第3話
俺はそんな物思いにふけりながら、玄関に向かった。イヌと俺の散歩に出掛けるのだ。サラリーマンとして定年まで会社に勤め、その後も数年はOBとして勤め、それも終えた今、俺には朝食後の散歩くらいしか日課が無い。
「おうい、行くぞ。」
家の奥に声をかけると、よぼよぼとイヌが姿を見せる。毛につやが無い上にところどころ禿げ、歩幅は小さくなり、目は白内障で濁っている。俺とどっこいか、俺より数歩先に老いの階段を駆け下りている最中の年寄りイヌだ。俺はこいつよりは先に死んではならない、と思っている。俺が先にいなくなったら、こいつの引き取り先は保健所と致死濃度の二酸化炭素しかない。
そもそもこいつは、孫娘がどこかで拾ったかもらったか、タダで手に入れた雑種の小汚い仔イヌだった。散歩やら下の世話やらが面倒で孫はすぐに飽き、その父母は朝から晩まで仕事でイヌの相手をする余裕がなく、問答無用で俺に押し付けられた。どことなく柴犬っぽいが、尾は垂れているし、耳は丸っこいし、ワンとも言わなきゃお手もしない。幼い孫が飽きるのも分からんでもない奴だ。それでも、最期まで面倒を見るのが飼い主の責務。それくらいは俺にも自覚がある。
俺はイヌの首輪に紐を付けて、外に出た。何だかんだで、こいつとの散歩で俺の健康が保たれている。今のところ杖を使うことなく歩けるし、階段も上り下りできる。さすがに黒い毛のフサフサした男たちには追い付けないが、同年代の男が10人いたら歩行速度は上位3位以内に食い込めるんじゃなかろうか。
ところが、この慢心がまずかった。俺は何ということもない、何の段差もない場所でうっかり躓いた。ジジイが転ぶと、咄嗟に手が出ない。受け身も取れない。全身全霊で地面にぶち当たることになる。だから、顔面血まみれになったり、大腿骨を折ったり、若い頃には思いもよらない大怪我になる。ああ、まずいまずい、やばいやばい。そう思う隙はあるのに、なぜ体は動かないのか。動け、俺の体。くそ、俺がプリキュアならば、この程度の転倒は何ということもないのに。
「力が欲しいかい?」
不意にどこかから声が聞こえた。愛くるしくて耳によく通る高い声だ。いわゆるアニメ声というやつだろう。
「力が欲しいならくれてやるよ。」
アニメ声のくせに、言っている内容が三文悪役のようだ。
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