第2話 出会い

「怪しいかと思ったけど、どうみても本物だしな」


 周りに聞こえない程度の大きさでそう呟いたのは一人の青年だ。

 革製の胸当てに腰に吊るした片手剣。腰回りには短剣や道具を入れておく布袋を吊るしている。

 それは、まさに冒険者といった装いであり、それと同時に彼が低級か駆け出しであると推測できるようなものだった。

 黒の切り揃えられた短髪にそれなりに整った容姿、それと目立った傷やしわもない見た目からは、それなりに裕福な家庭で育った好青年という印象を周囲に与えるだろう。


 その青年の名をグレンと言い、現在彼は大陸の最東端に位置する港町ロアシチから周辺にある村への聖地巡礼の護衛依頼を受けていた。

 その依頼は創神教からのものであり、より正確に言うなら聖女様の護衛である。

 創神教のシンボルでもある聖女様の護衛なのだから、やけに報酬がいいのも納得だ。

 最初こそ、依頼の胡散臭さに濃い警戒の色を見せていた冒険者たちであったが、十数人にもなる騎士たちの姿と目麗しい聖女様の姿を見た今となっては、その警戒心はとっくに薄れていた。

 もっとも、グレンからすればそれだけが理由ではないことは明白だ。グレンは緩み切った周囲の冒険者たちの表情を視界にいれて、ため息を一つ吐いた。


 創神教における聖女とは神の遣いであり、シンボルであり、いやらしい話をすれば活動の証明でもある。

 そのため、彼女達はベールを被らず、その美しい容姿と髪を露わにしている。


 そんな訳あって、グレンたち冒険者の目の前を自らの足で歩いている聖女様もそのご尊顔を冒険者たちに晒しているわけだ。

 彼女が歩くたびに揺れる背中の中ほどまで伸びる艶のあるプラチナブロンドの髪と透き通る様な白い肌は日が落ちて暗くなりはじめても微塵もその美しさに陰りはない。

 上品な色が浮かぶ唇とスッと芯の通った鼻からは妖艶さが、金色の瞳を持つ大きく丸みを帯びた目は可愛らしいを感じさせ、聖女が持つ可愛いさと美しさが上手く混ざり合い、それがどこか神秘的な雰囲気を感じさせていた。


 そして、冒険者たちの醜態を生み出す要因となったのが、聖女様のこの容姿なわけだ。

 もっと言えば、彼女が中身もしっかり「聖女」だったこともそれを加速させた要因だろう。

 なにせ、彼女は集まった二十近い数の冒険者を見るなり、ひとりひとりに名前を尋ね、手を取り挨拶をして回ったのだ。

 それがあまり良しとされていないだろうことは、彼女と冒険者のやりとりを見る騎士たちのしかめっ面を見れば良く分かった。

 こんな依頼に飛びつく下賤な下級冒険者たちが麗しき聖女に触れているのだから、騎士たちの気持ちも分らんではない。

 順番的に最後だったグレンは、そんな騎士の表情を見ていたため、伏目がちに俯き名前を告げるだけで、その手に触れることは回避した。

 そんなグレンの態度に聖女も少し困惑した様子だったが、無理に彼の手を取ることはせず、言葉だけをかけ、グレンはそれにほっとしたように息を吐いたのだった。

 グレンは創神教の怖さを昔からよく教え込まれていた。目先の欲に駆られて、依頼が終わった後に因縁をつけられ処罰されてはたまったものではない。


 そんな訳で、すっかり聖女様に骨抜きにされたグレンを除く冒険者たちは、もはや護衛といっていいのか分からないような醜態をさらしつつ巡礼の最終日を迎えていた。


「嫌な予感がする……」


 どう見ても進みが悪い。

 本来であれば日が落ちる前に街に辿り着き、依頼を終えていなければならない。

 だというのに、まだ薄暗い森の中を進み町の灯の明かりすら全く見えない。


「このザマだしな……」


 聖女に関する下品な話でずっと盛り上がっている冒険者たちは周囲の警戒すらしていない。

 騎士は見下すような視線を向けてはいたが、注意することはなかった。

 どうせ、肉壁にでもなればいい程度に騎士は思っているのであろうが、それに気が付いているグレンからすればたまったものではない。


 一人警戒の色を強めるグレンの耳にだらけ切った冒険者たちの会話が入ってくる。


「それにしても聖女様かわいいよなぁ」


「あぁ、一度くらいヤラせてくれてもいいのにな」


「これで名前を憶えてもらっただろうし、もしかしたら俺も……ごっ」


 冒険者の言葉は途中で水に溺れたように途切れ、そのままドスンという重い音がする。


「へあ?」


「敵襲!!!」


「何!?陣形を組め!!」


 間抜けな声をだす冒険者をよそに、グレンはすぐさま声を張り上げ、剣を抜くと周囲の茂みをにらみつける。

 騎士達もその声にすぐに反応し、迎撃の体勢を取る冒険者たちはそうはいかない。


「うぎゃ!」


「ぐげっ」


 無数に飛来する矢にどんどん撃ち抜かれて行き、矢の雨が止んだ頃にはその数は半分になっていた。


「やはり、肉の壁程度にしか役に立たんか」


 グレンは冷たい声でそんなことを言い放った騎士に内心で同意しながらも、強まる鼓動を抑えようと深く息をする。


「くるぞ。構え!」


 無数の足音と茂みの奥に映る影に護衛の上級騎士が声を張り上げる。

 グレンが右手の剣をぎゅっと握ったところで、不揃いな恰好をした無数の山賊達が勢いよく飛び出してきた。


「おらぁ」


 グレンは自らと対峙する山賊の雑な手斧の大振りを半身を反らすだけで躱すと、最小限の動きで山賊の喉元へと剣を走らせる。


「かひゅ」


 グレンは喉から血を吹きながら倒れる山賊を見もしないで、後方から切りかかろうと剣を持った手を振り上げていた山賊の懐へと潜り込む。

 グレンはその勢いのままで振り下ろされた山賊の右手首をつかむと、山賊の心臓を剣で貫いた。


 グレンはそのまま倒れこむ山賊を横に押しのけて倒すと、状況を確認するため周囲に目を配る。

 こちらが山賊を迎え撃つ形だったが、予想通り、いつの間にか戦場は混戦模様だ。

 幸いというべきか、体を屈めて目立たない様にしていた聖女は無事な様子だが、彼女の周囲を守っていた上級騎士達は山賊の相手に追われて彼女は今完全にフリーの状態だ。


 そして、そんな彼女を山賊が見逃すはずもない。

 数人の山賊が彼女を捕えようと足を進めているのがグレンの目に留まった。

 しかし、グレンと彼女の間には十数メートルの距離があり、そこに辿り着くためには無数の山賊と冒険者、そして騎士の戦いを潜り抜けていかなければならない。


「くっそ」


 迷っている暇はない。

 グレンは聖女のもとへと駆け出した。


 グレンは混戦を得意としていた。

 まるで空から見ているかのように敵の位置を把握することができ、まるでガイドがあるかのように、進むべき方向が分かっていた。


「な、なんだ?」


 混戦に飲み込まれ手一杯の彼らが、まるで、曲芸師のように進んでいくグレンを捕えることは出来ない。

 そしてあっという間にグレンは三人の山賊と聖女を射程範囲に捕えた。


「にしてももったいねぇな。こんな上玉を殺せってんだから」


「殺したことにして、こっそり持ち帰りゃいいじゃねぇか。なぁ兄貴」


 おびえる聖女の前で下品な笑い浮かべている山賊が自身の兄貴分に声をかけるも、返事が返ってこない。


「?兄貴どうし……た」


 不審に思い振り返ろうとした山賊の視界の隅で鈍色の線が走ると、視界が逆さに向く。

 山賊は自分の首が落とされたことも気が付かず、続けて同じように首を落とされた弟分の姿を視界に収めながら意識が暗転した。


「間に合った……。大丈夫ですか?」


「……え?あぁ。申し訳ありません。少し取り乱しておりました。ありがとうございます」


 差し出された手に、どこか状況を掴めていない聖女は混乱した様子だったが、すぐに心を落ち着かせたのか、グレンの手を優雅にとり立ち上がると感謝を告げた。

 聖女は控えめに距離をとると既に周囲の警戒に移っているグレンの横顔を見つめる。


「たしか、あなたは……」


「離れろ無礼者が!!」


 聖女の声はかき消され、グレンは固い手甲で突き飛ばされ、膝をつく。


「お前ごときの下賤な者が聖女様に近づいていいと思うな」


「そんな無礼なこと……。大丈夫ですか」


 どこか怒りを含ませた様子だった聖女だが、その怒りを直ぐに鎮めると、膝をついたまま体を起こさないグレンに心配した様子で声をかける。


「私なら大丈夫です……」


「でも……」


「大丈夫です」


「そう……ですか」


 くぐもった声でそう告げるグレンに尚も声をかけようとするも、きっぱりと拒絶の色が入ったグレンの言葉に聖女も流石に引き下がる。


「聖女様、その者が大丈夫だと言っているのです。山賊の数が減っている間に先へ逃げましょう」


「……はい。お気をつけて」


 悲痛な表情を浮かべた聖女だったが、これ以上グレンに構うことなく、申し訳なさそうに騎士に先導されて足を進めた。


「くっそ。ここにきて……」


 グレンは左手で胸元を強く握って、痛みをこらえるが、耐えきれず地に伏せる。

 飛びそうな意識をなんとか繋ぎ止めながら、グレンは強烈な痛みに耐えることとなった。

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