昇る 1人台本 不問1

サイ

第1話



ふと気がつくと、白い部屋に立っていた。


西日が差し込んでいる。


後ろを振り返ると、ベッドが一台置いてあった。


横たわっているのは、僕。


そして、いつもそばにいてくれるあの人が、布団に突っ伏して眠っている。


連日のお見舞いで疲れてしまっているらしい。


視線を窓に戻す。


窓の外の狭いベランダから、ガラスでできたような階段が伸びている。


この階段は、僕をどこへ連れて行ってくれるのだろう。


僕はゆっくりと、階段に足をかけた。


不思議と、怖くなかった。


一段、また一段と、僕は階段を昇っていった。






しばらく昇ってから、振り返る。


僕のいた病室が見える。


慌ただしく動く看護師、必死に呼びかけるあの人。


帰らなきゃ、そう思った時、


昇ってきた階段はすっと消えていった。


もう、後戻りはできない。


僕は病院に背を向けて、また昇り始めた。




茜色の世界を昇っていく。


カラスが寝床に帰っていくのが見える。


カラスは山で、友達・家族、みんなで一緒に眠るらしい。


寒い冬でも、身を寄せ合えばきっと温まるに違いない。


あの人はよく、寝たきりの僕の手を握って、温めてくれたっけ。




カラスを見送ってさらに昇ると、雲の高さまで来た。


辺りは薄暗く、幻想的というより、ちょっと怪しい雰囲気が漂っている。


まるで、天神様が隠れていそうな。


僕は、勉強はけして得意ではなかったけど、学校の勉強は頑張ったつもりだ。


父母が勧めた学校にはあと少し届かなかったけど。


一生懸命頑張ったのに、その頑張りを認めてくれたのは、あの人だけだった。




もう少し昇ると、明滅する光が見えた。おそらく旅客機だろう。


いつだったか、飛行機に乗って、自分の住んでいる街を見下ろしてみたい、と思ったことがある。


視線をおろすと、雲の隙間から街の様子が見えた。


その姿はジオラマのように小さくて、でも家々の灯りはとてもあたたかそうだった。


この灯り一つ一つに、命がある。


僕の病室は、もう暗くなってしまっただろうか。




昇っていくうちに、辺りはすっかり暗くなった。


けど、星の光も、月の光も、地上にいたときと同じように見ることができる。


…いや、星や月を見たのって、いつだっただろう。


昔はぼんやり空を見上げることがあったはずなのに、いつの間にか…。


懐かしい。


星も月も、あのときのまま。


ずっと変わらず。




そのとき、頭の上から光が落ちてきた。


ガラス窓を雫が伝うように。


落ちて、僕のいる高さあたりで消えた。


この高さなら、願い事もしっかり聞いてくれそうな気がする。


僕は手を組んで、目を瞑った。


僕は、もう抱えきれないほど幸せをもらったので、


どうか、あの人に幸せを。


あの人に、光を。




僕は、遥か彼方にある星を目指して、昇っていく。

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