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クエドは、彼女の素顔やアザの事を知っていた。人身売買の車から逃げ出した時、彼女は自身に関する記憶を失っていたが、着ていた服を見て、彼女が裕福な家庭の娘だと感じていたという。クエド自身は、ぼろぼろの布切れのような服しか着たことがない孤児だったが、彼女の姿を見る限り、彼女には恐らくちゃんとした家があって、両親がいて、人攫いに遭ってしまったのだろうと。それを、逃げるためと生きるためと言いながら、自分が犯罪の道に連れてきてしまった。もしかしたら奇跡的に、奴隷などではなく、人として扱ってくれる大人と出会う事も彼女なら出来たのかもしれないと、クエドは後悔していた。セナはクエドから、そんな思いを聞いていたという。


クエドは組織の中で仕事をこなしながら、彼女の過去を人知れず探っていた。裏の世界にいれば表に出ない情報も得やすいし、金さえあれば、横の繋がりでこっそりと情報を貰うことも出来た。

その中でクエドは、柳路陰りゅうじいん家の死の真相、それが郷市ごいち家の依頼による自分の属する組織が絡んだものであったこと、表向きは柳路陰家の一人娘は死んだことになっているが、遺体がまだ見つかっていないことを知ったという。


組織の犯罪歴をいちいち聞くこともない、下手に首を突っ込んだら何に利用されるか分からないからだ。

だが、この時ばかりは、知ろうとしなかったのを、クエドは後悔したという。


まさかという思いを胸に、クエドは郷市の家に向かった。仕事の為もあるが、この家に何か彼女と結びつくものがあるのではないか、そう思っていたら、セナの部屋であの写真を見つけたという。


そして、クエドはセナから、彼女の過去を聞いた。

家族仲が良く、とても愛されていたこと。いつも朗らかに笑う彼女は、街の人達からも愛されていたこと。よく食べ、よく遊び、よく笑う。セナも彼女に手を引かれ、よく一緒に遊んでいたこと。


記憶を失う経緯までは分からないが、両親は彼女だけでも助けようとしたのかもしれない。炎からどうにか逃げ出した彼女は、組織の人間には見つからずに家を離れたのだろう、その先で、人身売買を生業とする者達の車に拾われたのかもしれない。彼らが組織と関わりのない業者だというのは、クエドは組織に入ってすぐに分かったという。クエドもそういった現場についたことがあったが、あんな風に子供達を無防備に扱う者達はいなかった。

それに、あの火事の現場で、彼女がもし組織の人間に見つかっていたら、そのまま両親の元に連れていかれるか、でなければ、その時点で組織に何らかの形で利用されていただろうと。




「だからこそ、クエドはずっと後悔していました。自分達は好運にも逃げられたのに、結局、人の道から外させてしまったと」


セナの言葉に、彼女は頭を振った。セナの言葉の向こうにクエドの姿が見えて、胸が苦しくなる。

クエドのお陰で、今こうして自分の過去を知ることが出来た。セナと出会え、両親に愛されていた面影を知った。もし、クエドについて行かなかったらどうなっていたか、奇跡は早々に起こらない、今、こんな風に生きていないかもしれない、過去を知ることもなかったかもしれない。


彼女は、ぎゅっと手を握りしめた。


見向きもしなかった、諦めて捨てた筈だったのに、心は変わらずここにあったのかと思い知る。クエドを思い、恋しいなんて、そんな風に思うことがまだあるとは、思わなかった。


俯いた彼女の姿に、セナは僅かに狼狽えたようだったが、その手を伸ばすことも、彼女の心に寄り添うように声を掛けることもなく。視線をやや伏せると、その先へ話を続けた。


「クエドが郷市の家に現れたのは、あなた達の組織の標的にされたからです。最初は良くても、後から邪魔になったんでしょう。柳路陰と同じように家は燃え、郷市の人々は柳路陰と同じような末路を辿りました。僕は、クエドに言われるまま家を出ていたので無事でしたが」

「…クエドがあなたを助けたの?あなたは、その…」


彼女は思わず言い淀み、言葉を切った。どんな風に声を掛ければいいのか分からなかった。セナは助かっても、家族は組織によって失ってしまった。悪事を働いても家族は家族だ。

だが、彼女の心配をよそに、セナは彼女に涙がなかった事に、ほっとしていたようだった。


「クエドとは、その時にはお互いに信用が生まれてましたから。あなたのお陰です、あなたの存在がなければ、クエドは僕なんか助けようと思わなかったでしょうし、僕も犯罪者の友人を持つとは思いませんでしたけど」


そう冗談めかして言うセナに、彼女も僅かに肩の強ばりを解いた。


「それに、薄情かもしれませんが、僕は元々、郷市の家族から疎外されていたんです。郷市の養子となって二年が過ぎた頃、郷市の家には実子が生まれましたし、形だけ家族を装っていただけで、僕はよその子供でしたよ。だから、あなた達に罪を被せて命まで奪ったと知り、僕は許せない気持ちの方が大きかった。あなた達は、僕を家族のように接してくれましたから」


セナは懐かしむように表情を緩め、それから過去から顔を上げ、話を続けた。


「それに、いないも同然の養子の子供が一人生き残った位で、組織の驚異とはならないでしょうし…もしかしたら、クエドが上手いこと導いてくれたのかもしれません。

あなたを忘れていなかった僕を、クエドは信用してくれたのかもしれません。だから、今こうして僕がいるのは、あなたのお陰なんですよ」


だから、そう言葉を切ると、セナは思い至った様子で居ずまいを正し、再び彼女をまっすぐと見つめた。


「…言っていたんです、いつかあなたを連れてくるって。もし自分が出来なかったら、その時は僕に託すと」


託す。その言葉に、彼女はきょとんとして暫し固まった。



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