさである。従って玉の勢いによってはクルーンの外周をクルクルと回る事も無く、先程のように秒速で決着する事がままあったのだ。
「それにしてもメルさんの台はこんな狭い所によく入りましたねぇ! こうして打っていてもあまり入る気がしませんけど……あっ!」
その声に釣られて祐介はマオの台に視線を送る。パチンコ玉がスロープを下る所である。玉はクルーンの外周をくるくるくるくると回って……スコッ! とハズレ穴に吸い込まれていった。
「あぁーん、惜しいですぅ! でもこんなに狭いのに入るときは意外と入るものなんですねぇ!」
「そうなんだよ、玉が挟まりそうなぐらい狭いのにつるっと入るんだよな」
飛び込み口という狭き門を越えた者同士、メルとマオが祐介越しに語り合う。祐介はそれを見て思う、二人がいがみ合うよりはこうして笑いあってくれた方が良い、出来れば自身も飛び込み口を越えた者として語り合いに参加したい。しかしその為に先ずは玉を飛び込み口に通さねばならない。
それからも何度か飛び込み口を抜けるものの手前の穴に入る玉は無く、三人の時間と共にお金がじりじりと磨り減らされていく。次第に三人の口数も減っていき、パチリパチリと玉が弾かれる音だけが頭の中で反響する。
「おいおいおいおぉーいっ! クルーンの穴は三つなんだから三個入れば一個は入る計算だろ!? いい加減に入ってくれよ! こんなの一万円超えて追加投資からの延長戦になっちゃうよぉ!」
「然り気無く延長戦をしようとするな! 延長戦は無しだってば、マスターも言ってたろ、この台は後腐れが無いからいいんだ。お金が無くなったらはいさよなら、また今度って割り切らないと駄目だよ」
「だってぇ、当ててみたいんだもーん……うっ?」
玉と玉がぶつかり、片方の玉が飛び込み口をするりと抜ける。残金を考えるとこれが最後のチャンスかもしれない。メルの身体に緊張が走る。玉はスロープを下りゆっくりとクルーンを回る、今まで飛び込んだ玉とは違う展開である。
「ぐぅ……頼むよ、入ってくれよぉ! このままじゃ追加投資しちゃうよぉ!」
「おい、絶対にそんなことはさせないからな!」
祐介の声を無視してメルは自分の台に集中する。視線に圧力があるとすれば途端に玉が押し出される程の眼力で見守っていると、玉は左奥のハズレ穴にカコッと引っ掛かる。それを目の当たりにしたメルが「んあぁ……!」と肩を落とした瞬間、クルっと右奥のハズレ穴の周囲をなぞって手前の穴にスポッと入った!
「お? おおおぉおぉぉぉぉーーーーっっ!!? は、入ったぁーーっ! おりゃー、これで4000発じゃーーい!」
メルが立ち上がり歓喜の雄叫びを上げる。ロケットもその瞬間を祝うかのように中央にある役物のチューリップを咲かせ、チープな音で『静かな湖畔』を奏で始めた。
「うわぁ! メルさん、おめでとうございますぅ!」
「これで追加投資は免れたか……本当に良かった」
喜ぶ二人に対して祐介はホッと胸を撫で下ろしていた。メルのあの様子では当たるまで現金投資を続けそうな勢いだったからである。
「ほーい4000発! あそーれ4000発! ぐっししし……ぐし……?」
天に突き上げんばかりに拳を振り上げたままメルは首を傾げて固まった。
「どうしたんだ?」
「4000発……出てこなくね? ちょろっと10発ぐらい出ただけじゃん? 詐欺じゃん? 許せないじゃん!? うおぉぉぉおーーーーーっ! よくもアタシを騙したな!! ちょっとここの店長ぶっ潰して来る!!」
「待て待て、早とちりをするな! 一発台ってのはそんな一気にドバッと出ないんだよ!」
振り上げた拳を店長に振り下ろす為、そのままの格好で走ろうとしたメルの腰を抱える様に祐介は止めながら言った。メルは腰を抑える祐介を振り返り「……そーなの?」と少し恥ずかしいそうに呟いた。
「いいかメル、マオ。この手前の穴に入ると中央のチューリップが開く、その後は打ち止めまでずっと右打ちするんだ。このロケットって台は右側の釘がぐにゃぐにゃに曲げてあるだろ?」
メルに説明するついでにマオにも見てもらう。スーパーコンビを模倣したと思われるこのロケットもまた盤面右側の釘がありとあらゆる方向に曲げてある。通常では右打ちしても何処の賞球口にも入らないが、当たり穴に連動して中央のチューリップが開いた後に右打ちをすると、開いたチューリップの側面にぶつかり盤面右下に位置するチューリップに拾われ続ける事になる。無論そこは只の賞球口なので、制限も何もなく打ち止めまで玉を吐き出し続けるのである。
メルが説明を聞いた後に早速右打ちをしてみると右下のチューリップが玉を入れる度に開いたり閉じたりしながら玉を吐き出し始めた。パカパカと動くチューリップにチリーン、チリーンと賞球の音が鳴り響く。
「ぐし……ぐししし……こんなの永久に出るじゃん!? この店潰せるじゃん!」
「だから店員に止められるっての、あ……斉藤さんが来た」
カップルタイムのトラウマの為か祐介の身体が少し強張るが、斉藤はデカ箱をメルに手渡すと「はいおめっとさん、この箱に盛れるだけ盛ったらまた呼んでくれ」と直ぐに引き返していく。
「おぉう、これがデカ箱だな。中々の大きさじゃん……盛れるだけ、か……よし、祐介ちょっとこの台代わってくれ!」
メルは祐介と席を入れ替わるとデカ箱を膝に乗せて準備万端の様子である。
「代わるのはいいけど、どうするんだ?」
「決まってるだろ! 斉藤が言った通りに盛れるだけ盛ってやるんだよ! 見てろよぉ、メルちゃんは手先の器用さに結構自信があるんだぜぇ……っ!」
メルはチリーン、チリーンと出てくる玉を鷲掴みにしてどんどんデカ箱へと移していく。少しの隙間も出来ぬように丁寧に慣らしては次の層へといった念の入り用である。
「わぁーっ! 僕も入りましたぁ!」
声と同時にマオの台の電飾がピカピカと光る。
「よーし、マオの箱もアタシが目一杯盛ってやるから安心して出しまくれ! いいな!」
「えーと、それではお願いしてもいいですかぁ?」
「メルちゃんに任せろ! 限界まで盛ってやる!」
メルは店員からデカ箱を奪い取りやる気に満ち溢れていたが、その一方で祐介は釈然としない思いを抱えていた。
(……そういえばそもそも俺の台、あれだけ投資して一発も飛び込んでねぇ)
一度も体験出来なかった三つ穴クルーンを見詰めながら、祐介は只ひたすらに玉を出し続けるのであった。
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