部長ってすごい

@tetrahashi

第1話

 俺のいるオフィスは、こんな朝からざわざわ騒がしい。

 原因は、今も続いてるシステム障害。うちのSEが何かやらかしたとかやらかさなかったとか……。

 不安な気持ちでいると、颯爽と部長が出勤してきた。


「待たせたな。状況はどうだ?」

「メールでお送りした通りです。先方の担当者さんはおろおろした様子で、とにかく会いに来いの一点張りで……」

「みんな、手を止めて聞け!」


 ざわざわした不安の声で染まっていた部内が、一瞬で静かになる。

 やっぱり、部長ってすごい。


「桜木と小倉は問題個所の特定を急げ。おそらく先週更新パッチを適用したあたりが原因だと思う。そのあたりを重点的に」

「「はい!」」 

「都賀は応急処置としてシステムの一部機能だけを使用可能にして、インスタンスを復旧してくれ。データベースの読み取りだけでも現状なら十分だろう」

「承知しました」

「俺は作草部と二人で先方に謝罪するとともに、今後の対処の優先順位について話をまとめてくる。それ以外は通常業務。何かあったら連絡しろ。行くぞ、作草部」

「は、はい!」


 まだ入社一年目でペーペーの俺が、部長と二人で仕事なんて、大役を仰せつかったみたいで緊張するなぁ……。

 い、いや逆か。部長がいるんだから、俺は邪魔しないようにサポートできれば十分なはず。

 むしろ部長の手腕を間近で見て、スキルアップする絶好のチャンスじゃないか!


「そ、その、よろしくお願いします。部長!」

「あぁ、よろしくな」


 部長は俺より6、7歳は年上だったはずだ。ってことはまだ30あたりのはずなんだけど……もっと年上のような貫禄に満ちたオーラがある。

 実際、他部署の部長クラスが50代だらけなのに対して、異例のスピードで昇進してうちの部署の部長になったらしい。

 でもそれもこの人を見てると納得できる。何しろとんでもなく仕事ができる。

 中途半端や手抜きはしないし、今日だって休日のはずなのにこうしてトラブル対応に出社してくれる熱の入りよう。

 ちゃんと能力のある人が昇進できてるんだって考えると、うちの上層部もなかなか見る目があると思う。


「先方に向かう前に打ち合わせをする。作草部、指示しておいた資料は集めてあるな?」

「はっ、はい!」

「良し」


 人を寄せ付けないような威圧感に加えて厳格なしゃべり方をするから、最初は怖い人なんだと思ってたけど……そうではないことに気づいた。

 言葉選びは硬くてこっちが委縮しちゃうところもあるけど、本当に周りをよく見ているし、理不尽に怒ったりするところは見たことがない。

 まぁその分、怒るのは100%こっちに非があるときだから、めちゃくちゃ怖えーんだけど……。

 とにかく、人格、能力申し分なしの、理想の上司だと俺は思ってる。


「部長、どうぞ」

「あぁ」


 予約しておいた小会議室に入り、簡素な事務椅子に部長と机をはさんで座り、用意した資料を広げる。

 昨日深夜に起きたシステム障害。原因は、うちの会社が担当した部分のプログラムらしい。


「……ふむ。しかし、いざこうして問題が発生すると、先送りにしていた実装面の懸念点が一気に表面化してしまうな」

「た、大変ですよね」

「あぁ、そうだ。できれば全ての懸念点を納得いくまで吟味しておきたいが、そうもいかない。先方は当然、問題の早期解決を望んでいる」

「な、なるほど」

「つまり、問題の優先順位を付けることが……ぜっ……必要に、なってくるわけだ」

「はい!」


 俺は内ポケットに入れておいた手帳を取り出して簡潔にメモを取る。

 ためになりそうな事はなんでもメモにとっておけと、部長から言われてる。


「だから、つまり……そう、ここで言う、コンシューマ……じゃない、カスタマーの要望を、把握して……把握したうえで、把あ……定義、することが大事なのだ……」

「……は、はい」


 あれ?

 なんか部長、様子が変じゃないか?


「ふぅ……で、あー……どこまで話したかな」

「あ、あの、部長、お疲れなんですか?」


 部長はここ五日ほど、貯まってた有給休暇を消化していた。

 今日も休みのはずだったとはいえ……それとも、体調でも悪いのだろうか。


「大丈夫だ……作草部、すまないが何か飲み物を買ってきてくれないか」

「あっ……じゃあ、これ、まだ開けてないんで、どうぞ!」


 俺は自分用に買っておいたペットボトルのお茶を差し出す。


「あぁ……すまないな」


 そう言って、部長がペットボトルに手を伸ばす。

 手を伸ばす……が。

 部長のさまよう指先が、ふらふらとペットボトルを何度もかすめる。


「ぶ、部長? 本当に大丈夫ですか!?」


 俺は流石に心配になって、机を回って部長のそばに近寄る。

 すると……なんだか、甘ったるいにおいがした。


「……え、これ、お酒の匂い?」


 部長はしばらく何も言わなかったが、軽くため息をつくと、ゆっくり話し始めた。


「今日も、休みのつもりでいたのでな。酒を飲んでしまっていてな……」

「そ、そうですよね。お休みのはずでしたもんね。仕方ありませんよ!」


 しかし、俺はもう一つの疑問をどうしても抑えきれなくて、つい呟いてしまった。


「でも、こんな朝っぱらから……?」


 それを言うと流石に部長もむっとした……ように見えて焦ったが、別に怒ることもなく話をつづけた。


「昨日は休みだったから、家に友達を呼んでいてな」

「あぁ、そうなんですか」


 えっ、えぇーーーーーっ!

 平静装って返したけど、友達いるの!?

 いや、別にいても良いんだけど、家に呼ぶんだ!?

 でもって、こんな酒の匂い残るまで飲むんだ!? えーっ、意外!


「今朝、徹夜明けにジャン負けでテキーラを飲もうとか言い出した奴がいてな。私も二回負けてしまったんだ」

「……ほぇー」


 なにそのバカな大学生みたいなノリ!

 部長そんなことすんの!?

 てかどんな友達なんだよ!? 部長にそんな事させるツワモノっていったいどんな奴だよ!?

 いや、むしろ部長はプライベートだとそうなのか!?

 あーヤバイ! 笑っちゃだめだ! 笑ったら絶対に失礼だ! それは流石にダメー!


「……ふぅ」

「どうした」

「いえ、今峠を超えました」


 爆発しそうな感情を何とか飲み込んだ。飲み込んだけど、ショックは全然消えてない。

 いや、でも、がっかりはしてないな、俺。

 そんな状況でもあれだけ周りに的確な指示を出せるんだから、やっぱり部長はすごいよ。

 いや、むしろ、話聞いてますます好感持てたかもしんない!

 やっぱり、部長ってすごい!


おわり

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