第14話 理想と現実

「グレンさんっ……。待って下さい!先程のはどういうことですか」


 アリスはグレンに追いつくと、その背中にそんな言葉を投げる。

 怒りではなく、困惑や不満という気持ちがその声色や表情から読み取れた。


「アリス様。今の俺達に慈善事業をする余裕はないんですよ」


 グレンはそんなアリスの言葉に足を止めると、そう淡々と返した。


「それはそうですが……。魔獣はどうするつもりですか?まさか、放っておくのですか?」


 先程の治療の対価として宿と物資を確保出来た以上、二人が魔獣撃退の依頼を受ける必要は無くなった。


「今この状況で無駄に危険を冒すことは反対です。今の俺たちは、創神教という巨大な組織に追われている立場です。それをよくご理解ください」


 グレンの真っ当な正論にもアリスは食い下がる。


「それでも……この集落で魔獣に対抗できるのは私達だけのはずです。助け合いの心を忘れてはいけません」


「助け合いの心ですか……」


 グレンは感情の乗らない平坦な口調でそう言うと、アリスの目をまっすぐ見つめた。


「では、創神教に追われ、旅の物資も少ない俺たちはどうなんですか?俺達は別だと?それにアリス様も消耗しているはずだ」


「ですが……私たちがやらねばこの集落の人々に被害が出るかもしれません。力ある者の責務です」


「では、アリス様は俺が魔獣に殺されても間違いじゃなかったかと言えますか。それならば、アリス様に従いましょう。俺は護衛ですから」


「それは……」


 アリスは閉口する。

 確かにこの集落で魔獣に立ち向える者はほぼいないであろうし、実力があるグレンやアリスが相手取った方が危険は少ないだろう。

 しかし、だからといって危険が無い訳ではない。

 つまり、アリスはグレンに命を掛けて、見も知らぬ他人を無償で救えと言っているのと同じなのだ。


 それに、助け合いというならば、アリスは既に青年の命を救っていて、グレンたちは今晩の宿も旅の物資も支援して貰えることとなった時点で成立している。

 むしろ、命を救った対価として、グレンたちが求めた支援は、集落にとっては破格の条件だ。

 それに加えて命懸けの魔獣退治までさせられるのなら、それはもはや助け合いではなくて、一方的な奉仕だろう。


「慈悲深い心を持つのは結構ですが、アリス様はもう聖女じゃないんですよ」


「……」


 そのグレンの追い討ちにアリスは今度こそ口を噤んだ。

 そんなアリスを見て、グレンは思わず出てしまった言葉に、しまったという表情を浮かべるが、時すでに遅し、だ。

 他人の事を考える前に自分の事を考えろ。グレンはそう言いたかっただけなのだが、いかんせん言い回しが悪すぎた。


「すみません。言い過ぎました」


 ただし、グレンの言うことは全て反論の余地がない正論だ。

 破格の条件で、命の危険を晒して、縁もゆかりもない集落とその人々を助ける。

 聖女の行いとしては正しいものであるが、アリスはもう聖女ではなくただの少女であり、今回で言えば、それを実行するのはグレンだ。

自分の感情だけで人の命を天秤に載せるようなことはアリスにはできなかった。


「……いえ。グレンさんの言う通りです」


 アリスは俯いてそう小さく溢した。

 アリスは創神教における聖女のあり方につくづく嫌気がさしていた。

 創神教においては「寄付」が何よりも重視される傾向にあった。その為、聖女クラスとなる、かかわりあうのはほぼ権力者か裕福な者だけだ。


 だからこそ、今度こそ真の意味で聖女になりたいと願っていたのだ。手の届く限り救えるものを救っていきたいと思っていたのだ。

 だが、現実はそう甘くはない。

 グレンの言う通り、創神教の後ろ盾がなくなった今、アリスの手が届く範囲は極めて狭いことをアリスは思い知った。


「……わかってもらえたならいいんです。日も暮れ始めました、早くいきましょう」


「……はい」


 暗い表情のアリスにグレンはそよ風の音に紛れてしまう程小さく息を吐くと、その足を進めた。

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