さいごのひとは

あめはしつつじ

掃除をしましょう

 曇り空のせいか、今日はやけに冷える。

 街路樹に落葉樹を植えるのは、やめにしたらいいのに。

 一人、病院前大通りを掃除して思う。

 熊手で大きく集めて、袋に。

 硬い竹箒で集めて、袋に。

 長柄の柔らかい箒で集めて、袋に。

 袋が積まれてきたら、手押し車に乗せて、病院の焼却炉に行って、燃やす。

 帰ってくると、落ち葉が、また、落ちている。

 木の葉は限りなく、落ちてくる物だと思った。

 それでも、掃除をしなくてはならない。なにせ、明日は雨だ。

 落ち葉の濡れた、嫌な感じ。

 僕は嫌いだ。

「落ち葉を踏んでくださらない?」

 振り向くと、車椅子のおばあさんがいた。

「あなた、掃除夫でしょ」

「ええまあ、見ての通り」

「この町で、たった一人の」

「ええ一人で、掃除しています」

「落ち葉を踏んでくださらない?」

 成り立っているのか、不安になる会話。けれど、おばあさんの言わんとすることは、まあ、分かる。

 しかし、仕事中なのだ、明日は雨が降るそうだし。

 雨、ああ、明日は雨なのか。そうすると、聞けないわけだ。少しくらいなら、いいだろうか、

「わかりました、踏みましょう」

「嬉しいわ」

 改めて、意識して、落ち葉を踏むとなると、気恥ずかしい。

 なかなか、抵抗がある。大きな一歩を踏み出すのは恥ずかしいので、右足を少し動かして、近くに吹いてきた落ち葉を踏む。

 乾いた音。

 今度は左足で、大きく一歩を、

 木の葉の弾ける音。

 おばあさんは、目をつむって、嬉しそうにしている。

 それから、いくつか、落ち葉を踏んだ。

 だんだんと楽しくなり、両足で踏み切って踏んだり、駆けるようにしてふんだり。

 おばあさんが喜ぶかと思って、掃いて集めておいた落ち葉の中へ足を突っ込むようにして、音を出すと。

「その音は好きじゃないわ」

 僕もそう思った。音がやわらかすぎる。

 周りに、破れた落ち葉ばかりになったら、車椅子を押して、次の木の下へ行って、また踏んだ。

 何回か、僕は、小さな興奮で数え忘れたが、踏んだ後、

「ありがとう、もういいわ」

「いや、楽しいもんですね」

 僕はしまった、と思ったが、そのことには触れずに、

 「あなたの手、真っ赤ね」

 おばあさんは、自分の首に巻いていたマフラーをとり、僕の手をつつむ。マフラーと首の間から、落ち葉が数枚こぼれた。

「あなたの手。太った、楓みたいね」

 僕は母を思い出した。




 冷たい雨が降る中、

 病院前大通りを自動清掃車が通る。

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