第18話 入手

 話し合いの結果、当分の間は歌い手活動でなく路上ライブに向けて活動することになった有線

 今現在の神音の貯金では機材を一通り揃えることが難しく、始めるにしても中途半端になってしまう。

 けれど路上ライブならば費用はさほどかからず始められ、尚且つ、肝心となる歌の練習も並行して行うことができる。

 路上ライブが成功すれば、結果として歌い手活動にもいい影響を及ぼすはずだ。

 神音なら、それができる気がした。


 だがしかし。透華たちは練習場所の確保に頭を悩ませていた。


 そんなある日の昼休み。

 当たり前のように神音がクラスにやってきた。


「透華先輩‼️ 一緒にご飯食べましょう‼️」

「……はぁ」


 有線のイヤホンで耳を塞いでいた透華は神音を一瞥し、ため息を吐く。

 イヤホンを片耳だけ外し、「なに?」と真正面に投げかけた。


「ですから一緒にご飯を――、って先輩、その人」

「なんでもない」


 乱暴に吐き捨てた透華は、スマホの表示を落とす。

 寸前まで、透華のスマホ上には東宮寺千代子のアルバムが表示されてた。

 神音が気になってしまうのも無理はない。


「あの人、本当に歌い手さんだったんですね……。神音も聞いていいですか?」

「……だめ。あんたが聞いたら、自信折られる未来しか想像できない」

「むー! 神音はそんなに弱くないです!」

「ならせめて、ClearFlourとかいう歌い手を超えてからにして」

「え⁈ ClearFlourさんをですか⁈」

「この条件が無理なら私はここで降りる」

「そんなぁ……、先輩のいじわる! 金髪! 不良!」

「なら誰かさんも私と同じ不良なんだろうね。似たようなこと、私されたし」

「うぎっ」


 神音は思い出したように顔を引きつらせ、眉をぴくぴくと上下させる。

 当初、音楽会へ誘う際に、透華を脅して説得しようとした神音は、心当たりという大きな棘に全身を突き刺されたのだ。

 

 しかし不図、神音の頭に一筋の閃光が走る。

 バツの悪い顔から一転、ハッと僅かに目を見開くと、漸進的に顔をパァっと明るくした。


「なに、そのキモチワルイ顔」

「思いついたんですよ! 練習場所!」

「はぁ? 今?」

「はい! 屋上が良いと思うんです‼」

「いや、あそこは無理でしょ……。そもそも生徒立ち入り禁止の場所だし――」

「いいから先輩も来てくださいって!」

「あ、ちょっ――うぐっ」


 神音から強引に腕を引かれ、透華は机の角に腹をぶつけながら立ち上がる。

 あとでこいつ、殺す……。


        *


 神音に連れられて向かったのは職員室だった。

 昼休みでも、先生たちは忙しなく職員室に出入りしている。

 

 屋上を使いたいだなんて、誰に言うつもりなんだろう。

 あんな危険な場所、教員が貸してくれるわけがない。


「たのもー‼」

「ちょっと!」


 気づけば神音は扉に手をかけ、勢いよくスライドさせていた。

 透華の制止を無視して、神音は自らの銀髪を揺らす。


「校長先生、カムヒアープリーズ‼」

「あんた何言って――」

「屋上借りにきました!」


 瞬く間に職員室内がざわつき始め、腫れ物を触るように教師は小声で囃し立てた。


「もしかしてあの子が例の……」

「あの銀髪、間違いないでしょう」

「私が担任じゃなくて本当によかった……」

「これは大問題になるぞ……」


 教師たちからの視線に透華の背筋は伸び、嫌な汗が止めどなく流れ続ける。

 ほんと何してんの! と、今にも叫びたかったが職員室で自分まで悪目立ちしたくなかった。

 兎にも角にも、このアホをどうにかしないと。

 しかし神音の腕も引っ張るも、神音は大仏のごとき不動さで全く動かすことが出来なかった。


「私に何か用事ですか」

「――っ⁈」


 振り返ると、背後には見たことのある老紳士が立っていた。

 白髪白眉に眼鏡をかけて丸々とした体形。

 間違いない、校長先生だ。


 てっきり職員室奥の校長室から姿を見せるのだと思っていたため、校長先生の慮外な登場は、透華の全身を総毛立たせた。

 だが、内心でガクガク震える透華とは反対に、振り返った神音は敢然と校長に意見する。


「おぉ! 校長先生! 屋上使わせてください!」

「ふむ……。君は?」

「神音です! 一年Bクラス!」

「ほぅ」


 背後で神音の担任が「ヒィィ」と身震いしたのを、透華は見逃さなかった。

 教師も仲間(仮)も関係なく縦横無尽に轢き殺す様は正しく、高齢者が放つプリ●スミサイルのようであった。


 透華は戦々恐々と、校長先生の顔を窺う。

 されど眼鏡の反射に阻まれてしまい、表情を確かめることも叶わない。


 終わった……。絶対に怒られる……。もしかすると停学や退学だって……。


 殺意すら湧かないほどに絶望し、透華の目から光が消え――、

 

「いいでしょう。使用を許可します」

「……え」

「おぉ! ありがとうございます! 流石校長、太っ腹!」

「太くはないですから」


 ワハハと神音と校長は笑い合う。

 どうして許可されたのか、透華には全く分からなかった。

 

 精到に考えを巡らせ、必死に理由を探し出す。


「校長は、実はお祖父ちゃんだったり……?」

「はい? そんなわけないじゃないですか。ねー校長」

「はい。仮に親族だとしても贔屓なんてしませんよ。これでも教育者ですから」

「じゃあなんで」


 どうして今まで立ち入り禁止だった場所を、今の一瞬のやり取りだけで解放したのか。

 予想外にも、疑問のアンサーは早々に返ってきた。


「来週には屋上の工事が終わるんですよ」

「工事、ですか……?」

「えぇ。安全柵の再設置です」


 校長先生の話はこうだった。

 屋上のスペースを殺しておくのはもったいないと、使いたい生徒に解放することが先月の会議で決定し、安全に利用するために今よりも高い柵などを設置する工事を先週から行っていたらそうだ。

 神音は業者の出入りに気づいていたようで、今回の暴挙に出たらしい。 


 胸を張ってドヤ顔を見せつける神音を無視し、透華は質問を続けた。


「ほんとにいいですか? その、私たちが言うのもなんですけど……、特に部活動というわけでもないのに……」

「ええ。問題ありません。学校は生徒のための場所ですから。求められれば可能な限り応えるのが学校の役割で、教師の義務なのです」

「それはそうかもですけど……。私たちって、停学とかになったりしないですよね……?」

「停学……? 何の話ですか? 透華先輩」

「あんたは黙ってて」

「はいぃ……」


 神音は悄然と人差し指を突き合わせて、項垂れる。

 透華の心配事――神音の言葉遣いや態度について――を察すると、校長先生はニコニコ微笑みながら口を開いた。


「大丈夫ですよ。元気があっていいことですから。それに、その程度では停学になんてなりません。無断で使用していたのなら話は別ですがね」

「は、ははっ」


 透華は瞬時に目を逸らし、口角を上げて急繕いの笑みを浮かべる。

 焦る透華に物珍しさを感じた神音は、横でニマニマと笑っていた。

 こいつ、やっぱり殺す……。


 かくして、透華と神音は練習場所を手に入れたのだった。


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