第15話 手術の終わり
秀真たちと会ったのは六月五日だ。
本来なら六月九日に洋子は逝去するはずだった。
だがその後、検査を受けた結果、やはりこのままでは血管が詰まってしまいそうな箇所があるとの事で、急遽洋子はカテーテル手術を受ける事になった。
手術があったのが六月八日で、花音は会社を休んで洋子に付き添った。
朝一番の手術だったのだが、洋子が病室に戻ってきたのは四時間経ってからだった。
その間、花音は母と過ごしていたのだが、メッセージアプリで秀真も昼休みや定時後にエールを送ってくれた。
『安心してくださいね。知り合いの話だと、カテーテル手術をしたあと、血管に管を通している訳だから、どうしても出血してしまうそうです。その止血と絶対安静に時間が掛かるだけなので、不安にならず待っていてください』
前もって医師から説明は受けていたものの、秀真からもこうして落ち着くよう言われると安心する。
スマホを見て密かに微笑んでいる花音を、母はチラリと見たが、特に何も言わなかった。
やがて洋子が病室に戻ってきた。
「お祖母ちゃん……!」
覗き込んだ花音の顔を見て、洋子は弱々しく微笑んだ。
「ただいま、花音」
力んでしまうので、寝返りを打つ時も看護師を呼んで体位を変えてもらうらしい。
動けず大変そうだが、翌日の診察で出血が止まっていると確認されたあとは、静かになら動いていいそうだ。
術後の洋子に気を遣わせても悪いという事で、洋子が無事に戻ったのを確認したあと、花音は母と一緒に病院をあとにした。
二人で札幌駅で夕食をとったあと、別れて帰宅する。
一人暮らしの我が家に戻った花音は、メイク落としや風呂を終え、スマホで修吾と春枝にメッセージを送る。
『祖母の手術は無事終わり、疲れていましたが普通に話せていました。明日許可が出たあとは、静かになら自分で動けるそうです』
時刻は二十時近くで、春枝からはすぐに『良かったです。花音さんもお疲れ様。ゆっくり休んでくださいね』と返事があった。
秀真からも十分後ほどに『良かったです』と返事があり、花音を労る言葉が続いた。
それを見てからスマホを置き、花音はベッドに仰向けになる。
「……運命を、変えちゃった……。しかも、人の命に手を出してしまった……」
いいのかな? と思うが、今さら元の世界への戻り方など分からないし、戻りたいとも思わない。
「何もしなくていいのかな」
洋子の長女である梨理の思いがこもったピアノなら、願いを叶える代わりに何かしなくてはいけないのでは……と思う。物語の中でも、それはセオリーだ。
何の犠牲もなく、自由に願いが叶うなど虫のいい話はない。
「……お祖母ちゃんが退院したら、梨理さんについて聞いてみようかな」
そう思うものの、前の世界で祖母から聞いた以上の言葉は聞けない気がする。
だが梨理の思いが花音をここまで飛ばしたのなら、きっと何らかの〝不思議〟はあるのだろう。
洋子が退院して美樹家の家族や親戚が落ち着いた週末、また秀真が札幌まで足を運んでくれた。
花音は思いきって新調した、フューシャピンクのトップスと、白いワイドパンツを合わせ、ポニーテールにして彼に会いに行った。
「こんにちは。一週間ぶりですね。今日は雰囲気が違って……何だか華やかに見えます」
「あ、ありがとうございます」
先週は秀真はスーツ姿だったが、今日は黒いテーパードパンツにTシャツというカジュアルな格好だった。
そのギャップに花音はときめき、ジワッと赤面する。
「しゅ、秀真さんも格好いいですよ」
「ありがとうございます」
二人は札幌駅で待ち合わせをして、時刻は昼前なのでこれから駅中のレストランに入ってランチをとろうか、という話になった。
ひとまず札幌駅に直結している百貨店に入り、レストラン街に向かう。
フロアを一通り回ったあと、秀真が「うなぎ、好きですか?」と尋ねてきた。
「大好きです」
「じゃあ、うなぎにしましょうか」
彼は即決してしまい、二人で暖簾をくぐって店内に入る。
やがて店員に席に案内され、おしぼりで手を拭いた。
「洋子さんはその後お元気なんですね?」
「はい。いつもよりペースを落としていますが、日課のウォーキングもまた始めたそうです。『体力がないと何も始まらない』って」
「確かに。食事と運動で体力をつけるのは、何より大事です」
その後、しばらく洋子の話をし、一旦会話が収まる。
「花音さんはどう過ごしてましたか?」
「え?」
急に自分の話になり、花音はドキッと胸を高鳴らせる。
「家族が手術するとなれば心配でしょうし、心身共に疲れていないか東京から心配していました」
そう言う秀真の表情は真剣だ。
「お気遣いありがとうございます。手術についてはお医者様にお任せするしかないですし、私はただ待ってるしかできません。……ただ、祖母が無事に戻って来た時はホッとしましたね」
秀真は花音を見て、優しく微笑む。
そして手を伸ばし、ポンポンと花音の頭を撫でてきた。
「頑張りましたね」
(わ……っ)
男性から〝頭ポンポン〟などされた事がなく、花音は分かりやすく赤面してゆく。
「頑張ったご褒美にうなぎをご馳走しますから、思う存分食べてください」
悪戯っぽく笑った秀真を見て、花音は胸の高鳴りを隠す事ができない。
そのあとせっかくうな重と肝吸いが出たというのに、味も、会話の内容も頭にろくに留まらなかった。
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