再会したらお嫁さんにすると誓ったシャイな美少女が帰国したんだが、がっつりアメリカかぶれしている上にうざ絡みしてきて困る。
兎夢
「明日から、どんな顔して会えばいいんだよ……」
俺には小さい頃、友達がいた。
小学校に入学する前、一緒の幼稚園に通っていた女の子だった。
その子はきらきらお星さまみたいな金髪だった。透き通るような肌と青い瞳は、まるで妖精のよう。
幼稚園児にして確実に周囲とは違うオーラを放っていた彼女は、孤立していた。
「なぁ、あそばねーの?」
「……ひとりだから」
「ばかだなぁ。ひとりだってあそべるんだぜ」
俺はその子と友達になろう、とは思っていなかった。友達になるかどうかなんてどうでもよかった。それより、曇った表情をどうにかしてやりたいって思ったんだ。
星みたいに輝いてるくせに、曇ってるなんてもったいないじゃん。そんな、子供っぽい理由だった。
砂遊び、石拾い、絵本、積み木。
一人でできる遊びを二人ぼっちでやる。そんな奇妙な俺たちは、いつしか『不思議くんと不思議ちゃん』なんて呼ばれ方をするようになった……らしい。この辺りは、母さんに聞いたことだ。
年少、年中と楽しく遊んで。
けれども年長になり、小学校にもうすぐ入学という頃になって――その子がいなくなるという話をされた。
「いなくなる……?」
「うん、ごめんね。私たちの都合で遠いところに行かなきゃいけなくなっちゃったの」
「ならエリィだけのこればいいじゃん! うちにいっしょにすめばいい!」
「こら、雪斗。そんな無茶なこと言わないの。それじゃあエリィちゃんはお母さんお父さんと離れ離れになっちゃうんでしょ?」
その時、俺は初めて母さんが優しげで悲しげな顔で怒っているのを見た。同時に、自分がどれだけ無茶なわがままを言っていたのかに気付いた。
女の子の方を向くと、目にはたんまりと涙が貯まっていた。ぽろぽろと零れて、それでも貯まり続ける涙は自分だけじゃなく、彼女の方も別れを悲しんでいるのだと教えてくれる。
その子は小指を立てて、こちらに差し出してきた。
「……やくそく、して?」
「やくそく?」
こくり、頷く。
小指を絡めて、指切りげんまんができるようにした。
「……つぎにあえたら、およめさんにして?」
「およめさん」
「……いや?」
上目遣いが――あまりにも可愛くて、今でも忘れられない。
嫌なわけがなかった。だって、俺だっていつしかその子のことを好きになっていたのだから。
「いやなわけないじゃん! も、もちろん! つぎにあったら、およめさんにしてやるよ! だから、ぜったいもどってこいよ!」
「……うんっ」
小さな頃の約束。
口数が少なかった、どちらかというと人見知りだった美少女との幼い婚約は、しっかりと指切りげんまんによって結ばれた。切って結ばれる、なんておかしいなとか今では思うけど。
でも分かりやすいラブコメみたいな約束が、今年高校生になる俺の胸にも確かに残っているのだ。
――なのに、だよ。
「あ、雪斗じゃーん! ハウアーユー?」
「……えっと、どちら様で?」
「えー、ドントリメンバーなパティーン? 雪斗のワイフだよ、ワ・イ・フ」
そんな約束とか、感動の再会とかドキドキとか、そういうのが全部台無しにされてしまった。
再会するはずだった、無口系美少女はどこへ。
目の前にいるのは成長した我が旧友であり――アメリカかぶれが本気でうざい美少女だった。
*
「ワイフって……お前、何言って――」
「えー、それも忘れるとかハートブロークンなんですケド。プロミスを忘れるとか、ジャパンのメンズって酷くない?」
「は。はあ? いや、ちょっと落ち着けって」
「落ち着いてらんないって! もー、いいよ。こうなったらハグしてリマインドしてあ・げ・るっ」
我が家のソファーで寝転がっていたそいつは、やけにハイテンションで立ち上がる。
そしてそのままの勢いで、今帰ってきたばかりの俺の方へと駆けてきた。しかも、両手を広げて。
「は、ハグ!? いや、そういうのは――」
「ノープログレーム! アメリカではこんなのジョーシキだから」
「そんなの知る、かッ……!?」
ぷにゅり。
お腹のあたりに、最高と言っていいほどに素晴らしい柔らかな何かが当たった。思わず後ろにのげぞってしまい――勢い余って、俺は押し倒された。
「痛ぇっ」
「あっ……雪斗くん、大丈夫?」
「あん?」
今喋ったの誰だ? なんだか突然、俺の理想を詰め込んだ無口美少女に似た口調とトーンの声が聞こえたんだが。
おかげで、押し倒された痛みはすっかり引いた。コ○ンなら死んでたぜ、危ない危ない。
「痛いのは引いたけど……お前、急に抱き着いてくるとかなぃ――っっっ!」
「そ、ソーリーソーリー。っていうか、突然フェイスを背けてどうしたノ?」
「ど、どうもしてねぇ!」
嘘である。こうやって体重をかけられると、さっきハグされた時以上にこう、ね? 感触がありありと……。
しかもちょっと頭を上げると、たわわわな谷間が見えてしまって、それどころか黒のレースな下着まで見えてしまったりするわけで……やばい、頭がくらくらする。
「ふーん。ま、これ以上アスクしないことにするよ。それでマイダーリンは、ワイフのことをリメンバーした?」
「……一旦、どけ」
「リメンバーするまでは嫌だもん」
ぷんすか、と頬を膨らませながら美少女は上体を起こす。
完全に見上げる状態。なんとか目を逸らすことで致命的な光景を見ることは避けるが、それでも想像してしまう。
あれだけ感触が素晴らしいってことは、当然サイズも……だよな?
そんなものをこのアングルで見るとか、それってもう……。
「んゆ? なんか硬いものが……」
「硬くないからとっとどけ――ッ!」
「う、うう分かったヨ……って、あれ? 雪斗? 雪斗くん??」
なんかもう、頭の中がパンクしてしまい、俺は呆気なく気絶した。
*
「雪斗くん大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だと思うよ。これはどこかをぶつけたってわけじゃなさそうだ」
「よかった……ごめんなさい。急には私がはしゃいじゃったせいで」
「そんなことないわよ。エリィちゃんだって、勇気出してくれたんでしょ? お母さんから色々聞いてるわ」
「うっ……恥ずかしいです」
ん……。
なんか、べらべらと話が聞こえる気がする。ぼやけてて何を言ってるかまでは分からないが、どうもエリィがいるらしい。
エリィか。
会えるかと思うと、胸が高鳴る。目をぱちぱちとさせて視界を鮮明にしながら起き上がると、そっと背中の辺りに手が差し込まれた。
「へ、へい雪斗? ハウアーユー?」
「…………まぁ、大丈夫だけど」
声が本気で心配してくれてる感じではあったので、素直に答える。
実際、かなり落ち着いている。少なくともさっきのパニック状態からは回復したはずだ。
「でも、色んな意味で大丈夫じゃないんだけど。父さん、俺を介抱するのはとりあえずいいから事情を説明してくんない?」
「む……まぁ確かにその必要はあるね。分かった。とりあえず、夕食を食べながら話すとしようか」
色々と文句は言いたいが、鼻孔をくすぐるいい匂いによってその気持ちは削がれた。
父さんに言われるがままに食卓につく。
我が家は三人家族だ。父さんと母さんが向き合って座り、俺は父さんの隣で空気と向かい合って座るのが常。
だが――今日は、そこにも食器が置かれ、椅子も用意されていた。
疑問に思う間もなく、その席にはさっきの美少女が座る。
「んー、そんなにアタシを見てどーしたノ? さては見惚れた?」
「……別に、なんでもねぇよ」
見惚れたか、と聞かれればそりゃ見惚れたさ。
金髪ポニーテールに碧眼、そんでもって陶器みたいな白くてつややかな肌。右目下にある小さな居残り星みたいなほくろといい、どれも俺の性癖ど真ん中。見惚れないわけがない。
それでも、口にするのは癪だった。
「二人はやっぱり仲がいいみたいだ。それじゃあ、食べよう」
「別にそんなんじゃねぇよ」と言う代わりに、「いただきます」と言った。そして、母さんが作ってくれたであろう和風ハンバーグに手を付ける。
「んー! 流石は雪斗のマム! すっごくデリシャス!」
「あら、ありがとうエリィちゃん。こうして食べてもらえることができて、私も嬉しいわ」
「えへへー! イエーイ」
目の前の少女は、ほどけた笑みを浮かべながら母さんにピースサインをした。
いや、そりゃ美味いけどさ。
はむはむはむ。
しばらく箸を進めていると、父さんが「そろそろ本題に入ろうかな」と言い出した。
「そうだな。早く説明してくれ。全然よく分かんねぇんだよ」
「分かった分かった。まずは何から説明したものか……雪斗には、この春休みに隣の部屋を掃除してもらったよね? それは憶えてる?」
「え? ああ、当たり前じゃん。昨日やっと終わったんだし」
俺の隣の部屋は、これまで物置のような扱いをされていた。でも父さんが急に「掃除してほしい。したらバイト代をあげる」と言ってきたので、春休みを費やして、わざわざ片付けをしたのだ。
「それがどう関係するわけ? 話が見えないんだけど」
「端的に言うと、雪斗に掃除してもらった部屋にエリィちゃんが住むことになったんだよ」
「……は?」
「ちょっとー! そのリアクションは傷つくヨ」
「今は黙っとけ。頭の中を整理してるから」
頭が、全力で今の父さんの言葉を拒絶している。
それでもゆっくりと、大根おろしとひき肉を噛みながら言葉を咀嚼した。
そして――
「父さんはおかしなことを言ってるな。エリィは今、アメリカのはずだろ?」
「バックしてきたの!!!」
「お前には聞いてないって。俺が言ってるのは、俺と再会の約束をしたエリィ」
「アタシだってば! マイネームイズ、柊エリィ!」
「……っ」
「その嫌そうなフェイスは傷つく!」
知ったことか。それよりも、俺の心の方が何千倍も傷ついている。
さっきからちょいちょい言われて、察してて、それでも脳が絶対に拒絶していたこと。それをこうしてまざまざと突きつけられてしまい、うっかり気絶しそうになる。
だが――ああ、そうだ。
確かに目の前の少女は、外見だけでいえばエリィそのものだ。声も、声変わりしているしトーンが全然違うけれど、質みたいなものは変わっていない。
エリィだ。紛れもなく、俺の友達。
「いや、でもおかしくね? どう考えても口調がエリィじゃないだろ」
「アメリカンなライフを送ってきたからしょうがないの!」
「はぁ? つまりなんだ。あんだけ内気だったエリィがアメリカかぶれしたってのか」
「そ、そそそうだもん! あっちにいる間の方が長いんだからかぶれちゃうに決まってるじゃん」
「ん……?」
今、一切かぶれてなかった気がするんだが。
じっと見つめてみると、エリィ(と思わしき少女)は「あっ」と小さく漏らして手をわちゃわちゃとさせる。
「い、いいから! マイダーリンのくせして、いちいちコンプレインしないで。ジェントルにアタシのことを受け入れてヨ!」
「……こほん」
ちょっと焦った感じが可愛かったとか一ピコメートルたりとも思っていないので、話を元に戻す。
「もういい。こいつがエリィだってことは認める。でも、泊まるってどういうことだよ」
「いいや、『泊まる』じゃない。『住む』だ」
「…………意味分からん」
お手上げだ、と肩を竦めて意思表示した。
父さんはどこか嬉しそうにしながら、説明してくれる。
「エリィちゃんはどうやら、日本の高校に通うことにしたらしいんだよ。将来的には日本で暮らすつもりだから、それならこちらで過ごした方が何かと都合がいいってことでね」
「それはまぁ、分からなくはない」
「ただ、エリィちゃんのお父さんとお母さんはまだ帰ってこれないそうなんだ。その話を聞き、じゃあエリィちゃんをうちで泊めようという話になった」
「何その急展開」
破天荒な少女漫画くらいクレイジーなんだが。クレイジーすぎてジャーニーになるレベル。「ユー、やっちゃいなよ!」と俺を応援してくれる誰かはいないものだろうか。
見渡すけど、誰もいないみたいだ。残念無念、孤立無援。
「急というわけではないさ。父さんたちは、前々からエリィちゃんのお父さんやお母さんと連絡を取っていたんだよ。時々はテレビ電話なんかもしたりしてね」
「マジで初耳なんだけど!? 俺にもやらせてくれてよくなかった!?」
「それは……諸事情があってできなかったのさ」
言いながら、父さんの視線がエリィ(認めたくない)の方へ向く。
何故に……?
まぁ聞くほど興味があることでもないのでスルーするが。
「色々文句は言いたいけど……まぁ、理解はした」
「えへへー。流石マイダーリン、話が分っかる~」
「…………」
このうざ絡みやばいな。
父さんと母さんに同意を求めるが、返ってくるのは微笑ましそうな視線だけ。くすぐったくて堪らないので、俺はハンバーグに集中することにした。
大根おろしがたっぷり載った和風ハンバーグ。
アメリカンな絡みをしてくるのなら、これにこそ「ジャパンのハンバーグ!」的なことを言うものじゃなかろうか?
どうも、アメリカかぶれの考えは俺には理解できない。
その後も絡んでくるエリィをひょいひょい躱しつつ、俺は食事を終えた。
*
食事を終え、風呂に入るとすっかり夜は老けてしまった。
ちっぽけに窓の外で浮かぶ月をベッドから力なく眺める。既に部屋の電気は消して毛布に潜り込んでいるので、いつでも眠ることができる。
今日はなんだか、凄く疲れた。
エリィに会えたのは、物凄く嬉しい。俺の好みど真ん中な容姿に育っていて、正直、直視するのは恥ずかしすぎるくらいだ。
ただそれ以上に、シャイで口数が少なかったあの子があそこまでアメリカかぶれしたうざい女の子になるとは思っていなかった。
それが嫌かと言えば――判断に困る。
ああいうノリはうざいけど、間違いではないはずだ。いわゆるムードメイカー。とびぬけた明るさは、きっと太陽みたいに周囲を惹きつけることだろう。
それでも、思ってしまうんだ。
アメリカと日本の文化の違い。人との距離だって違うし、ノリも、関係性自体が違うかもしれない。日本のことしか知らない俺には、変わってしまったエリィの姿は複雑すぎた、
「美化された夢を押し付けちゃ、ダメだよな」
何度も、何度もエリィとの日々を夢に見てきた。
口数が少なく、一人では何もできなそうな弱いあの子の手を俺が引いてあげる。そんな、俺にとびきり都合がいい幻想だ。
エリィだって性格が変わる。俺があの頃よりも幾分かぼっちの傾向が強くなったように、エリィだって明るくなるだろう。
それなのに悲しむなんて、身勝手で独善的で――。
――きぃぃぃ。
小さな音が聞こえた。
扉が開き、誰かが入ってくる音。慎重に、なるべく音を立てないようにと意識されているのが分かった。
だから俺が息を潜めなきゃいけないかと言えば、そうじゃない。それなのに、俺は咄嗟に寝たふりをした。
「雪斗、もうスリープしてる~?」
エリィだった。
「出ていけ」という一言が喉から零れそうになる。けれども、
「……よかった。寝てる」
とエリィが呟いたことで、言葉は逆流した。
紛れもない。昔のエリィだ。声のトーンも、喋り方も、俺の夢の中で唯一美化される必要すらなく絵画的に、ノスタルジックに存在しているエリィそのものだった。
意識した瞬間、声が出なくなった。言えない。ばっくん、ばっくん、うるさいくらいに心臓が暴れてる。顔も、体もダメになりそうなくらいに熱い。
――好きすぎて、頭がパンクしそうだ。
そんなことお構いなしに、エリィはゆっくり近づいてくる。そしてベッドの近くにしゃがみこんだ。
「……やっぱり、すっごくかっこいい。好き」
――ッ!
「好き。好き好き好き。もう、それしか言えなくなっちゃいそう」
――ッッ⁉
なんだ、これ。眩暈がする。耳が溶けてしまいそうなのに、なおもエリィは囁くのをやめてはくれない。
「……ごめんね、雪斗くん。本当の私を見せてあげられなくて。でも、今は好きすぎて何も言えなくなっちゃうから、許してほしいな」
どういうことだ?
本当の私ってのは……多分、昔みたいな喋り方のエリィのことだろう。となると、それを見せてないっていうのはつまり――あのアメリカかぶれな喋り方は演技だってこと……?
「……いつか、前みたいに話せるようになったら。その時でいいから、また好きになってほしいな…………なんて、言っても意味ないか」
自嘲気味に話すのを聞いて、頭の奥が痺れるような感覚に陥った。
そんな俺の耳元に、エリィの口が近づく。
運命を編むような丁寧さで、エリィはそっと、囁く。
「お、おやすみなさい。だ、だーり……だんな、さま」
……。
…………。
うがぁぁぁぁぁぁぁ!
無茶苦茶抱きしめたい。でも、照れと羞恥と嬉しさが綯い交ぜになったせいで体が動いてくれない。叫ぶことはもちろん、悶えることすらできないほどにヤバい。
とた、とたとたとた。
俺の葛藤を知らぬエリィは、急ぎ早と部屋を出ていった。その足音一つ一つすら、あまりにも尊く思えるのだから俺の婚約者はマジヤバい。
誰もいなくなった真っ暗な部屋。
見覚えしかない天井と、すかした顔の夜空を見ながら……俺は絞りだすように呟いた。
「明日から、どんな顔して会えばいいんだよ……」
アメリカかぶれに逃げることができない俺は、人生で初めて、心の底から留学したいと思った。
再会したらお嫁さんにすると誓ったシャイな美少女が帰国したんだが、がっつりアメリカかぶれしている上にうざ絡みしてきて困る。 兎夢 @tomu_USA
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