第20話 幕間

「千代子さーん、また沢山ファンレター届いてますよぉー」 

「ご苦労様ですわ。そこに置いといて下さいな」

「はーい」


 スーツに身を包んだ女性が千代子の真ん前にどっさりと段ボールを置く。

 横幅は肩幅を超えており、中には溢れんばかりのファンレターが詰まっていた。

 

 今回の新曲も上々の出来みたいですわね……。

 まぁ、わたくしですもの。当然のことですわ。


 試しにいくつか読んだ結果、千代子の自信はより盤石なものとなる。

 しかし途中、女性に声をかけられたため千代子は顔を上げた。

 

「これがレター類一式ですかね。あと追加のプレゼント類があるので、それも取ってきます」

「そうですの。よろしくお願いしますわ」


 女性は千代子に頭を下げると、部屋から退出する。


 現在、千代子は打ち合わせのため所属事務所に足を運んでいた。

 事務所側としても千代子の存在は無視できるものではなく、卓上には丁寧に和菓子と緑茶が出されている。

 服飾はゴスロリを好んでいるが、食は和食が好きなのだ。

 偏食ではないのだからモーマンタイでしてよ? というのが本人の言である。


 一人静かとなった部屋で、千代子は再びファンレターを手に取った。

 ランダムに取り出しては戻しを繰り返す。

 すると端なくも、一通のファンレターに目が止まった。


「あら? 達筆な方ですこと。書道家の方かしら」


 多くの技芸に関して千代子も精通しているため、老練な技巧を見つけてしまうと、ついつい気になってしまう。

 だが、達筆で力強い文字とは対照的に、書かれていた内容は酷く浅劣なものだった。


『東宮寺千代子殿


  神音と勝負しろ!』


 せめて苗字くらい書こうとは思わなかったのかしら。

 本当にお馬鹿な人。返答するにも値しないわ。


「それに、神音なんて名前……、わたくしのファンクラブにあったかしら」


 僅かではあったものの、期待が裏切られたことによる失望と呆れで、千代子は濃い溜め息を吐き出した。


 千代子は神音のことなどハナから眼中になく、先日の一件を完全に忘れていたのだ。

 

 こんな果し状を取っておく必要はないと考えた千代子は、和紙に書かれた果たし文を真っ二つに破り裂き、ひらひらとゴミ箱に落下させる。

 

 その日中、事務所の上役たちは千代子の機嫌を取るのに大変苦労させられた。

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