第55話

「おい、ショコラ。きゅん、きゅん、きゅぴーん、だったな?」

「う、うん。」

「やったろうじゃねえか。俺だって、いっぱしの魔法少年だ。」


 確か、孫はこうやっていたな。俺は両手をすっと正面に構えた。パンっと柏手を打つ。よし、いい音だ。パン、パン、パーン。おっ、結構良い線いってるんじゃねえか、俺?パパンの、パン。パパンの、パン。俺はこう見えて、リズム感はある方なんだ。孫と一緒に音ゲーとかいうテレビゲームをやったって、そう簡単には負けない。


 パパンの、パン、パパンのパン。


「ン月がぁぁ、出た出えたあ、月がぁぁあ出たああ、あヨイヨイ。」


おっと思わず歌が出ちまった。それはともかく、ちっとも魔法の杖は出てこないから、やめるにやめられない。俺は盆踊りのような身振り手振りを繰り返しながら、巨人に近寄っていく。おいおい、いったいいつになったら道具が出てくるんだ、これ。


「あんまぁりい、煙突があ、高いぃのでぇぇぇ。」


って、高いのはあいつの頭の方だよ。煙突より高えよ、煙も上がってるよ。土煙だが。


 ふと気づけば、巨人がこっちを見ている。アエスとガチンコしていたところに間の抜けた俺の歌が聞こえて、思わず気を取られたってところだろう。今のうちに逃げるなり何なりしてほしいところだが、プラとアエスもこっちを呆然と眺めていやがる。とりあえず二人とも無事だってのは分かったが、俺はどうすりゃいいんだ。いくらジジイでも、この場で盆踊りを続けるのは非常に気まずい。さっき俺に滾っていた、力道山の魂はどこに消えたんだ。魔法の武器は、まだか。


「おじいちゃん、何やってるの?」


 孫よ。戦場において冷静さを失わない姿勢は褒めてやる。だが、祖父にツッコむのはやめてくれ。


「さあぞやぁ、おっ月さあんも、けむたあぁかろ、サノヨイヨイ。」


すちゃらか、ちゃんちゃか、すちゃらかちゃん。想定と違う音まで聞こえてきそうだ。


 俺は踊りながら頭上を見上げた。孫の場合は、上の方に杖が出現したのだが。杖は無く、光もなく、むしろ空は暗く夜のとばりが降りている。逆効果かよ。


 いや、待て。夜だと?このまがい物の世界は、いつ来ても日本晴れの真昼間だった。天体で季節や時間の経過を感じたことは無い。ついさっきショコラと話していた時だって、明るかった。それが、今はどうだ。完全に、夜になっている。だが、辺りは暗闇に包まれてはいない。頭の上に、でっかくてまんまるい立派なお月様が出て、白々と照らしつけているのだ。


 まさか、本当に月が出たってか。サノヨイヨイ。


 巨人は月光の下、塑像のように動きを止めている。てっきり、俺がアホ踊りをしているからあっけに取られているもんだとばかり思っていたが、違うのか。月光の力か。魔法のステッキは出せなかったが、月は出せたわけだ。

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