第8話 呪い
「あの噂は本当だったのかよ……」
グレンは唖然とした様子で、そう呟く。
聖女は創神教シンボルとして、時には奇跡を扱う癒し手として、時には人々に教えを説き、導く存在として、一般的には認知されている。
一方で、噂レベルではあるが、聖女達は魔法使いとして、戦う術を会得しているという話もあった。
その噂の理屈はこうだ。
「癒しの奇跡」はその名が付いただけの治癒魔法である。
そして、難易度の高い治癒魔法を使えるということは、当然、他の魔法を使えるはずである、というものだ。
それであれば、魔法使いとしての実力があるのはまだ納得できる。
しかし、それにしてもだ。
「近距離戦がここまで強いのは流石に意味がわからない……」
グレンは魔人を圧倒して屠ってしまった聖女を見つめてそうこぼす。
……何にせよ、敵に回らなくて良かった。
とりあえず、彼女と交わした誓約は守った。
あとは約束通りここで別れるだけだ。
「それじゃあ、俺はもう……」
いくぞ、と聖女に声をかけようとした所で、聖女が突如ふらついた。
「お、おい。大丈夫か」
何とか剣を地面に突き立てて、倒れ込むことは避けた聖女にグレンは駆け寄る。
先程の勇ましさはどこへやら。聖女は地面に膝を突き剣に寄りかかって荒い息を吐いている。
「……すみません。少し無茶をし過ぎました……」
そう言った聖女の横顔は随分と苦しそうで、汗が浮かんでいる。
その症状にグレンは心当たりがあった。
「……魔力欠乏症か。まってろ。確か、ポーションがあったはず」
魔力欠乏症とは保有魔力量の総量が一定のラインを下回ると生じる体の不調だ。
保有魔力はトレーニングで増やすことが出来たり、個人差もあることから、スタミナと近いものではあるが、欠乏症に陥った時の影響はスタミナの比にはならない。
その辛さは聖女の青ざめた顔からも明らかだ。
グレンが腰の道具袋から魔力回復用のポーションを取り出そうとすると、その手を聖女が抑えた。
「それよりも、これを……」
そう言いながら、聖女が胸元から取り出したのはシンプルなネックレスだ。
一見するとシルバーのチェーンに宝石が付いたありふれたものだが、よく見ると宝石は黒く、鈍いオーラを放っていた。
「これは……」
「これを壊し……」
「お、おい!!」
最後まで言い切れずに意識を失う聖女をグレンは慌てて受け止める。
腕の中の聖女は辛そうに眉を顰めたままピクリとも動かない。
「……息も荒いし、汗も酷いな。その割には……体温も低い」
人は誰しも無意識の内に身体の様々な所で保有魔力を使っているらしい。だから、欠乏症になると体調を崩すし、保有魔力の回復を優先するため、意識を失うのだと、グレンは友人から聞いたことがある。
「とりあえず、ネックレスだな」
グレンはそのためにも聖女をゆっくりと地面に座らせる。
そのまま、首の後ろに手を回しネックレスを外そうとするも、あるべきものがそこにはなかった。
「留め具がない……?」
ネックレスを回して、チェーンの部分を見てみるが、やはり留め具らしき場所はなく、どの部分も綺麗につながっている。
「おいおい……。どうなってんだこれは」
グレンの中で聖女という存在と創神教の在り方がとたんに胡散臭くなる。
強制的に外れなくなっているアクセサリーなんて呪いの品を含めて、良い方法で使われることなんてほぼ無い、いわくつきの物ばかりだ。
「宝石を壊すのは……怖いしな」
グレンは腰のベルトから短剣を取り出すと、聖女の首に触れない様に気を付けながら、チェーンの部分に切っ先をあてがうと、魔力を込めて短剣をチェーンに押し込んだ。
「……そうだと思ったよ」
その結果にグレンは苦笑いを浮かべる
魔力を込めて切れ味の上がっている短剣の切っ先が押し付けられているチェーンは切れるどころか傷一つついていなかった。
いくら安物の短剣とはいえ、薄く細いネックレスのチェーン位であれば、魔力の効果も相まって容易に切断できるはずだ。
グレンはそのまま試しにと刃での切断も試みるが、結果は同じだった。
つまり、ネックレスは予想通り、いわくつきの品物ということだ。
「呪物関係を壊せる武器なんて……」
そう言って顔を上げたグレンの視界の先には聖女が使っていた騎士剣が落ちていた。
「……あったな」
グレンは聖女を静かに地面に寝かせると、騎士剣に近づく。
そして、恐る恐る右手を伸ばしてその柄に触れる。
「ッ!?」
触れた瞬間グレンは慌てて手を離した。
「聖剣と言うよりか、魔剣じゃねぇか」
グレンは剣に触れた右手を摩りながらぼやく。
今だにその手には魔力が吸われそうになる強い感覚が残っている。
何かしら、特別な武器だと予感していたからよかったものの、無防備に触っていれば今頃魔力を吸い尽くされていただろう。
グレンはその剣をじっと見つめる。
「これしか無いからな……。ま、扱い方は分かっている」
グレンは道具袋から魔力ポーションを取り出すと、ぐいっと飲み込んだ。
グレンも過去にこういった類の剣を使っていたことがある。その為、魔力の与え方はよく分かっていた。
グレンは意を決するとと改めて剣に手を伸ばす。
そして、勢い良く剣を掴むと同時に、剣がグレンの魔力を吸い取ろうとする。
「……扱いは……分かってるんだよ!」
グレンはその魔力の吸い込みに抵抗する。
体の中で綱引きをしているような独特の感覚であり、それを掴むにはある程度の適性を求められる。
そして、その感覚を既に掴んでいたグレンはたっぷり一分程引き合いをしたところで、突然、スッと熱が引くかのように魔力吸引がおさまった。
「……はぁ。相変わらずこれには慣れないな」
グレンは額に浮かんだ汗を拭う。
一般的に「チューニング」と言われる作業で、魔法武器、道具と言われるもので必要になる。
この騎士剣はチューニングを得意としていたグレンだからこそ一分で収まったが、そうで無ければこう簡単にはいかない。
「……さっさと終わらせよう」
グレンは聖女の元へと足を進めると、その場に屈み込んで、ネックレスを軽く引く。
そして、慎重に騎士剣に魔力を与えながら、剣の根元をチェーンに押し当てていく。
すると、虹色に光る火花--魔素が飛び散り、僅かに刃が食い込むも、それ以上は入らない。
「足りないか!」
グレンはゆっくりと与える魔力の量を増やしていくと、剣が徐々にチェーンに食い込んでいき、そしてキーンという甲高い音と共に、ついにネックレスのチェーンは断ち切れた。
「っはぁ……」
グレンは大きく息を吐くとネックレスを聖女のら首元から取り外す。
先程までは怪しく光っていた宝石も今はその輝きを失っている。
「さて次は……」
疲れた様子でそう呟いたグレンの視線の先には、苦しそうな表情が僅かに和らいだ聖女の姿がある。
「置いて帰るわけには行かないよな……」
グレンは大きなため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます