異界領域 対天

アベリアス

第一章 異界領域オンライン

第1話 異界領域オンライン

 異界領域オンライン。

 現実世界を模したMMO・アクションRPGだ。


 ストーリーは、ヨハネ黙示録にある、天の戦いをベースしている。

 大天使ミカエルを率いる忠誠天使。

 のちに堕天するルシファー率いる叛逆天使との戦いに、人類が巻き込まれるといった内容だ。

 プレイヤーは人類の1人の少年少女。

 最終目標は、大天使ミカエル、叛逆天使ルシファーを倒し、世界を救うこと――



 龍生に進められたけど、2年前ぐらいからサービスが始まってんだな。

 高校の同級生、雨宮龍生あまみやりゅうせいに、異界領域オンラインを進められた月代刹那つきしろせつなは、ダウンロードを開始する。


 まずは、開始時にパラメーターの割り振りがあるのか。

 属性もあるけど、読むの面倒くさいな……

 ダウンロード中に攻略サイトを開き、流し見していた。


 体力・HP(ヒットポイント)に影響

 霊力・MP(マジックポイント)に影響

 腕力・攻撃力に影響

 知力・霊撃力に影響

 速さ・攻撃速度に影響

 秘力・全パラメーターに影響 ※未実装


 現在の環境は霊撃ゲー。

 火力の出せる、火属性が有利。

 初心者は、霊力や知力が重視したほうがいい。

 それを知ってしまうと、逆を張りたくなるよな。

 刹那は魔法・遠距離系ではなく、戦士・近接系を選ぶと決めた。


 ダウンロードが終わり立ち上げると、美麗とは決して言えないグラフィックだが、オープニングのアニメーションは、やたらとぬるぬる動いた。


 マウスの左クリックを押すと、オープニングはスキップされ、ゲームスタートとオプションの表示がされる。


 まずはキャラクター作成か。

 性別、属性、パラメーターは初期値はオール8。

 そこにボーナスポイントを15ポイント割り振るんだな。

 最後は、キャラメイクにプレイヤー名ね。


 名前……<セツナ>

 性別……<男>

 属性……<風>

 LV……1

 HP……<128>

 MP……<50>

 体力……<8+2>

 霊力……<8+3>

 腕力……<8+2>

 知力……<8+2>

 速さ……<8+6>

 秘力……<8>


 キャラメイクを終え、『アルファ』サーバーを選択する。

 まずは、パートナーというキャラが表示され、キャラ作成時に決めた、属性が反映されているようだ。

 パートナーの名前はイフリーナ。

 風の精霊、金髪ロングのエルフ女性キャラだ。

 そして基本操作のチュートリアルに続き、戦闘チュートリアルに移行した。


<異界領域が発生しました。這い出る魔物を倒してください>


 忠誠天使と叛逆天使との戦いといっても、敵キャラは基本、コボルトやオークだよな。

 ここでは左クリック連打で連撃。長押しで溜め攻撃。魔法も同じ操作のようだ。

 剣や魔法の操作も一通り終え、ついに本編が始まった――



 一人の青年が墓標の前に立っていた。空は茜色に染まり、血の色をした高層雲が緩やかに流れている。


「もう次の戦いが始まろうとしてるんだな」


 朽ち果てた墓石の前で、青年は熾天使に語りかけた。


「……覚悟は決まったよ」


 熾天使は青年の肩を優しく触ると、静かに姿を消した。


「まったく、こんな現金な奴らが神や天使なんて呼ばれてるんだよな」


 青年が話していた熾天使が消えた瞬間、大天使を筆頭に、無数の天使が現れた。


 勘違いするなよ……

 青年は腰に携えた剣を抜き、静観に構える――



 もうこんな時間か……

 オープニングストーリーを見終えた刹那は、自由行動が出来る状態になったところまで進め、ログアウトした。

 キャラメイクとパラメーター振りに時間をかけ過ぎたため、時刻は既に23:30を過ぎている。

 PCの電源を落としてベッドに入り込むと、リモコンで部屋の電気を消して眠りについた――



 経済の発達を象徴するビル郡は崩壊し、見渡す限りの瓦礫の山。それを横目に刹那は歩いていた。


 ガラガラと精神を抉るような音を立て、崩れる瓦礫。

 その陰から現れたのは、真っ白な翼を背中に生やした異形者いぎょうしゃだ。

 姿はまるで神話の中の天使のようだった。

 異形者は言葉を発することもなく、首をインコのように傾げ、ジロジロと様子を伺う。


 刹那が少し後退ると、不気味な笑みを浮かべながら、右手が神々しく輝いた。


 眩しさのあまり目を閉じた瞬間『ドズン』と重々しい音が鳴る。

 恐る恐る目を開くと異形者の顔面に、標識を支えるような、太い鉄パイプが刺さっていた。

 焚き火の中で爆ぜる小枝に似た音を発しながら、異形者は燃え紙となり宙を舞い、パイプは甲高い音を立て地面に落ちた。


 そのうしろには青年が立っている。


「迷い込んだ……わけでもなさそうだな」


 慣れ親しんだ聞き覚えのある声。

 咄嗟に声をかけようとしたが、突然、地面が発光する。眩しさのあまり目を力強く閉じた。

 光が落ち着き目を開くと、そこは自室のベッドの上だった。


 夢か……

 ベッドから立ち上がると、大きく背伸びをする。

 落ち着いたところで、予め用意していた学生服に着替えた。

 部屋のドアを開き、短い廊下の突き当たりにある階段を下りる。


「おはよう、お兄ちゃん」

「ああ、おはよう」


 挨拶をしてきたのは、四つ下の妹、友加里ゆかりだ。

 階段を下りて、すぐ右側にあるリビングに入ると、テーブルには焼いた食パンの上に、目玉焼きを乗せたエッグトーストが用意されていた。


 両親は共働きで、兄妹が起きる前には出勤している。

 エッグトーストを頬張ると、いつものように冷めていた。

 朝食を終えると、決まって洗面所の取り合いになる。

 これもいつものことだ。


「じゃあ、先出るね。お兄ちゃんも早くしないと遅刻するよ!」


 友加里は急ぎ足で家を出る。

 中学二年生にもなると色気づくのも理解できる。それにしても時間をかけすぎだろ。

 テーブルに置いてある黒いデジタル時計を見ると、刹那自身もゆっくりしてる暇はなかった。

 戸締まりをして、自転車にまたがると学校へ急いだ。


 刹那の通う学校は愛波あいなみ高等学校だ。地下鉄の駅である菊ノ蝶きくのちょうから、黄葉長丘もみじながおか天座跡あまざあとと続き、蓮咲はすさき駅にある。


 電車に揺られながら、昨夜の夢を思い出していた。前にも似たような夢を何度か見たことがある。

 場所は違うが、やはり崩壊したビル郡に茜色の空。

 昨夜の夢に現れた異形者。

 それが空を飛び交っているのを、ただ眺めているような夢も見た。


 乗客の入れ替わりを繰り返しながら、やがてドアの上にある電光掲示板には、次は蓮咲き駅と流れていた。

 吊り革から手を離し反対のドアへ移動した。速度が徐々に落ち、ゆっくりと電車が停止する。

 空気の抜けるような音と同時にドアが開いた。下車する乗客は疎らだ。


 ホームへ足を踏み出した時、天井のライトが予兆もなく落ちた。薄暗くなったホームに行き交う乗客は、何だ何だとざわめきはじめる。どうやら停電したみたいだ。


「おはよう、刹那」背後から声をかけてきたのは、雨宮龍生だった。


「ああ、おはよう。てか、これ停電だよな? 俺らのあとの奴らは災難だろ」

「だよな。今日は遅刻する奴が多いんじゃないか」


 思った通り、停電のため一時運転を見合せる旨のアナウンスが流れた。


 蓮咲き駅から伸びる連絡通路を出た二人は、通い慣れた道を雑談しながら学校へと向かう。


「昨日、変な夢を見てさ」

 

 刹那は夢の内容を伝える。


「結構、頻繁に見るのか?」

「背景は一緒なんだけどな。場所が違うんだよ」

「そうか、不思議な夢だな」


 雨宮は左手で前髪をかき上げ、少し首を傾げただけで反応は薄い。

 やがて雨宮と共に正門前に到着した。


 停電の影響か、普段より生徒の数が少ない。正門を抜けると、運動場と左脇に舗装された道がある。

 校舎へは舗装された道を通るのもいいが、運動場を突っ切った方が早い。


「そういや刹那、異界領域オンラインやったか?」

「やったよ。ちょっとキャラメイクとかに時間かけ過ぎて、自由行動になった時点で落としたけどな」

「名前は何にしたんだ? サーバーを教えてくれたら迎えに行くから、一緒にやろう」

「アルファサーバーで、名前はセツナ」

「ははっ、俺もリュウセイって下の名前入れてるな」


 2人は今夜、ゲーム内で落ち合うことを約束した。

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