二章 転生の剣と春の若葉

第11話 金の小鍵

 ゼネスは、神殿の掃除を行いつつ剣の捜索を行った。川の中の捜索は三匹の毛玉達が手伝ってくれたが、見つからなかった。

 睡蓮の泉も怪しいが、地上の調査が終わり、許しが出るまでは行かない方が身のためだ。

 館へ戻り、一旦休んだのちに保管庫へ向かおう。ゼネスは首飾りを手で握り、目を閉じると館の客室を頭の中で想像する。

 一瞬、首飾りが熱く感じた。

 火傷をする程の熱ではないが、不思議に思い目を開けると、そこは館の客室であった。

 ゼネスは驚きつつ、ベッドを確かめると、覚えのある柔らかな感触と清潔な香りがした。


「あっ……ただいま」


 戻って来たのを察知してか、亡霊達が入って来た。亡霊達は頭を下げると、ゼネスの掃除道具を片付け、羽織っているローブを脱がせにかかる。


「汚れはついたままの方が、苦園の番人らしく見えると思う。だから、洗わないでくれ」


 ある亡霊は頷き、またある亡霊は首を振り、と思わぬ形で個性を目の辺りにする。


「そ、それなら、何枚か用意してもらえないだろうか? これから、層ごとに入念に調べようと考えているんだ。その層に合わせた清潔さで、歩き回りたい」


 ゼネスがそう言うと、亡霊達は一同納得してくれた。

 その後、ゼネスは温泉に入り汚れを落とし、寝間着へと着替え、寝台へと横になった。

 冥界の館は、とても静かだ。著名な音楽家の亡霊が働いていると聞いていたが、演奏は聞こえては来ない。

 疲れている筈が目の冴えているゼネスは、金の鍵を見つめる。

 鍵は天井から吊るされた灯りに反射し、キラキラと輝きを放っている。

 首飾りとは違い、わざわざシャルシュリアの手から渡された品。保管庫にはエーデ川から流れ着いた死体から剝がされた遺品や、戦争や天災によって崩落した地上の建物の品々が収められている。宝物庫と呼んでも差支えが無い。そこへ入る事を許されたとなれば、より一層の責任が伴ってくる。

 これは、シャルシュリアの信頼の証だ。


「……」


 ゼネスは、あのひと時を思い出し、嬉しさからほんのりと頬を赤らめる。

 何をやるにも、偉大なる両親の名がついて回り、どんなに頑張っても〈ゼネス〉としての評価は二の次であった。剣も、弓矢も、狩りも、音楽も、詩も、努力を重ねて返ってくる言葉は、両親、特に外見は父である太陽神によく似ている事から、生き写しだと褒められるばかり。

神と相対する時は其れが有利に働くが、同時に虚しくもなる。

 多くを与えられ、恵まれ、神として人の上に立つ存在であると自覚がある。だが〈ゼネス〉であれた時間は、あまりにも少なく、操り人形の様だった。

 認めてもらえないのであれば、何もしなければ良い。そんな簡単な話ではなく、多くを与え、庇護してくれた両親の顔に泥を塗らない為に、清く、正しくあらねばならない。


〈真面目だな〉


 シャルシュリアはたった一言述べた。ゼネスが、真面目に掃除を行っていると認めた。

 あの金の瞳は〈ゼネス〉を見てくれている。

 冥界に落とされるなんて未曽有みぞうの事態であるが、それだけで来てよかったと思えてしまう。

 自分が、こんなにも単純な性格だったなんて。

 自分自身に苦笑しつつ、ゼネスは緩やかに眠りに落ちて行った。

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