第32話 警察庁からの呼び出し

 警察庁からの呼び出しは、八張槐の一件の翌日には通知が来ていた。三日後の八月十三日、何も盆の入りに呼び出すこともないだろうと、呆れる。

 

(まぁ、季節の行事なんか考えていられる場合でもないのかな)


 キャリーケースは呪法担当部署が解析と解呪のために押収したと聞いていたが、一向に開く気配がないらしい。

 今回、直桜は解析要員として呼ばれたわけだが、帰り際に桜谷陽人の執務室に寄るように言付けられている。どちらかというと、陽人がメインなんだろうと思った。


「13課って、盆休みとかないの?」


 護が運転する車の中で、ぼやく。


「基本、ありませんね。盆の頃は霊や怨霊の動きが活発化して、それに伴い、妖怪も動きが派手になりますから、どちらかというと普段より忙しいでしょうか」


 きっぱり答えられて、納得しかない。

 溜息交じりに下げた視線の先に、何かのカードが見えた。

 ダッシュボードの上に載っていたのは、護の運転免許証だ。


「桜谷さんに会うのは、気が進みませんか?」

「まぁねぇ。槐と同じくらい、苦手なんだよね。あの二人、似てるから」


 免許証を手に取り、ぼんやり眺めながら答える。


「似ていますか? あまり感じませんが」


 仕事柄、護は陽人に会ったことがあるのだろう。副長官然とした桜谷陽人は恐らく、人受けの良い良識人なのだろうが。


「槐と陽人は歳が近くて幼馴染で、集落でもよく比べられてたってのも、あんだけど。なんつーか、俺に対する態度……執着が、似てるというか」


 執着からくる鬱陶しさが似ている。

 この感覚は直桜でないと理解できないのかもしれない。


「なるほど。少しだけ、わかった気がします。今日、よく観察しておきますね」


 護があまりに真面目に答えるので、余計に気持ちがげんなりした。

 ふと、免許証の誕生日欄に目が留まった。


「護、今日、誕生日なの?」


 直桜の手元をちらりと横目に見て、護が納得の息を漏らす。


「言われてみれば、そうですね。免許証、車に置きっぱなしにしていましたか。直桜、それ、持っていてもらえますか」


 誕生日を普通にスルーされそうになって、護の大腿に手を置いて前のめりになる。


「なんで教えてくれないワケ? つか、なんでスルーすんだよ」


 じっとりした視線を送る。

 ちらりと直桜を窺って、護がきょどった。


「え? 誕生日ですか? 別に教えなかった訳では。私も直桜の誕生日、知りませんし。そんなに大事ですか?」


 慌てぶりが本気で、直桜はシートに座り直した。


「俺は三月三十日で、まだ先だし。てか、あんまり祝う習慣とかないの?」

「そうですね。意識していませんでした。直桜は三月ですか。名前の通り桜の季節ですね」


 護が嬉しそうに微笑むので、怒るのも馬鹿らしくなった。


「帰りにさ、早く上がれたら、お祝いしよ。何か食べて帰るとか。欲しいものあったらプレゼントするけど、何かないの?」


 不服さが声に出てしまう。


(知ってたら準備したのに。聞かなかった俺も悪いけどさ。日頃からお世話になってるわけだから、こういう時くらいはお礼したいのに)


 運転しながら護が、考える顔をする。


「そうですね……。じゃぁ、直桜が欲しいです」

「え? 俺? もうあげてるよね」


 何を今更といった顔を向ける。

 護が艶っぽい目で笑んだ。


「もう少し詳しく言いましょうか。今夜、ベッドの上で直桜を好きにしていい権利がほしいです」


 世間話のように、あまりにも普通のトーンで流れてきた声に、ドキリとする。


「いいけどさ。そんなんで、いいの? てか、いつも好きにされてる気がすんだけど」


 思い出すとドキドキして、真面に顔が見られない。

 耳が熱い。声が震えそうになる。


「直桜が良いんです。まだまだ猫被っているので、本当の私も、そろそろ知ってほしいなと思いますし、良い機会かなと思ったので」

「あれで、猫被ってんだ……」


 思わず、呟いてしまった。

 車が信号で止まる。

 腕が伸びてきて、直桜の顎を摑まえた。

 強引に口付けられて、護の目が直桜を捉えた。


「直桜から言い出したのだから、今夜は覚悟してくださいね。寝かせませんよ」

「わかっ、た……」

 

 護があまりに嬉しそうなので、素直に頷いてしまった。

 

(とんでもない約束、しちゃったかも)


 後悔する一方で期待に高鳴る胸を抑えながら、護の免許証を握り締めた。

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