第5話 苦園への大階段

 冥界にも時間の流れはあるが、地上とは違いその経過を気温や肉眼で確認するのは困難だ。ゼネスは目を覚ますと、ベッドの傍らに亡霊が待機していた。


「掃除係になるって言ったのに、眠ってしまって悪かったな」


 どれくらい眠っていたのか分からず謝罪をすると、亡霊は首を振った。

 危機迫っているわけではないし、言われても困るよな。

 そう1人納得するゼネスは、ベッドを出て軽く伸びをした。冥界と地上では環境が違い、身体に支障が出ると思ったが特に何も無く健康そのもの。これなら掃除をしつつ、第一層から第三層まで動き回れそうだ。


「直ぐにでも行動したい。冥王陛下は、掃除道具を俺に支給してくれただろうか?」


 亡霊は頷き、壁に立てかけられている箒と柄の長いブラシ、ちり取りの入ったバケツの横へと移動する。そして、掃除係の衣装となる黒いローブと髪の毛を覆う布を別の亡霊が持って来た。小麦色の火の粉舞う髪は、太陽神アギスの直系であると直ぐに見抜かれてしまう。いざという時ローブだけでは心もとないと思っていたゼネスは安堵した。

 道具も衣装も真新しいものではなく、古ぼけたものをあえて選んでいる。これならば、長年細々と掃除をしている冥界の関係者を演じられるはずだ。


「ありがとう。そうだ。剣を見つかった際や、休憩の為にここへ戻る際は、どうすればいいんだ?」


 最初にいた亡霊がゼネスに近寄り、手を差し出した。同じように手を差し出すと、亡霊はゼネスの掌に金色の首飾りを乗せた。鎖だけの簡素かんそなものだが、仄かにシャルシュリアの権能の力を感じる。


「使い方は?」


 亡霊は両手を握り、祈る仕草をする。


「念じれば良いんだな。わかったよ」


 ゼネスは用意を済ませ、さっそく亡霊の案内の元で第三層へ向かう。

 第三層へ行くには、玉座の間を抜けた先の大階段を登らなければならない。ちらりと扉の開け放たれた玉座の間を見たゼネスだが、そこにはシャルシュリアはいなかった。


「道案内をありがとう。それじゃ、行ってくる」


 亡霊に手を振り、ゼネスは石作りの大階段を登っていく。

 第三層ダスアエリスは、冥界の館よりも薄暗い。風化し、血の汚れが至る所に付着する石の壁と床。竜や鷲を模した石像からは毒矢が、地面から槍が飛び出す罠が至る所に設置されている。水路には黄緑に発光する水が流れ、壁付けの燭台の蝋燭ろうそくは火によって原型が無い程に溶けている。

 層は同じでも、罪の重さに多少違いがあり、収容される〈部屋〉はそれぞれ違っている。罠や拷問ごうもんの部屋、全てが燃え盛る業火の部屋、魔獣との相部屋。館にいる亡霊と違い、ここにいる囚人達はあえて受肉させられ、腕を捥がれようと、目を抉られ様と、原形が無くなる程に切り刻まれようと、何度も再生を繰り返し苦痛の海を彷徨さまよっている。可哀想に思えてしまうが、彼等はそれ相応の罪を犯した者達だ。同情の余地なんてありはしない。

 ゼネスは変装と金の首飾りの効果もあり、部屋の影響を受けず、囚人達からは気にも留められていない。山羊や竜の骸骨の仮面を被る番人達と魔獣は、彼を一度認識した後は、一定の距離感を保っている。

 まずゼネスは剣を探しつつ、床に散らばる肉片や骨、積もった灰を箒で掃き、捨て場が無いのでまとめて業火の中に投げ込む。こびり付いてしまっている何かは、ブラシで擦り取る。水路にもいくつか肉片や骨が落ちていたので、それも箒を使ってかき集める。

 地上では狩りを行い、解体も自ら行っていた。時に、肉食獣が食べた後の残骸を見る事もあった。なので、血肉や骨を見る事にゼネスに抵抗はなかった。

 すぐに汚れるので徹底的に綺麗にはせず、罠がちゃんと起動するように、番人達が歩き易い程度にと思いながら、ゼネスは部屋と部屋を渡り歩きながら掃除を行った。


「ここは……?」


 次の部屋へはいると、そこは広間だった。

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