第21話 調整
先日。透華は屋上で神音にたんまり説教をくらわせた。
当然だ。なにせいきなり『東宮寺千代子さんの事務所宛に果し状を送っておきました!』などと胸を張るのだから。
しかし結局、あれから特に返事らしきものはない。大方、無視されたんだろう。
あらゆる天才たちの頂点に君臨する千代子と、世間から認知すらされていない神音では何もかもが違いすぎるんだ。
されど透華は、その事実を神音に伝えようとはしなかった。
「じゃあ、曲は音楽会で歌った曲でいいとして」
「あとは機材ですか?」
「いや、そっちはもうレンタルの予約してある」
「おぉ! 流石透華先輩です!」
ルーズリーフに書き込む透華とは反対に、神音は全身をウキウキ揺らす。
透華の机を挟むようにし、神音は前の座席を反転させて座っていた。
夕色に染まる教室には、屋内で練習する吹奏楽部のラッパ音が響いてくる。
音程も碌にあってない一音の試し吹きは、放課後の始まりを告げていた。
「でも先輩、ほんとに今日は休んでいいんですか?」
「喉壊したいならお好きにどうぞ」
「うぅ。でもですね、神音、まだまだやれる気がするんですよぉ」
「そうかもしれないけど、打ち合わせが優先。当日、歌以外の準備不足で失敗したら嫌だから」
現状決まっているのは、セトリに機材のレンタル先だけ。
この他にも道路使用許可証なるものを買う必要があるらしい。
今すぐに歌い手活動を始めるよりも費用は安価だが、透華にとっても初めてのことが多く、手続きなどは七面倒なことばかりだった。
透華はシャープペンシルを走らせながら神音に尋ねる。
「というか。大丈夫なの?」
「? 何がですか?」
「何がってーー」
手を止めて顔を上げると、ルーズリーフを楽しげに見つめる神音と目が合った。
透華はそのまま、視線を逸らさず、神音の目元を見続ける。
「その隈。最近ひどくなってるけど」
「そうですか? 前からこんな感じだと思いますよ?」
「前は今ほど酷くなかった。最近、頑張りすぎなんじゃないの?」
「そんなことありません。透華先輩との練習で気づかされることが沢山あって、いくら練習しても足りないんです!」
「なに? 私のせい?」
「い、いやいや! 違いますよ先輩! 逆です! 先輩のおかげでここまで上達できてるんです!」
「……そう?」
「はい‼️ ですので神音の練習不足で、聴きにきてくれる方の時間を無駄になんてしたくないんです! そのためには神音、どんだけでも練習しますよ!」
勢いよく立ち上がった神音は、透華めがけて翻然とはにかんだ。
けれど、深い隈も相まって、無理をしているようにしか見えなかった。
「………」
何か言おうと口を開くも、言葉は一切湧いてこない。
私は知っている。
普段はバカで面倒でほんっとウザいこの子も、音楽にだけは真剣で、私じゃ敵わないほどの熱量を持ってるんだって。
神音は窓を開け、自らの銀髪を靡かせる。
生き急ぐような熱量を全身に迸らせ、暮色蒼然とした街並みを遠見していた。
黄昏れている神音の姿を見て、透華の内側では不安と安心が鬩ぎ合っていた。
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